第5話 奇襲
作者の文月之筆です。
これから本格的に物語が動き出します。
また更新頻度が落ちるかもしれませんが、どうかご了承ください。
同日 サルファ島近海域
戦艦ポートピリスの露天艦橋上に立っていた士官たちは顔をしかめながら空を見上げる。それは彼ら以外にも全艦艇の多くの乗組員たちも上空の様子に釘付けになっていた。
雲一つ無い水色の上空では多数の航空機が飛び回っていた。アコラとポート双方の軍用機が上空を飛び回っている様子を海上の水兵たちは固唾を飲んで見守っている。航空機のプロペラとジェットの放つ轟音が海上一面に響いていた。
露天艦橋にいたマドスとサフィスが空を見上げる。二人が見ている上空にはアコラ軍のジェット戦闘機がポート軍の戦闘機の追跡を簡単に振り払いながら飛んでいるのが見える。その様子を見た二人は大きな違和感を感じていた。
「サフィス司令官、あれはもしかすると新型機じゃないのでしょうか?」
「ああ、ワシもそう思うな」
マドスの疑問に険しい表情を浮かべながらサフィスは答える。上空にいるジェット戦闘機は彼らが知る今までのアコラのジェット戦闘機よりも速く、機動力が高いように感じる。更によく見れば全体的な形も違っており、新型機であることはほぼ確実であった。
そんな新型機の登場に二人の表情は自然と険しくなる。以前のジェット戦闘機よりも確実に強力な相手がよりによってこのタイミングで登場することに不吉な予感を感じていたでのある。
「それにしても我が方の戦闘機は全く手も足も出ませんね……」
マドスは諦めに近い口調で呟く。ポートの戦闘機がアコラの新型機に近づこうとするが圧倒的速度によって簡単に逃げられてしまう。それどころか逆に背後を取られたり、追いかけられるなどアコラの方に圧倒されつつある状況になっている。
その様子を見たサフィスも小さく唸った。素人目に見てもどちらが勝って制空権を握るかは目に見えており、戦闘が始まるとなれば確実に敵の制空権下で戦わなければならなくなることに頭を悩ませていた。
「マドス艦長、報告です。西から更なる航空機の大群が来ています」
「何だと、それは本当か?」
「本当です。恐らくは攻撃機などの類だと思われます」
その報告を聞いたマドスはげんなりする。以前にも二回ほど大規模な攻撃機の編隊が艦隊上空を通り過ぎるという本格的な大規模攻撃と見分けのつかない出来事が起きていた。そのような神経をすり減らす威嚇行為を再びされると考えた彼は胃に穴が開くのではないかと思わずにはいられなかった。
航空機の大群の情報は甲板上に居た全員に伝えられる。万が一の時に備えてすぐに対処できるようにするためであった。誰もが少しばかり驚きながらも準備を進めていた。
「洋上の軍艦を気にしなければならないのに、一番航空機を気にしなければならないとはな……」
洋上に浮かぶ六隻の旧式の駆逐艦を見ながらサフィスは嘆く。彼らの主な任務は接近しているアコラ海軍の軍艦に対応する事である。しかし今では上空を飛行する同国の航空機の動向に気を付けなければならない状況になっており、質と数の少なさも相まって同海軍の軍艦には最低限の注意を向けるだけになっていた。
彼らはこれから来るであろう大規模な攻撃機の編隊に備えて空を見上げる。そのため、すぐに彼らは異常に気付いた。
突如、アコラの新型機に追いかけられていた複数のポートの戦闘機が黒煙を噴いた。その戦闘機は錐もみ状態になった末に海面に激突した。
「……え?」
戦闘機が墜落した海上に複数の巨大な水柱が発生する。その様子を見た士官たちは誰もが呆気にとられた。なんの予兆もなく起きた事態に誰も理解が追い付かなかったのだ。
「……まさか!」
「やりやがったんだ!アコラの野郎が撃ったぞ!」
士官の一人が叫び、露天艦橋に居た全員が空を見上げる。アコラの新型機はすぐに別の戦闘機に向かって飛んでいき、狙われた戦闘機は先ほどと同様に黒煙や火を噴きだす。その様子を見た水兵たちの間でも大きな騒ぎとなった。
「マドス艦長、ただちに対空戦闘用意を下命しろ!」
「了解!総員、対空戦闘用意!いつでも発砲できるように弾薬を装填して砲口を上空に向けろ!」
マドスの下した命令はすぐに甲板上に居た水兵たちに伝わる。対空砲座に居た水兵たちは近くに置かれていた弾薬を対空砲に装填し、砲手が砲を上空に向ける。しかし上空は敵味方入り混じっており、誤射を避けるためにも誰も発砲はしなかった。
「まずいな……下手すれば味方を誤射しかねないな……」
マドスが苦い表情を浮かべながら呟く。その時、ある一人の士官が叫んだ。
「艦長、水上艦がこちらに砲口を向けています!」
「……ッ!しまった!」
マドスは急いで海上に視線を移す。最も近い位置にいる六隻の駆逐艦がこちらに主砲を向けている。更には魚雷発射管も同じように自身の方向に向かって旋回をしている途中であった。
「1番から5番副砲!直ちに水上の駆逐艦を狙うんだ!急げ!」
マドスは伝声管に向かって叫ぶ。旋回に時間のかかる主砲では対処できないと考えた彼は小口径だが旋回速度の速い副砲で駆逐艦を狙う事を決断した。
突然起きた非常事態にマドスは焦りながらも冷静に命令を下し対処していく。副砲が旋回を始め水上にいる駆逐艦へと砲身を向ける。だが副砲が敵駆逐艦を撃つよりも先に敵駆逐艦の主砲が火を噴いた。
「敵艦発砲!」
見張りが叫んだ次の瞬間、爆音と大きな振動が彼らを襲う。敵の放った複数の砲弾がポートリピスに命中したのだ。
ポートリピスの舷側に二発と主砲塔と対空砲座に一発づつが命中する。舷側と主砲塔は装甲が施されていたために損害は軽微だったが、対空砲座は装甲が施されていなかったために爆発と共に完全に破壊される。爆発が起きた後、甲板上に多数の鉄片と人間だったものの一部が降り注いだ。
「副砲撃て!」
遅れてポートリピスの副砲が火を噴く。合計20発もの砲弾が六隻の駆逐艦に向かって飛んでいく。とっさの照準であったが数発が二隻の駆逐艦に命中して爆ぜたのが見える。
反撃を受けた二隻の駆逐艦の内、一隻で大きな火災が発生する。運悪く魚雷発射管の近くに命中したことによって魚雷が破損し、魚雷から漏れ出した燃料に引火する。やがて火災は搭載されていた魚雷の弾頭を誘爆させ、大爆発と共に駆逐艦は轟沈した。
「敵駆逐艦、轟沈!」
「気を抜くな!奴らは魚雷を撃ってくるぞ!」
マドスは部下が浮かれないように厳しい言葉を放つ。5キロほど離れている五隻の敵駆逐艦は艦首をこちらに向けて接近を始めていた。
「主砲、接近してくる敵駆逐艦を狙え!何が何でも雷撃させるな!」
マドスは敵の雷撃を阻止するためにも主砲を使って敵駆逐艦を撃沈するように命令を下す。そうしている間にもポートピリス以外の戦艦たちも多数の敵艦を相手に砲撃を始め戦闘に突入する。
海上に砲撃音がこだまする。先ほどの平和だった海は一気に戦場と化していた。
「マドス艦長、サフィス艦隊司令官、直ちに司令塔内に避難してください!ここは危険です!」
一人の士官が二人の肩を掴みながら大きな声で話す。二人は目を合わせると先にマドスが口を開いた。
「サフィス司令官、ただちに司令塔内に避難してください。私はここに残って指揮を取ります!」
「わかった。それでは失礼する」
「よし、サフィス司令官を司令塔内に案内しろ!私はここに残って指揮を執る!」
やってきた士官はサフィスの手を取って司令塔内に向かっていく。二人の男の後ろ姿を見送ったマドスは再び敵駆逐艦の方に向く。
ポートリピスの巨大な40.6センチ三連装砲がゆっくりと旋回する。強力な主砲が敵駆逐艦に対して放たれるまでの間、副砲である五基の12.7センチ連装砲が断続的に射撃を続ける。四隻の戦艦から放たれた副砲弾の雨は五隻の駆逐艦の周囲に弾着し水柱の森を作り出す。敵駆逐艦も主砲で応戦を行うが、旧式であることの性能差から発射速度に差を付けられて劣勢に陥る。
一隻、また一隻と五隻の敵駆逐艦は被弾していく。やがて距離を4000メートルほどまで詰めてきた所でマドスの元に報告が入ってきた。
「主砲発射準備完了!」
「よし、撃て!」
マドスが叫ぶと同時に甲板上にアラームが鳴り響く。五秒後、ポートリピスの巨砲が火を噴いた。
稲妻が近くに落ちてきたような轟音と共に、火山の噴火の様な真っ赤な炎と強い閃光が辺り一面を支配する。露天艦橋にいた誰もが被っていた帽子を吹き飛ばされそうになる。目と耳に強い違和感を感じながらもマドスは敵駆逐艦の方を見た。
放たれた9発の40.6センチ砲弾は敵駆逐艦に襲い掛かる。そのうちの一発は艦橋に命中し、その場にいた人間たちは艦橋と共に跡形もなく消し飛ぶ。貫通した砲弾は海に激突すると同時に爆発を起こした。
続いて、他の二発が先ほどとは別の駆逐艦の船体を縦に貫くように命中する。砲弾は進路上にあった全ての物体を破壊しながら進んでいき、艦の中央部分で信管が作動して起爆する。爆発の威力は強力で駆逐艦を真っ二つに切断した。
「後続艦、発砲しました!」
三隻の戦艦もポートリピスに続くように強力な主砲を放つ。合計27発もの主砲弾は生き残った駆逐艦たちに壊滅的な被害をもたらしていく。ある船は上部構造物が原型が無いほど破壊され、ある船は命中した砲弾が大爆発して艦首が消し飛び、ある船は水中弾によって喫水線下に巨大な破孔が生じると同時に被弾の衝撃で船体が大きく揺れる。それでもなお駆逐艦たちは速度を落としたりしながらも接近を続けていた。
その様子を見たマドスは空を見上げる。上空ではまだ戦闘機たちが空中戦を続けている。こちらに対して攻撃する余裕は無い様子であったことから、マドスは思い切った命令を下す。
「対空砲座!上空警戒を止め、接近している駆逐艦を狙うんだ!」
対空用の40ミリ機関砲を使って駆逐艦を攻撃するように命令を下す。威力こそ副砲よりも劣るものの、圧倒的発射速度と砲門数で攻撃できる。装甲の無い駆逐艦ならば非常に強力な弾幕になるだろうと判断したのだ。
マドスの命令から少し遅れて対空砲が駆逐艦に対して射撃を始める。文字通り雨のように降って来る40ミリ砲弾は駆逐艦の船体に次々に穴を空けていく。爆発の破片が至るところにまき散らされ、機材や人間をズタズタにしていく。
金属が軋む。引き裂かれる。無機的な嫌な音と爆発音が断続的に聞こえる。乗っていた人間たちの手足がもがれる。そして血しぶきとともに絶叫のような悲鳴をあげる。それでもなお、戦艦に対する突進はとまらない。
ポートリピスに乗船していた水兵たちは満身創痍になりながらも突進を続ける駆逐艦に恐怖を覚える。しかし猛攻撃を受けた駆逐艦は急速に速度を落としている上に反撃も全くできずにいる。やがて二隻の駆逐艦が大爆発を起こして沈んでいくと同時に一隻の駆逐艦が搭載していた六発全ての魚雷を発射した。
「敵駆逐艦、魚雷発射しました!」
双眼鏡を覗いていた士官の一人が叫ぶ。マドスは表情を青くしながら伝声管に向かって大きな声で命令を下す。
「取り舵一杯!魚雷が来ている!」
「了解!取り舵一杯!」
司令塔内にいる航海長が操舵輪を左に回す。海中にある舵は動いたものの、質量のポートリピスはまだ動くことなく直進を続けている。戦艦の様な大型艦は舵が効くまで時間がかかるからであった。
舵が効くまでの間、マドスたちは魚雷の雷跡を見つけ出すために全力で海面を見つめる。砲弾によって形成された多数の水柱の森の中から六本の白い雷跡が飛び出した。
「雷跡発見!方位1-1-0です!」
「よし、対空砲に迎撃するように通達せよ!」
マドスはすぐさま命令を下す。成功する可能性は低いものの、対空砲弾の弾着の衝撃で敵の魚雷を誘爆させる作戦に出た。
すぐさま対空砲座に命令と雷跡が伝わり、雷跡に対して射撃が開始される。主砲と副砲は残る三隻の敵駆逐艦を沈めるために対魚雷戦闘には参加しない。他の戦艦たちも同様に魚雷には対空砲が攻撃をし、駆逐艦には副砲と主砲によって攻撃をしていた。
やってくる雷跡に対して激しい攻撃が行われる。放たれた40ミリ砲弾は次々に海面へと激突し炸裂する。戦艦たちに向かう六本の魚雷は茨の道を進む事となる。
毎分120発もの発射速度を超える対空砲たちの迎撃は非常に激しく、一見するとオーバーキルに見えるほどの弾幕を作り出す。しかし、水兵の目視による対水上射撃は思った以上に有効な弾幕が張ることができず、多くが外れて魚雷に対して有効な一撃を加える事が出来ていなかった。
「距離2000メートル!」
「20ミリ機銃にも攻撃するように命令せよ!」
40ミリ機関砲に加えて20ミリ機関砲も攻撃に加わる。一発の威力は弱いものの、発射速度は40ミリ機関砲よりを上回る。その20ミリ機関砲が攻撃に加勢した事によって更に多くの水柱が生まれる。
露天艦橋にいる士官たちは迫って来る雷跡を食い入るように見る。マドスや他の数名が魚雷の間をすり抜けれるように舵の微調整をしている。雷跡が1000メートルに至った時、一本の大きな水柱が発生した。
「魚雷、一本誘爆しました!」
「気を抜くなよ!まだ五本残っているぞ!」
一本の魚雷は誘爆を起こしたものの、残りの五本が迎撃されないままポートリピスへと接近を続ける。マドスらはそれら五本は操舵によって回避することをを決意する。
魚雷の間をすり抜けれるようにポートリピスの進路を微調整する。遂に魚雷が500メートルを切った所で一本の魚雷がポートリピスに直撃するコース上にある事と、回避行動が間に合わないことに気がつく。
「まずい……!総員、衝撃に備えよ!」
マドスは近くの手すりを掴みながら雷跡の行方を見る。おそらく魚雷はポートリピスの艦尾か艦尾近くの右舷後方に命中するだろうと予想を立てる。舵やスクリューが破壊される可能性に顔を青くしながらも、可能な限り損害を減らすためにも今取ることのできる最大限の選択を行う。
雷跡が400メートル、300メートル、200メートルと徐々に距離を詰めていく。100メートルを切ったところでマドスは姿勢を低くし、強く目を閉じた。
「(どうか爆発しないでくれ!)」
天に向かって必死に祈る。ついに一本の魚雷がポートリピスの艦尾に直撃した。本来であればその一撃は非常に痛い一撃になるはずだったが奇跡が起こった。
本来であれば弾頭部にある信管が作動し、大量の爆薬が充填された弾頭は炸裂するはずだった。しかし、対空砲による攻撃によって信管が破損したため正常に作動しなかった結果、魚雷は爆発しなかったのだ。
ポートリピスに直撃した魚雷はそのまま海へと沈んでいく。何秒経っても強い衝撃が襲ってこなかったことからマドスは顔をあげる。
「助かったのか……?」
露天艦橋にいた全員が前方を見る。そこには四本の雷跡がポートリピスたちから遠ざかっていく様子が見えた。
「やったぞ!魚雷が起爆しなかったんだ!」
誰かが歓呼の声をあげる。それに続くように皆が大きな声で喜びの悲鳴をあげる。
遠ざかっていく雷跡を見ながらマドスは大きく息を吐く。最悪な事態が過ぎた事に安堵しながらも、彼は上空を見上げた。
「一難去ってまた一難か……」
全員が敵の駆逐艦との戦いと魚雷の回避に熱中している間、上空では激戦が繰り広げられていた。その激戦によってポート軍の戦闘機の大半は撃墜されたがアコラ軍の新型機は全く数が減っていない。
墜とされていく戦闘機をぼんやりと眺めていると同時に大爆発の音が聞こえる。ふと海上に視線を移すと一隻の駆逐艦が大爆発を起こして沈んでいくのが見えた。
「艦長、残りの敵駆逐艦を撃沈しました」
「了解。他の水上艦艇は見えるか?」
「いえ、全く見つかりません」
敵の水上艦艇が居ない事からマドスは海上の戦闘は一旦は決着したと判断する。最初の水上戦で勝利したことを内心では喜びながらも、航空戦で負けている事にマドスは複雑な感情を持つ。そうしている間にも最後の一機の戦闘機が撃墜された。
「マドス艦長、聞こえるか?」
ふと伝声管から声が聞こえる。マドスはすぐにその声がサフィスであることに気づく。
「どうしましたか、サフィス司令官?」
「多数の航空機がこちらに向かっている。こちらを攻撃する可能性が高いぞ」
「なっ……!」
マドスはすぐに大規模な編隊が近づいていたことを思い出す。マドスは慌てて再度、対空戦闘用意を叫びながら伝声管に向かう。
「航空基地と空母部隊に応援要請をしましょう!」
「もう試した。後方の空母部隊や航空基地にもう戦闘機が残っていないのだそうだ」
絶望的な返答にマドスは顔を歪める。ふと空を見上げると敵の戦闘機が飛び去って行く。
「サフィス司令官、敵の戦闘機が飛び去って行きます」
「なんだと?」
面食らったような声が返ってくる。普通ならば戦闘機が機銃掃射を行って対空砲座を沈黙させたり、増援に来た戦闘機を撃ち落とすためにも普通であれば上空に残るはずだが、なぜか上空から去っていくという不可解な行動を取っている。
「……とにかく上空の警戒を怠らないように気を付けろ。敵の行動は後方の部隊に伝える」
「了解。それでは」
マドスは空を見上げる。東方へと飛び去って行った敵機の不可解な行動に妙な胸騒ぎを感じているのであった。
いかがでしたでしょうか?
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この辺りに関しては今後、修正などをしていく事で変わるかもしれません。
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