謎の仮面
「ちょっと、聞いてんの?」
ノエルの喧しさに反比例する様に、仮面には全くと言っていい程反応が無かった。まるで、ノエルと言う存在を認識していないみたいに。
「ねえ、ちょっと……大丈夫?」
流石に、異様に感じたノエル。
何処か怪我でもしていたのだろうか? はたまた体調が悪かったのか。それとも、ノエルの叫びに対して、不快に思ってしまったのか。
理由はどうあれ、反応が無いのはおかしいと思ったのか、ノエルは仮面の下へと駆け寄ろうとする。
「………………て」
掠れる様な声が聞こえてきた。
思わず足を止めてしまう。
「……どうして、消えないの?」
今度は、はっきりと聞こえてきた。しかし、その言葉の意味が分からない。思わず首を傾げてしまうが、その直後、
「消えてくれないの? どうして? どうして? どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして」
仮面の奥の、虚ろで生気の無い眼でノエルを睨みつけながら、そんな言葉を繰り返す。明らかに異様な雰囲気だ。
マズイ。と直感はそう囁く。
直感に従って、すぐさまその場から逃げ出そうとするが、もう遅かった。
「どうして……消えてくれないの?」
その後に紡がれたのは、とても簡素な言葉。
「アイスニードル」
それは人を殺す凶器となる。
仮面の周囲に、魔力が集まっていく。段々とそれは氷塊になっていき、魔物を骸の山へと変えた氷の刺と化す。
そして、それらはノエルに向かって射出された。
「……え?」
余りにも突然すぎる出来事に、頭の理解は追いついていなかった。只、その光景を傍観するだけに留めてしまう。
だからこそ、反応が遅れてしまう。
気が付いた時には、氷と自身の距離は目と鼻の先。恐らく、数秒もしない内にノエルの身体は氷によって貫かれる筈だ。
だが、そうはならなかった。
咄嗟に駆け付けたアルトは、ノエルを思いっきり後ろに引っ張る。
「……グエッ!」
女の子としては、余りにもはしたない声を発しながら、後ろに倒れ込む。その軌跡を描く前にあった、眉間を氷の刺は通り過ぎる。
眉間に貫かれる代わりに、切れたのは頬と数本の髪の毛。
茶髪の髪が不自然に揺れる。
頬の傷は、かすり傷ではあるモノの、傷口からは赤い血が流れてしまう。
しかし、そんな事にかまけている余裕は無い。
魔法を扱う職業『魔導師』
魔術師は総じて、魔法を発動した直後に、身体の硬直、と言うデメリットがある。ソレこそが、大きな隙となる。
これを逃さない手は無い。
仮面との距離を詰めて、そのまま捕まえるアルト。
だが、魔術師の制圧方法はそうでは無い。
「馬鹿! 『魔術師』は口を塞がないと!」
ノエルの指摘に、ハッとなるがもう遅い。
「ウィンドブレス」
突風がアルトを襲う。何とか踏ん張って堪えようとするも、風の圧は凄まじい。飛ばされてしまい、そのまま木に打ち付けられる。
「二属性……持ちかよ」
肺に満ちていた空気を吐き出しながら、苦しそうに呟く。
魔術師が扱う魔法には、六つの属性がある。
一つ目が『火』。二つ目が『水』。三つめが『風』。四つ目が『土』。五つ目が『闇』。六つ目が『光』だ。
因みに、氷は『水』に分類される。
たいていの魔術師は、一属性しか使えない。
だからこそ、2属性以上使える『魔術師』は手数が多く、属性を合わしての応用が利く、という部分に置いて、とても貴重でありとても強力なのだ。
せき込みつつも、アルトはかろうじて右に転がって避ける。数秒前までアルトが、居た場所に突き刺さるのは氷の刺。
正式名所は、初級魔法、アイスニードルだ。
魔法には、属性の他にも階級というモノが存在している。初めは初級。その後、中級。上級。特級。超級。と上がっていく。
つまり、上に行けば良く程威力も消費魔力も強くなる。それは、裏を返せば、初級魔法は威力が小さい、という事を示唆している。
だと言うのに、
(初級魔法なのに、木を貫くってどういう事なんだよ。どう考えても初級魔法のして良い威力じゃないだろ)
初級魔法らしからぬ、魔法の威力に、アルトは戦慄する。
これが才能の差、と言う事なのだろうか。
「ねえ、アルト。どうする? 武器も無いのに、アレを相手にするのは流石にキツイわよ。しかも『魔術師』。少し分が悪いわ」
ノエルの意見に賛同せざるを得ない。もしも手元に武器があるのなら。結局はその一言に尽きてしまうのだ。
ノエルは弓。アルトは……ノーコメント。
仮に、武器を使える事が出来れば、もう少しマシな働きが出来ただろう。であれば、武器を持っていない今は、逃げた方が賢明なのかもしれない。
しかし、
「嫌、消えて。早く。消えて。消えて。早く。嫌、お願い。早く早く早く早く。消えて、消えて、消えて消えて消えて……誰か、助けて」
不気味な単語の中に混じっていた、助けを求める声。
救いの手を振り払う冷酷さも、非情さも持っていない。だから、自身の選択肢から、逃げると言う選択肢をそこら辺に捨てる。
「……悪いなノエル。もう少しだけ付き合ってくれるか? 一つ、いい方法が浮かんだ」
「ふん。聞くまでも無いでしょ。当然よ」
「ありがとな」
耳打ちをして、自身の考えを伝える。
「……すっごく嫌なんだけど」
「恨み言なら後で十分聞いてやる。だから、頼む」
「分かったわよ」
二人は改めて、仮面に相対する。
「ねえ、早く早く早く消えてよ!」
まるで、何かに怯えている様に声を張り上げ、仮面は唱える。
「ファイアーボール」
そこら辺にあった氷の刺を溶かす程の熱量。ボールなんて、可愛げの欠片も感じられず、膨張した無数の火の玉は、仮面の周りを浮遊している。
三属性持ちかよ。
アルトは、素直に驚く。
仮に距離を詰めようとしても、直ぐにファイアーボールは打ち出されてしまうので、簡単に距離を詰める事は出来ない。
であれば、ずっと遠い距離を保つべきか、と言われればそうでは無い。遠距離攻撃は『魔術師』の得意分野である。
現在ノエルは、弓を持っていない。
つまり、消去法的に、有効な攻撃手段は近接戦闘になる。
しかし、それも難しい。端的に言うと、詰みな訳なのだが、ここでアルトは無理矢理距離を詰める方法を考えた。
「それじゃあ、頼む! ノエル!」
「本当に、後で覚えておきなさいよ」
ノエルはアルトをヒョイと持ち上げると、そのままぶん投げた。普通の女性であれば、難しいかもしれないが、ビンタで成人男性三人を昏倒させたノエルだ。
その腕力は本物だ。
「???」
自身の予想とは余りにもかけ離れた攻撃方法に、仮面は戸惑う。そんな事をしている内にも、アルトは迫り来ており。
ゴンッ!
思いっきりぶつかった。
「ゴフウッ!」
何とか魔法を発動しようとするが、そこでガクッ、と気絶してしまう。アルトもアルトで目を回して伸びてしまっている。
「どう。私の勝ちよ」
唯一の残ったノエルが、声高らかに勝利宣言を行うのだった。
※
少し進んだ先には、木々が切り開かれて、平野が広がる集落があった。そこに立ち並んでいたのは、樹海と言う景観に余り似つかわしくない、木造の建築物。
向かう先は、目に付いた適当な建物だった。
ノックをしても返事が無い。鍵もかけられていなかった。
「お邪魔します」
失礼が無いように、と挨拶をしながら扉を開いて見たが、中は無人だ。だと言うのに、空き家特有の埃を被ると言う現象は無く、中はとても奇麗だった。
誰も居ない筈なのに。不気味さを感じるが、今はそこに目を向けている暇も無い。二階へと上がり、ベットがある部屋へと行く。
そこに、仮面を寝かせる。
「さて、不味い事になったわね」
「ああ、そうだな」
仮面を外すと、そこから端正な顔と、紫色のポニーテールが特徴的な、少女の顔が露わになる。仮面の正体は少女だったのか、と驚くかもしれないが、注目すべき点はそこでは無かった。
肌に浮かび上がっている、無数の黒の斑点。顔は赤くなっており、息は荒い。
何かしらの病にかかっているのは明白だ。
「治療するにしても……俺達の荷物が必要だ」
アルトは自身の荷物を欲するのだった。
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