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「どうして、そのようなお部屋を使うことになったのでしょう……私が……」
静かな部屋に、暖炉の木がパチパチと小さな音を立てる。
「この屋敷で一番暖かい部屋だからです」
燃える暖炉の木が、大きく崩れる。
「も、もう少し詳しくお願いします」
「えぇ、申し訳ありません。きちんとご説明致します」
探るような視線を、揶揄うような感情でアレックは誤魔化した。
「急なご婚約でしたので、まだ部屋の用意が整えられずにいました。
今は特に寒い時期ですから、魔法石の暖房器具の準備が十分では無かったのです。
魔法石が完備されて、屋敷の中で1番暖かい部屋はどこかと考えた末、当主様の部屋が最も最適だという結論に至った、という次第なのでございます」
あぁ、なるほど。忙しそうなのにも関わらず、寝込んでいる私の様子を頻繁に見に来ていたのは、そもそも自分の部屋だったから。
そしてそのついでに看病してくれたのだと、まるで、長年の謎が解けたようだった。
(それにしたって、侯爵様の自室だとは思わなかったけれど)
人様のベッドで寝込んでいた事実は変わらない。私の動悸は収まらなかった。
「当主様には黙っているようにと仰せつかっていたのですが」
「優しい方なのですね」
「……わたくしは、当主様がまだ赤子であった頃からずっと傍で仕えている身です。その上で、申し上げます。このような事をされる方ではありません」
アレックは言い切った。それもどうなのだろう。
「そ、そうなのですか?」
「一体、どうされたのでしょう……」
(私に聞かれても……)
確かに、冷たい態度を取られるはずだった侯爵様が優しいのは驚いたが、あくまでもそれはぼんやりと覚えていた、物語の中での侯爵様だ。
私が毛嫌いされた原因は、政略結婚をさせられたからだ。
「普段は違うのですか?」
「公女様にお接しになられるほどではございません。元々女性の方と接する事もあまりなさらないですし、言い寄られていても……いえ、何でもございません。失言致しました」
さも心配していて、自分では気付いていない装いで彼は話す。
多分、これは私のことを挑発しているのだろう。
侯爵様の女性関係のこと、貴族特有の高飛車なプライド、どれかを刺激してみて、私という人物を測ろうとしている。
物語の侯爵様の警戒が、アレックへ移ったみたいに。
私は、嫁入りとして、この場所へ来た。
この人は、昔から幼い侯爵様に使えていて、侯爵家でも信頼される人物なのだろう。
死ぬまでの短い間、ずっと疑いの目を向けられるのも、向けるのも、息が詰まるものだ。
だから。
「あなたが何を聞き出したいのか、私には分かりません。どうか、教えてくださいませんか?」
素直に、接しようと思った。
そう言って微笑むと、アレックは少し驚いた顔をした。
「…………わたくしがお聞きしたかったのは、この結婚の意味するところでございます。まさかあのルーンウェル公爵家に、スヴェン様の方から、婚約の話を持ちかけるとは思いもよらなかったのです」
「え、侯爵様から?お爺様の間違いではなくて?」
「そうであれば、ここまで驚くことはありませんでした」
「わ、私もてっきり、お爺様の方から、なのかと……」
「――何も、ご存知無いと?」
「……何も、知らないわ……」
本当に、なんにも分からない。私は、一つも教えられてないことを、自覚した。
「大変、無礼であったと思います。……申し訳ございませんでした」
反応を見て、私から引き出せる情報は無いと思ったのか、けれど、アレックの表情も声も、和らいでいた。
「いいえ。あなたは、侯爵様を大切にしているのですね」
アレックは、もう一度頭を、今度は深々と下げた。
◇
(うーん)
案内された私の部屋で、こめかみに手を当てていた。
またも、物語と違う部分が出てきてしまった。
侯爵様が婚約者に優しいこと、結婚の話はお爺様からではなかったこと。
私だけ食い違いが出来ているのであれば、納得できる理由を探せるのだけれど、長く仕えていたアレックすら、違和感を感じているとは、どういうことなのだろう。
考えても出ないことに、文字通り頭を悩ませていると、部屋にノックの音が届く。
「はい、どうぞ」
部屋に来たのは、リズとアレックだった。
リズは、食後の紅茶を用意してくれたのだろう。
「アレック?どうしたの?」
「ラシェル様は、この領地のことをどの程度ご存知でしょうか?」
「えぇと……?」
「簡単にですが、この場所のことを、少しご説明させていただければと思いまして」
急にどうしたのだろうと思ったのもつかの間。そういえば、私はアレックの前で「何も知らない」と答えていた。
だから、気遣ってくれているのかもしれない。
(し、仕事が早い……)
「お嬢様、紅茶は如何致しましょう?」
「あ、そうね、じゃあ――」
「お菓子もご用意しております。ゆったりとお聞きください」
アレックの手際の良さに、リズに支持をしようとした自分の手の行き場が、寂しくさまよった。
ルーゼイン家は元々、百年前の国王に雇われた兵士だった。
幾つもの戦果を挙げ、国王は周りの貴族の反対を押し切り、ルーゼインという家名と共に爵位を与える。
功績によって爵位を与えることは昔からあったが、大きな確執となってしまったのは侯爵という高い地位を渡したことだった。
その確執は今でも無くなることはなく、ルーゼインは侯爵家であるにも関わらず、貴族の中では爪弾きのような状態で、必然と敵も多い。
けれど、他の貴族が爪弾きにする以外に手を出せないでいるのは、魔物を封じる防波堤の様な役割を担う存在が絶対に必要であること。
それに加えて、ルーゼインの強固な武力に匹敵する家が他にいないためだった。
(そこまで、武力に差があるなんて)
「ここ数年、ひとつの大きな事件がありました」
侯爵家当主であった、スヴェンの父親であるギード・フォン・ルーゼインは、およそ二年前に、魔物の討伐の際に負傷し、侯爵の務めを全うするのが困難となった。
「街にまで被害は及ばなかったものの、その際、多くの兵士が負傷しました。
その補填と、新たな兵士の訓練のため、現在は多くの時間を取られている状態です。
主様が、ラシェル様の元へ来られないのは、このためです」
「そんなことが……。だからここ最近の社交界で、ルーゼイン家はあまり姿を見せなかったのね」
「はい。当主の交代も、現在は公にしていないので、あまり知られていません」
「お怪我が治ったら、またギード様が当主に戻るのでしょうか?」
「――この領地の主は、魔物を抑え込めることが絶対的な条件です。スヴェン様の他に、適任はおりません」
魔物を抑え込む圧倒的な力。やっぱり、この領地は、貴族が納める領地とは、異質な所があるのだと、私は改めて知る。
アレックがこんなに丁寧に、教えてくれるだなんて、物語にはなかった。
『ルーゼイン侯爵様と、いつ出会ったのですか?』
ふと、アーリアの言葉を思い出す。
こんなにも物語と違うのであれば、私はどこかで侯爵様と出会っているのだろうか。
……あなたは何かを知っている?
「まさかね」
暖かい紅茶に、いつもより一つ多く角砂糖を入れる。
物語に転生した、なんて、今の状況は、私が何かおかしいのだ。




