第2話 大都市の夕暮れ
作者の文月之筆です。
これから更新間隔が伸びると思われますが、どうかご了承ください。
移転後歴5年4月17日 ポート共和国 都市サイバネス
ポート共和国において五つの指に数えられる程の大都市である都市サイバネス。同都市は日本が異世界に移転してから更に発展し、いずれは首都のシブリアを超えるほど発展してもおかしくないとすら言われている。
ポート共和国において試験的に経済特区に指定し日本の資本や技術を大規模に導入したサイバネスの街並みは今までとは大きく変わっていた。今までの様なレトロな様式で背の低い建物は数を減らし、代わりに非常に先進的で背の高いビルなどの建物が建っている。道路上に走っている車も自国産のものよりも日本製の物が多く走っていた。
このように街中のありとあらゆるものに日本という存在が見え隠れする。他にも日本の資本や技術などを取り入れることを目的として国内外の多くの国の企業などが参入している事もサイバネスが発展した要因の一つでもある。
国際色豊かに発展していたサイバネスの街には多くの人が住んでいる。総勢で300万を超える人々はそれぞれの仕事に就き、それぞれの家に帰り、それぞれのしたい事を成し遂げようとしている。繁栄を約束されたこの地にて人々は今日も懸命に生きていた。
サイバネスの中心部から東側にスリアという小さな地区がある。ここは様々な事情によってサイバネスの中でも最も発展が遅れている地域である。しかしそれでも、かつての面影を色濃く残した地域として少なからず人気があり、現地の酒場は隠れた人気スポットとして活用されている。
そんなスリアのある酒場にて二人の男が訪れた。どちらも三十代程度の比較的若いサラリーマンの男である。新品のスーツを着た二人は空いている席を見つけるとそこに座り、近くにいた店員に注文をした。
「すみません。ビールと仔牛の煮込みを二つずつお願いします」
「はーい。しばらくお待ちください」
店員は足早に厨房の方へと去っていく。その姿を見送った後、二人は互いに会話を始める。
「サーレンさん。ここの仔牛の煮込みは絶品と聞きましたが本当ですか?」
「そうですよ安藤さん。いくつか酒場を回ったのですが、ここの仔牛の煮込みが一番美味いのですよ。食べてみればきっと気に入ってもらえると断言しましょう」
サーレンと呼ばれた男は熱弁する。安藤は楽し気な表情を浮かべてそれを聞いていた。彼はサーレンに良い酒場があると誘われてここに来たのだ。おいしい料理が安く食べる事ができ、そして人の数も比較的少ないために落ち着いて食事できるとのことであった。
しばらくの間、二人が他愛の無い話をし続けていると店員が注文の料理を運んでくる。二人は店員に礼を言うと、ビールの入ったジョッキを合わせて乾杯をした。
彼らは泡立ったビールを喉へと流し込む。仕事終わりの疲れ切った体に美味しいビールが染み渡るのを感じた。
「うーん。やっぱり仕事終わりのビールは美味しいですね」
「ええ、そうですよね」
口元の泡を拭き取ると二人はスプーンを手に取って仔牛の煮込みを食べる。柔らかな牛肉が舌の上でとろけ、赤ワインと肉汁の溶けたスープがとても美味い。
「おおっ……。これはいいですね!」
「でしょう?」
二人はビールを飲み、仔牛の煮込みを食べていく。少し値段が高いものの、それ以上に美味しく量があるので決して悪くはない。しばらく食事を続けた後、二人は食事をするのを中断して会話を始めた。
「いいですねぇ……。今度もまたここに行きましょうサーレンさん」
「そうですね。今度もここに行きますか!」
二人は周囲を見回す。彼ら以外にも複数人の男たちがこの店を訪れて飲食を楽しんでいる。それでも店内の半分近くの座席が空いている。二人はこの店にあまり人が訪れない事を残念に思った。
数少ない常連客の楽し気な会話がこの店のBGMとして流れる。和やかな雰囲気に包まれた店内にてサーレンはふと何かを思い出したように話し始めた。
「そういえば安藤さん。最近、アコラ国の方が変らしいのですよ」
「ん?何かあったのですか?」
安藤は首をかしげる。サーレンは口元を紙製のテーブルナプキンで拭った後、神妙な顔つきで話し始めた。
「いやぁ……。詳しくは僕の方もわからないのですが、どうもきな臭い事が起きそうだと言われているのですよ」
「きな臭い事?」
安藤は考える。昨日から世界中のアコラ国関連の金融資産の移動が活発になっているとニュースで放送されているのを思い出す。
「もしかして金融資産の移動が活発になっている件ですか?」
「そう。それにも関係する話ですよ」
サーレンは小さくため息をつく。普段ならば、殆どため息をつくことのない彼の行動に安藤は少し驚きを感じた。そして予想以上に面倒か厄介な話題であることを察する。
何を言おうとするかを少しばかり考えた後、サーレンは話し出す。
「アコラ国の事は安藤さんも知っていますよね?こういう事を言うとアレかもしれませんが、少しばかりめんどくさい人が多いというか何というか……」
「あぁ……。確かに現在のトップとかを見ていると少し嫌な感じがしますよね……」
「全くですよ。僕たちだけじゃなくてみんな思っていますよ」
彼らは最近のアコラ国の事を思う。日本がこの世界に移転する少し前から同国では過激なナショナリズムが台頭する兆しを見せていた。日本がこの世界で移転する一年ほど前、アコラ国ではアコラ人が最も優れていると説き、国内でくすぐっていたナショナリズムを具現化したようなアコニ大統領が当選したのだ。
そして彼の元でアコラ国は大きく変わった。多くの国民が彼の主張に影響され賛同し、歪んだ形でナショナリズムが肥大化していった。やがて人々は他国に対して排他的で相手を見下すようになっていった。いわゆるエスノセントリズムを具現化したような形になったのである。
それを象徴する事例として、かの国のテレビやラジオや新聞や雑誌など様々な情報媒体で自国がいかに優れているかを書き、他国がいかに劣っているかを書き連ねている。他にも現地で外国人が差別的な扱いを受けたといったミクロなものから、アコラ国政府が他国に対して高圧的な態度で迫り国際問題になるといったマクロなものまで存在していた。
「まあそれでなんですけども、今現在においてアコラ国の金融資産の移動は世界中で起きているのですが、一番活発なのがここなんですよ」
「ここ?つまりポート共和国内の金融資産の移動が活発なのですか?」
「そういう事ですよ」
サーレンはビールを一口ほど飲む。安藤は疑問を口にした。
「でもそれって単純にポート国内にあるアコラの金融資産が一番多くて、単純に移動している量が多いってことじゃないのですか?」
「僕も最初はそう思ったのですが違うそうなんですよね。……というのも、多くの国の場合では民間の物だけが少しばかり移動しているだけなのですが、こっちは国の物も動いているのですよ。それに加えて民間の方も他の国よりも大きく動いている点が違っていますね」
アコラ国はポート共和国に一番多くの金融資産を持っている。しかしそれを考慮してもなお民間の金融資産の移動量は他国よりも多く、他の国では行っていない国の金融資産まで動かすという事態が起きている。
「うーん。確かにこれは何か嫌な予感がしますね……」
「ええ。実際、戦争でも起きるのではないかとも言われていますよ」
「ああ、なるほど……」
戦争という物騒なワードが出てきたが安藤は素直に納得する。近年、アコラ国は大規模な軍拡を行っているからである。
ただその軍拡は少しばかり特徴的だった。今までのプロペラ戦闘機に代わってジェット戦闘機が配備され始めたり、従来の貧弱そうな戦車からポート共和国の戦車と互角に戦えるような戦車を配備していた。だがこういった技術面以外にも国力に合わないと考えられる程の規模にまで軍を拡大するなどもしている。
このような急速かつ大規模な軍拡と同国のエスノセントリズム的姿勢から巷では戦争が起きる可能性がまことしやかにささやかれている。あくまでも可能性でしかなかったが、ポート国内では多くの人がそれを信じ不安を抱いていたのだ。
「まあ、そうは言っても僕たちにはどうしようもないのですけどね……」
「……身も蓋もないですね」
安藤は苦笑いを浮かべる。サーレンの身も蓋もない発言がこの話題の終わりを告げる。
二人は今の話を打ち切ると食事を再開する。酒場の雰囲気に合わせて彼らは適当な世間話を放しながら楽しい食事を続ける。やがて食事が終わると二人は会計を済ませた後に酒場から出ていく。
酒場から出ていった安藤とサーレンの二人はスリアの酒場通りを東へと歩いていく。二人とも家がある方角が同じであることから彼らは普段から一緒に帰っていた。
二人は自分たちの家へと向かって歩いていく。新しく舗装された歩道には沢山の人たちが歩いている。やがて彼らの姿は人だかりの中へと消えていくのであった。
・・・・・・・・・・
同日 アコラ国 シュア島 カーマイン航空基地
時を同じくしてアコラ国の領土の一部であるシュア島のカーマイン航空基地は慌ただしくなっていた。同じアコラ国の人間であっても容易に立ち入りが許されず、軍などの一部の限られた人間だけが立ち入ることが許された同島では重大な軍事機密が扱われているのであった。
コンクリートで舗装された滑走路上に六機の軍用機が待機していた。いずれも輸送任務に使われる輸送機であり、その周囲では多数の人員や車両などが集まって待機している。
「少佐、輸送機一号への戦略兵器の積み込み作業が完了しました」
「了解。それでは偽装の輸送機三号と共に離陸指示を出せ。それと、細心の注意を払うようにと伝えてくれ」
「了解。それでは失礼します」
去っていく部下の背中をサブナ少佐は見送る。彼は自身の腕時計を見て時間を確認した。
「(17時30分。あと少しで日が沈むな……)」
日没まであと一時間ぐらいだろうと彼は予想を立てる。まだ太陽が沈んでいない内は安全に飛ぶことができるが、太陽が沈んだ後となると話は異なる。夜間飛行は非常に危険であり、輸送機の積み荷を無事に本土まで送れる保証ができなくなる。
そのため彼らは急いで最終準備を進めていた。急ぎながらも戦略兵器に問題が起きないように、細心の注意を払って慎重にそれを保管されていた倉庫から運び出し、大人数で輸送機へと積み込む。もしも、あと少し早く指令が来たのであればこのように慌てることにはなら無かっただろうとサブナは感じ、思わずため息が出てしまう。
サブナは遠目で積み込み作業を眺める。シートに隠されて全体は見えないものの、現在積み込まれている物がどのようなものか知っている彼は視線を外すことができなかった。
「あれが動くという事は間違いなく戦争が始まるな。……しかし本当にあれは動くのだろうか?」
数年前にシュア島とヘルク島に調査団が派遣された時、同地にて大量の兵器が保管されている設備が発見された。その兵器が保管されている設備は兵器遺跡と呼ばれ、限られた人間以外は立ち入り禁止となった。
そして兵器遺跡の存在はアコラ国に大きな衝撃を与えた。存在そのものが与えた衝撃も大きいが、そこで見つかった兵器の存在も大きい。そこで見つかった兵器は非常に先進的であり、この世界のいかなる国の兵器よりも優れたものが多数存在していたのだ。
これらの兵器はオーパーツ兵器と称され、解析と再整備からの戦力化が試みられた。その結果としてアコラ国の軍事技術が一気に進化して強力な通常兵器を作れるようになった他、戦力化に成功したオーパーツ兵器がアコラ国の切り札として極秘に運用されている。
そんなオーパーツ兵器だがサブナにも全く懸念が無かったわけではない。特に戦略兵器を一番の懸念していた。
戦力化されたオーパーツ兵器の内、ほとんどの兵器が動くことが確認できた。しかし戦略兵器こと核爆弾だけは違っている。核爆弾だけは三発しかなかったことと、保管されていた施設から接収した多くの書類などの情報から秘密裏に実験する事が不可能と考えられたために実際に使用はしていないのだ。
「それにたった三発だけしか存在しない。再生産の目途も立っていないそんな物を使っても大丈夫なのだろうか……」
サブナは小さく呟く。戦略兵器の使用権限は大統領に存在する以上、自分の力ではどうすることもできない。彼の中で言葉に掲揚できない複雑な感情がこみあげてくる。
「失礼します少佐。報告です」
ふと男が入って来る。先ほどの報告を入れた部下であった。
「輸送機二号と五号への戦略兵器の積み込み作業が完了しました」
「よし。まず最初に輸送機二号と四号を離陸させよ。その十分後に輸送機五号と六号を離陸させるんだ」
「了解。それでは失礼します」
再び部下は走り去っていく。その数分後、二機の輸送機が滑走路から離陸して空を飛んでいくのが見えた。
力強いレシプロエンジンの唸り声が聞こえてくる。音の発生源である二機の輸送機は晴れ渡った空の彼方へと姿を消す。
「行ったな……」
木箱に座り込んだサブナが呟く。彼はふと時計を見てみると、時計の針は17時35分を指していた。
そしてその十分後、再び二機の輸送機が発送路から離陸して空を飛び去って行く。飛び立った二機の輸送機の姿が見えなくなった後、サブナは自身の肩の荷が下りたの感じ大きなため息を吐きながら安堵するのであった。
いかがでしたでしょうか?
もしよろしければ、コメントや評価の方もよろしくお願いします。