襲撃者と唖然
不意に、アルトの腹がグ――、と鳴る。
「そう言えば、お腹空いたな」
「確かに、もう夜だし……」
夜、と言う言葉に反応して、窓を覗いてみる。確かに青い空は黒色に染まっている。その事に驚きつつも、アルトは納得する。
成程、道理で腹が減る訳だ。
「ど、どうかしら。これから、その……私と、一緒にご飯でも食べに行ってみたりする?」
「そうだな俺も飯を食べに行きたいのは山々なんだが、実はお金が無くて。悪いが、一人で行って来てくれないか?」
昨日、クランを追放された時に、所持品は全て奪われた。
言わずもがな、そこには金品も含まれる。幸いにも、宿屋に一部のお金を置いていたおかげで、宿代を払う事は出来るが、その時点で一文無しだ。
「別に、そんな事、気にしなくても良いわよ。何なら、私が全額払っても良いし」
「いや、それは流石にちょっと……」
「ほら、さっさと行くわよ。グズグズしない」
「えっ⁉ いや、ちょっ、待っ!」
有無を言わさず、首根っこを掴まれて、ノエルに連れ去られるアルト。宿屋の女将さんの含み笑いや、周囲の目が無性に恥ずかしかった。
※
「おい、ノエル。しっかりしろ。あ、コラ! こんな所で眠るな」
「五月蠅いわねぇ! アンタに、私の何が分かるっているの。私はぁ、こんなに頑張ってるのに、全く気付いてもらえないなんて」
頬を別の意味で朱色に染めて、何故か泣き出したノエル。そんな彼女に肩を貸しながら、アルトは『黒猫亭』へと帰る途中だった。
ノエルに連れて来られた食事処は、とても美味しかった。が、間違ってお酒を飲んでしまったせいで、この有様だ。
ノエルは、お酒にはめっぽう弱い。一口飲んでしまっただけでも、酔ってしまう。もしも、全部飲み干してしまったら……それは余り考えたくない事だ。
兎にも角にも、そんなノエルと一緒だから、と言う理由もあってか、『黒猫亭』への帰宅は困窮を極めていた。
気が付けば、夜は一層深くなっていき、人気も少なくなっている。民家と道を隔てる、左右の壁に沿う様に、等間隔で設置された街灯だけが鈍く光っている。
そんな時、ノエルが地面に倒れてしまう。
「あ――、もう、何やってるんだお前。全く」
呆れながらも、ノエルを起き上がらせようとしゃがみ込んだ瞬間、キーーンと言うけたたましい金属音が聞こえてきた。
発生源は、とある壁。そこは、先程までアルトの頭が在った場所だった。壁に突き刺さっていたのは、鈍く輝くナイフ。
「ッツ! 誰だ!」
反射的に、そう叫んだ。
「チッ! 外したか」
「『荷物運び』の癖に、手間を取らせやがって」
「まあ、雑魚だし簡単に片付くだろ」
闇夜の中から現れるのは、いかつい顔をした、ゴロツキ三人組。一人はナイフを手に持ち、一人は片手斧を持ち、一人は大剣を背負っている。
アルトを侮っているのが、気持ちの悪い笑みを浮かべている。
「お前ら、一体何のつもりだ」
「何のつもりって、見て分からねぇのか? 今からテメェをぶっ殺すんだよ。なんせ、お前を殺したら、お金がたんまり手に入るんでな」
「一体誰の仕業だ」
「言う訳無いだろ!」
アルトの眉間に向かってナイフが投げられる。間一髪、アルトは避けるが、体勢を大きく崩してしまう。
ソレを見逃してくれる訳も無く、片手斧を持った男が突進してくる。とっさに、アルトはポケットから小瓶――本来の使用用途は、魔物除け――を取り出して、振りまく。
鼻を突き刺すような刺激臭。
アルトは匂いを嗅がない様にしているが、男は違う。小瓶の匂いを思いっきり、鼻から吸い込んでしまって、悶絶する。
だが、安心する暇など無かった。
ゴウッ、と言う空を切る音。発生源を確認することは出来ない。しかし、本能的に危機を察知して、咄嗟にアルトはしゃがみ込む。
瞬間、砂埃をまき散らしながら、壁の一部が粉砕された。
「ケッ! 本当に運の良い野郎だ」
壁にめり込んだのは、大剣。ロクに手入れもされていないのか、錆びているが、もしも直撃してしまえば一溜りも無いだろう。
大剣を引き抜き、三人組の片割れがもう一度、大剣を振るおうとしたその時。
「……ん? 一体何なのよ、これ」
騒がしさで目が覚めてしまったのか、地面に放置されていたノエルが起き上がった。
これに、焦るのはアルトだ。
「何してるんだ! 早く逃げろ!」
「お、何だ? 起きたのか」
「なあなあ、お嬢ちゃん。俺達と一緒に遊ばないか?」
だが、投げナイフと片手斧は、武器を片手ににじり寄り、ノエルに逃げる隙を与えない。アルトはノエルを助けようとするが、大剣がその行く手を阻む。
「? 何なのよ、アンタ達。って、ちょっ、こっちに来るな! 気持ち悪い!」
近づくゴロツキ達に、心の底からの、嫌悪感を露わにする。
「気持ち」でノエルの腕が動く。
「悪い!」で投げナイフの顔にビンタが炸裂して、投げナイフは吹っ飛ばされる。
「へボッ‼」「ゲボッ‼」「ブッ‼」
ついでと言わんばかりに片手斧を巻き込み、ついでのついでに大剣を巻き込む。そして、そのまま壁にめり込んで、三人組は苦悶の声を挙げながら、轟沈してしまった。
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