いがみ合う二人
「もう朝か」
そう呟きながらアルトは意識を覚醒する。
ゆっくりと目を開くと、知らない天井が飛び込んできた。
……あれ? 確か、俺は『黒猫亭』に泊まっていた筈だったが……。と戸惑いながら、すぐ近くに在った窓に目をやると、そこには異形の魔物が此方を睨んでいた。
シャッ、と勢いよくカーテンを閉めて、考え込む。
(あれ? おかしいな? どうして、俺はこんな所で寝ているんだ? まさか、誰かに運び込まれた? 誘拐? 誘拐なのか?)
小鳥の囀りの代わりに、魔物の絶叫をプレゼントとは。成程、誘拐者側も粋な計らいをしてくれる。
と、半ば混乱して、思考回路が上手く働かないでいると。
ズドンッ、と途轍もない衝撃音が、木霊した。
思わず、その場で転んでしまう。
「なっ、なっ、何だ⁉」
頭をよぎるのは、先程の異形の魔物。
つまり、魔物の襲撃だ。
「チッ、不味いぞ、こんな時に限って」
舌打ちをしながら、部屋の隅に置かれている荷物を背負う。魔物に直接的なダメージを与えるモノは少ないが、やるしかない。
覚悟を決めて、アルトが扉を開ける。
と瞬間、ヒュンッ、と言う空を切る音と共に、自身の真横を何かが通過する。そして、タンッ、と言う音と共に壁に突き刺さる。
覚悟を決めてから、死の危険を味わうまでの感覚が短すぎる。余りにも唐突過ぎて、顔は真っ青になっている。
ギギギギギ、何て錆びれた金属音を発しそうな如く、ゆっくりと後ろを向く。壁に突き刺さっていたのは、弓矢だった。
弓矢? ……弓矢⁉
自身が見たモノが、間違いでは無い事を確認する為に、何度もその二文字を復唱する。間違いない。これは何処からどう見ても弓矢だ。
戸惑いながらも、弓矢を詳しく見ようと引き抜こうとした瞬間、
すぐ近くにあった部屋の扉が吹っ飛んだ。
吹っ飛んだ、と同時に部屋の壁をぶち破って迫り来るのは、とても大きな氷の氷塊。既視感を感じつつも、寝起きのアルトに驚異的な反射神経など存在していない。
「……ゴボフッ!」
まるで、屈強な男性にタックルでもされた様な衝撃を、身体中に無理矢理味わされる。その衝撃は、成人男性を昏倒させるには、十分な威力だったようで、段々とアルトの瞼は鉛の様に重くなっていく。
「チッ! 避けるんじゃないわよ! この、変な目!」
「うるさい、お前こそ避けるな。只の獣風情が!」
視界が捉えたのは、二人の少女。一人は、ネコ科の耳と尻尾が特徴的で、可愛らしい軽装の、幼馴染のノエル。
もう一人はお手製の仮面を額辺りに被り、紫色のポニーテールを大振りに揺らしている謎の少女。
少しフリルのついた白色のシャツと、スカートを身に着けている。
(……あ、そうだ。そう言えば、ドラゴンに襲われて、樹海に迷い込んでいたんだっけ。だから、昨日からここで暮らしてたんだっけ)
ようやく思い出した事実に、胸のつっかえがとれた感触を覚えながら、アルトは轟沈してしまう。
「ああ、もう鬱陶しい!」
怒声ともとれる叫びをあげながら、ノエルは弓を引き、数本の矢を射る。矢の一つ一つが鋭利な刃物だ。
当たり所が悪ければ即死もあり得るだろう。
点では無く、面での攻撃。
左右、どちらに避けようとした所で、完全に避け切る事は出来ない。
しかし、クロエは短い単語を唱える事で何とかする。
「アイスニードル」
瞬間、何本もの氷の刺が現れる。
本来であれば、それらは攻撃用の魔法だが、クロエは刺を上から下へと飛ばす。当然、床が突き刺さるが、それと同時にその場に氷の壁が出来上がる。
キン、キン、キン、と硬いものと硬いものがぶつけ合った音が響く。その後は、カランカランと乾いた音が聞こえ、床に矢が散らばる。
自身の攻撃が通用しなかった光景を目の当たりにして、ノエルは悔しそうにする。対するクロエは、嘲笑の笑みを浮かべる。
「残念だったな。お前の矢が私に届かなくて」
「まさか、さっきのは小手調べに決まってるでしょ? 逆に、あんな攻撃に魔法を使うとか、ダサ過ぎない?」
互いが互いを捉え、どちらも忌々し気に睨みつける。
そして、そのまま膠着状態へと入る。
彼女たちの頭の中で考えられているのは、どうやって目の前にいる忌々しい対象をぶっ殺すか……では無く、どうやってこの状況を打破するか、であった。
別に、憎いとか、ムカつくとかは思ってはいるが、お互い相手を殺す気などサラサラ無い。微塵も。これっぽっちも。
ノエルはクロエに矢が当たらない様に、驚異的な集中力を発揮して、当たりそうで当たらない様にしている。
また、クロエはクロエで風系の魔法を使って、間違ってノエルに弓矢が当たらない様に、水系の魔法しか使っていない。火の魔法も当然無しだ。
命中しない様に、動きは遅くして単調。
数も、複数では無く、単体にしている。
売り言葉に買い言葉、その結果がこれである。今すぐにでも、穏便に事を済ませたいのだが、どちらも今更抜いた矛を収めるのは恥ずかしい、と言う面倒くささを発揮している。引くに引けられないのだ。
二人のプライド的にも。
もしも、相手の考えている事が分かる、なんて異能力を持っていれば、この場は今すぐにでも丸く収まるが、現実はそんなに甘くない。
「やっぱり、決着をつけなきゃいけないみたいね」
「ああ、全くだ。お前なんかに、時間を取らせられるとはな」
ノエルは弓に力を籠め、クロエは魔力に力を籠める。
いや、マジでこれ、本当にどうしよう。今、二人の考えがぴったりと重なった。だが、どちらも矛を収める事が出来ない。
流れに身を任せたまま、互いに込めた力を放出しようとする。
((あ―――、もう、誰か何とかしてくれ―――‼))
最終的に取ったのは、他力本願。
しかし、幸か不幸か、その祈りは届く事となる。
「全く、お前ら、いい加減にしろ!」
二人を隔てるようにして、その中心にやって来たのは、ノエルにとっては大切な幼馴染であり、クロエにとっては命の恩人のアルトだった。
さっき目を覚ました。
突然の乱入者のお陰で、ノエルの弓に籠める力は抜け、クロエの練られていた魔力はその場で霧散する。
((た、助かったぁ))
心の中で、二人は安堵する。
が、表面ではそういう素振りを見せない。あくまでも、アルトに止められたことに対して、不服だという反応をする。
「何よ、アルト。邪魔しないでくれる?」
「この獣に同意見だ。私たちの邪魔をするな」
そう言った直後、二人は頭に、ゴンッと言う、途轍もなく鈍い痛みを感じた。その痛みは時間をかけて、身体に浸透していく。
アルトに、頭をげんこつされたのだ。
二人は、その場で悶絶する。
「「ちょっと、一体何を……」」
「うん、まずは正座しようか」
有無を言わさぬ威圧感。
「「いや、だから……」」
「うん、まずは正座しようか」
これは不味い雰囲気だ、と悟った二人互いに顔を見合わせて、すぐさま正座になる。そんな二人の正面に立つのは、ニコニコと微笑みを浮かべているアルト。
長年の付き合いであるノエルには分かる。
これは、怒っている、という事に。
「さて、それじゃあ、まあ話を聞きたいんだが……どうして室内で殺し合いが起こる様な状況に陥った」
部屋の中は、見るも無残な姿になっていた。
扉は壊れ、壁は破れ、床は突き抜け、窓は割れ、所々には矢や氷の刺と言う装飾品が突き刺さっている。
人が住んでいた場所、とは思えない壊れっぷりだ。
「「全部、コイツのせいです」」
相手を売って、何とか説教から逃れようとする二人。
こういうとこだけ、二人の考えは一致するのだ。一周回って、本当は仲が良いんじゃないのだろうか。
「人のせいにするな! もう少し、自分に悪い所が無かったか考えろ!」
「面白そう」「次に期待しよう」「ふーーん、まあ良いんじゃね」と思った方は、ポイントよろしくお願いします。それだけでも、励みになります。
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