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第11章:危機

 ラビーは部屋の中で待機ということになった。ラビーの武器では飛空船自体を破損させ

る恐れがあるからだ。それに依頼人だけ部屋に置いていくわけにもいかない。なんにしても安全装置が必要なので


 この飛空船の中にどれくらいの敵がいるかは分からないが、複数いることは確かである。先ほどの男は「我々」と言っていたし、それにハイジャックを一人で起こすはずもない。今のところ銃声はないが、武装はしているだろう。あまり機体を破損させずに敵を排除するには小回りのきくジェルドがカギとなる。


「作戦内容は飛空船内のハイジャック犯を排除」


「了解」


 シークたちが出撃の準備をしていると、ティルが歩み寄ってきた。なにか心配なのか、祈りのポーズのように胸の前でぎゅっと手を合わせている。


「シーク大丈夫ですか?」


 シークは扉の前ですぐに動けるように体を構えながら、背中越しに答えた。


「あんたは何も心配しなくてもいい。俺らが全員片付ける」


 ティルは何か言いたそうにこちらをちらちらと見ていたが、シークは聞こうとはしなかった。こんな所であまり時間を掛けていられない。


「いくぞ」


 掛け声と共に扉が開くと、3人は一斉に飛び出した。その時ティルの顔が目に入った。なんとも悲しい顔をしていた。


 廊下に飛び出すと、前の方に黒い覆面をし、武装をした人を1人見つけた。格好からしてハイジャック犯とみて問題はないだろう。ハイジャック犯はいきなり出てきたシークたちに動転しながらも、銃を向けた。が、引き金を引くという単純な行動さえもシークは許しはしなかった。相手よりも迅速に放たれたシークの弾丸はハイジャック犯の胸を貫いた。


 銃声が機内に響き渡ったことにより、ハイジャック犯や乗客はなんだなんだとざわめいた。その声を全て聞き入るとまではいかないが、その声の出所、数、音量などを考えて、ハイジャック犯はこの先のレストランに少なくとも2以上いると判断した。


 その読みは正しかった。レストランには武装したハイジャック犯が3人。物陰に隠れて銃口をこちらに向けている。そして放たれる弾丸。シークとミツルはすばやくテーブルを盾にしてやり過ごすが、ジェルドはそんなものお構いなしと小鹿のようにテーブルからテーブルへと飛び移っていく。右へ左とすばやいフットワークで、放たれた弾丸が体を通り抜けるようにかわしていく。そして、一段と高く飛び上がると、その勢いに乗せ、空中から繰り出される右足がハイジャック犯の顎へと命中させ、そのまま体ごと吹っ飛ばした。


 着地したかと思うと、バネのように地面を反発して、高く飛び上がり、体を華麗に一回転させ、その勢いに乗せた右ストレートでもう1人のハイジャック犯の頭もぶん殴った。2人のハイジャック犯は敢え無く撃沈した。


 しかし、残ったもう1人のハイジャック犯がジェルドへと銃口を向ける。そして、鳴り響く銃声。だが、撃ったのはそれではなく、シークだった。胸を打ちぬかれたハイジャック犯はどさっと倒れた。


「ナイッシューシーク」


 ジェルドはこちらにニカッと笑顔向ける。


「無駄口を立てるな。数が敵に知られる」


 レストラン奥の操縦席までには敵はもういなかった。となると、残るは操縦席の中。


 シークが扉を開け、銃を構えると、今までとは少し状況が異なっていた。


「それ以上入ってくるなよ!入ってきたらこいつの頭が吹っ飛ぶぞ!」


 黒い覆面を被った男が銃口を操縦席に座る船長と思われる男性のこめかみに当てている。人質にとっているのだ。人質の船長は恐怖で泣いているのか、こめかみの当てられた銃口を揺らすように震えていて、しきりに鼻水をすする音が聞こえる。


「た、助けてください・・・・・・」


 恐怖で口の中まで震えているのだろう、ほとんど聞き取れなかった。


「黙れ!」


 男はおもいっきり銃口をこめかみへと押し付ける。そして、ちらりとシークの方を見ると、男は驚愕した。なんとも冷たい目。そして怖いぐらいに冷静な目。こいつは只者じゃない、そう感じ取ると、男はシークの発言に愕然とした。


「そんなやつで俺がどうこうなるかと思ったか?そいつを殺せばお前が死ぬ。殺すなら殺せ。操縦者が居なくなっても、代わりは俺がいる。残念だったな」


 血も涙もないこの発言に愕然したのはハイジャック犯だけではなく、人質にされている船長もだった。船長は「助けてくれ!」と、めいいっぱいに泣き叫ぶが、シークの耳にはそのほんの一部すら入ってはいなかった。この男が死のうと任務には支障はでない。シークにとって、この男は死んでもいい存在なのだ


 いくらなんでも無茶苦茶な言葉だが、シークの目、態度から本気だと感じ取ったハイジャック犯は戸惑いながらも、頭の中がうまいこと働いたのか、銃口を操縦するための機械の方へと向けた。


「ならこいつにぶっ放すぞ!いくら操縦できるっても、操縦する機械がぶっ壊れちゃ元も子もないだろ!」

 

 シークはちっと舌打ちした。さすがに飛空船の重要部を破壊されては困る。もし銃弾が放たれたら、飛空船は墜落確定。そんなことになったら、任務どうこうではなく、全員の命はおしまいである。


「シークシュートォ!」


  その馬鹿でかい叫び声と共に尻に強烈な衝撃が走る。シークはその衝撃で前方に吹っ飛ばせれ、そのままハイジャック犯を巻き添えにし、壁のようなものに体を打ち付けられた。ハイジャック犯と絡まるように倒れ込むと、首を捻り、後ろを見る。そこには、片足をこちらに伸ばしポーズを決めているジェルド。蹴られたのだ。思いっきり後ろから。


「なにをする」


 そう言うと、ジェルドはケラケラと笑った。背後ではミツルが申し訳なさそうな顔をしている。


「そうかっかすんなよ。俺のおかげでめでたく犯人逮捕だ。ほれ見てみろ」


 絡まりつく男を見てみると、目は白く向いており、口からは白い泡をだしている。失神しているようで、時折ピクッと体が動く。


 シークは絡まりつく男を引き剥がし、尻の痛みに耐え、その場に立ち上がった。


「それならやるって言ってからやれ。馬鹿」


 服についた埃を払いながら、人質に捕られていた船長の方を見る。まだ恐怖におののいているのか、操縦桿に目を落とし、ぶるぶると震えている。なんとも情けない男だ。助かったというのになにに怖がる必要があるのか。


「―――れた」


 かすれるような声で船長が呟いた。


「なんだ?」と、聞くと、船長は顔面蒼白になってこちらを見た。


「壊れた・・・・・・。さっきの衝撃で・・・・・・・、操縦がきかなくなった・・・・・・」


「な、何!」


 3人は一斉の大声を出した。


「操縦桿を動かしても反応がないんだ。さっきの衝撃が原因で壊れたんだ・・・・・・」


 シークはキッとジェルドの方を睨んだ。


「貴様!何をやらかしているんだ!」


「いやいや!俺はただあいつを捕まえるために!」


「この馬鹿が!」


 ジェルドに殴りかかろうとしたが、ミツルが身を挺して止めに入った。


「落ち着いてシーク!こんなとこで争っても意味がないよ!」


「だが、こいつのせいで・・・・・・!」


「シークらしくないよ。争ってもなにも助からない。いつものシークなら助かるために行動するはずだよ。だから落ち着いて」


 ミツルのおかげでなんとか我に戻ったシークは急いで男の下へ歩み寄った。床に倒れたハイジャック犯が転がっているのが邪魔だったので足でどかした。


「壊れたって墜落はしないだろう?これは気嚢を使った飛空船なんだから」


「推進機が上を向いたまま止まってしまって、このままだと下降していって・・・・・・」


「墜落してしまうのか?」


 その問いに船長はなにも答えなかったが、それが答えになっていた。このままだと墜落する。すると、船長は挽回するように口を開いた。


「ですが、幸いここは海の上です。墜落は免れなくとも、最悪の事態は免れますが、今の場所から考えると、およそ2分程度で、フルブールの港町のティエローニに着く恐れがあります。ティエローニに着く前に機体が海へと着水すればいいのですが・・・・・・」


「ティエローニに着いてしまうと、そこはもう陸ってことだな」


 船長は小さく頷いた。窓の外に目をやると、機体が下降しているのが分かる。そして、前方の窓から陸地が見えることが分かった。あれがティエローニ。もう時間はあまり残されてはいないようだ。


「ど、どうしたらいいのでしょうか?」


 船長はすがり付くような目でシークを見た。シークは少し考えてから口を開いた。


「あんたはこれを治せることは出来るか?」


 船長は下を向き、黙った。自信薄ということか。


「じゃあ、あとは神頼みだな。あんたは着水の衝撃に備えるようにと乗客にアナウンスで言え。あんた自身もその準備をするんだな」


 シークは2人を率いてすぐさま部屋に引き返した。戻る途中、墜落の衝撃に備えてくださいというアナウンスが聞こえ、乗客の不安が声になって機内に響き渡った。ティエローニ到着まであと1分。



 今宵は不漁だった。港町ティエローニの船着場の一角、夜空と同色の海に浮かぶ1隻の漁船が、錆び付いた碇をドボンと水しぶきを上げ、海の中へ沈めた。漁船に乗る1人の男は今宵の成果を見て、がっくりと肩を下ろす。本日の成果はまるでこの町のようだ。夜中だから仕方がないものの、町の中はどうも静かすぎる。聞こえてくる音と言えば、砂浜に押しては引いてを繰り返す小波か、船着場に立ち並ぶ板張りの倉庫の鉄製の扉に海風が当てられる度にギシギシという嫌な音だけである。活気がないのも仕方がない。この町は乗り遅れた町なのだから。


 男はハァとため息をつき、水面に浮かぶ月に目をやった。ゆらゆらと揺れる月は規則的かつ不規則的な動きを見せた。そして次の瞬間、水面の月が大きく揺れたとともに、沖の方から明らかに質の違う音が聞こえた。


 男はなんだと思い、沖の方へと目をやると、水平線の上に浮かぶ黒い影が目に入った。


 あれは・・・キノコ?


 一瞬そう思ったがすぐに正体がわかった。飛空船だ。でも、なんであんな低空飛行を?


 しばし飛空船を見ていると、機体は重力に負けるボールのようにどんどんと高度を下げながらこちらへ向かってくる。ようやく異変に気づいた男はごくわずかな魚たちを漁船に残したまま、悲鳴をあげて、町の方へと走り去っていった。


 飛空船は徐々に高度を下げ、とうとう機体の下部が海の中へ入り、水面に浮かぶ月を真っ二つに切り裂いた。機体の勢いから逃げるように小波が大波へと変わり、砂浜を飲み込み、町までも飲み込もうとした。その波のせいで、船着場に止められた船の中に置かれた道具は吹き飛ばされたかのように洗い流された。飛空船の下部は完全に海の中まで沈み込み、水面上に浮かぶのは気嚢のみとなったが、中の気体のせいでこれ以上沈むことはなかった。


 水圧に押されて、徐々にスピードを下げていきながらも、飛空船は着々とティエローニへ突っ走っていき、ついに砂浜を押し上げるかのように陸に上がったが、その砂浜がクッションの役目を果たしてくれたおかげで、ようやく止まることが出来た。寸分先は民家が立ち並んでいて、なんだなんだと町の人達が先ほどの夜の静けさを吹き飛ばすかのようにわらわらと飛空船の近くへと集まってきた。


 ティルは浴槽の中にいた。ベットの真っ白なシーツに身をくるみ、真っ白な浴槽の中でミノムシのように蹲っていた。


 「まもなく海へ着水いたします。皆様衝撃に備えてください」というアナウンスが唐突に聞こえ、シークに促されるまま、シーツに身をくるみ、浴槽の中へ突っ込まれると、いきなり大きな揺れが機内を襲った。訳も分からず、とにかくその場でじっとしていた。その揺れが収まったので、浴槽から顔を覗かせると、そこから目に入ってきたのはジェルドとラビーが抱きつきながら床に倒れているというなんとも言葉にし難い光景だった。


 ティルは見てはいけないものを見てしまったのだと、赤く染めた顔をすぐに引っ込めた。もちろんこれはティルの見間違いであり、ジェルドとラビーは好きで抱き合っていたのではなく、陸に不時着した際に、まともに衝撃を耐えられる用意をしていなかったジェルドとラビーはその衝撃によって二人はぶつかりあってしまい、そのままの体制で部屋の中を転がり、抱き合ったような体制でいたところを、不運にもティルが目撃してしまった。


 そんなこととは露知らず、ジェルドとラビーはその衝撃の際に頭を打ったのか、抱き合った体制のまま気を失っていた。


 ティルが次に浴槽から顔を出したのは、シークの声が聞こえてからだった。


「おい、大丈夫か?」


 ティルは包まったシーツの間からのそっと顔を出すと、シークが覗き込んでいるのが分かった。


「大丈夫です」


 体を起こすと、床にはまだジェルドとラビーが抱き合っていた。ティルは頬を真っ赤に染め、目を横へと流し、口を噤んだ。シークは半ばあきれながら言った。


「こいつらは気を失っているだけだ」


 そう聞いたティルははっと二人を見据えた。二人は本当に気を失っているようで、白目を向き、ピクリとも動かないその様は、なんともグロテスクなものであった。


「二人は大丈夫なのですか?」


「大丈夫だ。この程度など」


 シークが気絶する二人を足で小突くと、ラビーが「うーん」とうなり、起きたかと思うと、体に抱きついてるジェルドの姿を目の当たりにしてしまい、キャーという女らしい悲鳴を上げながら、その場で飛び跳ねた。その反動でジェルドは目を覚まし、むくっと起き上がると、ラビーの強烈なビンタが右頬にヒットした。そのあまりの衝撃により、ジェルドは床に叩きつけられた。


「な、なにすんだいきなり!」


 ジェルドは真っ赤に腫れる右頬を手でさすりながら言った。


「それはこっちのセリフや!レディーに抱きつくなんてサイテーやで自分!」


「だ、抱きつく?そんなことしてねぇって!第一、誰が好きでお前なんかと抱きつくかよ!」


「うっさいボケ!痴漢っつうのはサイテーな犯罪なんや!覚えとけ!」


 騒ぎを聞きつけたミツルやレオルドたちが風呂場へと駆けつけてきた。皆先ほどの衝撃で体をどこかにぶつけたのか、体の一部をさすっている。


 シャーロンはシークを押しのけて、一番にティルの下へ駆けつけ、肩に手を添えた。


「大丈夫でしたか?姫」と、レオルドが言う。


「私は大丈夫です」


 ジェルドとラビーの口喧嘩を傍観しているミツルはシークに言った。


「この二人も大丈夫そうだね」


「うるさいぐらいだ」


「それよりシーク。いったい何が起こったのですか?」


 ひとまずティルを浴槽の中から出し、部屋のソファでこれまでの経緯を話した。話し終わった後、船長から現在の状況を説明する機内アナウンスが聞こえた。シークが言った経緯と同じような説明をした後、乗客の皆様は部屋にいてくださいとのことのようだ。


「ではここはティエローニというところなのですか?」と、ティルが聞く。


「多分な。窓からの景色を見る分、そう考えた方がいいな」


「これからどうするのですか?再びこの乗り物でアルディリアに行くのですか?」


「いいや、壊れた機体を直すには時間が掛かるだろうから、アルディリアまではここから出ている機関列車で行くことにする。多分料金は無料になるだろうからな。しかし、出発は明日からだ。今は列車が出ていない。今日のところはこの部屋に泊まるつもりだ」


 シークはソファから立ち上がり、続けた。


「分かったなら、寝ろ。今日はもう遅い」


「もう目が覚めちゃいました」


「なら好きにしろ」


 シークは部屋の扉の方へ向かい、途中で振り返った。


「俺は船長から詳しい状況を聞いてくる。その間はジェルドが部屋の見張りをしていろ」


「えーまたかよ」


「順番だ」


 シークはそう言い捨て、部屋から出た。ジェルドもその後を追うようにして部屋を出た。



 廊下の中は思った以上に静かだった。不満を言う乗客で溢れかえっていると思いきや、廊下には誰もいない。あるといえば、シークが倒したハイジャック犯の死体が転がっているだけだ。乗客は先ほど船長のアナウンス通りに行動しているということか。


 レストランでは船長と乗務員たちで緊急会議を行われていた。歩み寄ると、こちらの存在に気づいた船長が話し掛けてきた。


「あなたは先ほどの」


「これからどうするつもりだ?」と、シークが聞くと、船長は顔をしかめた。


「私たちはこれから外に出て、町の人たちに状況を話さなければなりませんし、乗客にも説明しないといけません・・・・・・」


「死体も片付けなければな」と、シークが付け足すと、船長は重かしげに頷いた。


「あんた今から外に出るんだろ?俺もついてっていいか?外の空気が吸いたいんだ」


「ええ、あなたなら特別に許可します」


 早速船長と共に外に出ることにした。飛空船の出入り口が開くと、外の海風がぶわっと吹いてきた。血の匂いも混じる機内の重苦しい香りは一気に磯の香りに吹き消された。


 船長は緊急時の梯子を使って、地面に降り立った。地面は砂浜。だいたい1メートルほどの低い高さ。砂浜には小波が行き来をしている。この高さならばとシークは梯子を使わずに飛び降りた。砂の感触が足に響き渡る。これだけでもなんだか田舎に来たような気になれた。リオルには海などないからだ。


 外は町の人と思われる人たちがぞろぞろと夜目を光らせ集まっていた。船長は早速その人たちへ事情を説明した。全員に聞こえるように大声で。


 シークは小波を足で感じながら町の方を見た。奥の方はよく見えないが、ここからでも町の全体像が見通せるほどの小ぢんまりとした町だ。そしてそこに建つ古びた家々。リオルではもうないと思われる木製の引き戸式の家。その家が狭い町の中ぎゅうぎゅうに集まっているにも関らず、町の中はガランとした寂しい空間が感じられる。まるで人が住んでいないような感じ。幽霊屋敷のようなものだ。そして、その町を囲むように黒い森林が覆いつくされている。


 再び海の方に目をやると、顔にしょっぱい海風が吹いてきた。


 その瞬間、何かに反応したかのように、頭の奥深くで何かが光った。それはどんどんと水面下へと湧き上がっていき、一つの光景が呼び出された。その光景は今見ている光景に重なるように映し出された。海。そう、海だ。だけど、今見ている海とは違う所。明るい海。そうか、昼なのか。


(任務は敵部隊の殲滅よ。分かった?)


 唐突に女性の声が後ろからした。知っている声。だか見ている光景は変わらない。海。明るい海の上空を白いカモメが優雅に空を飛んでいる。


(海か。こうして見るのも久しぶりだな)


 男の声がそう言う。しかし、発信源がどこからかよく分からない。ものすごく近くから聞こえた感じがする。後ろではない。右でも左でも。正面は海が広がっているだけ。うまくは言えないけど、内側から響いてる感じ。そうか、この声は俺か。


(呑気なこと言ってないで、これから任務なのよ?すこしは緊張感持ったらどう?)


 後ろの女性はすこし怒ったかのように言う。


(難い事言うなよ。これから任務からこそ、今を楽になりたいもんなんだ)


 光景は変わらない。海を見ているだけだ。


(いつまで眺めてんの。早く行くわよ)


(りょうかい)


 その声とともに後ろを振り向いた。海から砂浜へと世界が変わる。その砂浜に一人、先ほどからの声の持ち主と思われる女性が少し足を砂浜に埋め込ませ、こちらを向いている。

顔は―――。


 顔を見ようとした瞬間、そこで映像が途切れた。なぜかは分からない。でも何かがそれを拒むように、頭の奥深くへと無理やり押し込んだ。やろうと思えば、それを引きずり出すことは出来そうだったが、やろうとは思わなかった。なぜならば、それを拒んだのが自分本人だと思えるから。


 シークは薄暗い海を眺めた。吹き抜けてくる海風を体全身で浴びながら、ぼんやりと映る水平線を眺める。


 海。そうか、あそこも海があったな・・・・・・。


 頭の中で小さく、本当に小さく、そう呟いた


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