拙い反逆2
「それではまず一回目……」
「舐めるな!」
振り下ろされた拳。しかし、それがクロエに届く事は無い。
叫ぶと、全方位に放出された強風。詠唱を使わず、魔法を酷使した反逆。少なからず驚きながら、ラムテールは勢いよく飛ばされてしまう。
無詠唱。
その事実に何よりも驚いたのはクロエ本人だ。
「? ……どうして、私はさっき……魔法を?」
腹部の痛みを十分に味わいながらも、意識は先程の現象に。兎にも角にも、早く二人を連れて逃げ出さなければ。
徐に立ち上がり、クロエはアルト達の下へと向かう。
が、それを許してくれる程に敵は寛容では無い。
「あーー、もう本当にいい加減にしろよ、このアマ。俺が下手に出てるからって、調子に乗りやがって。イライラするイライラするイライラするイライラするイライラするイライラするイライラする。取りあえず、百発位殴っておこう」
立ち上る、埃の中から現れるラムテール。
服が少し汚れた位で、目に止める傷は無い。
無傷だ。
苛立ちしか含まれていない、怒声にも近い声音で、何度も何度も何度もクロエに対する躾の話をしている。
多重人格者では無いのか、と思ってしまう程に、コロコロと変わる性格。気味が悪く、とても気持ちが悪い。
「く、来るな!」
ドンドン近づいてくるラムテール。
恐怖が今まさに迫っている事に耐えられる訳もなく、半ば狂乱気味に叫ぶと、呼応する様にして数本の氷の刺が現れる。
狙いはたった一人。
全て、同時に掃射された氷の刺。
柔らかな肉を切り裂き、辺りを血に染める為に。
しかし、その使命を全うする事は出来ない。
悲鳴の様な声が聞こえた。ラムテールの周りを漂う、靄が動き出し、いとも容易く命を刈り取る氷塊を潰していく。
「……クソッ!」
手ごたえが感じられず、クロエは歯噛みする。
しかし、十分時間は稼げた。
痛みはまだ残っているモノの、走れる位には回復した。ラムテールとの距離はまだ話されている。そのまま逃げようとした時、
「ねえ、私の花嫁。どうして、魔法を詠唱無しで使えたと思います?」
遠くから聞こえる筈の声は、すぐ近くで聞こえた。
とっさに後ろを振り向くと、頬に衝撃が走り、身体は飛ばされてしまう。それでもオッドアイの瞳には、反抗の闘志が燃やされている。
そんな事はどうでも良いと、ラムテールはクロエの顔面を殴る。
「おかしいとは思えませんか? 本来、『魔術師』は呪文詠唱が無ければ魔法を発動できない筈です。ですが、私の花嫁はソレが出来た。では、それは何故なのでしょうか?」
殴る。殴る。殴る。
「簡単な話です。私の花嫁。貴方の職業は『魔術師』では無いのですよ。それよりも、もっと遥か上の職業。だから、魔法も詠唱無しでも行けた」
壁に顔面を、何度も何度も打ち付ける。打ち付ける。打ち付ける。
「では、一体その職業が何なのか。そこで、私が最初に言った、貴方の昔の記憶に関連付けられるのです」
痛みは感じていた。耐え難い苦痛が、頭の中を占領している。だが、それと同時に、自身が封をしていた記憶がゆっくりと剥がされていく、奇妙な感覚も覚えていた。
止めろ、止めろ、と本能は叫ぶ。
しかし、ラムテールにそんな声は届かない。
「貴方の記憶と職業は密接な関係にある。取りあえずは、無くした記憶を今ここでお教えしてあげましょう」
薄れゆく意識の中。それでも、クロエはハッキリとこう呟いた。
「……や、め、てぇ」
懇願する様な、記憶が戻ってしまう事に対して、憂慮する様な、そんな感情が混ざりに混ざった声音。
そこで、ようやく、初めてラムテールは笑った。
今の今まで浮かべていた作り笑いでは無く、心の底から。相手を侮辱する笑みを。嘲笑する笑みを。馬鹿にする笑みを。本当の笑みを浮かべる。
「ああ、そう。ようやくその瞳になってくれましたね。私の愛しい愛しい花嫁。両目の色が違っている。とても気持ちが悪く、本来であれば殺してしまう所ですが、その生きる意味を無くしてしまった虚ろな目。それだけは途轍もなく美しくて奇麗だ。ああ、額縁に飾って保存したい所です」
「嫌、嫌、嫌、嫌、嫌! 止めて、止めて、止めて、止めろ!」
突如、驚異的な腕力を発揮して、クロエはラムテールの手を引き剥がす。ついでと言わんばかりに、メキシャと言う音と共に腕をブチ折る。
「ははははは。素晴らしい。瞳だけでなく、その強さにも目を見張る所がある。だからこそ、私は貴方を花嫁に選んだ。愛しい愛しい花嫁よ!」
当の本人は痛がる素振りを見せない。
骨が折れ曲がる音を奏でながら、腕を元に戻す。
「うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。私の前から消えろ。消えて、消えて、消えろ。早く! 速く、消えろ!」
クロエの様子は、アルト達と初めて出会った時を想起させた。理性は無く、只々本能のままに猛攻を繰り出す。
その対象は、幸か不幸かラムテール。
とても嬉しそうだが、クロエには関係ない。身体能力が著しく上昇し、一歩踏み出す度に気の床にヒビが入る。
悪鬼羅刹を穿つ為、一瞬で距離を詰める。
床が爆ぜ、壊れてしまうが。そんな事は気にも留めない。
クロエの意識はラムテールに向けられている。対するラムテールも、自身の周りを漂う靄の数を増やしている。
ラムテールに向けられた拳は、彼の肌を殴るのではなく、その靄を殴った。衝撃の代わりに聞こえたのは、怨嗟の声。
薄っすらと、下卑た笑みを浮かべている。
クロエは憎々し気に睨みながら、後ろに飛び、距離を開ける。
二人は相対し、睨み合う。時間にして、たったの数秒。そんな時間にも屡々にして、憎き怨敵を今度こそ殺そうと、跳んだ。
そして、殴る。
「しかし、私の愛しい愛しい花嫁。君はまだ美しくなれる。だって、君はあの時あんなにも美しかったじゃ無いか」
「大切な、仲間を殺した時」
肉薄する拳が、止まった。と同時に途轍もない衝撃波が見舞われるが、ラムテールは至って平然。紡ぐ言葉を閉ざさない。
「な、何を……嫌、止めて。消えて。駄目。それ以上は、だって、私……違う。違う、違う、違う、違う、違う!」
嫌なモノから目を背ける子供の様に、クロエは被りを振るってラムテールの言葉に耳を貸さないようにする。
だが、もう遅い。
「楽しかっただろ? 君を裏切っていた、下賤な奴らを殺すのは。嘘をついて、君を殺そうとした奴らを血祭りにあげるのは。楽しかっただろ? 嬉しかっただろ?」
「や、やめ……て……ぇ」
聞きたくなかった。
クロエは手で耳を塞ぎ、その場にしゃがみ込む。
「だから、君はもっと壊れるべきなんだ。だって、仲間を殺した時はあんなにも楽しそうだったじゃないか。幸せそうだったじゃ無いか」
隙だらけだ。
ラムテールは懐から錆びた釘の様なモノを取り出した。
「さあ、もっと私と一緒に壊れよう! 愛しい愛しい花嫁!」
躊躇することも無く、ソレをクロエの首元に突き刺した。
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