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奈落とわたし

作者: ともえ

奈落。地獄。また、地獄に落ちること。

………その苦しみを味わう。


奈落。物事の最後の所。ドン底。

特に、これ以上はないひどい境遇。沈む。


奈落。


日常の連鎖が続いていく、それはどんなに平穏で円満で幸せなことだろう。


「本当に?」


日常の連鎖が続いていく、それはどんなに退屈で残酷で最悪なことだろう。




静かな部屋に電話が鳴り響く。相手は見なくても分かる。何時ものことだから。


A「もしもし?」

B「…………」


これも、何時も通り。答えない。だから優しく問いかける。


A「どうした?」

B「……レモンサワー、冷蔵庫に入ってる?」


電話越しでも分かる、表情、声。


A「無いから買ってきて」

B「うん」


一旦電話を切ったことをしっかり確認してから、深く深くため息を吐いた。


B「ごめん、夜遅くに」

A「何言ってんの、気にしないで」


お互い、ほぼ同時にレモンサワーの缶をあけた。

無言が続く。   



A「落ち着いた?」

B「……まあ」


何時もより、進みがはやい。もう一缶空けようとしている。


A「また?」


仕方なく、重々しく、聞き出す。


B「うん、また」

A「これで何度目?」

B「こっちが聞きたいよ」


なるべく感情には出さず、淡々と、吐き出させるように。


A「なんで別れないの?」

B「それもこっちが聞きたい」

A「今度はどんな子だったの」


別に聞きたくもないけど、聞かないと話が進まない。


B「高校生」

A「はあ?高校生!?」

B「うん」

A「バッカみたい、どうかしてる」

B「……」


思わず本音が出てしまった。落ち着いて、吐き出させなければならないのに。



A「大体どこで知り合いのよ、そんなん」

B「教え子、なんだって」

A「あ、塾の先生か、彼氏さん」

B「そうそう」


そう言って2本目も飲み干して、次の缶をしれっとあける。その姿に少し驚いて笑ってしまった。


A「なんか、慣れてきたね、あんた」

B「まあ」

A「慣れるか」

B「慣れたよ」

A「流石にねぇ」


舌打ちが出そうになる。危ない。冷静に、平静を装わなければ。


A「十回目くらいだっけ、これで」

B「いや、そこまではいってない…」

A「……」

B「はず…」

A「自信ないね」

B「自信ない」


お互いに乾いた笑いが出る。呆れか悲しみか、はたまた自虐なのか。


A「教え子に手出したんだ」

B「生徒の方から告白してきたんだって」

A「へえ〜、最近の高校生はませてんね」

B「告白断りきれなくて、一回だけってせがまれてって」

A「やべえ」

B「ね、普通に大人として終わってんなって思った」


それは、きっと諦め。諦めに救いを求めている。


A「その前はなんだっけ」

B「カフェの店員、一目惚れしたって」

A「その前は」

B「高校時代の元カノ、ヨリ戻しかけた」

A「……」

B「ライブで知り合った子、ナンパ、行きつけの    居酒屋の店員さん、よくそんな途切れないよな〜って」

A「あんたもよく覚えてんね」

B「ね、ほんと自分でも気持ち悪い」




再び沈黙が続く。一つでも間違えれば駄目だから慎重になる。


B「なんで別れないんだろ、私」

A「まじで本当に謎」

B「別れたいのよ、これでも」

A「本当?」

B「本当本当」


そう言いながら4本目の缶を開けた。


A「そうは見えないけど」

B「うそ」


どちらともなく笑い出した。何かが外れたみたいに大袈裟なほど。




A「あのさ」

B「なに」

A「痣、隠しきれてないよ」

B「え、うそ」

A「嘘」

B「え。」

A「カマかけてみただけ。当たるとは思わなかった。」


間違え、てはないはず、失敗はしたくない。


B「…ははは」

A「まじか」

B「……」



時計の針が進む音だけが部屋中に響く。わたしのうるさいほどの鼓動と、相手の息を飲む音が、かすかにシンクロする。


A「ねぇ」

B「愛されてるって感じたいのかもね」

A「……」

B「私も、彼も」

A「歪んでる」

B「そうかな」

A「うん」


また、駄目だった。まだなんだ、まだ。


A「本人が幸せならそれでいいけど」

B「…幸せではないかな」

A「……」

B「それが私の生き方なのかもとも思うけど。」

A「なにそれ」

B「どん底に堕ちてるからさ、今」

A「……」

B「これから先一生這いあがれないんだよ、私は」

A「奈落?」

B「そう、奈落にいるの。」


楽しそうに笑いながら言う。つられて私も笑ってしまう。


A「全然笑い事じゃないけどね」

B「ううん、笑い事でいいよ」

A「そうなの?」

B「うん、それが私を繋ぎ止められてる唯一の救いでもあるから。」



ねぇ、わたしが私を繋ぎ止められてる唯一の救いは、あなたなんだよ。はやく気付いて。




奈落。


地獄。

また、地獄に落ちること。

…その苦しみを味わう。


奈落。

物事の最後の所。どん底。

特に、これ以上はない、ひどい境遇。

沈む。


奈落。


日常の連鎖が続いてく、それはどんなに平穏で円満で幸せなことだろう。


「本当に?」


日常の連鎖が続いてく、それはどんなに退屈で残酷で最悪なことだろう。




A 「真実と虚構は紙一重だから」



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