龍の少女の過去話
突如として眩い光を放ったクロエ。
ソレだけだったら、まだどうにかなったのかもしれない。いや、普通発光する事なんてあり得ないので、これだけでも十分不味いのだが。
「おいおい、これは一体どう言う事なんだよ」
色白な肌に、浮かび上がる無数の黒い斑点。
最初に出会った時に、クロエが患っていた魔力欠乏症だ。少なくとも、アルトはそう思っていた。だが、様子が少しおかしい。
浮かび上がった黒い斑点は、段々と収束していき、一つの紋章のらしきモノになる。荒れ狂う波の様に見えるし、燃え盛る炎の様にも見えるし、ドラゴンの鱗の様にも見える。
何とも奇妙だ。
「おい、クロエ! しっかりしろ、おい、クロエ!」
光は収まらない。
呼びかけに応じる事は無く、依然として目は閉じてしまっている。顔は苦痛に耐えている様子で、不味い状態なのは一目瞭然。
有効そうな薬は持っていない。
クソッ、一体どうすれば良いんだ。目の前には苦しんでいる少女が居るのに、自分は何も出来ない。その事実に、アルトは歯噛みする。
「…………って」
微かに、漏れ出た声。
「ッツ、クロエ! おい、クロエ! 聞こえるか!」
しかし、アルトの呼びかけにクロエは応じない。代わりに。
「誰か、私の手を……握って……」
心細そうな、今にも崩れてしまいそうな声。何も握られていない手は、握るべき手を探して虚空をまさぐっていた。
「ああ、分かった」
クロエの手を、アルトは思いっきり握る。
「…………良かった」
零れる安堵の声。
段々と光量は強くなっていき、そのままアルトを呑み込んだ。
「えっ? ……いや、ちょっ、少し眩し……」
※
「お前はいらない子」
ソレが、両親からクロエに掛けられた最後の言葉だった。両親が一体何をしていたのか、どんな顔でどんな姿だったのか。
今では覚えていない。
兎にも角にも、クロエは物心がつく少し前に、捨てられた。実の子と言う事に対する良心は微塵も無かったのか、野垂れ死にさせる為に、樹海の中に。
捨てられた理由は簡単だ。
両目の色が異なる――オッドアイ、が原因なのだろう。それはそうだ。本来であれば、両目同じ色の筈なのに、何方も違う。
同じ種族としては、出来底無いと言ってもおかしくない。
こうして、クロエは樹海の中を、見つかる筈もない親を呼びながら彷徨い、そのまま命を落とす筈だった。
だが、そうはならなかった。
「おい、大丈夫か、お前?」
飲まず食わずで、三日間も彷徨い朦朧としていた時、声が聞こえた。朧げな意識の中、対面を果たしたのは。
強面な顔に、無精ひげを生やした中年男性。
ノエルのオッドアイを見ても気味悪がらなく、まるでそうする事が当たり前、とでも言いたげに手を差し伸べてくれた。
「……助けて、くれるの?」
「おう」
「私の眼……変じゃない?」
「変な訳無いだろ?」
今まで、気味悪がれたオッドアイ。
自分自身ですら気持ち悪いと思っていたソレを、変な訳が無い、と言ってくれた。その言葉が嬉しくて、朦朧とする意識の中、大粒の涙をこぼして泣いてしまった。
「今まで辛かったんだろうな。だけど安心してくれ。今日から俺がお前の家族だ」
クロエを優しく抱きかかえ、中年男性は――おじさんは、ニッと笑い掛けた。
「お――。その子一体どうしたんだ?」
「ああ、実はさっき拾ってな。ここで飼う事は出来無いか?」
連れられた場所にあったのは、樹海を切り開いて建てられた幾つかの建物と、おじさんと親しそうな人達。
その中には、子供達も居る。
おじさんの紹介によると、どうやら一緒に住んでいる仲間らしい。
「……私の眼……気持ち悪くない?」
「気持ち悪い訳無いでしょ」
「羨ましいよ。何か、神聖めいた雰囲気じゃん」
皆が皆、クロエに気楽に接してくれた。オッドアイという事を不快に思ったり、唾棄していない。ここに集まった子供たちは、皆クロエと似たような境遇。
故に話も合ったし、仲も良い。
「ほら、クロエ。一緒に遊ぼう」
「ねえ、これ余り好きじゃ無いから代わりに食べてくれない?」
「あ、そこはそうやってやるんだよ」
充実した毎日。
朝から晩まで友達と一緒に遊び、美味しい食べ物を食べては嫌いなモノの擦り付け合い。勉強を教え合う時もあった。
とっても、楽しかった。自分は生まれ来ちゃいけない存在だ、と。そう思っていたけれど、生まれて来た良かったと、心の底から思えた。
身長が伸びていき、顔つきが清廉に、花蓮に。考え方も、性格も変わっていき、心身共に成長していったある日。
彼女の幸福は終わりを告げる。
その日はうだるような暑さのせいで、中々に寝付けず、クロエは目を覚ます。いつもであれば、すぐ近くで友達も眠っているが、何故かいない。
「……あれ? 皆、どこ行ったの?」
トイレにでも行ったのか? そう思って、また眠りに付く事も出来たが、寝室の扉が何故か薄っすらと開いていた。
その隙間から、異様な匂いがクロエの鼻を撫でる。
生臭い、不愉快を誘う奇妙な匂い。
嗅いだことの無い匂いに、クロエは眉根を寄せる。一体これは何なのだろう。純粋な好奇心がチクチクと刺激して、扉の先へと進ませた。
寝室は二階。
匂いを頼りに、一階に降りると、そこには目を疑う光景が広がっていた。調理器具が並ぶリビング。
充満する生臭い匂いと共に、そこには猿轡を噛まされた友達が。
(…………!)
反射的に、身を隠した。
心臓はバクバクと大きく鼓動を繰り返し、先程自分が見た光景を信じられ無い。どういうことなのだろうか?
今見た光景を、咀嚼し、理解を促そうとするが理解できない。
その時、声が聞こえて来た。
「さて今日はこれで終わりか?」
「ああ、終わりだ。お疲れさん」
「所でクロエはどうするんだ? 流石に、おかしいって勘づくぞ」
「そこら辺は適当にでっち上げとけば大丈夫だろ」
そう言いながら、慣れた手つきで、ン―ン―、と助けを求める友達の首を何のためらいも無く、一刀両断する。
ゴトンッ。
重たいモノが――友達の頭が床に落ちて、少し揺れる。
「よしっ、それじゃあ皆の所に行くぞ」
勢いが良かったのか、落ちてしまった頭。
丁度、身を隠したクロエの足元に転がり、目が合った。
「…………………!」
思わず、挙げそうになった悲鳴。しかし、自分の口を抑えて、何とか防ぐ。
「おいおい。何落としてるんだよ」
「悪い悪い」
落とした頭を拾いとる。すぐ傍には、クロエが息を潜めているが、気付く素振りを全く見せない。
ギイッ、ギイッ、と木が軋む音と共に足音は遠ざかっていく。ようやく音が足音が無くなり、居なくなった事を確認した瞬間、
その場で吐いた。
「ウッ、ガァ、ゲボッ、オボッ……ゴオッ」
それは当然だ。幾ら年月が経とうとも、まだ幼い少女。死体を見てしまった。ましてや昨日まで仲良くしていた友達の死体だ。
取り乱さない方がおかしい。
「な……んで」
徐に、呟いた言葉。
「なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで」
昨日まで、楽しく遊んでいた友達が。夜寝る前に笑い合っていた友達が。自分の嫌いなモノをあげると、とっても喜んでいた友達が殺された。
昨日まで、丁寧に勉強を教えてくれた人に。美味しい料理を作ってくれた人に。おかしなジョークを呟いて、笑顔で周りを沸かせた人に、殺された。
どうしてどうしてどうしてどうしてどうして。
呑み込めない。受け入れられない。理解が出来ない。分からない。分からない。分からない。分からない。
「き、聞かなくちゃ。早く。どうして、こんな事をするのか……早く、聞かなくちゃ」
足取りは重い。
一歩踏み出す度に、幾つもの鉛がのしかかって来る鈍重な感覚に襲われるが、それでもクロエは足を動かす事を止めない。
きっと、これは何かの冗談。
皆が、私を驚かせようとしている。そうに決まっている。そうじゃ無いと、おかしい。自分自身に思い込ませて、溢れ出る激情を押しとどめる。
玄関の扉は、木製の扉。いつもはドアノブを軽く捻るだけで、ギイッ、と心地の良い音を鳴らしながら扉が開くが、今日は違う。
ドアノブも、開く扉も、何もかもが重々しい。
かかる重圧に耐えかねながら、クロエは扉を開き、その先にある光景を目の当たりして、只々立ち尽くす。
「アハハハ……ハハ。アハハハハ。……ハハ」
乾いた笑いが零れ落ちる。
目元からは、無意識に涙が流れる。
それが、友達が死んだことを悲しんでいたのか、大切な人が人を殺したことを悲しんでいたのか、衝撃的な光景を目の当たりにしてしまったせいなのか。
どれに対してなのか分からない。
まず最初に飛び込んでくるのは、頭を切られ、身体だけになってしまった、中の良かった友達達の死体。
そして、そんな友達の死体を美味しそうに食べる、おじさんと、その仲間達。大切で、大好きだった人達だ。
信じたくなかった事は、信じるしか無くなった。見たくなかった光景は、見せられた。受け入れたくなかった事は、受け入れるしか無かった。
「もう、私、どうすれば良いのか分からないよ」
どうするのが正解なのか分からない。
だから、その場で、しゃがみ込む。
「割と結構面白い」「クロエたんの涙で飯が旨いぜぇぇぇぇぇぇ!」「馬鹿野郎! 俺がクロエの涙を拭いて来てやるぜ!」「毎日投稿頑張ってるじゃねか」「次の展開で、クロエは一体どうなる事やら?」と思った方は、ポイントよろしくお願いします。それだけでも、励みになります。
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