拭えない傷跡
グギャウ、と言う気持ちの悪い声を挙げながら、魔物が襲い掛かってくる。
「あー――、もう。鬱陶しいわね!」
言葉通り鬱陶し気に、ノエルは魔物の顔面をぶっ飛ばす。全体重を乗せた殴りは、魔物の顔面にめり込み、その頭を爆裂させる。
お忘れの方も居るかもしれないが、彼女の役職は『弓術士』である。
遠距離からの攻撃を得意とし、本来であれば、矢を打って対象を打ち抜く『弓術士』である。
だと言うのに、拳を使って獲物を仕留めると言うのは、一体何事なのだろうか。打撃での攻撃を得意とする『武術家』顔負けの強さだ。
「ノエル。悪いんだが、お前は一体何処を目指しているんだ?」
そんな、荒唐無稽すぎて、夢でも見ているんじゃ無いか、と思える光景。それを、アルトは半ば呆れながら眺めていた。
眺めていたと言っても、手は動かしている。
草根をかき分け、所々に生えている木々の裏を調べたりと、足を止める事は無い。
「別に私だってこんな事、好きでやってる訳無いに決まってるでしょ。全然女の子らしくないし、泣きたい位よ」
不服だと言わんばかりに、耳と尻尾をピコピコと動かす。
そもそもお前はあんまり女の子らしくない、と言う言葉は口にしない方が賢明な判断なのだろう。
仮面の少女の病名は、魔力欠乏症。
魔力を過度に消費すると、回復が追い付かなくなり、身体がパニックを起こしてしまう症状だ。
只単に、普通に顔が赤くなっているのであれば、安静にして置けば自然に治るので、そこまで心配する事でも無い。
だが、黒い斑点が出来てしまえば、話は違う。
自力での魔力の生成では、回復が追い付かない。いわば危険信号だ。一体アレを発症してからどれ位なのか分からないが、時間をかけてしまうと手遅れになってしまう。
自身の魔力を、他者に分け与える方法もあるらしいが、残念ながらアルト達はその方法を知らない。
残された方法は、荷物の中に入っているマナポーションを飲ませるだけ。だが、入っているという保証も無い。
あったかもしれない、と言う憶測だけ。
それ位しか縋るモノが無いのだ。
「どう? 見つかった?」
「いいや、駄目だ。見つからない」
探している場所は、アルトが目を覚ました場所。
目を覚ました直後、魔物の群れが襲って来たので、ろくに探索も出来ていなかったのだ。しかし、と前置きをして、アルトは辺りを見渡す。
ここを探しに来たのは、もう一つ理由があった。
自分が一度死んだのか、死んでいないのか、である。別に知った所でどうにかなる訳も無い。目が覚めた時には、ノエルは普段通りだったし、身体の気怠さも感じなかった。むしろ、体調が良い様に感じられた。
……やっぱり気のせいか。それは只の思い込みだったのか、もしくは夢だったのかもしれない。
そう結論付けて、エリアの方を探そうとした。ここら辺を探しては見たモノの、目につくような物は無い。
何て馬鹿らしいのだろう。
アルトは、自分自身に呆れて、思わず笑みが零れて落ちる。
が、その直後、鼻腔をくすぐる鉄の様な匂い。思わず足を止める。匂いのする方に、思わず首が動いてしまう。
見てはいけない。知らない方が良い。
そんな静止を振り切って、アルトが目にしたモノは……。
血と言う名の赤い色を持った何かが、飛び降りて作り出した、魚拓の様なモノだった。まだ乾ききってはおらず、少し湿っている。
何故? どうして? ここにこんなモノが。魔物の死体、とも考えたが、魔物の血は赤色では無い。では何だと言うのか、これは自分の血だとでも言うのか?
本当に、自分は死んだ? 一度、死んで、生き返った? あり得ない。あり得ない。と頭は受け入れる事を拒否する。
その事実が知りたかったのに、混乱してしまっている。頭の中が整理できず、現実を直視できない。蓋をした記憶が封を切って、その隙間から……。
「ちょっと、アルト。何突っ立てんのよ」
ノエルの声にハッとする。
「あ、ノエル。その、いや、何と言うか……アハハハ」
「うわっ、なにこれ? アレ? これって、リボンの実じゃん」
スンスンと匂いを嗅いで、そう言葉にする。
自身が考えていたモノと、ノエルの答えが違うモノに、アルトは、ん? と思わず首を捻ってしまう。そんな訳は、と思いつつも、血塗れの現場を見ると、その近くの木には、赤く売れた果実。件のリボンの実が実っている。
「多分、落ちた実を魔物がふんだんじゃないの? そう言えば、私お腹空いるのよね。一個貰おうと」
木の枝から一つをもぎ取り、美味しそうに齧る。
美味しいという事を身体で表す為に、分かり易く耳と尻尾も大降りに動く。
「? アルト、アンタは食べないの?」
「いやっ、俺も食べるよ」
只の勘違いだった。先程までの葛藤や、思案一体何だったのだろうか。気が抜けてしまい、小腹が空いてしまった。
思わず笑みも零れ落ちる。
リボンの実は美味しかった。
「こっちは無かったわ。次は、あそこら辺を探しましょう」
ノエルに促されるまま、アルト達は次の場所へと移動する。自分たちの荷物を見つける為に。そして、仮面の少女を助ける為。
ノエルが探していた場所。
そこには、先程のリボンの実で作られた魚拓の様なモノが、草や木に隠れるようにして存在していた。
但し、その付近にリボンの実が成る木は無い。
そこは、鼻をつまみたくなるほどの、鉄の様な匂いと、異臭が漂っていた。
それもその筈、その場所には、肉片も転がっているのだから。
この事を、アルトは知らない。
そう言えば、自分達をこんな目に遭わせたドラゴンは一体何処に行ったのだろう。自身の死を辿っていれば、その事にも気が付くのは当然だった。
アレは只の勘違いだったが、ドラゴンは勘違いでは済まされない。
「ノエル。そう言えば、俺達が出会ったドラゴンの行方を知ってるか」
ドラゴン。その単語を聞いて、ノエルの目つきが変わる。
「言われてみれば、確かに……おかしいわね。あれから一度も目にしてないわよ」
だとするのであれば、あのドラゴンは只の通りすがりで、その時偶然にもアルト達がやって来て、攻撃を仕掛けてきた。
何とも迷惑な話だ。
だが、そうだったとしたら、心配する事は無くなる。魔物は依然として襲ってくるが、それでもノエル一人で事足りる。
伸び伸びと、探し物が出来ると言う訳だ。
まあ、流石にゆっくりしているのは不味いのだが。
その時、地面が揺れた。一体どうしたのだろうか、とあたふたするが、直ぐに収まる。ホッとするのも束の間、直ぐに地面は揺れる。
しかも、先程よりも強くなって。
収まり、揺れて、収まり、揺れて、収まり、揺れての繰り返し。段々と近づいて行く震源に、直感的に、嫌な予感を感じ取る。
「何かマズイ。逃げるぞ、ノエル!」
だが、もう遅かった。
ドゴンッ。
地面が盛り上がる。
バゴンッ
地面が爆ぜた音と共に、
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO‼」
それは絶叫。それは轟音。それは、自身の興奮を表す度量。
涎を垂らしながら、青白い羽根を広げる。圧倒的な巨体に、命を刈り取る為に作られた牙と爪。ここまで特徴的で因縁があれば、忘れる筈も無い。
ドラゴンだ。
「走れ‼」
判断は迅速だった。
ドラゴンの登場演出を最後までみる暇も無く、ドラゴンが無駄な時間を消費している間に、アルトはノエルの手を握って走っていた。
対するノエルは、ドラゴンに怯えてしまっている。
先程の、強気な雰囲気は欠片も感じられず、まともに走る事すらままならない。薄っすらと涙を浮かべている程だ。
それでも、走る事を強要したアルトに、非難される筋合いは無い。英断であろう。だが、幾ら走った所で、ドラゴンにとっては些細な距離でしかない。
行く手を阻む木を、まるで積み木を崩すかの如く、折って切って引き千切って、ドラゴンはアルト達の背を追いかける。
「羽、使わないのかよ!」
アルトの叫びに呼応する様に、口から轟音を吐き出す。
身体の内側震える声量。思わず耳を塞いでも仕方が無い。しかし、それは只の前座に過ぎない。轟音と共に、口から吐き出されるのは黒い球。
仮面の少女の火の玉とは、比べ物にならない程の大きさを誇っている。
無数の黒い球は、アルト達に狙いを定め、容赦なく追いかける。その速度はどんどん増して行くが、済んでの所で避ける。
が、地面に命中した弾は、そのまま砂埃を舞い散らしながら、暴発する。爆風に巻き込まれて、アルトは飛ばされる。
ノエルは、アルトが抱きしめたおかげで傷が無い。
しかし、気絶してしまっている。
自身も、戦闘職では無いくせに、何故か余り怪我が酷くない。そんな喜びも束の間。目の前には一気に距離を詰めた、ドラゴンが居た。
「畜生。これで、終わりなのかよ」
ドラゴンはアルト達に近づいてくる。
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