第3話 不穏な空気
読者の皆様、作者の文月之筆です。
投稿が遅くなってしまい申し訳ございません。
今後もこの様になるかもしれませんが、どうかご了承ください。
移転後歴5年4月18日 サルファ島近海域
サルファ島から西方へ100kmほどの海域では微かな風が優しく吹いていた。風は穏やかな青い海の上に美しいさざ波を生じさせる。その海域の空は少し曇っていたものの、おおむね晴れと言える程度には天気は良かった。
水色に近い青の空に真っ白な雲が浮かぶ。さんさんと照り付ける太陽が空高く登り、海面は太陽に照らされてきらめく。写真にすれば映えるであろう自然の風景の中に似合わない存在が存在していた。
紺色の海上に複数の船が浮いているのが見える。いずれも形や大きななどは全く違っていたものの、いずれも灰色に塗装されており戦いを目的とした無骨な見た目であることは共通していた。
そんな軍艦たちは大きく二つの勢力に分かれている。双方の船のマストに掲げられている軍艦旗はアコラ海軍とポート海軍を示していた。双方とも互いに相手を牽制するように戦艦などの大型艦を先頭に立たせ、それよりも小さい巡洋艦や駆逐艦がそれを補佐するように後ろや周囲に並んでいる。
両国の大艦隊は海の上を進む。アコラ海軍は軍事的圧力を加え自国の威厳を見せつける命令を果たすために進み、ポート海軍は強硬的な行動をとるアコラ海軍を牽制する命令を果たすために進む。目的のために双方とも引くことは無く、双方の間で生まれた緊張は常に最高潮に達していた。
戦艦ポートリピスの甲板上では多くの水兵が集まって向こう側にいるアコラ海軍の軍艦たちの姿を眺めていた。水兵以外にも艦長などの士官たちも司令塔などでなく、露天艦橋など外に出て相手側の様子をうかがっていた。
戦艦ポートリピスには強力な40.6センチ三連装砲を三基と副砲である両用砲や対空砲をハリネズミのように搭載している。これほどの大口径砲はポート海軍のみが運用しており、ポートピリスもその内の一隻である。更に40000トンを超える巨体には自身の主砲にも耐えることのできる圧倒的な装甲と30ノットの高速を発揮でき、相手のポート海軍の戦艦を全ての面で凌駕していた。
この様な強力な戦艦をアコラ海軍の二隻に対して四隻も用意し、艦隊の前面に配置する。これこそポート共和国が示す最大の牽制の意思表示であった。
「今日も変わらずやって来たか……」
ポートピリスの艦長であるマドスが呟く。露天艦橋の上に立つ彼は双眼鏡で向こう側に見えるアコラ海軍の戦艦を他の士官たちと共に眺めていた。
大量の黒煙を吐いているアコラ海軍の戦艦は同国の最新鋭の戦艦である。だが質の面でも数の面でもこちらの戦艦部隊の方が上回っていた事からマドスは相手を脅威とは考えていなかった。
「相手は戦艦が二隻に重巡洋艦が四隻、一方の我が方は戦艦と重巡洋艦が共に四隻。それに加えて軽巡洋艦や駆逐艦などの艦艇や後方に待機している空母などの艦艇も含めれば更に我々の方が多い」
マドスは声のした方向に向く。そこには立派に生やした白い髭が特徴の艦隊司令官のサフィスがいる。何十年も前に起きた戦争などで大きな活躍しただけあり、着ている軍服と合わせて凄まじい貫禄を持っていた。
「マドス艦長よ。常識的に考えれば我々の方が強いとは思わんかね?」
「ええ、そうですね。確かに水上艦艇の戦力においては我が方が強いとは思いますね」
マドスはあえて「水上艦艇の戦力」の部分を少しだけ強めて返事をする。暗にサフィスに注意を促していた。
「そうだろう、だからワシはあの艦隊を脅威とは思っとらん。もちろん相手を舐めているわけではないぞ。本当の脅威は別にある」
サフィスは視線を空に移す。所々に雲がある以外には何も存在しない綺麗な水色の空が見える。マドスも双眼鏡から目を話して空の方角を見た。
「航空機ですか?」
「そうだ。ワシはその航空機が心配なのだ」
サフィスがそう言った直後、二人のいる露天艦橋の元に一人の若い下士官の男が転がり込んでくる。その場にいた士官たちの視線を浴びながら下士官の男はマドスに向かって話し出した。
「艦長、報告です。西へ90キロの地点に多数の航空機を確認しました。恐らくはアコラ軍の航空機だと思われます」
マドスはサフィスと目を合わせる。最も懸念していたものがタイミングよく現れたことに二人は思わず呆気にとられた。だがすぐに気を取り戻して命令を下した。
「わかった、レーダー手に上空を警戒するように伝えよ。それと後方にいる空母戦隊やサルファ島航空基地にも通達して航空機を上げるように要請しろ」
「了解しました」
命令を聞いた下士官の男は弾かれたように飛び出していく。風のように素早く去っていく彼の後ろ姿を見送った後、マドスとサフィスは話題に戻る。
「奴らはジェット戦闘機を実用化していて時速600キロ以上出ると聞く。これでは我が方の艦上戦闘機では歯が立たない可能性が非常に高いだろう」
「はい。まだ日本のジェット戦闘機と比べれば速度は遅いですが、我が国のレシプロ戦闘機と比べれば断然早いですね」
サフィスは頷く。去年アコラ国で行われた軍事パレードで登場したジェット戦闘機の存在を思い出す。その戦闘機は時速600キロ以上を出すことが可能となっており、世界中に衝撃を与えた。移転国家である日本以外にジェット戦闘機を保有する国は存在せず、日本以外の国には対抗する術が無い事に誰もが脅威を感じていた。
そのアコラのジェット戦闘機がポートのレシプロ戦闘機を次々に駆逐していく様子が二人の脳裏に浮かぶ。ジェット戦闘機を有する日本の有識者による分析によれば、まだまだ信頼性や性能に問題があり戦術次第では多少は挽回できるだろうと分析されていたものの、それでも苦しい戦いになるのは目に見えていた。
「もし制空権が取れらたら非常に危険なのはマドス艦長も知っているだろう。大量の航空機が来れば戦艦は良い的になるだけだからな」
「まあ……そうなりますね」
サフィスの言う通り、制空権が取れない状況での海戦は非常に危険である。これまでのポート海軍では圧倒的な航空戦力を投入して制空権を奪うと同時に敵艦艇に攻撃を仕掛けて敵艦に打撃を与えるといった戦術を取っており、その効果をポート海軍の軍人である二人は一番理解していた。
その航空機による攻撃に対して水上艦艇ができる対抗手段は非常に限られている。レーダーと連携した対空砲などがあれば少数の敵機ならば対処できるだろう。しかし大量の航空機が来れば水上艦艇の対空砲だけでは対処できず、あっけなく沈められるのが目に見えていた。
「いずれにしてもアコラの連中が本気で侵略を始めたら、ここの艦隊も少なくない損害は出るだろうな。どれほど被害が出るかまでは実際に起きてみるまで分からんが……」
ふとサフィスが沈黙する。少し強い風が吹いて彼の白い髭が揺れた。サフィスは視線を空から海の上へと視線を向ける。
「あまり縁起の悪い事は言いたくはないが最悪の場合、サルファ島まで占拠されかねんな」
「……それは流石に難しいのでは?サルファ島には陸軍の部隊が四万人ほど存在します。私は陸戦については詳しくありませんが、一般的に攻勢側よりも守備側が有利と聞きます。ですから相手がサルファ島を占領するよりも先に即応体制の海兵隊が増援として向かうでしょうから占領まではいかないのではないでしょうか?」
思わずマドスは反論する。彼の言う通りサルファ島には陸軍の守備隊が駐屯しており、通常の部隊よりもはるかに優れた装備を持っている。それに加えて防衛戦に徹する事さえできれば、アコラ側がよほどの大部隊を送り込むなどの行動をとらない限りは海兵隊の増援が間に合うだろうと考えていた。
「確かにその可能性も否定はできないだろう。だが我が海軍が相手の海域を奪還するのに時間がかかれば陥落する可能性は十分にある。まあ仮定の話だがな」
そう言うとサフィスは沈黙する。それにつられてマドスも沈黙した。
二人が沈黙を続けてから数分が経った。アコラ海軍艦隊の急な進路変更に合わせて艦隊の進路を変えたこと以外にはこれといった事が起きず、このまま緊張が続くと思った最中に異変が起きた。
風が吹く音や波の音に混ざって異質な甲高い音がかすかに聞こえる。自然界には確実に存在しない音に甲板上に居た多くの兵士たちが動揺する。その音は露天艦橋にいた士官たちの耳にも届き、音の正体に気づいた全員が空を見上げた。
「やってきたか……!」
露天艦橋にいた一人の若い士官の口から洩れる。戦艦に最低限の見張りを付けると士官たちは双眼鏡や肉眼などを使って発生源を探し出そうと動き出す。その音は次第に大きくなっていき、音の発生源が姿を現した。
「アコラのジェット戦闘機だ!こっちに来てるぞ!」
甲板上に居た一人の水兵が空を指さしながら叫ぶ。彼の指先には黒い点のようなものが浮かんでいる。その黒い点は少しづつだがポートピリスへと近づいて来ていた。
甲板上に居た水兵たちは空を見上げながらも各自の持ち場に着く。相手を刺激しないようにするためにも対空砲などには弾薬を装填せず、上空に砲口を向けないようにしていた。だが仮に攻撃が行われた時に備えて近くに弾薬を配置して砲座には水兵が待機してした。
更に時間が経ちポートリピス上空を飛ぶ敵機の姿がはっきりと見える。黒い点だったものは彼らの知っている戦闘機とは異なった姿をしていた。異形の戦闘機から放たれるエンジン音はキーンと非常に甲高いもので聞いた人に強い恐怖感を感じさせる。自らの姿を見せつけるかのように異形の戦闘機は高度を下げるとポートピリスの上空を通り過ぎる。
「速い!!」
「おお……これがジェット戦闘機か!」
「すげぇや……」
甲板上に居た水兵や士官たちが騒然とする。甲高い音と共にだんだんと異形の戦闘機が離れていくのを多くの人間は食い入るように眺めていた。
露天艦橋にいたマドスとサフィスも過ぎ去っていくジェット戦闘機を眺めていた。その場にいた士官たちがただただ眺めている中、二人はふと我に返る。
「……驚いたな。アコラのジェット戦闘機を初めて見たが、間違いなく我が国の戦闘機よりも速いだろうな」
「……ええ、間違いないですね。私もアコラのジェット戦闘機は初めて見ましたが自分の想像以上に速いですね」
二人は率直な感想を述べる。ポートピリスを通り過ぎた異形の戦闘機は空高く上昇していく。
「しかし見た感じ情報通りですね。プロペラが無い代わりに主翼の根本が膨らんでいる。しかし主翼は日本のジェット戦闘機よりも従来の戦闘機に近い形をしています」
「ああ、同じジェット戦闘機でも日本のジェット戦闘機とは大きな違いだな」
アコラのジェット戦闘機よりも日本のジェット戦闘機を見る機会の方が多かった彼らにとって異形の戦闘機は古臭く感じた。日本の戦闘機は彼らの知るレシプロ戦闘機と全く違う姿をしており、同じ戦闘機とは思えなかった。最初に見た時、SF小説に出てくるような未来兵器を彷彿とさせた。
しかし今の異形の戦闘機は確かに先進的であったが、SF小説に出てくる未来兵器よりかは今の兵器の延長線のように感じていた。一応、ジェット戦闘機だが全体的に従来のレシプロ戦闘機の面影を残していたことが主な理由であった。
そんな事を考えていると、例の異形のジェット戦闘機のエンジン音が大きくなってくる。全員が再び空を見上げて異形のジェット戦闘機を探した。
「また戻って来たぞ!」
誰かが叫び、甲板上は再び騒然とする。アコラのジェット戦闘機が反転してポートリピスに迫って来る。やがてジェット戦闘機の編隊の一部が分離してポートリピスへと降下を始める。
それを見た全員が驚く。ジェット戦闘機は途中で水平飛行へと移行した後、ポートリピスの上空を何事もなく飛んでいく。分離したジェット戦闘機はそのまま上昇し編隊に合流した後、その場から去っていった。
「……驚いたな。わざわざ反転してもう一度やって来るとはとても歓迎されているみたいな。実に嬉しい限りだ」
「まあ、手荒い歓迎ですがね」
マドスは険しい表情のまま答える。能天気な発言をしたサフィスの方も目は笑っておらず、状況の深刻さに頭を悩ませていた。それは他の士官たちも同様である。
以前にもアコラ国の航空機が飛んできたことはあった。しかしいずれも艦の近くを飛行するか、高い高度を飛び越えるなどの比較的危険度の少ない程度であった。
しかし今回の飛行は明らかに異なっていた。艦の上空を通り過ぎようとした際に降下を始めるといった攻撃を予想される行動をとっていたのだ。これらの行為は非常に危険な行動であり、今まで一度も行われていなかった。
そして今回、そんな行動が行われたことに誰もが危機感を持つ。金融資産の移動から始まり、連日のように挑発行動はエスカレートしている。そして現在、戦争までほんの紙一重の所まで状況が進んでいる事を最も強く実感した瞬間であった。
「サフィス司令官殿、そろそろ戦争が始まるかもしれませんね」
「ああ……そうだな……」
そう言うとサフィスは沈黙する。どことなく水色の大空は雲が多くなり、海の波は大きくなって荒れ始めそうな雰囲気を醸し出しているのであった。
いかがでしたでしょうか?
2回ほど書き直したせいで遅くなってしまいました。
本当に申し訳ありません。
これからも頑張って投稿していきます。
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