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王都までの転移の魔法に身体へかかる負担は大丈夫か、色々な心配をしてくれているのは分かるが、どうしても連れて行って欲しいとお願いすると、ついに侯爵様は折れてくれた。
「では、行くにあたってお互い名前で呼びましょうか。もうそれが条件でいいので」
そんなことで条件になるのだろうか?けれど、今まで何となく名前で呼んでいなかったのもあり、素直に頷く。
「………スヴェン様?」
「うん、ラシェル」
(な、何だか落ち着かない)
パーティーに行かせるのを渋っていたのは名前を呼ばせるためだったんじゃないだろうかと、勘違いしてしまいそうなくらいスヴェン様は上機嫌に私の名前を呼んだ。
「いつか様も敬語も取ってくれると嬉しいんだけどな」
「……いつか……そうですね」
極寒だった寒さがようやく和らいで、日差しが変わった頃、ついに問題のパーティーが開かれる。
侍女たちが張り切って私をめかしこもうとしていたのを、程々に押さえて久しぶりの王都へ着く。
「おねーーーさまーーー!!」
「アーリア!久しぶウッッ」
ガバッと思い切り抱きつかれてよろけてしまった私の肩を侯しゃ……スヴェン様が支えてくれる。
「!?ごめんなさいお姉様、大丈夫ですか?」
「うん……元気そうで良かった、アーリア」
「お姉様の方こそ……!!あぁ、本当に良かった」
そんなに心配させてしまったのだろうか、アーリアは私から身体を離して、スヴェン様に会釈する。すると、何かに気が付いたアーリアが、その人物に向かって声を上げた。
「ん……?あれ!?イアンお兄様?」
会場の入口近くに、部下に指示をする兄の姿がそこにはあった。アーリアの声がきっかけとなり、こちらを認識すると、相も変わらずの無表情で久しぶりの再開に感動も何も無いよう。
「そういえば随分厳重な警備に……今回は大規模なものではなくて個人のパーティーなのに騎士団長が出てくるなんて思わなかったよー」
「……ラシェルから手紙が届いていたからな」
(届いてたのなら返事をくれたらいいのに……)
「お姉様が?……ふぅん」
アーリアが何か含んだような返事をする。まさかわざわざ兄の率いる騎士団まで出てきてくれるとは思わなかったが、これなら記憶にあるような被害は出ないだろう。侵入するのも困難なはずだ。
パーティーが開かれるまでに出来る限り第一王子の事や、呪いに関することを調べたが、どちらも私1人の情報網では新しい情報はとくに得られなかった。呪いに関することはどの書物をみても何一つとして似たような物も伝承も無い。
「そろそろ中に入りましょうか?」
アーリアに手を引かれて、大きな屋敷の中に入る。スヴェン様と入場する予定だったのにいつの間にかアーリアに主導権を握られ、彼を置いて先に入る形となってしまった。
豪勢な食事と煌びやかな貴族達。これで小規模なのだから今のままが続くのならば当然市民は疲弊するに決まっているのだろう。それはそれとして美味しいもの美味しいが。
ほかの貴族達に挨拶を済ませ、殿下を探そうとするが、甲高い声の令嬢が話しかけてくる。
「お久しぶりですね、令嬢」
「ごきげんよう。ベイデア嬢」
「聞きましてよ?あの危険でどうしようもないもの達が流れ着く野蛮な血の流れる場所に左遷されたのですって?」
少しも綺麗な言葉に直そうともせずにニタニタと話しかけてくる。今までは気にもせずにあしらっていたが、今は、どうにも聞き流せない。これが怒りというものだろうか、そばにいたアーリアのフォークの握り方が変わる。
「貧相なドレスで……だからいつまで経っても結婚式を挙げられないで婚約状態なのですねぇ。そもそも普通なら婚約状態で領地に住むなんて恥ずかしいことはしないのでやっぱりお払い箱なのかしら?」
アーリアが何かを言い出す前に、私は彼女に言葉を返した。
「……主役は私では無いので。わたくしは普通ではない婚約しましたけど令嬢の結婚式はいつなのでしょう?それはそれは規則に沿った正しいものなのでしょうね、参考にしたいわ。あら、所でお相手はいらっしゃるの?ご挨拶をしたいわ」
「はぁ!?なんですって!!こ、これだから片親が庶民は……!失礼を詫びてくださる!?」
「あら、令嬢の真似をして返しただけですのに?……本当に私の方が謝る必要があると思っています?」
「………なによ。今まで何を言ったって無視してきた癖に……相変わらず気持ち悪いのよあなた。いいえ貴方達。根底からそう考え方を染められそうな気分、私にそんな事したって操れないからね」
「はぁ……?」
理解が出来ない言葉に意味を問おうとしたが、ふと、辺りがざわめきはじめる。周りを確認すると、どうやら注目を集めているのはスヴェン様だったようだ。私のことを見つけると、微笑んで近くに来る。
「やっと見つけた。私の婚約者を連れて行かれるのは困るなアーリア」
「あら、用事はちゃんと終わりました?」
(何の話をしているのかしら)
ベイデア令嬢はわなわなと震えながら、その方はどなた?とスヴェン様を凝視する。
「この方はルーゼイン侯爵様……ですけれど」
「なんですって!?」
私の言葉に、周りの貴族がこぞって集まり始めた。
「い、今までの勇ましい風貌から突然変異じゃないの!??」
殆どは恐らく当主が変わっていたことに驚いていたのだろうが、ベイデア令嬢は完全に見た目に驚愕していた。
(確かにスヴェン様は母親似だと聞いていたけど……そこまで驚くことなのかしら?)
「こんなに綺麗な方なんて聞いてない……!!」
ハンカチを噛み締めて彼女は走り去ってしまった。思えばベイデア令嬢とまともに言葉を交わしたのは初めてだったかもしれない。
(何か……面白い人かも……?)
異常に嫌われているが、悪意を剥き出しにしてくれる相手は寧ろ安心出来る。私が歩み寄れば少しは仲良くなれるだろうか?余計なお世話だろうか。そんな事を考えている隣でアーリアが口元を抑えて前屈みになっていた。どう見ても爆笑している。
彼女に嫌われている原因は至極真っ当に分かりやすいなと私は頭痛を覚えるのだった。
第一王子からの挨拶も終わり、何事も無くパーティーも終わりに近付く頃、注視していた殿下がそっと一人会場を離れるのを見かけ、私はその後を付けて行く。何も無いかもしれないが念の為に。
その判断を私は直ぐに後悔した。誰にでも良いから、せめてスヴェン様にだけでも今日の事をどうして相談しなかったのだろうと。ちゃんと考えれば分かるはずだった。第一王子が殺される様な現場に居合わせて、私一人で何が出来るのか。
昔、一度ひとりの所を殺されそうになった事があったのに。
第一王子が一人だということは、絶好の暗殺する機会だ。その場に目撃者が居てはならない。
目の前で、襲われそうになったガラテ殿下を側にいたアルノーが食い止める。だが私の後ろにもう1人、アルノーの反応が少し遅れてしまう。
「お嬢様!!!!」
私に向かって、刃物が振り落とされた。