すれ違い
クランハウスから、結構な距離が離れた場所に、古びた二階建ての建物が在った。そこは、食堂でもあり、宿屋でもある「黒猫亭」。
本来であれば、クランハウスで寝泊まりすることも可能なのだが、アルトは『荷物運び』が理由で利用する事を禁止されていた。
その為、アルトはここで寝泊まりしていた。自身がこの宿を利用している、という事は誰にも言っていない。
そんな「黒猫亭」の二階の一室。カーテンは閉められ、明かりは点いていない。真っ暗闇の中で、モゾモゾと蠢く者が居た。
蠢く者の正体は、言わずもがなアルト。
ベッドの上で、布団を覆いかぶさって、憔悴している。
(あれ? ここは一体……いつの間に、俺は宿に戻って来たんだっけ? 確か……クランハウスに来たのは覚えていて……)
そこまで思い出して、鈍痛に見舞われる。思わず顔を顰めるが、痛みと共に、その理由を思い出す。
「……あ、そっか。俺、クランを首になったんだ」
口に出してみても、現実味がない。もしかしたら、夢では無かったのか、とさえ思っている。けれど、胸中に渦巻く虚しさや悔しさは本物だ。
――お前は、他の奴からも足手まといだと、要らない奴だって、思われてんだよ。
レオの言葉がフラッシュバックして、胸に突き刺さる。どうしようもない気持ちが溢れて来て、手を強く握りしめた。
一体、これからどうすれば良いのだろうか。行く当てなどない。只、がむしゃらに頑張って、皆の力になろうとしたのに見捨てられた。
ありがとう、助かったよ。君が居てくれて良かった。そう、言ってくれた仲間達に見捨てられた。そして、幼馴染達にも見捨てられた。
あの時掛けられた言葉も、信頼も、全て偽物だったという事だ。
「ハハッ。……アハハハハ」
乾いた笑いが零れ落ちる。
情けない。たかが、あんな言葉を言われただけで。
そうやって、自分自身を叱咤するが、布団から出る事が出来ない。
立ち直る事が出来ない。
弱ってしまった。どうやら自分が思っている以上に、あの言葉は傷口を深く抉っていたらしい。
元々『赤竜の鱗』は、アルト、ノエル、レオ、サーシャの四人の幼馴染達が設立したパーティーだった。
それが、段々と大きくなっていき、現在のクラン『赤竜の鱗』となった。
だが、今のアルトに居場所など無い。
努力も、頑張りも、報われなかったのだから。
(いっその事死んでしまおうか)
ふと頭に浮かんだ、一つの結末。おい、そんな馬鹿な事は止めろ。微かな自制心が、必死に止めようとするが、直ぐに霧散してしまう。
「ああ、それも、アリかもしれない」
アルトはすんなりと、ソレを受け入れてしまいそうになる。
そうやって、何もかもがどうでも良くなって、どうにかなってしまいそうになった。そんな時、ドガンッ、と言う衝撃音と共に、扉が開いた。
ずっと暗闇に居たせいか、照明の光がやけに眩しい。立ち上る砂埃にせき込みながら、アルトは目を凝らす。
眩しい光をバックに、扉の先に居たのは
「……ノエル?」
『赤竜の鱗』のメンバーであり、幼馴染のノエルだった。荒い呼吸を繰り替えし、額には汗が浮かび上がっていた。
何か用でもあるのか、とアルトが口を開きかけた瞬間、ヒョッ、と言う間抜けな声が出てしまう。ソレもその筈、ノエルはアルトを思いっきり抱きしめていたのだ。
だが、それは無意識の行動だったのか、
「ッツ! 一体、何すんのよ!」
「それは、理不尽!」
頬を朱色に染めながらの、鉄拳制裁。突然の彼女の攻撃を、防げるわけもなく、もろに喰らってしまう。
そして、そのままベットに倒れ込む。
殴られた事に少し腹が立ったが、それよりも先に、アルトには聞いておかないといけない事があった。
しかし、普通に話す事など出来はしない。
目の前には、自身を捨てた内の一人が居るのだ。平然としている方がおかしいだろう。だから、口から出てきたのは、嫌味だった。
「これは、これは、かの御高名な『赤竜の鱗』のノエル様じゃ無いですか。こんなちっぽけな『荷物運び』如きに何か用ですか?」
「そうじゃない! 違うのよ、ノエル!」
「違うって、一体何のことでしょうか? まさか、ワタクシ目を追放したことでございましょうか? ……また馬鹿にしに来たのか?」
「だから、それは違うって!」
「違うって何なんだよ。もう、俺は追放されたんだ。お前らとは関係無いんだよ。だからもう関わるなよ。これ以上俺を……‼」
これ以上、俺を苦しめないでくれ。
その言葉を、アルトは口にする事は出来なかった。何故なら、ノエルに思いっきり抱きしめられたからだ。
頬を朱色に染めて、抱きしめている、という事を自覚してもいても尚。耳や尻尾も、その影響を受けているのか、しおらしい。
「……ノエル?」
「本当にゴメン、アルト。私がちゃんとしておけば、こんな事にはならなかったのかもしれない。本当にごめんね。だから、私も『赤竜の鱗』を辞めてきたの」
「……ゑ?」
抱きしめられたことにも驚いたが、ノエルの口から発せられた衝撃の事実に、アルトは素っ頓狂な声を挙げた。
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