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もしも、そうなったなら

 

「嫌。……こんなの嫌。どうして、どうして私なんかを庇って」


 身体を蝕む痛みなど度外視して、ノエルは肉塊のすぐ近くで項垂れていた。後ろに聳え立つのは崖。正面に広がるのは夥しい数の樹々。

 樹海である。

 空は未だに青く澄み渡る事は無く、黒く塗り潰され、濁ってしまっている。まともな光源は無いモノの、辛うじて青白く輝く月明かりが、光源の役割を果たしていた。


 生き物の声が聞こえてきた。

 グルルルル、と言う肉食獣の様な声が聞こえてきたかと思えば、キョーキョーと言う甲高い、鳥類の様な声。

 それらの声は、総じて魔物だ。


 森の隙間から、赤青黄色。様々な瞳が、爛々と輝き、ノエルと肉塊を見据えている。自分たちの血肉となる、餌として。

 魔物が来ている事は知っていた。

 しかし、ノエルに逃げ出す気力は無かった。


 崖から落ちてしまったせいで、全身が痛んでしまっていた、と言うのもあるが、理由はもう一つある。

 自身が近くに居る肉塊――アルトを、放っておくことが出来なかったからだ。

 未だに息はある。けれど、助かる見込みは絶望的だ。見捨てて、逃げ出したほうが賢明なのに、それでもノエルは動かない。


 魔物達が姿を現す。

 爛々と光る眼。獲物の命を、無作為に散らす為の牙と爪。ポタポタと落ちる涎。そのどれもかれもが、おぞましい要素となる。


 化け物達は、ノエル達に飛びかかってくる。

 数秒後の未来が、何となく予想できた。けれど、ノエルに後悔と言う名のしこりは存在しない。


「だって、アンタが居ない世界なんて、そんな世界……」


――助けてあげようか。


 そんな声が聞こえてきたと同時に、魔物達の身体が、砂礫の様に崩れ落ちた。魔物の残骸は、そのまま風に運ばれる。

 魔法を使っても、こんな芸当は出来ない。

夢でも見ている気分だった。

 残ったのは、ノエルと何かとアルトのみ。


――大丈夫かい。


 声は、男じゃ無ければ、女でも無い。少女じゃ無ければ、少年でも無い。老人でも無ければ、老婆でも無い。

 ノイズが混じった誰かの声で、何かは――否、何か達はそう言った。実体らしい実体は無く、複数の光の弾が存在している。


 何とも、幻覚みたいな光景だ。

 ノエルは只々眺めるばかりだった。


「あ、貴方は一体……」


 絞り出す様にして、発した言葉はそれだけだった。しかし、何か達はノエルの質問には答えない。代わりに、こんな言葉を投げかける。



――そこに居る、彼の事を助けたいかい?


 


「本当にどうしてこうなった」


 憂鬱そうな顔で、アルトはそう呟いた。

 そして、


「本当に、どうしてこうなったんだ!」


 息を吸い込んで、改めて、大きな声で叫んだ。


「うるさい! そんな事言っている暇があるんだったら、もっと早く走りなさいよ!」


 そんなアルトを見かねたのか、隣にいるノエルが叱咤する。未だに、自身が置かれた状況を、アルトは呑み込めずにいた。

 後ろから迫ってきているのは、多種多様な魔物達である。

 しかし、アルトとノエルの手や背には、武器や道具は無い。ドラゴンの襲撃時に、それらの大半を落としてしまったのだ。


 死んだと思ったら実は生きていて、混乱している中でいつの間にか魔物の集団が襲ってきて、道具も武器も何処かに落としてしまったせいで戦えず、魔物達から逃げている。一体どう言う状況だと言うのか。

 整理しても、全く意味が分からない。

 余りにも、話の内容が奇想天外すぎるのだ。


「ほら、さっさと走りなさい! じゃないと、白骨死体になるわよ」

「あり得なくも無い話だから、全く笑えねえよ!」


 空を見上げれば、燦々と照り輝く太陽は見えず、代わりに灰色の雲が覗かれる。走っている場所も、自身の知らない未知なる樹海。

 霧が立ち込める為か、視界は不良。おまけに、地面に張り巡らされた根は、躓いてしまう恐れもある。幸いにも、崖から落ちたと言うのに、身体が痛むと言う事は無いが、それでも危機的な状況に変わりない。


「何か無いの? こういう時に有効な道具は!」

「今あるのは滋養強壮に聞くエネルギードリンクと、おやつに食べようと思っていたシフォンケーキ位だ」

「使えないわね!」

「ああ、俺のケーキとドリンク!」


 無慈悲にも、ノエルはアルトの手持っていたケーキとドリンクを掻っ攫い、魔物の群れの中へとぶん投げる。

 余程お腹が空いていたのか、魔物の一部は菓子に群がり多少の時間を稼ぐことは出来る。だが、状況が良くなることは無い。


「ノエル。魔物をぶん殴れないか? 前に襲撃してきた悪漢を、撃退したみたいにさ。こう、ナックルゴリラよろしく、バチンッ、って」

「誰かを囮にして、魔物の群れから逃げる、って言うのもアリだとは思わない?」

「本当にごめんなさい」

「分かれば良いのよ」


 並ぶ木々の数が増えたり減ったり、形が変わったりするが、大して変わり映えしない風景。数の減らない……むしろ、多くなっている気さえする魔物。

 せめて武器さえあればどうにかなったのかもしれないが、無いものねだりをした所でどうにもならない。


 人が通りかかるかもしれない、と言うのにも一縷望みを託したが、如何やら不発に終わってしまったらしい。

 考えた所で、何かしらの良い考えが出現してくる事は無い。それでも、考えるのを止めないのは、諦めたくない、と言う意思の表れなのか。


「キャッ‼」

「ッツ‼ ノエル‼」


 懸念すべき事態が起こってしまった。

 ノエルが木の根に躓き、転んでしまった。

 魔物の群れは、もうすぐ近くに居るのに。

 もしも、ケーキとドリンクを投げれれば、多少の足止めにはなったのかもしれないが、生憎先程ノエルが投げてしまっている。


「アルト、早く逃げて! 私の事は放っておいて!」


 逃げる。逃げない。二つの選択肢が、アルトの目の前に浮かんでいた。

 もしも、逃げるを選べば、アルトは無事逃げられるかもしれない。しかし、その時点でノエルは魔物に食われる。

 逆に助けるを選べば、ノエルを助ける事は出来ても、二人は魔物に食われてしまう。


(畜生)


 たったの数秒が、アルトにとっては、何時間にも感じられた。友情を取るべきか、わが身可愛さを取るべきか。

 恐らく、どちらを取ったとしても、ノエルはアルトを恨みなどしないのだろう。

 だったら、


「見捨てるなんて、出来る訳無いだろ!」


 アルトは、助ける道を選んだ。

 ノエルのすぐ傍には、魔物の群れが。間に合わないかもしれない。けれど、アルトは手を伸ばす。届かなかったとしても、無理矢理伸ばす。

 それに応えるようにして、ノエルもアルトの手を



「アイスニードル」



 冷ややかに。無慈悲に発せられた声。

 同時に、幾つもの氷の刺が現れ、射出される。襲い掛かる魔物達の胴を、胸を、眉間を次々と貫いて行く。

 絶叫。肉を切り裂く音。散らされた血。


 ものの数秒で、あれ程までに脅威と思われていた魔物の群れは、骸の山へと変わった。墓標の様に突き刺さる氷の刺は、役目を終えたと言わんばかりに、消え去る。

 かくいう、アルト達の足元にも、棘は刺さっていた。

 ギリギリ何とか避けていたが、もしも命中していれば、魔物達と同様に骸の山へと仲間入りを果たしていた筈だ。


「ちょっとアンタ! 助けてくれた事には感謝するけど、危ないじゃない!」


 棘が射出された方向を向き、抗議するノエル。

 ノエルの向く先。霧が晴れて、視界が明瞭になる。そこから、簡素な仮面をつけて、ローブを身に纏った何者かが現れた。



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