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「……涙、寒さで凍ってませんか?」
送り火用の炎で暖を取りながら、涙でぐずぐずになった顔をハンカチで拭う。
「あはは、可愛いよ」
「へ……!?……そういえばここに来た直ぐにクシャミしたとき、肩を震わせてましたよね、面白かったですか?」
鼻をかみながらジロリとあの時に笑ったよね?という視線を送る。
「あれは……緊張してたら急に解れてしまって……すまない、心配してないわけじゃないんだ。笑顔でいて欲しいに決まってる」
「本当にそう思ってるんですね、ふふ、侯爵様は結構どういう気持ちなのか表情が分かりやすいの知ってます?」
「はじめて言われた……というか、それは君の血筋のせいだよ多分」
ルーンウェル家の人間は、洞察力に優れている。それはまことしやかに囁かれる血筋の特徴だ。私自身は特に感じたことは無いが、他の貴族や、血筋では無いお母様にも似たような事を言われることがあるため、薄々本当に血筋の特色があるのかもしれないと思いつつあった。
「侯爵様は分かりやすいです」
「そうか、正しく俺の気持ちが伝わってるといいけどな」
何となく、侯爵様は明後日をの方を見て肩を落としている。気分が落ち込むことでもあったのだろうか。
残っている火種と花びらを消費しながら、疑問に感じていたことを聞く。
「そういえば先程買った物の物価が随分と安かったのですけれど、お祭りの商品だから特別だったりします?首都や王都に比べたら何処の地方も安いとは思うのですがそれでも……」
「令嬢の感じた通りだ。これで生活出来るのか、と」
「アレックに教えてもらいました。ここでは魔法石を各家に侯爵家が負担して毎年配っていると。浪費を押さえて領民のことを考えているのに何故そのような調整をなさっているのですか?」
「兵士にならずに給金が安定してしまうと、兵士を志願する者がいなくなってしまうんだ」
ルーゼインの領地を保っている半分は魔物を封じる為の支援金で構成されている。と、侯爵様は説明してくれる。魔物は適度に数を調整しなくてはならない現状だという。そもそも魔物を封じる為の領地だから仕方の無いことだが、と付け加えた。
「なるほど。頭が痛くなる循環ですね……ですがこれからを考えると少しづつ在り方も変えていかないといけませんね」
(……ん?何か、喉にものが詰まったみたいな気分)
最後の火種の青い炎が揺れて、小さくなって消えていく。随分夜も深くなり、星空がひときわ輝き始める。
「流石にそろそろ冷えてきたな。戻りましょうか?」
差し出された手を当然のように取る。
「侯爵様、無理に敬語を使わなくても良いのですよ?」
「貴女に貴公子のように振る舞うのも楽しくなってしまって」
冗談が可笑しくて、つい笑ってしまう。侯爵様に手を引かれて、行きよりもゆっくりと帰路に着くのだった。
侯爵家に戻り、ベッドに寝転がりながら今日のことを振り返る。今までずっと溜めていた胸のつかえがようやく少しだけ楽になった。
そして、喉に何か詰まったような不快感の原因が明らかになる。
「これからって……もう時間が丸2年も無いのに……?」
自分の残り時間が急に迫るように首を絞める。そんなこと、考えたことも無かったというのに。
当たり前のように呪いで死ぬことを一度だって怖いと感じたことは無いのに。
何かが、バチンと切れる音がした。
「私……生きたい……これからもその先も!」
侯爵様の隣に居たい。
(考えたことが無かった?ううん、何も思わないわけないでしょう)
いつの間にか消えていたものが、感覚が戻ってくる。指の先まで血が通うみたい。呪いの正体を知りたくて仕方なかった、別にその結果として寿命が変わらなかったとしても構わない。ただその日が来るのを待つだけの日々じゃないのなら何だっていい!
もう、あの不快な声は聞こえない。
今ここで大きく何かが変わること、それはやはり第一王子の生存。彼が死んだことで派閥がどうなったのかは、ただ死ぬのを待っていた私の記憶では大した情報が得られない。
だが事の顛末は当然気分の悪いものだった。確かに横暴な貴族、市民に対して何も現状を変えようともしてくれない国王への不満、そういったものが形を成して暴力に訴え出るという筋書きはあるのかもしれない、けれどどう考えても手を貸した貴族が裏には居るはずなのにも関わらず、処罰されたのは行動を起こしたもの達だけ。問題なのは調査が行われなかったことだ。
まるで、市民の王国への訴えという大義名分を使って初めから第一王子を殺すことが目的だったみたいに。
(おかしい、ならば派閥が激化したという記憶があってもいいはず。第一王子派だった貴族がどうして黙っていた?)
作為は感じるのにあくまで事故で処理された。派閥争いのために殺されたのが大筋では無いのなら、裏に派閥による貴族の意図が無いのであれば、何のために殺されることになる?
「とりあえず……パーティーに参加しよう」
その前に、当てにはならないし、信じて貰えないだろうけれど、前もって被害を止められるのであればと、私はとある人物に手紙を書くことにした。
フォルア王国直属の騎士団長
イアン・ド・フォン・ルーンウェル
私の兄へ数年ぶりに便りを出す。返事が来たことは1度もないけれど。
目が覚めて身支度が済むと屋敷が騒がしい。どうしたのかと聞く前にハンナが急いで知らせに来てくれる。
「お、お嬢様、ヴァラルドー様がお越しになられました」
「え!?お爺様が!?」
慌てて応接室へ早足で向かうと、先に侯爵様とアレックがお爺様と対面していた。
「おお、ラシェル!久しぶりだねぇ」
優しい笑顔でそう私に話しかける。
「お、お爺様どうされたのですか突然!?」
「可愛い孫の顔を見に来てそんなに驚かれるとは、たまにはさぷらいず、もいいものだね。なに、たまたま近くまで来たからついでに会いに来たというだけなのだがね」
「この国1番の多忙であるはずの宰相殿が連絡もなしに訪ねてきたらサプライズ所か大嵐ですよ」
侯爵様は些か不機嫌なように、お爺様へ言葉を返した。それを横目に、お爺様は私の様子をまじまじと見る。
「随分顔色が良くなったね、元気そうだ」
「はい、おかげさまで……」
リズはお茶を出そうとしたが、緊張なのか手が震えている。零してしまう前にアレックが変わってもてなした。
「どうだい?北部は。魔物が近くて怖いだろうがスヴェン郷がどうしてもとラシェルを嫁にとごり押されてしまったからねぇ不自由が無いといいのだが」
「魔物の危険は驚く程感じません、民も安心してお祭りが出来るほどに。侯爵家がずっと守ってきたからなのでしょうね」
心からそう答えると、お爺様は目を細めて良かったと答える。神官が呼ばれたという話で余計に心配していたのだと、あの時の失態が伝達されていて私は顔を赤くした。
「では顔も見れたしそろそろ行こうかな。次にラシェルに会えるのは第一王子の誕生パーティーになるかな?」
「……はい、その時にまたお会いしましょうお爺様」
侯爵様に相談する前に、参加する旨を宣言してしまった。
「楽しみにしているよ、じゃあスヴェン郷、私の可愛い孫をよろしく頼むよ」
「いわれなくとも。安心してお任せ下さい」
そう言ってお爺様は豪勢な馬車に乗って去っていく。本当に私の顔を見に来ただけのようだ。
「さて、令嬢」
「はい」
「パーティーへの参加について、ちゃんと話し合いましょうか」
「はい……」
流れで行くことになるのは難しかったらしい。絶対に納得して私も連れて行ってもらわなくてはと、侯爵様の目をしっかりと見つめるのだった。