固まった決意
「さて、それじゃあさっきの話だ」
レオの声が響く会議室。全員が、全員レオの声に耳を傾けているが、視線だけは別の方向を向いていた。
それもその筈、先程の話は終わった筈なのに、ノエルは未だに席に座っていないのだ。何か考え事でもしているのだろうか。
「おい、ノエル。さっさと席に着け。これから、黒龍討伐の詳しい説明……」
「私、『赤竜の鱗』、辞めるわ」
レオの言葉を遮って、発した言葉。それは、その場にいる全員を唖然とさせる言葉だった。数拍遅れてから、「は?」と言う声が響く。
「おいおい、何言ってんだノエル? 冗談だとしたら、全く笑えねえぞ」
あくまで冗談として受け取り、苦笑するレオを、ノエルはバッサリと切り捨てる。
「冗談な訳無いに決まってるでしょ。そう言う事だから、じゃあね」
席を立ち、会議室から出ようとするノエル。
それに焦ったのは、レオだった。
ノエルの職業は、『弓術士』。
火力こそ無い物の、その観察力は素晴らしいモノだ。周囲の変化に気が付いたり、魔物の弱点を真っ先に見つけてくれたりと、『赤竜の鱗』の中枢を担うメンバーの一人。
弓の腕前も中々のモノで、凄まじい命中精度を誇る。
性格は取っつき易く、容姿も端麗。『赤竜の鱗』の広告塔としての役割も――本人に自覚は無かったが――担っていた。
要は、何が言いたいかと言うと、ここでノエルに抜けられると『赤竜の鱗』的には、色々と不味いのだ。
「お、おい待て! ノエル‼」
だからこそ、レオはノエルを引き留める必要があった。自身の思い通りにならない事に、苛立ちを感じつつも、今はそれを我慢する。
「何よ? アンタさっき、どーしてもって言うならクランを辞めろ、って言ってたでしょ。だから、辞めるのよ」
先程自身が言った言葉。
本来であれば、ノエルに何も言わせなくする為の口実だったのに、それが仇となってしまった。グッ、と歯噛みする。
痛い所を突かれ、反論できない。
しかし、それでもレオはノエルを引き留める。
「分かってるのか! ノエル! クランから出ていくって事は、自分の評判を落とすって事なんだぞ! それでも良いって言うのか!」
「別に、構わないわよ。だって、ここに居る理由も、意味も無くなったし」
冒険者にとっては、致命的な指摘をした所で、ノエルは一向に踏みとどまらない。決意は固まってしまったらしい。
そこで、ボロ屋の様に脆いレオの忍耐力は、音を立てて崩れ去る。
平静を装っていた、精悍な顔立ちから、嫌悪感を露わにする。
忌々し気に舌打ちをして、威圧を込めた強気で乱暴な口調で、吐き捨てる様にこう言った。
「おい、待てノエル。だったら、お前が持っている装備品を置いていけ」
「……ッツ! ちょっと、待って下さい、レオ! それは幾ら何でも横暴すぎます!」
海色の髪の、ボブカットの少女――『赤竜の鱗』のメンバーでもあり、ノエルとレオの幼馴染であるサーシャが、レオの発言に異を唱える。
が、レオにとっては、そんな事はどうでも良い。自身の要求が通されなければ、納得も満足もしない、自己中心的な性格だ。
むしろ、火に油を注ぐだけだ。
「うるせぇ! テメェは黙ってろ、サーシャ!」
「そんな決まりは無かった筈だけど」
「黙れよ、アバズレ。俺は『赤竜の鱗』のリーダーだぞ? んなの、関係無いに決まってるだろ? リーダー命令だ。今すぐ、装備品と、後は所持品も全て差し出せよ。そしたら、クラン脱退を認めてやる。まあ、それが無理だって言うんだったら、諦め……ブベラッ‼」
話し終わる前に、レオの顔面に何かがぶつけられる。顔面にぶつかって、ガシャンと言う音が鳴り響く。
ぶつかった衝撃で、椅子と共にレオは後ろに倒れてしまう。
顔面にぶつけられた物。それは、『弓術士』にとっては、相棒といっても過言では無い弓だった。
手袋や胸当てと言った様々な装備品も、レオに言われた通り、その場に落とす。
そして、地面に何かしらのカギを落とす。
「これ、私の宿の鍵。そこに所持品は色々あるから、勝手に持っていっても良いわよ。一応、必要最低限な物は持っていくけど。まあ、文句ないでしょ? だって、高名な『赤竜の鱗』のリーダー様なもの。まさか、全て手に入らない、って位で子供みたいに癇癪なんて起こしたりしないわよね? ……って言う訳で、バイバイ」
もう、これ以上の手は無い。暴力に訴えようものなら、その事実は町中に知れ渡る可能性がある。そうすると『赤竜の鱗』の名に傷がついてしまう。
歯噛みをして、悔しそうにしながら、睨みつけてくるレオ。それを尻目に、ノエルはその場を後にしようとする。
「あ、あの、ノエル。少し、待って下さい」
「……何? サーシャ。いくら、幼馴染だからって、これはだけは譲れないわよ。私は、クランを辞める」
射殺すような目つきで、声をかけたサーシャを見る。サーシャがノエルを引き留めたのは、気の置けない仲間が、居なくなっていく事に、耐えられなかったから。
しかし、ノエルの目を見れば分かる。説得などしても、無駄だと言う事は。
「それじゃあ、今までお世話になりました」
だが、レオは諦めない。
「行くんじゃねえ。ノエル! テメェが、俺達を捨てて、上手くやっていけると思ってんのか? 無理だ、無理に決まってる! テメェは絶対に後悔するぜ。引き返すなら今の内だ。分かってんのか? オイ、無視すんじゃなねぇ! アバズレ‼」
説得にすらならない暴言は、ノエルが足を止める理由になりはしない。振り返る事もせず、ノエルはギルドハウスを後にした。
……って、まあそんな感じで、私は『赤竜の鱗』を辞めたって訳」
実際は、その後アルトが泊っている宿を探す為に、手当たり次第に宿を当たっていたのだが、それは当然話さない。
もしも、田舎に戻ってしまっていたら、とか。思いつめてしまって、自殺してしまったらどうしよう、とか。様々な不安に駆られていた事も、当然以下略。
「お、おう。まさか、俺が居ない間にそんな事が起こっていたとは。でも、大丈夫だったのか、クランを辞めたりして?」
「別に。大丈夫よ。多分」
「多分って、一番信用できない言葉なんだけど」
ノエルは至って、楽観的ではあるが、アルトは不安で仕方が無い。しかし、そんな事を言っても仕方が無い。
不意に、アルトの腹が、グ――と鳴る。
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