解き放たれた暴虐1
「チュウッ、チュウッ、チュウッ」
少しこそばゆい、小動物の声でアルトは目が覚める。
「……あれ? 俺は、さっきまで一体何を……ウッ、頭が」
何か、恐ろしい悪夢を見ていた様な気がする。
思いだそうとすると、脳裏をよぎる『混沌』による『混沌』。頭が思い出す事を拒否しているのか、苛烈な痛みが頭の中を駆け巡る。
取り合えず、その話は置いておこう。
アルトのすぐ傍には、小動物のリコリスが。そこから少した距離には、ノエルが倒れ伏している。……クロエの姿が無い。
「なあ、リコリス。クロエの奴が何処に行ったのか、知っているか?」
普段であれば、素っ気なく返される。
しかし今回は違った。
「チュウッ! チュウッ! チュウッ!」
身振り手振りで、何かを伝えようとしている。
が、手を玄関に向かってに振っているだけで、チュウッ・チュウッ、と鳴き声を発しているだけなので、何を伝えたいのか分からない。
「……お前、一体何を言っているんだ?」
とは言いつつも、先程のジェスチャーに該当するモノは無いか模索する。
玄関。切羽詰まった慌て様。
少ないキーワードから、導き出した答えは、
「お前、もしかして、俺達に逃げろって言っているのか?」
「チュッ!」
御明察、とばかりの明るい調子。
しかし、少しばかり遅かった。
ゴウッ。
木製の壁が一瞬にして、木片に変わる。
ちゃんと入り口があるのにも関わらず、壁を壊して入って来るな。そんな苦情が飛び出してもおかしくなかったが、口に出す事は憚れる。
現れたのは、少し雰囲気の異なったクロエ。
後ろには、赤と青のチェック柄の燕尾服にシルクハット、と言う奇妙な格好の男――ラムテールも居る。
「……クロ」
最後まで言わせてはくれない。
床をぶち抜く音と共に、クロエは一瞬でアルトの懐へと潜り込む。手は拳を形作り、鳩尾を殴ろうとしている。
壁を壊す威力だ。もしも殴られれば無事では済まされない。
しかし、クロエは殴らなかった。
正確には、殴る、という事が出来なかったと言うべきか。
一瞬で距離を詰めたクロエの目元に在ったのは、金属製のスプーン。やろうと思えば、目玉を抉り取る事も出来た筈。
それをしなかった理由は、只の脅し。
もしもこれ以上踏み込めば、此方もお前に攻撃を加える、と言う。
「な、何とか間に合ったわ」
余裕のない笑みを浮かべつつも、金属製のスプーンを手に持っているのはノエル。急いだせいなのか、若干息が荒い。
「…………………」
クロエは、ラムテールの下へと戻る。
「うんうん。別に気にしなくても良いですよ。愛しい愛しい花嫁の目玉が無くなってしまうのは、私も嫌ですし。いい判断ですよ」
離れても聞こえて来る、粘着質でしゃがれた声。
生理的な不快を感じ、アルトは表情を曇らせる。
「ノエル。大丈夫か?」
「ちょっと無理かも。何故か全身が痺れてるの。アイツら、一体どんな手を使ったのよ」
身体が痺れている原因は、ノエルが作った料理と言う名の混沌のせいなのだが、残念ながらその時の記憶は無い。
まさか、仲間達を奮起させる為に作ったと言うのに、ソレが足枷になってしまうとは、製作者は予想だにしなかった結果である。
空気が凍りつく緊張感。
襲撃者であるクロエと男には、明確な殺意がある。
対するアルトとノエルは武器をもって無い以前に、手痛い状態異常を喰らってしまっている。分が悪すぎる。
「おや……ああ、そうでした。これは忘れてしまってましたね」
何かに気付いた様な声を挙げるラムテール。
クロエに目をやると、クロエは何かを投げてよこした。ソレは、アルトの荷物。ソレは、クロエの弓と矢。
「……これは、どういうつもりだ」
何か、狙いがあるのかもしれない。
そう勘ぐってしまうのも仕方が無い事だ。
「どういうつもり? おっと、これは失礼。簡単な事ですよ。私達としては、下賤なお前達を、無抵抗で甚振る趣味なんてない。だからほら、精一杯足掻いて見せて下さい。ゴミクズらしく」
アルトとクロエに向けられた視線は、汚物でも見る様な目。
クロエが動き出す。
先程と同じく、驚異的過ぎる身体能力を発揮し、一瞬で距離を詰める。気が付くと、そこに居た。その為、反応が遅れてしまう。
「ッツ! アルト!」
ノエルが叫ぶが遅すぎる。
少女としては、普通の大きさ手で作った、握り拳。
だと言うのに、その拳の中にはあり得ない程の、質量が内包されている。
とっさに腕を交差して防御するが、威力は殺せない。骨が軋む音と共に、大きく吹っ飛ばされる。壁に打ち付けられる事は無く、そのまま壁も同様に吹っ飛ばされる。
圧倒的過ぎる腕力。
「……グウッ!」
飛ばされた先に在るのは外。
数回、地面を跳ねてようやく止まる。それでも、驚く事にアルトは生きている。何と幸運なのだろう、と神に感謝してもおかしくない。
最も、そんな余裕すら残っていないのだが。
冷ややかな目で、アルトを見つめるクロエ。
「アンタ、一体何をしてんのよ!」
憤怒に駆られるノエルは、そんなクロエに向けて、矢を射る。
「おい、お前、私の花嫁にそんなモノを向けるな」
微かに聞こえる怨嗟の声。
靄がかった、質量をもった何かが、矢の行く手を阻む。
「ッツ! 何邪魔してんのよ。ぶっ殺されたいの?」
「花嫁。ここは私に任せて下さい。君は、どうかアレを殺して下さい」
物騒で、おぞましい命令。
しかし、クロエに反抗の意思は無い。コクリと首を縦に振ると、今も尚倒れ込んでいるアルトの下へと向かう。
「行かせるわけが……」
「頼む。花嫁の活躍なんだ。邪魔をしないでくれるか」
質量をもつ靄がノエルに襲い掛かる。
一体ソレが何なのか分からないが、当たるのは不味い。大きく跳躍して、ラムテールとの距離を離す。
アルトを助けに行きたいが、背を向ける訳にもいかない。
憎々し気に睨みつけるノエル。
「アンタ、さっきから本当に鬱陶しいわよ」
「アンタとは失礼だな。ラムテールと呼んでくれ」
「お断りよ」
握る弓に、仄かな明かりが灯る。
動け。動け。動け。
痛みに足止めでもされてしまっているのか、中々動き出さない身体に、必死に命令を送るアルト。
地面を踏みしめる音が何度も聞こえて来る。自身に息の根を止める為の脅威。クロエが近づいている証拠だ。
オッドアイの瞳の奥に、アルトは映って無い。
何とも虚ろな目。
焦燥感は、精一杯アルトをじらす。
「……………………」
とうとうクロエは追いついてしまう。
倒れ込むアルトを見下しつつ、手は拳を形作る。もしも直撃してしまえば、今度こそアルトは無事で済まされないかもしれない。
まさに絶体絶命。
そんな中、辛うじて動いたアルトの手。
何かが投げ出された。
大きさとしては、掌で転がせる位の大きさの、四つの球。
反射的に、クロエはソレを潰してしまう。瞬間、パンッと言う破裂音。音は意外にも大きく、ビクッと身体を震わせる。
その隙を狙って、アルトは立ち上がり、樹海の中へと逃げ込む。
一瞬で距離を詰める、あの驚異的な身体能力は警戒しないといけないが、先程アルトの下へ行く時は、普通に徒歩だった。
回数制限があるのか、あまり乱用したくないのか。
一体どっちなのか分からない。
だが、逃げれるのであれば幸いだ。
しかし、安堵もしていられない。
「さて、これから一体どうすれば良いのか」
使ったのは、かんしゃく玉。
子供たちの悪戯のお供として使われるが、魔物の注意を引く事にも使えるので、アルトは重宝している。
荷物に詰め込まれているのは、そう言った魔物に対して有効なアイテム。
一体、これで何処までやれるのか。
不安で不安で仕方が無い。
「面白そう」「さてさてこれから一体どうなる事やら」「クロエたんは一体どうしちゃったんだ?」「さっさとラムテールの奴をぶっ殺せ」と思った方は、ポイントよろしくお願いします。それだけでも、励みになります。
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