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第13章:過去

ティエローニは海と森に挟まれ、ちょうど楕円形のような形をしている。町の下側、つまり海沿いの家は、風雨にさらされ、壁が色褪せて、ボロくなっているが、それに比べて、町の上側、森沿いの家は風雨が和らぐ分、少し真新しく見える。


 ディバインの家はその森沿いの一角にあった。先ほどまで見てきた民家よりも数段大きい。扉は木製の引き戸で、その上に窓があることから、2階立てになっていることが分かる。窓や引き戸にはめられている窓ガラスからでは中は真っ暗で、誰も中には居ないようである。家の手前には運搬用のトラックがあり、端っこの方に積荷のダンボールが置いてある。まだ大人数人分のスペースが空いてある。


「大きいですね」と、ティルが率直な感想を述べる。この家自体はリオルからしたら中くらいの大きさなのだろうが、この町からしたらずいぶんと大きな建物である。


「明かりがついてないようけど、この家はあんたとこの子しか住んでないのか?」


 ラビーが聞いた。


「そうさ。この家には俺とピピ、二人で住んでいるんだ」


「二人で住むにしたら無駄にでかいんとちゃうか?」


「この家は元々は俺の家族で住んでいたのさ。まぁ色々とあって今はピピと一緒に住んでいるんだ」


 ディバインはその色々というところは深く説明はしなかった。なんとなく事情は分かる。

この家に男と小娘2人っきりで住んでいるというのはなんらかの事情があるに決まっている。


 ラビーもその事情が分かったのか、深くは聞こうとしなかった。


 ピピが背伸びをして、引き戸を引いた。最初はギシギシッとなにかに突っかかったが、少し力を入れるだけでその突っかかりは取れた。


 玄関から左右に通路が延びている。ピピは「ただいまぁ〜」と、玄関で靴を脱ぐと、右の方へ走っていった。玄関から一段上がった床は木目になっており、ピピが走るとともにギシギシと音をたてていた。結構年季が入っている証拠だ。


 ディバインに居間へと案内された。居間ではピピがティルたちが来るのを心待ちにしていたかのようにその場でぴょんぴょんと跳ねていた。居間には畳が敷いてあり、中にあるものといえば、部屋の中央に四角い木製の脚が短いテーブルが置いてある程度であった。


「まぁ座ってくれよ」


 ディバインに促されて、ティルは畳の上に座り込んだ。その横にピピがティルに抱きつくかのように座り込んだ。他の者は座ろうとはしなかった。それもそうだろう。ティルとピピとディバインの3人を除いた他の者はボディーガードのようなものだ。楽をしている場合ではないのだ。


「あんたたちも座れよ」


「私は結構です」と、断るレオルドに合わせて、シャーロンは遠慮します、と無言で頭を下げた。


「あんたたちは護衛任務中らしいから仕方ないな」と、ディバインはシークたちを一見した。


 シークは壁にもたりかかって、口を開いた。


「言っとくが、もし変なマネを起こしたら、ただじゃおかないぞ」


 ティルは体を捻らせ、シークの方を向いた。少し険しい顔になっている。


「シーク。それはいくらなんでも失礼です。この人たちはただの一般人なのですよ?」


「あんたは護衛をされている身だ。良からぬ者からしたら、身代金目当てで誘拐するなんてことも有り得る。こいつらだってそれが目当てかもしれないんだぞ」


 ディバインは肩をすくめた。


「おやおや、俺が身代金目当ての悪党とは。安心しろって。俺はそんなことやらかしたりはしない。あんたたちはピピを助けてくれた恩人。それだけだ」


「どうかな。先ほどの軍人も仲間だったりするかもしれないな」


「いい加減にしてください!」


 ティルはこの場の空気を断ち切るかのような大声をだした。その声でびっくりしたピピは目を大きく見開いて、ティルの顔を見ていた。


「シーク。この者たちを悪人扱いするとはひどいです」


 ティルは目線を床に落とし、拳をぎゅっと握った。


「俺はあんたのためを思って―――」


「それでもです!」


 一呼吸おいて、続けた。


「先ほどの貴方の言動や行動を含めても、貴方は人道的とはいささかかけ離れていると思います。困っている人を助けようともせず、親切にしてくれる人を悪党呼ばわりとは、貴方は心というものをお持ちなのですか?」


「おねえちゃん・・・・・・」と、ピピがティルの服の袖を掴んだ。それに気づいたティルは袖を掴むピピの手に手を当てた。その青い瞳からは涙が潤んでいる。


「すみません。見苦しいところをお見せしましたね・・・・・・」


 そして、しばらく沈黙に包まれた。その沈黙を破ったのはディバインだった。


「もし、そんなに気に食わないようなら、俺やこの家を調べたっていいぜ」


 シークは少し考え、居間を出た。出る途中、立ち止まり、背中越しに言った。


「俺は家の前で見張りをしている」


 そう言って居間を出た。―――心。ティルに言われたその一言が胸に引っかかった。そして、胸の奥深くから、なにかが湧き上がってくるのを感じた。鎖で縛られているはずのなにかが暴れている。それを沈めようと、シークの頭の中では、自分は間違っていない。なにも間違ってはいない。自分は正しいことをしたんだ、と何度も繰り返して自分に言い聞かしていた。


「まぁなんだその・・・・・・。あぁ、お茶を持ってくるよ。ピピ。お茶を作るのに手伝っておくれ」


「うん。分かった・・・・・・」


 気まずい空気に絶えかねたディバインはピピを連れて席をはずした。


 黙って床を見つめるティルの元へミツルは歩み寄り、腰をおろした。


「すみませんね。気分を悪くさせてしまいまして」


「いいえ、私も少しばかり言い過ぎてしまいました・・・・・・」


 すると、ラビーが口を挟んだ。


「そんなことあらへんで。あいつが悪いんやから。あんたは気にせんでええよ」


 ジェルドは頷いた。


「あれはシークが言い過ぎてるな。いくらなんでもあんな言い方はないと思うぜ」


「なに?あたしはあんたなんかに共感なんかされたくもないんやけど」


「なんだとぉ?」と、ジェルドはラビーに睨みをきかす。ラビーはそんなものは眼中になし、と無視した。


「シークのことは悪くは思わないでくださいね」


「悪くなど思っていません。たしかにシークはやさしいお方です。何度もシークには助けてもらいました。ですが、やはりあの態度は冷たいと思います。いくら護衛任務だからといって、周りの人達を目の敵にするのは違うはずです」


「まぁ、あれは冷たいっつうよりも冷徹の方がお似合いやけどな」


 ミツルはラビーに向け、しっと口元に指を立てると、ラビーは舌を出し、口をつぐんだ。


「ミツルはシークと親しい様子ですが」


「うん。シークは親友ですよ。僕にとっては大切な人です」


 ティルは何か言いにくいことでもあるのか、口元を動かしている。ミツルはそっと微笑みかけた。


「いいですよ。聞きたいことがあれば聞いて」


 それを聞いて決心したのか、ティルは口を開いた。


「あの、あまりこういうことを聞くのは失礼だと思いますが・・・・・・」


「はい」と、ミツルは喋りやすいように合いの手を入れた。ティルは一呼吸おいて、


「なぜミツルはシークを慕っておられるのですか?」


 ミツルは少し考えた後、微笑みかけた。


「本当のことを言うと、僕は今のシークは好きじゃないんですよ」


 ラビーとジェルドは大きく頷いた。そして、口達者なラビーはその心の思いを口にした。


「せやな。あんなもんを好きになるやつなんか、この世界どこを探しても1人もおらへんよ。みんな心の中は憎悪の念でいっぱいや」


「今の?」と、ティルは首を傾げた。


「そうです。この話になると、少しばかりか長くなるんですけどね。シークは元々ああいう人間ではないんですよ。本当は心のやさしい人なんです。例えば―――」


 ミツルは顎先に指を当て、考えるそぶりを見せ、その指をティルの方へと向けた。


「あなたみたいに、心やさしい人なんですよ」


「私みたい?」


 ティルは和食屋にきたのに、イタリア料理を出されたたかのような顔をして、当てられた指先を見つめた。


「そうです。あなたみたく困った人を放ってはおけない性格は昔のシークにとても似ていますよ」と、ミツルは笑いながら言い、声のトーンを落として続けた。


「ですが、今みたいなシークになってしまったのは、ある出来事が原因なんです」


「出来事?」


 ミツルは辺りを見回し、声をひそめた。


「本人がいないから話しますけど、これを聞いたことは秘密ですよ」


 ティルは静かに頷いた。


「今から1年前くらいですかね。僕たちが2年生の頃でした。フリーディアにフルブールのお偉いさんからの任務の依頼がきたんです。あれは武装集団の殲滅任務でした。おかしな話ですよ。そんな重大なことを他国である僕らに頼むなんてね。その殲滅任務にはフリーディアの先鋭、つまりパラディンである生徒が数人借り出されたんです。その部隊の中にシークと僕がいました。それと、この話の重要人物となるレティ・ティモシーという僕らより1つ年上の先輩が部隊の中にいました。武装集団はとある山の中に身を潜めているとのことでした。その山の麓にある町に僕らは向かいました」


 ミツルは頬を指で掻いて、視線を上に向けている。記憶を蘇させているのだろう。


「この町同様に海がある所でしたよ。町の名前はロストワール。綺麗な町でしたね。シークもロストワールの町を気に入ってましたよ。特に海とか。まぁ、そんなことは置いといて、殲滅任務が始まったんです。事前の調査で情報は驚くほど正確なものでしたよ。武装集団の規模、アジトの所在とか。そこまで分かってるのなら作戦内容は簡単でした。それぞれ数人の班に分かれて、敵のアジトに奇襲をかけるという単純なものです。シークは先ほど言ったレティと2人だけで班を組みました。人数的には少ないんですが、パラディンの中でも群を抜いている2人なので、他の者も異論はありませんでした。任務が始まって、山の中では激しい戦闘が繰り広げましたが、今思っても、あれは気味が悪かったです」


「気味が悪い?」と、ティルが聞くと、ミツルは頷いた。


「僕は戦場を何回も経験していますから分かるんですよ。なんとなく。奇襲を仕掛けたはずなのに、まるで当然のように応戦してきたんです。思いも寄らないことには人は驚くものなのですが、私たちが相手した敵はとても冷静に行動して、速やかに山の奥へと撤退を開始したんです。普段からその用意をしていたのなら普通のことだと思いますが、彼らの動きは本当に不気味でした。まるで、そう。僕らの奇襲が最初から分かってたかのように。最初から想定された出来事のようにね。模擬戦闘訓練という実戦に近い訓練を学校でやるんですが、あれにとても似ていました。ですが、そんなことはありえないんですよ。実戦と訓連とでは明らかに違うその場の空気というものがあるんです」

 ジェルドは大きく頷いた。


「ミツルの言うとおり、実戦と訓練は全然違う。実戦のような訓練は有り得るが、訓練のような実戦は有り得ない。それは俺が保障する」


「僕の班だった他の人も言っていました。あれは不気味だったってね。そんな中でシークとレティの2人はある出来事に遭遇したんです。銃弾が飛び交う戦場の中で1人の町の女の子がその中に迷い込んだらしいんです。彼らには殲滅任務が優先でしたが、シークはそれを無視して、女の子を助けに行こうとしました。レティはそれを反対したのらしいのですが、それを振り切ってシークは女の子を助けに向かい、レティも仕方なくシークについていったそうです。そして、無事に女の子を救出しましたが、そこである悲劇が起こりました。女の子を助けた場所の近くには撤退する武装集団が潜んでいたんです。そして、敵から放たれた弾丸がレティに致命傷を負わせたのです」


「無理もないな。戦場を不用意に駆け抜けるっつうことはどんなに無謀なことやら」と、ラビーが口を挟んだ。


「シークは女の子を連れてその場から逃げ出したんです。多分、シークはレティを連れて逃げる気だったのかもしれませんが、レティがさせなかったのでしょう。そうでなきゃ、シークがレティを置いて逃げるようなことをするはずがありませんから。シークはその出来事のせいで、心に大きな傷を負ってしまったのです。任務を無視したから仲間を死なせてしまった。それがシークに冷徹な仮面を作ってしまったのですよ」


「で、ですが、シークのやったことは間違いではないと思いますよ」


 ミツルは頷いた。


「まぁ、それが人道的な処置だと言えますね」


「そうですよ。シークは女の子の命を助けたんです。それは人道的な行動です。シークが気に悩むことでは―――」


「この話にはまだ続きがあるんです」


 ミツルはぴしゃりと言い、ティルは口を閉じ、出かけた言葉を喉へと無理やり飲み込んだ。そして、感じていた。この続きこそがシークに仮面を作らせた最大の悲劇だということに。


「レティを犠牲にして、女の子は助かった。そこに小さな光はあった。でも、その女の子は自殺したんです」


 ティルは絶句した。自殺?なぜ?なぜそんなことに?助かった命がなぜそう簡単に消えた?


「な、なぜ・・・・・・ですか?」


 ティルは小さくそう言った。頭の中で色々な言葉が浮かび上がってきたが、出てきたのはたったのそれだけだった。


 ミツルは目を背け、


「大きな原因としては世論というやつでした。なぜあんなところにいたのか?お前のせいで人が死んだんだぞ、って女の子をバッシングする輩が後を絶えなかったらしいんです。それに女の子には親が早くにして死んでしまって、親戚の家に居候していたらしいんですが、その親戚一同もその子のことを良く思ってはいなかったのでしょう。その子には守ってくれる人物が周りにいなかったのです。その苦悩に悩まされた女の子は解放されたく自殺という道を選んだのでしょう」


 ミツルはティルと向き直し、


「その情報がどこから漏れたか分かりませんが、その子の自殺のことがシークの耳に入ってしまったのです。それが最大の原因です。唯一残った小さな光さえも消えてしまった。任務を無視したせいで仲間を失い、そして、助けた命さえも失った。任務を無視したから全てが消えてしまった。その日からです。シークが変わり始めたのは。シークがよく言っている言葉があります。世界にはルールが存在する。人道的とルールは違うもの。そのルールを破る者は何も得ることはない。ただ失うだけだ、って。その論理は自らの経験のせいで証明されているんだと思います。本当のシークは心やさしい人ですが、その外側に冷徹という鎧を身に纏ってしまったんです。その鎧のせいで本当のシークの心は閉ざされてからは、シークには自分らしさというものなど存在していません」


「では、私の護衛任務に固執するのも?」


 ミツルは頷いた。その出来事のせいだから。任務を無視したら失ってしまうから。しかし、ティルはそれだけが原因だとは思わなかった。


 ルールを破ったせいにしないと、2人が死んでしまったことの答えが存在しなくなるから。人は答えがないことを極端に嫌う。だから手身近にある答えに縋る。シークの目の前に都合よくあったのが、ルールという言葉だったのだ。


 ルールに縋る。世界のルールに。そのことにティルは少し共感することが出来た。


「でも、僕はこのルールに固執するシークの言い分はよく理解出来るんですよ。僕じゃなくてもラビーやジェルドもかな」と、2人を横目で見ると、頷いていた。


「な、なぜですか?」と、ティルが聞くと、ラビーが答えた。


「あたしら傭兵っつうのは時に殺しというのが存在する職業や。ましてや、パラディンになると日常に殺しという言葉がうごめいている。そんな中でなんであたしらが殺しを成し遂げていると思う?」


 ティルが答える前にラビーは言った。


「それはな、ルールを作って割り切ってるからや。これは任務だから殺しは仕方のない。そうやって割り切ってやらんと、人なんかそう何回も殺せないんや。もしくは、本当に頭がくるっとるとかな」


「割り切る俺らもくるってるがな」と、ジェルドは口を挟むと、珍しくラビーは「それもそうやな」と、認めた。

 

 ミツルは言った。


「本当のシークは敵でさえ致命傷を避けて攻撃するような人なんですよ。そんなシークが僕たちと同じようにルールを作って割り切っただけのことなのですが、シークにはそんなの似合わない。シークはルールを作らない人道的な人間。ルールに縛られず自分の思ったことをすることはとても難しいことなんです。ですが、本当のシークはそれが出来る。それは特別な人間なんですよ。僕らのように下賎なやり方に陥ってしまうものではないのです」


 今まで話を聞いていただけのレオルドは久しぶりに口を開いた。


「たしかに、人が自分らしく生きるということは難しいことです。ですよね?姫」


 レオルドの問いにティルは「ええ・・・・・・」と、目線を落とした。何か訳ありのようだが、ミツルは聞こうとはしなかった。それがルールだからである。


「それにしても、あたしらのことを下賎呼ばわりっつうのは少々口が過ぎるんとちゃいます?委員長」


 ラビーはニヤニヤと笑いながら言った。


「僕も入っているんだから、そこはいいじゃないですか」


 重い話から少し解放されたこの空間にお茶のいい匂いがしてきた。


「いやぁ、遅くなってすいません。お茶葉がなかなか見つからなくてね」


「あたしが入れたお茶だよ〜」


 居間に湯のみの乗ったお盆を持ってピピとディバインが入ってきた。それが合図のように、ミツルは立ち上がり、壁沿いに戻った。


「はい。おねえちゃん。アツアツだからフーフーして飲んでね」


 ピピはお盆をテーブルの上に置き、湯のみの1つをティルに渡した。


「ありがとう」と、ティルは微笑んだ。


 全員に湯のみが行き渡ったところで、テーブルの上には湯のみが1つ余っていることを気づいたディバインは言った。


「あのにいちゃんのはどうするかな?」


「私が渡してきます」と、ティルが手を上げた。それを見たミツルは微笑みを見せた。


 見張りというのはつまらないものである。意味の分からない数学授業より暇である。数学の授業なら先生の口から発せられるお経のような言葉をうまくリズムにのせて音楽にするという技を習得しているシークだが、見張りというのはなにもない。


 太陽が東から西へと移動する際に起こる影の変化くらいしか、光景に変化はないものだ。たまに老人が目の前を横切るが、その横切るスピードを見ていると、後ろから押してやりたいほどに遅いものだ。逆にイライラしてくる。


 こんなことならば、ジェルドに任せとけばよかった、とシークは後悔した。


 すると、後ろの引き戸が開く音がした。振り向くと、そこには両手に湯のみを持ったティルがいた。


「どうしたんだ?」と、素っ気なく聞くと、ティルは目線を地面に落とし、無言で湯のみを差し出した。


 何がなんだか分からないシークは、とりあえず湯のみを受け取った。


 そして、ティルは今まで言いたいことを我慢していて、それが吹っ切れたかのように、頭を下げ、


「すみませんでした!」


 急のティルの謝罪に何がなんだか分からなくなったシークは一歩退いた。


「な、なんだ急に?」


「先ほどは身勝手なことを言ってしまい、本当にすみません!」


 さっきは心がないとか言われて、現在ときたらすみません、か。自分がいない間でなにかあったな、とシークは思った。そして、そのティルの心を動かした原因をシークはずばりと的中することが出来た。どうせ、ミツルがあの話をしたに違いない、と。


 シークはため息を漏らし、


「こんな所で頭を下げるのは人目につくだろう。中へ入ろう」


 まぁ、人なんて滅多に通らないが。


 ティルはゆっくりと頭を持ち上げ、微笑んだ。


「はい!」


 居間に戻ると、レオルドがニッコリと笑いながら嫌味を言ってきた。


「おや、お二人ご一緒とは、なんとも仲睦まじいですねぇ」


「レオルド。からかうものではありません」と、ティルは頬を染め言うと、レオルドは頭を下げた。


「これは失敬」


 シークは壁にもたれて、そのままの体制でミツルに声をかけると、ミツルは笑顔でこちらを向いた。


「なに?シーク」


「あとで話がある」


「話?なにかな?」と、ミツルは終始笑顔のままだったが、最後のほうでは笑顔のままだらだらと汗をかいていた。


 それを見ていたラビーは、


「あたしは知らんで〜」と、ニヤニヤと笑っていた。


  一旦落ち着いてから、今度はディバインが話を切り出した。


「それにしても、あんたら飛空船の不時着といい、軍隊のお偉いさんといい、最近この町にはいろんな人が来るなぁ」と、湯のみをぐびっと飲んだ。


「お偉いさんですか?」


 ティルがそう聞くと、ディバインは口元から湯のみを離し、


「そうさ。今日の朝ぐらいにかな。それがなんとも変な格好したやつでな。派手な衣装に派手な髪の毛をしていたんだ」


 もう一口ぐび。


「変な格好?」


「ああ、銀髪みたいな派手な髪の毛さ」


 さらにぐびっとしたところで、急にティルがテーブルをばんっと叩き、声を上げた。ディバインが銀髪と言ったときにはシャーロンとレオルド、さらにはシークも反応し、身を前に乗り出した。


「ぎ、銀髪ですか!?」


 驚いたディバインは口からお茶を吹き出した。その吹き出した熱いお茶が自分の足に掛かり、あっちゃっちゃと、騒いだ。


「その話、詳しく聞かしてはもらえませんか?」と、足に掛かったお茶を懸命に服で拭うディバインに聞いた。


 ディバインは一通りお茶を拭き終わり、ティルに向き直した。


「詳しくって言っても、銀髪で変な格好してるぐらいしか俺は知らないぞ」


「どこでその人を見たのですか?」


「ああ、そいつはフォーボーンの屋敷の中に入るところを見たよ。しかも数人軍人を連れていたから、あれは軍隊のお偉いさんだな」


「では、目の色はどうでしたか?」


「目の色?」と、ディバインは目を見開き、顎先に指を当て、考えるそぶりをみせた。


「そこまでは見てないな。なにしろ見たのは遠くからだ。間近で会ったわけじゃないからな」と、結論を出した。


 ティルはシャーロンとレオルドを手引きし、声を潜め、秘密の会合を開いてた。


 何でティルがこんなにも食いついているのか分からない者は頭の上にはてなを浮かべているが、シークはティルが次なにを言い出すか、分かっていた。


 銀髪の魔術師。ティルの目的はその人物を探し出すということ。そして今、その人物が居るかも知れない居場所の情報をティルたちは手にした。そして、そこから出される答えは―――


「ディバイン殿。私をその屋敷まで案内させてもらえないでしょうか?」


 ティルの声はシークの心の声と重なった。


 ディバインは目を見開き、


「案内してもいいが、あんたら列車は大丈夫なのかい?今から屋敷に行って、どんなに早く戻ってきても、列車の時刻には間に合わないぞ」


 ティルはシークの方を振り向き、


「よろしいですか?シーク」


 シークは少し考え、目を閉じ、答えた。


「任務上、あんたたちを守るのが俺たちの仕事だ。アルディリアまで連れて行くことじゃない。あんたたちがそこへ行くなら、俺たちも同行するまでだ」


 他の3人も頷き、ティルは笑顔を見せた。


「ありがとうございます!」


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