伸ばされた悪手
まるで操り人形の糸が切れるみたいに、力が抜けてしまい、ふらりと地面に膝をつけてしまう。
「……アルト? ねえ、嘘でしょ、ちょっとしっかりしてよ」
ノエルの叫び声。
耳元で聞こえているのに、何故かやけに遠くから聞こえて来る。
上手く、聞き取れない。
(あれ、さっき俺は刺されたのか?)
意識は混濁している。徐に、痛む腹部を触ると、真っ赤にそまった掌が見える筈なのに、何故か色とりどりなカラフルな色が見える。
不意に、意識が切り離される感覚。
目の前が、唐突に真っ黒になる。
(あ、これは本当に、不味いかもしれない)
頑張って立ち上がろうとしても、気合が足りないのか、立ち上がる事が出来ない。力を入れても、何処かに穴でも開いているのか、何故か力が入らない。
「プッ。クッ、クッ、クッ。アハハハハハハハ。何てざまなんだ。余りにも情けなさすぎて、笑いが込み上げてしまうぜ」
樹海の中から現れるのは、ラムテール。
口調は荒々しい。
つまり、マズイ兆候だ。
「ノエル。アルトさんを連れて早く逃げろ」
ラムテールと相対する様に、クロエが立ちはだかる。
頑張って気丈に振舞い、虚勢を張っている。だが、額からは一筋の汗が垂れる。
「何言ってんのよ。アンタだけにこんな奴任せられる訳が……」
納得が出来ない。そう言いたげなノエルを一括する。
「アイツの狙いは私だ! それに、今ならまだアルトさんは助かるかもしれない!」
「ッツ! アンタ……後悔してないわね」
「ふっ、そんな訳無いだろ」
「分かったわよ。でも、絶対に死んだりしないでよ。アイツ、『死霊使い』だから」
初めて出会った時から、現在までで、初めてかけられた優しい言葉。思わず振り向いてしまいそうになるが、ぐっとこらえる。
「アドバイス感謝する。そっちこそ、無事でな」
それが開始の合図となった。
クロエはアルトを背負い、ラムテールが居た場所とは真逆の方向に。クロエは、依然として相対したまま。
どんどん離れていくクロエを背で見送りながら、最初に口を開いたのは、ラムテールだった。
「何言ってんだ? お前ら。このまま逃がす訳無いだろ」
「……え?」
突如として、浮かび上がる術式。
光り輝くソレは、段々と淡い光を発する膜を形作る。形はドーム状。クロエを呑み込み、ノエルを呑み込み、アルトを呑み込む。
見覚えがあった。
ソレは、触れたモノの命を奪う術式。
「そん、な。これじゃあ……」
ノエルはアルトを連れて逃げる事が出来ない。
「残念でした! これでお前らは逃げられません! ギャハハハハハハハハハ!」
不快感を催す、下品な笑い声を向けるラムテール。そんな野郎の顔面に、一本の矢が突き刺さる。ガチンッ、と言う鈍い音。
矢を放ったのは、ノエル。
しかし、命中する前に矢は折れ曲がる。
平静を装っているが、静かな怒りを秘めている。
「何、勝手に絶望してんのよ。アイツ倒して逃げるわよ」
「ノエル。だけど、アルトさんは」
二人で力を合わせれば、確かにラムテールを倒す事は出来るかもしれない。だが、戦えないアルトは格好の的だ。
「そこは心配しなくても良いわ。もう、見えないから」
「? 一体何を言って……!」
『弓術士』のアーツの一つ『隠密』。
一定の場所に留まっていると発動できるアーツで、気配を極限まで薄れさせる事が可能に、その存在を相手に気取らせない。
また、他者に付与も可能。
奇襲や待ち伏せを行う『弓術士』にとっては、重宝しているアーツの一つだ。
「だから、さっさとあのド変態を倒して、助けるわよ」
射殺す様な眼差しで、ラムテールに狙いを定める。
「ああ、分かった」
落ち着き、魔力を込める。
「あ――。もう、面倒くさいな。せっかく『戒めの釘』を打ち込んでやったのに、勝手に外しやがって。しかも、今は俺を殺すとか。ほんと、マジで面倒くさい」
隠そうともせず、不快感をあらわにする。
苛立ちからか、頭をガシガシと乱暴に掻きむしり、血走った眼でクロエを睨みつける。
「これは、躾が沢山必要……いや、もういっその事殺しちまおうか」
お――。それは、名案、とばかりに手を打つ。
「てなわけで、死んでくれ。俺の愛しい愛しい花嫁。あと、ゴミクズ」
地面から、幾つもの触手が現れる。
周囲に、無数の怨嗟の声が轟く。
「分かりました、何ていう訳無いだろ。寝言は寝ても言うもんじゃないぞ、ド変態」
「逆にお前が死ね、このド変態」
ド変態。
嬉々として、そう言った。
虚栄心を味方に、緊張感をそこそこに味わいつつも、口の端を二人は無理矢理吊り上げる。
「狩人の本能」
そう唱えると、全身から力がみなぎってくる。耳や尻尾。二つに結った茶髪は逆立ち、犬歯がむき出しになる。
口元からははしたなくも、涎が出てしまう。
だが、二の四の五も言ってられない。
狩人の本能。
『弓術士』のアーツでは、身体強化に当たる。本来であれば、強力過ぎて身体の負担は半端では無い。だが、今、この時だけは只の気休めにしかならない。
苛烈にして、猛烈。緻密にして、稚拙。
アルトに襲い掛かった触手が、何本も地中から現れ猛攻を繰り出す。もしも『狩人の本能』を発動してなければ、アルトと同じ末路を歩んだことだろう。
だが、完璧には避け切れない。
身体の至ると事に擦り傷が出来上がり、そこから決して少なくは無い量の血が流れる。しかも、触手だけを相手すれば良いと言う訳でも無い。
「ほらほらどうした!」
それに加えて、嬉々として襲い掛かって来るラムテールの対処もしなければいけない。流行打ちで、『剛弓』を付与した矢を三本見舞うが、容易く折られる。
それと交差するようにして、クロエに肉薄するのは、怨嗟の声を轟かせる禍々しい白骨死体の幻影。
先程も喰らいそうになった『死霊使い』のアーツ。
直感的に悟る。これは、マズイ、と。
避けようとするが、逃げ道を塞ぐようにして、触手が立ちはだかる。
万事休すか。そう思った時、
「ノエル、伏せろ!」
クロエの声に、反射的に伏せる。
瞬間、丸太の様に太く、痛々しい鱗を身に纏った腕が、全てを振り払う。と、同時に迫り来る炎の球。
「……チッ!」
白骨死体は霧散し、触手は無残に切り裂かれ、燃やされる。
しかし、ラムテールは火球は靄で防いだのにも関わらず、ドラゴンの攻撃は避けた。
その行動に対して、疑問を抱いたノエル。
しかし、またも次の攻撃が見舞われる。
怨嗟の声を届かせながら、直進するどす黒い球。先程の攻撃から、まだ幾ばくも経っていないのせいなのか、反応に遅れてしまう。
だが、それでも『狩人の本能』を駆使して、無理矢理身体を動かし、避ける。その時、ラムテールに隙が出来る。
だから、気になった疑問を解消しようとする。
触手の攻撃を交わしながら、ラムテールとの距離を詰める。まさか、近づいて来るとは予想していなかったのか、ギョッ、と驚いた様子。
まあ、知った事では無い。
矢を番い、至近距離から弓を引こうとする。とっさに、質量をもつ、ラムテールの禍々しい靄が妨害する。
矢は地面に落ちてしまう。
触手がそれを俺曲げ、もう使い物にはならない。
ざまぁみろ、と笑うラムテール。禍々しい球と、白骨死体の二つを繰り出そうとする。
だが、それは只の囮。目的は達成できる。
ノエルは拳を握ってラムテールのムカつく顔面をぶん殴る。
魔法なんて施されてない、純粋な物理攻撃。
なのに、禍々しい靄で防がない。
いや、防げない、と言うべきなのか。
ラムテールは無様に床を跳ね、何度も何度も跳ねる。
そんなラムテールの健康状態に合わせる様に、触手も活動を止める。
「ノエルさん、もしかして」
「ええ、今見た通り。アイツ、魔法攻撃は絶対に防げるけど、物理攻撃は防ぐことが出来ない。まあ、生物の攻撃、に限られるけど」
弓矢は防がれたのがいい例だ。
しかし、今まで攻撃を与えられないと思っていたのだ。それが、攻撃を与える手段を見つけられた。
大きな前進だ。
「ねえ、さっきのでっかい腕の奴もう一回出せる? と言うか、あれ一体何なの? それに、何故か魔法も無詠唱だし」
「今はそんな時じゃないだろ。取りあえず、アイツを倒した後に話す」
「それもそうね」
もしかしたら、勝てるかもしれない。
一筋の光明が差したのだ。
「ふ、ざけん、な」
掠れた声。
「ふざけんな。ふざけんな。ふざけんな。ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな」
粘着質で、狂気じみた声。
「お前らが俺に勝つ? あり得ない、あり得ないあり得ないあり得ない。そんなの、絶対にあり得ねぇんだよ! だから、さっさと死ね」
そして、殺意の篭もった声。
「しゃあ、やったぜ! ラムテールの野郎の顔面にシュート!」
「おいおい。俺も混ぜろよ。釘バット、こっちにあるぜ」
「いいぞ、もっとやれ」
「毎日投稿頑張ってるじゃねか、褒めて遣わす」
「続きが気になった」
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