神聖な槍
「畜生!」
そう悪態をつきながら、アルトはギュッと目を閉じた。…………しかし、幾ら待っても、意識が刈り取られる独特な感覚も、全身を貫かれる痛みも感じる事は無い。
何かあったのだろうか?
疑問に促されるがままに、アルトは恐る恐る目を開ける。
そこには目を疑う光景が広がっていた。
先程まで猛然と動き、アルト達を食い殺さんとしていたドラゴンが、止まっていたのだ。
――時間停止。
不意に頭をよぎる単語に、稲妻が落ちた。
それはそうだ。ノエルにも急に身体能力が高くなる、何て奇妙な出来事が起きたのだ。自分にだって、そんな奇妙な力が与えられたって、不思議じゃない。
(つまり、ノエルは身体能力向上を授かり、俺は時間停止と言う力を手に入れた)
自身の震える手に目と、ドラゴンに、交互に目をやる。抓ると、痛いという感覚を身体が発してくれている。
夢では無い。夢では無いのだ。
今すぐ飛び跳ねて、喜び狂いたい所だが、そこはグッと我慢する。取りあえずは、どうやったかは知らないが、あのドラゴンを何とかしないとな―――。
と思っていると、グルルルル、とドラゴンが喉を鳴らす。
「ん? ……アレ? …………アレェ?」
おや、話と違うぞ。
と戸惑うアルトをよそに、ドラゴンは踵を返して何処かへ向かう。悔しそう、と言うよりも、興が削がれてしまった、と言う印象。
しかし、今のアルトにはどうでも良い事だ。
「うん。 ……まあ、分かってましたよ。はい」
先程までの自分の考えや、テンションが、黒歴史となってアルトに襲い掛かって来る。羞恥心に悶えて、顔を赤く染める。
そんなアルトに、一瞬気を失い、目を覚ましたノエルから一言。
「? どうかしたの? アルト?」
「別に何でもありません」
ひと悶着あったモノの、二人とも五体満足で息をしている。
ドラゴンと出会った結果がそうならば、それだけでも褒め讃えられるくらいだろう。しかし、解せない、と言うのが個人的な感想だった。
(あの時、後一歩でも踏み出せば、俺達は食い殺されていた。なのに、あのドラゴンはその一歩を踏み出さずに、そのまま何処かへ行った)
気が変わったとか、面倒くさくなった、何て理由では無いだろう。だとするのであれば、残される理由は一つ。
「行かなかったんじゃ無くて、行けなかったから、って事になるのか」
「な――に、さっきから一人で呟いてんのよ。……早く荷物を見つけないと、手遅れになるかもしれないわよ」
元の調子を取り戻したノエルの指摘に、アルトは頷く。今いる場所は、ドラゴンが立ち入る事の出来なかった場所。
一見すると、特徴は無い。
雰囲気が変わったとか、何かしらの術式が施されているとか、そういうモノは全くと言っていい程感じられない。
だとすれば、一体どうしてだと言うのだろうか?
「……ブッ!」
その時、鼻に衝撃を感じた。
と同時に足を止める。考え事をしていたせいで気付かなかったが、ノエルが途中で止まってしまっていたのだ。
「どうかしたのか? ノエル?」
鼻を抑えながら、訪ねる。
「ねえ、アルト……アレって」
回答に代わりに帰って来たのは、何かに向けた指差し。
どうかしたのだろうか? と言う疑問を抱きつつも、ノエルが指さした方向を見て同じ反応をする。
そこには、立ち並ぶ木々も、草や花も無かった。充満する様に、溢れ出ているのは神聖めいた雰囲気と気迫。
生えなかったのでは無く、生える事すらおこがましいのだろう。そんな不毛の大地の中心には、一つの台座が在った。
刺されていたのは、真っ白な槍。
そして、その台座の傍には、アルトとノエルの荷物が散らばっている。
「ハハッ、これは大収穫だ」
荷物を見つけた事に喜び、ドラゴンがこの場所を避けた理由に納得した。
※
一人ぼっちの悲しい少女は、暗闇の中、一人で泣いた。
嗚咽や涙は止まる事を知らず、そんな顔を誰かに見られたくなかったのか、しゃがみ込んで、顔を覆って泣いていた。
そんな時、
「おい、何やってんだ、お前? 大丈夫か、こっちに来いよ」
そんな言葉と共に、手を差し伸べられた。
少女はハッとして、顔を見る。手を差し伸べてくれたのは、無精ひげを生やした、強面な顔の中年男性。
「……良いの?」
怯えつつもそう問いかけると、
「おう、当たり前だろ!」
ニッ、と人の良さそうな笑みを浮かべる。
「分かった。だったら、ついて行く」
少女に道は示された。暗闇を払う様にして、光の道しるべが浮かびあがる。そして、その先に居るのは、自分を慕ってくれる大切人達。
「お――い、何やってんだよ」
「今、行く!」
促されるがままに、少女は走り出す。
走れば走る程、少女は段々と成長していく。髪が伸びていき、身長が伸びていき、顔つきが可憐になっていく。
そうして、ようやく辿り着いた場所には……誰も居なかった。
「あれ? 皆? どうかしたのか? 皆⁉」
呼んでも返事が無い。慣れ親しんだ声は返ってこない。心細くなって、不安になりそうになった時、何か物音がした。
ドチャッ、と言う何かが落ちる音。
「もう、何かのイタズラか? そう言うのは止めて欲しいのだ……が……」
只のイタズラ。そう思う事で、彼女の心は保たれていた。だが、もしもソレが悪戯などでは無く、もっと辛い現実だったなら。
一体どうなるのだろう。
「……嘘だ。こんなの、嘘に決まっている。誰が……一体誰が、こんな、こんな事を!」
息を吸い込むと、体内に充満される赤錆びの様な匂い。視界を埋め尽くすのは、赤。赤。赤。赤。赤一色だった。
床に散らばるのは、赤い塊。肉塊だ。切り落とされた手が、腕が、足が、胴体が、頭が、そこら中に散らばっていた。
全て、自身の大切な人達のモノ。
「あ……あ……あ……あ」
声が出ない。何を言えば良い。何を話せば良い。どうすれば良い。
一体、どうすれば良かったと言うのだろうか。
絶句する少女に、影が忍び寄る。気配を感じ、振り向くと、そこには無精ひげを生やした、強面の中年男性が。
「あ、あ。お、お……じ……さ……ん」
「全部、お前のせいだ」
その言葉を聞いて、息が止まる様に感じられた。
「俺達が死んだのは、全部、お前のせいだ、クロエ!」
その言葉は、少女に――クロエに絶望を与えるには、十分だった。
「ッツ‼ ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ。今のは…………夢か」
珠の汗を流しながら、飛び上がる様にして、クロエは目を覚ました。髪も、額にも、汗がびっしりと浮かび上がっている。
先程見た夢の内容は、もう忘れてしまっている。何か、途轍もなく怖い夢を見た、と言う記憶は残っているが、それが何だったのかは分からない。
だとしても、思い出さなければいけなかった。
しかし、それを中断したのは聞きなれない、少女の声。
「ん? ああ、起きたのね」
見ると、そこにはネコ科の耳と尻尾を携えた、可愛らしい獣人の少女が居た。
そう言われた直後、クロエの左右の頬に、電流が走る。
抓られたのだ。
名も知らぬ、初対面の女性に。
反射的に、クロエはその両手を振り払う。
「痛いわね! 何するのよ!」
「それはこっちのセリフだ! お前こそ、突然何をする」
余りにも厚顔な物言いに、流石のクロエもムッと来てしまう。売り言葉に買い言葉、双方の間にはバチバチと火花が散らされ、一色触発の状態だ。
そんな時、少女が何かに気付いたように、こう言った。
「……変な目」
それが、開戦の合図となった。
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