解き放たれた暴虐2
呼吸の感覚は短い。
息遣いはやけに、大きく聞こえて来る。
走れ、走れと何度も自身に言い聞かせている為なのか、足はせわしなく動き、立ち止まると言う事は辛うじて無い。
胸の苦しみを拭い去る為に、何度も息を吸っては吐いてを繰り返す。それでも、無くなる事は無く、逆に余計に苦しくなった気がする。
だが、そんな事に構っている暇も惜しい。
アルトの周囲を取り囲んでいるのは、今は薄い黒色に染まっている、草や木や花。前や後ろ。右や左。
何処を見ても、視界を埋め尽くす木・樹・木・樹。
まるで広大な海の様だ。
それもその筈、アルトが居るのは樹の海。
樹海の中である。
少し先すら立ち並ぶ木々に覆い隠され、平衡感覚は狂ってしまう。もっとも、今のアルトに目的地らしい目的地は無い。
しいて言えば、遠い所、だ。
木の枝に生えている葉っぱの隙間からは、青白く輝く、まん丸なお月さま覗かれる。
時間は夜中。
本来であれば、目に付く何もかもが暗闇に飲み込まれてしまい、視界不良に陥ってしまう。まともな明かりも無く、途方に暮れるしかないのだが、月明かりがそんな懸念をを防いでくれていた。
差し込まれる、天然のサーチライト。
ランプの様にくっきりと見える訳では無いが、迷える旅人に道を示しすみたいに、通るべき道をぼんやりと照らしてくれる。
ソレだけでも、十分有難い。
「クロエは……見えないか」
殺されるかもしれない不安からか、零れた呟き。
チラッと後ろを振り向くが、似たような形をした樹があるだけで、クロエの姿は残念な事に見当たらない。
走るアルトとは裏腹に、クロエはゆっくりと歩いていた。
当然、速さが違うのだから、距離は大きく引き離されるのだが、少し違和感がある。恐らく、追いかける事を放棄したわけでは無い。
クロエの最終目的は、アルトを殺す事なのだから。
でなければ、わざわざアルトを追いかける様な事も、一番最初に攻撃を加えて息の根を止めようともしない。
考えられる理由は、距離を離しても大丈夫だから。
だが、そんな事はあり得ない。仮に魔法を使おうにも、たかだか木を数本切り裂く程度。驚異的な身体能力を披露しようにも、不規則に並ぶ木々がソレを邪魔にする。
それこそ、ここら一帯の木を一瞬でも切り取らない限り…………。
と、ここで考えるのを止める。クロエがどうして走って来なかったのか。そして、これから何をするのか分かったのだ。
あり得ないと思っても、本能がその危険性を訴えてきたのだ。
「マジかよ!」
空を切る音。
急いで、その場でしゃがみ込む。
ザンッ。
しゃがみ込んだのと、立ち並んでいた木々が、切り裂かれるのは同時だった。雑草を纏めて、鎌で切り取ってしまう、何とも軽い音。
木々は丸太となり、切り株だけを残して地面に倒れる。
「………………………」
こんな事をした首謀者は、自身の目の前に広がる光景に、喜んだりはしない。心の篭もって無い瞳で、見つめるだけに留める。
視線が捉えたのは、アルト。始末する対象だ。
只々、目的を果たすだけ。
それ以上でも、それ以下でも無い。
「おいおい、流石にそれは反則なんじゃねえのか?」
圧倒的過ぎる暴虐に、乾いた笑いしか浮かんでこない。
紫紺のポニーテールを揺らしながら、此方へと近づく襲撃者――クロエ。の傍には、圧倒的な巨体に、命を刈り取る為に備わった牙と爪。
広げれば、周辺を覆いつくしてもおかしくない、青白い翼を備えた因縁のある存在。幾度となく、アルトとノエルを苦しめた、ドラゴンを引き攣れているのだ。
一体アレとクロエは、どういう関係なのか。気にならない訳では無かったが、状況が状況だ。煙幕使って、白い煙を起こして攪乱。
その隙にアルトは逃げ出す。
逃がして成るモノか、とクロエは先程までアルトが居た場所まで、驚異的なスピードを駆使して近づくが、そこには誰も居ない。
木々が切り裂かれた、とは言っても全てでは無い。厳密には、樹海の本の一部が切り抜かれただけ。
丁度四角形に切り裂いたが、左右にはまだ樹は残っている。
恐らくアルトは右か左。何方かに隠れたのだろう。クロエはそう予想する。であるなら、一体何方に隠れたのか。
仮に隠れたとして、一体どんな狙いがあるのか。
只の気休めか、悪あがき? それとも何かしらの思惑でもあるのか? はたまたもう一人いた、獣人の救助を待っているのか。
…………分からない。
どちらにせよ、左右の何方かに隠れているのだ。
だったら、まとめて潰してしまえば良い。先にどちらかを潰すと言うのは、チマチマしていてしょうに合わない。
外れていようが、当たっていようが、どうせアルトは間違いなく死ぬ。であれば、まとめて潰した方が効率的だ。
「………………」
クロエは、ドラゴンに指示を出す。
左右にある樹海を殲滅しろと。
クロエの指示にドラゴンは反論しない。先程の切り裂きは、まとめて殲滅するには適さない。耳がつんざく咆哮を挙げながら、口からは膨大なエネルギーを内包した黒球を。
周りには、大気中の水分を凍らした、無数の氷塊を。
一斉掃射する。
黒球は地面と触れ合った瞬間、閃光を放ちながら爆発し、木々を炭へと変える。氷塊は、残された木々を次々と粉砕していく。
自然に対して冒涜的な光景
クロエはソレを動じること無く、冷ややかに見つめていた。
これでアルトは死んだ。疑う事の出来無い事実で、覆す事の出来ない事実。だが、万が一と言うのもある。一応死体を確認しておこう。
樹海跡地は広大で、尚且つ暗闇に塗れてしまっている。クロエの目では無理だが、ドラゴンの視覚を借りれば、暗闇の中でも良く見える。
…………おかしい。
死体は愚か、遺留品の一つすらも見つからない。左右どちらも見るが、それらしいものは発見することが出来ない。
まさか、左右に逃げ込んだのでは無く、最初に切り裂かれた樹海の奥の、残された樹海の中に逃げ込んだ? しかし、すぐさま否定する。
あり得ない。切り開かれた場所から、樹海までは結構な距離がある。化け物じみたクロエならまだしも、たった数十秒でアルトが辿り着ける筈が無い。
あり得る筈が無い。
あり得る筈が無いのだ。
そう思っていたとしても、それ以外考えられない。仕方なく、ドラゴンの目を行使して、正面の、残された樹海の先を見通す。
…………あり得ない。
驚愕からか、目を見開く。
本当に居たのだ。背を見せて、クロエから逃げおおせている少年。
アルトが。
おまけに偶然なのか、此方を見て嘲笑を浮かべる。
「………………ッツ!」
ここで初めて、クロエは感情を抱く。
悔しい、と。
プライドを傷つけられ、悔しさに促されるままに、ドラゴンに命令を下す。あの樹海を、全力を尽くして全て切り裂けと。
命じられるがままに、ドラゴンは狂爪を振るい、広大な樹海の一部――アルトが居る場所を切り裂く。
ザンッ。
仰々しく、重々しい音。立ち並んでいた木々は、飴細工と見紛う如く、いとも容易く切り裂かれる。しかし、そんな猛攻の後でも、アルトはケロッとしていた。
傷らしい傷もついていない。
また、切り抜けられた。
それが、クロエのプライドを刺激して、途轍もなく悔しかった。最初は存在すらしていなかった感情は膨れに触れ上がり、アルトを憎んだ。
「な、めるなぁァァァァァァァァァァァァ!」
そして、とうとう我慢が出来なくなってしまった。
圧倒的な力を持つクロエ。対する相手は吹けば吹き飛ぶ様な弱者。なのにこの体たらく。時間をかける道理も、手間をかける道理も、苦戦する道理も無い。
なのに、そうなってしまった。それがどうしようもなく、許せなかった。
ドラゴンは力を行使しすぎてしまったせいでもう使えない。
だが、まだ驚異的な身体能力が残っている。
怒りに支配されるまま、『高速』の二文字を体現させる速度を発揮する。
立ち並ぶ木々と言う名の障害物は無い。アルトとの距離は少し遠いが、さして問題は無い。一直線に突き進む。
瞬きをしたその瞬間、クロエはアルトの懐まで来ていた。後は拳を握り、全身全霊の一撃を叩き込むのみ。
………………勝った。
ここでようやくクロエは勝利を確信した。
一瞬で距離を詰めてからの攻撃。これを、アルトは一度も防ぐことが出来なかった攻撃だ。間違いなく命中する。
胸がすく様な快感に襲われるが、それは後の楽しみにとっておこう。
様々な余韻に浸りつつも、足を踏み出して、全身全霊の一撃を見舞おうとした瞬間、突如として地面が沈んだ。
「中々面白いよ」「クロエたん、性格どうしたんだ?」「毎日投稿頑張ってるじゃねか」「さて、次の展開はどうなるのやら」と思った方は、ポイントよろしくお願いします。それだけでも、励みになります。
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