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『酷く冷たい性格で何より政略結婚をさせられることとなったラシェルの事を毛嫌いしていた』


物語の事を思い出してつい口に出す。


「あぁ、うん……その通りだったな……きみにはそう見えてたんだな……」


スヴェン様は明らかに沈んでしまっている。私は焦って訂正をするが、事実に変わりはない為に傷口に塩を塗り込んでしまった。

私に対して冷たく接していた事を相当悔やんでいるらしい。物語として覚えているだけで、実際の感覚は分からないからそんなに落ち込まないで欲しい。


優しく接してくれるこの人が、どう冷酷だったのかむしろ気になるくらいだ。


「仕方ないですよ、公爵家がそんな事考えて私を送り出したなら警戒されるのも当然ですし……覚えていたというか、物語に書いてあったといいますか……」


「俺がアーリアに嫌われている理由は概ねその部分だ。別に好かれようとも思っていないがラシェルには複雑だろうな」


出来れば仲良くして欲しいところだが、スヴェン様とアーリアの2人にはここ至るまで私の知らない旅路が沢山あったのだ、私が口を挟むことではない。と、そんな思考を読まれたのか不意に手が触れる。


びっくりして反射的に離そうとしてしまったが、するりと指を絡まれ繋がれてしまった。


「……何でも言っていいんだラシェル、気になることがあるなら隠さないで。俺はキミが望むことなら全部叶えたい」


「へ!?お、おおげさです……どうしたんですか突然」


「うーん、アーリアとの事を聞かれないからいじけたのかもしれないな」


「……からかってませんか!?」


「はは、からかってないよ。……何度繰り返しても、こう言う事を伝えるのは上手く出来なくて情けないな……」


「?」


なんて答えたのだろう?からかっていないと言ったあと、声が小さくて聞き取れなかった。


「……ラシェルに冷たくしていた時の事は、実をいうとそれだけが原因じゃなかったんだ」


愚かしい貴族共は確かに昔から嫌いだった。けれど嫌悪する直接的な原因になったのは母親だとスヴェン様は語りだす。


「母はそれはもう典型的な、権力を振りかざす嫌な貴族様で、贅沢なことに浪費はするし使用人は人間として見ないし何か少しでも失敗すれば直ぐにクビにするようなそんな人だった」


「それがルーゼイン家に嫁ぐ事になって、プライドばかり高慢な母に合わないことは明白だっただろうな。嫁ぐ前よりも酷くなっていつも鞭を持って気に入らないことがあれば振り回してたよ」


いうことを聞かなければ直ぐに鞭が降ってきたし、自分の子どもすら権力のために利用しようとしていた。


「 特に俺は魔力が桁違いだったからルーゼインを掌握出来るように常に魔物と戦わせられた。……俺は母にとって希望だったんだろうな」


けれどある日ついに父に咎められた。そんな生活に耐えられなかったのか、母は自分で向かったのか分からないが砦の外で遺体が酷く損傷した状態で発見された。


「スヴェン様のお母様がそんな形で亡くなっていたなんて……!?そうだったんですか……」


「最後の最後までどうしようもない人だったよ。そんな母の顔に俺はとてもよく似ているらしくて、父とも兄ともそんなに良い関係では無い。ただ、母がいた時も居なくなった時もアレックにはよく世話になっていたんだ」


アレックは幼少期からスヴェン様をずっと守ってきた。


「お坊ちゃまとお呼びしていましたものね」


「その呼び方はいい加減やめて欲しいが、アレックにとって癖になっているんだろうな……今でも背中に残っているよ鞭の痕が。あの人は隠れて傷を付けるのが上手かった」


私は何も言えなかった。本当は抱きしめたかったけれど、そんな大それたことをしていいのかも分からずただスヴェン様の手を握って、彼もその手を握り返してくれる。


「幼い頃から魔物の討伐にも参加していて、俺はまだ力も上手く使えずに、当時は魔物を砦に近づけさせないように退治するのに苦労した日が多かったんだ。父もどちらかと言えば兄の方に家を継いで欲しかったんだと思う。あわよくば死ねばいいと、思っていたんだろうな。現国王も、憧れた100年前のフォルアの権威は見る影も無くて、生まれた時から決まっていた自分の役割が何のために必要なのか分からなくなっていた」


そんな日々を過ごしているうちに、フォルア王の命令で婚約が決まり、ラシェルが侯爵家に来たとスヴェン様は続ける。

初めは記憶の通り酷い態度で顔も合わせず話もしなかったと。それが、過ごしていくうちにラシェルに段々と惹かれていったと彼は話す。


「これという特別なきっかけがあったわけじゃない。でも、きみは俺と話す事を諦めないでくれた。ラシェルは言ったんだ、この領地が平和なのは、ずっとルーゼイン家が守ってきたからだと……俺がこの場所に生まれて戦ってきた事に、意味があったのだと気付かせてくれた」


「……そう……なんですね……つまりその頃のスヴェン様は擦れていたと……」


「……………。その通りだが、そんな深刻な顔で言われると別の言葉で表して欲しかったとは頼みづらいな……」


記憶にない過去。もう二度と思い出せない思い出をスヴェン様は愛おしそうに懐かしむ。私も、同じくらいに彼のことを思っていたのだろうか。


「この顔も、ラシェルに好まれるのなら良かったと、そう初めて思った」


「覚えていることを"物語"と言っていたな。それについてなんだが、アーリアが記憶を食べて魔力を補填するその前に、ラシェルが試してみたんだ」


「試してみた?」


「物語として書いておけば、もしかしたら"記憶に残る"のではないかと」


「!」


「思い出の部分……どうだろうか、俺との記憶は物語としてだけ思い出せるんじゃないか?」


物語といっておきながら場面が鮮明に思い出せていた事になぜ疑問を覚えなかったのだろう。

スヴェン様について思い出せたものは、物語に書いてあったことだった。だから私はいつまで経っても彼に出会った記憶も無ければ、どうして大切に思われているのかも分からない、それがようやく点と点が線で繋がる。


私は気が付けば涙が浮かんでいた。


(大切な記憶、私は大切な貴方の事を忘れてしまったんだ)


「……何で覚えていないラシェルの方が泣いているんだ?きみが忘れても俺が覚えている。無かった事にはならないから……」


困ったように優しく微笑んで、ぎこちなく涙を拭ってくれる。私にとって大切な記憶を、彼だけが覚えている。どれだけ残酷なことなんだろう。


(私もスヴェン様との出会いを運命的だなんて書いちゃって……)


運命的、不意にその言葉がやけに気になった。どうして運命的だなんてわざわざ書いたのだろう。

そんなにパーティーで出会った事が重要だったのだろうか。


「……スヴェン様、パーティー会場で助けた令嬢……私のことをその時は覚えていましたか?」


「いや、あの時は覚えていなかったな、婚約が決まって侯爵家に来たのが初対面だと思っていた」


(何だろう、特に意味の無い表現かもしれないけれど)


私は、お爺様が婚約を決めたことを知っていた。それはおそらくフォルア王の意向に沿って決められた事なのだからと、その話に疑問を覚えることはなかった。


お爺様はルーゼイン家の力を手に入れる事を目的として結婚させた。それも、そこまでおかしな話ではない。

ただ、スヴェン様に嫌われそうな小賢しさはあるだろうけれど。


……では結婚させるのならばスヴェン様の兄でも良かったのでは無いか?

スヴェン様の父が、負傷してなかった場合、おそらく次の当主になっていたのは、スヴェン様ではなく兄の方になっていただろう。


王国からの支援物資は、元々スヴェン様の父を負傷させて、スヴェン様を当主の座に引きずり出したかった?


考えたくは無いが、嫌な繋がりが頭を巡る。ルーゼイン家は他の貴族にはバレないように、ルーンウェル家にも前侯爵が負傷したことを隠していた。


隠したかったのは、負傷した事ではなくスヴェン様が当主になったという事。


もしも魔物を強化し、わざと前侯爵様を負傷させ、スヴェン様を当主にしようとしていたとしたら。その計画に、スヴェン様の父は薄々気が付いていたのかもしれない。


お爺様が欲しかったのはルーゼイン家では無くスヴェン様との繋がりだ。

私を庇った事でパーティーに参加していたのがスヴェン様だと知って、彼が無事に当主になったという事実に確信を持ったんだ。


そうして、お爺様は、私とスヴェン様を結婚させた。


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