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第10章:飛空船旅行


 ラワルアとフルブールはネベル海という大きな海を挟んで位置する。そのため、アルディリアに行くには船で海を渡るか、飛空船で渡るかの二つの方法がある。しかし、船の場合はスピードも遅いし、船に乗るには港のあるアウターティグに行かなければならない。それに船に乗っても、アルディリアに直行出来る訳ではなく、フルブールの港で降り、そこからアルディリアまで機械列車などで移動しなければならない。それに比べ飛空船は、スピードも断然速いし、リオルとアルディリアそれぞれに空港があるため、リオルからアルディリアまで直接行くことが出来る。シークたちも飛空船を利用してアルディリアに向かおうとしていた。


 シークを含めたパラディンの4人はそれぞれ武装した姿で待合室に集合した。ラビーは機械靴メタルブレードを履き、機械銃と弾丸を装備。機械銃は周りの人の目に着かないように紺色のハンドバックに入れている。ミツルは機械刀を持ち、腰には金属製のウエストポーチのようなものをつけていた。ジェルドは機械拳を拳につけるだけというシンプルな格好だった。


 大型の機械自動車に乗り込み、空港へと向かう。車のハンドルはジェルドが握っている。普通、車の運転は免許を持ってないといけないのだが、パラディンは車両運転訓練を受けているため、免許なしでも運転許可を得ている。


 助手席にはミツル。後部座席は対面するように席が付いていて、前方の席にはシークとラビーが座っていて、それと対面する後方の席には護衛対象であるシャーロン、ティル、レオルドが座っている。


 ラビーの前には運悪くレオルドが座っていて、先ほど馬鹿にされたのをまだ根に持っているのか、ものすごい形相でレオルドを睨んでいる。そのレオルドはなにを考えているのか、ニコニコと笑っている。


 二人の従者に挟まれるようにして座るティルは目を輝かせながら窓の外を見ている。やはり、この世界のものはティルにとって興味深いようで、車が動きだした時も「スゴイですね!」と、感心の声を上げていた。


 シャーロンは相変わらず無口でなんの表情も浮かべないでいる。なにを考えているかは分かるはずもなかった。


 シークを除いた他の三人は依頼人の服装や言動からどこの人か気になってるようだが、皆それを口にはしなかった。なぜならば、依頼人に任務以外の質問は必要性がない場合はしないこと。傭兵は任務のことのみに必要とされている。それ以外のことは必要とされていないからである。これはフリーディアの傭兵の規則である。


 空港に着くと、ティルの目の輝きがさらに増した。楕円形、太った魚にも見えなくもない巨大な鉄の箱が雲を貫き、空を翔る。それをより巨大な建物が吸い込むように食べてしまう。そこから吐き出されるように、また別の魚が空を駆け上がり、空の彼方へと消える。


 ―――飛空船。空を飛ぶのは翼を持つものという理念を覆したラワルアが作り出した飛行機械。水素やヘリウムなどを充填した流線型の気嚢を利用して空を飛ぶ。簡単に言えば、ふうせんが空に浮かぶのと同じ原理である。それに推進を取り付け、自由に飛行することを可能にしたのだ。


 ティルははじめて見る飛空船に目を輝かせた。レオルドやシャーロンも呆気に取られているようだった。それもそうだろう。小さな子供が興奮するように、誰だって飛空船をはじめて見たら興奮するものだ。シークだって子供の頃はティルのように目を輝かせていた。今となっては見られない光景ではあるが。


 空港の中に入ると、広い空間がそこにはあり、お土産屋や料理屋などが中に設けられている。その奥に方に横に何個ものエレベーターが並んでおり、そこから大人数の人が出入りを繰り返している。飛空船に乗るための受付をするにはエレベーターに乗って、3階にあるメインルームに行く必要がある。シークがエレベーターの横にあるボタンを押すと、ウィーンという機械音とともに両開きの扉が開いた。


 エレベーターで上に昇り、メインルームに行く。そこには1階同様に広い空間があり、右手の奥の方に受付の小窓が列をつくっており、そこで受付をしようと人が並んでいる。左手には大きなガラス張りになっており、そこから下の2階の様子が一望出来るようになっている。

 

 2階にはドックと呼ばれる飛空船の停留場が列を成すように存在していて、建物の壁を取ったかのように外と繋がっている。そこを利用して外からやってくる飛空船は建物に差し込むように到着を済まし、乗客を降ろしたら、次の乗客を乗せ、再び目的地に向かって、空へ飛び立つのだ。ドック数は全部で10箇所。今止まっている飛空船は4隻で、そこへ乗り込む客と降りる客が蟻の行列のように列をつくっているのが分かる。


「スゴイですね!あれに乗るのですか?」と、ティルはガラスに両手をついて、無邪気な子供のようにはしゃいだ。


「そうですよ。僕は今から受付してきますから待っててください。なるべく早い飛空船を頼んでくるね」


 ミツルはそう言い、受付に並ぶ人の列の中にまぎれた。


「ティル。あまり騒ぐと周りの迷惑になりますよ」


 レオルドがティルの肩に手を置いた。


「ティル?」と、シークはレオルドに近づき小声で聞いた。

 

「ええ。姫なんて言ってたらおかしいですからね。あくまでも私たちは一般人ですから」


「なるほど」


「しかし、スゴイですね飛空船というのは。あんなに大きなものが空を飛ぶなんて」


 ティルが周りに聞こえないように小声で入ってきた。


「この世界じゃ当たり前のことだ。これに乗れば、二日でアルディリアに着く」


「なにからなにまでありがとうございます」


「礼などいらない。これは任務だ。任務は遂行する。ただそれだけだ」


「カッコいいですねぇ。私も言ってみたいものですねぇ」


 機械的に喋るシークにレオルドはヒューと茶々を入れた。こういうのにはいちいち反応しないと決めた。


 しばらくすると、手にチケットと部屋のカードキーを持ったミツルが戻ってきた。飛空船の中にはホテルのようにいくつもの部屋があり、乗客はそれぞれ部屋を取り、そこで目的地に着く間は寝泊りをするのだ。どうやら搭乗する飛空船は今から15分後の3番ドックの飛空船らしい。しかも部屋はゴールドルームだという。一般人が使うような部屋ではない。


 二階の停留所には受付の窓口よりさらに奥の方にあるエレベーターから行けるようである。


「まだ時間はあるけど、飛空船はもう着いてあるから、今からでも乗れるって言ってたよ」


「ならさっさと飛空船に乗り込もう。ここにいる意味なんてないからな」


「了解」


 エレベーターに乗る前に乗務員と思われる女性にチケットの確認をされた。全員の確認が済むと、エレベーターに乗って、二階へと降りる。


 エレベーターの扉が開くと、ティルは歓声をあげた。


 先ほど3階から見下ろしたときは分からなかったが、こうして間近に見ると、かなりの大きさだということが分かる。流線型の巨大な気嚢の下部には機関列車を取り付けたようになっており、乗客はそこに乗り込むのだ。


 チケットに書いてある3番ドックには飛空船が留まっており、入る前にもう一度乗務員がチケットの確認をした。


「ゴールドルームは入って右の奥になります」


 飛空船の中は左右に延びる通路になっており、片方の壁には大きな窓、反対側の壁には部屋の扉が列をなしている。ちょうどマンションの廊下に似ている。扉の横にはカードリーダーがあり、そこにカードキーを差し込むと、扉のロックが外れるらしい。左側の通路の奥の方はレストランがあり、乗客はそこでご飯を食べるのもよし、頼んで部屋まで持ってきてもらって食べてもいいようだ。レストランのさらに奥は操縦室になっており、関係者以外行くことは出来ないようだ。


 乗務員に言われた通りに通路の右の方へと進む。いくつもの扉を通り過ぎていくと、先ほどから見てきた部屋の扉とは明らかに違う高級感に溢れた扉があった。どうやらここがゴールドルームのようだ。


 扉の横にあるカードリーダーにカードキーを差し込むと、ピピッという電子音が鳴り、扉が開いた。一言で言えば広い。部屋の中央には高級感溢れるテーブルを挟むように、人一人余裕に横になることが出来る程の横長の黒いソファが2つ向き合っている。その上には部屋の光源となっているシャンデリアが白銀の明かりを灯しながら、天井からぶら下がっている。


 床にはワインをぶちまけたような真っ赤なカーペットが敷いてあり、壁一面には大理石のタイルが張り巡らせてある。真っ白な表面に浮かぶその不規則な模様が高級感を漂わせている。部屋の右側の壁沿いには汚れ一つ見当たらない真っ白なベットが二段重なっている。


 部屋の奥には外の景色が一望出来る大きな窓が張られており、それを覆い隠すかのようにベージュ色のカーテンがかけられている。


 左側には大きなテレビが置いてあり、今はまだ電源が切られていて、画面が真っ暗である。壁の手前の方にはもう一つ扉があり、その奥は洗面所になっている。トイレや浴槽も汚れ一つない真っ白な状態だった。


「ここに着いたらあとは時間が過ぎるのを待つだけだな」


 ジェルドは向こう側のソファにどっと腰を掛けた。


「任務に休憩などない。部屋の前で見張ってろ」


「ええ!?俺がかよ」


「班長命令だ」


 渋々了承し、ジェルドは部屋を出た。部屋にロックが付いてあるし、ましてや襲撃なんて恐れはまったくないのだが、念には念ということである。


「2日後ぐらいにはアルディリアに着くと思うから、それまでは自由に行動していいぞ。ただし、部屋の外に出る場合、俺に一声掛けてくれ」


「この部屋で2日間過ごすのですか?」と、ティルはキョロキョロと辺りを見回しながら聞いた。


「そうだ」


「こんなに大きなものが空を飛ぶなんて、驚きです」


 ティルは物珍しそうに辺りを見回しながらソファに腰を掛けた。特にテレビに興味があるようだ。重点的にそこに目がいっている。


 ピンポンパンポーンと船内アナウンスが入った。


「これより当機は離陸します。よい旅を―――」


 声が通る女性アナウンスが聞こえると、機体が揺れたような気がした。窓から外を見てみると、そこには青い空が果てしなく広がっており、白い雲が左から右へと流れていく。空を飛んでいることが分かった。ティルは興味深そうに窓の近くまで歩み寄った。


 青い空。白い雲。どんどん小さくなっていく機械の都。ティルはその景色にみとれていた。巨大な魚が気持ちよさそうに空を泳ぐ。この空の旅には暗い雲は一つも見当たらないように見えた。


 夕飯は乗務員に部屋まで運ばせてもらった。メニューはステーキにライス・スープ付きと分かりやすい豪華な料理だった。なんとかのなんとか仕立てのなんとか風味などという手間の入った豪華料理を食うには少々肩が凝る。夕飯を済ました後、部屋の中がどこかステーキ臭かったので換気扇を入れた。ブォーンという換気扇が起動する音にティルは、なんだろうと、しきりに辺りを見回した。


 ティルに風呂に入ることを進めると、喜びながらそれを了承した。彼女もここ数日間は体を洗うことが出来ずに悩んでいたらしい。一応風呂の使い方が分からないといけないので、一通り説明した。シャワーはこの蛇口を捻る。シャンプー、リンスはこの容器でここのポンプを押す。中でもポンプのところが気に入ったらしく、何回か無意味にポンポンと押していた。


 ティルを残して部屋に戻ると、レオルドはベットに腰を掛け、シャーロンは窓の外を眺めている。外はもう真っ暗である。ソファの上ではジェルドとラビーが寝ている。ミツルは部屋の前で見張りをしているのだろう。護衛任務というのに、こんな醜態をさらしているとはなんとも情けない。


「すまないな。こいつらはこういうやつだから」


 シークはレオルドに近づき、顎先で寝ている二人を示した。シャーロンには言わない。言っても返事はないからだ。


「大丈夫ですよ。襲われる心配がないということでしょうから」


 レオルドは相変わらず礼儀正しく対応する。心は荒んでいるくせに。


「それにしても、この世界のものは興味深いですねぇ。このようなものが空を飛ぶとは」


 シークはソファに寝そべる二人を背中越しに見た。話を聞かれてはめんどうになるからだ。


「大丈夫ですよ。お二方ともぐっすりと眠っているようですから」


「あんたたちも寝たらどうだ?見張りなら俺たちがいるから、安心して寝てもいいんだぞ」


 レオルドは笑いながら否定した。


「姫より先に寝てはいられませんよ。私が寝てるうちに貴方たちが姫を襲うかもしれないんですから」


 なんだかんだ言っておきながら、こいつにも従者というものがなんたるかを心得ているようだ。


「あんたらしくない言葉だな」


 嫌味のつもりで言ってみたのだが、レオルドは笑ってみせた。


「私だって姫に仕える身ですよ。まぁ彼ほどではないのですがね」


 レオルドは横目にシャーロンの方を見た。シークもつられる様に横目で見た。シャーロンはまだ窓の外を見ていた。何を見ているのか、何を考えてるかなど分かるはずもなかった。


「彼はあのような性格だからよく分からないと思いますが、とても姫のことを想っているのですよ。姫が行方不明になったときも必死になって探していましたからね。普段は無口な彼もあの時ばかりは声を上げていましたね」


 レオルドは思い出したかのように吹いた。


「あんたたちは魔法を使わないで探したのか?」


「おや、貴方が魔法を信じているとは驚きですね」


 シークはそっぽを向いた。その時にジェルドの寝顔が見えたので、なんだか無償に腹が立った。レオルドは指で頬を掻きながら続けた。


「転移系の魔法は私も彼も専門外でしてね。あの時は本当に焦りましたよ。辛うじて姫の位置は魔法によって分かりましたから、なんとかなりましたけど、まさか姫が良からぬ者に拉致られているとは思いもしませんでしたね」


 黒カラス強盗団。その一味がティルを人質として誘拐したのだが、この男の妙な魔法に一掃された。一戦交えて分かるが、あの魔法は恐ろしいものだった。小型ミサイルのような爆発を巻き起こし、最大連射回数はあろうとも、実質的には何発も撃ってくる。例えるなら、小さな戦車というような感じだ。


「あんたと戦ったときは驚かされたよ。あんな攻撃は初めてだったからな」


 レオルドは笑った。


「あの時はすいませんでしたねぇ。でもあなたの武器も興味深いものでしたよ。機械というものですよね?少し見せてくれませんか?」


 シークはホルダーから機械銃を抜き取り、渡した。もちろん安全装置をかけてからだ。レオルドは機械銃を手に取り、しげしげと見つめた。


「このようなものがあんな閃弾を放つとは。どういう仕組みなのですか?」


「銃に弾を込めて、撃鉄を下ろして、引き金を引く。そうすれば弾が飛び出す」


 詳しく説明すると時間がかかるのである程度は省いた。専門のことを説明すると、たいてい話が長くなるか、極端にまとめられるかのどちらかである。余計に物事を知っているほど、なにを省き、なにを採用すれば適切なのか本人では分からないからである。そんな説明にもレオルドは納得の表情を浮かべた。


「なるほど。いわゆるジュウという土台があって、それにタマを込め、一通りの手段をとれば、タマが敵を襲うということですね?」


「まあそうだな」


「似てますね。魔法と」


「魔法と?」


「ええ」と、レオルドは頷き、機械銃を返し、手の甲をこちらに見せた。そこには、やはり魔方陣とでも言うような模様が刻まれている。レオルドはその模様を見せながら続けた。


「これは魔方陣というものでしてね。私たちはこの魔方陣を用いて魔法を発動するのですが、この魔方陣という土台を貴方たちの言うジュウとすると、それに魔力というタマを込め、詠唱を行えば魔法は発動します。どうです?そのジュウとよく似ているものでしょう」


「俺には分からないな。第一、そんなもん俺に教えてもいいのか?」


「全然問題ありませんよ。貴方たちは魔力を持ち合わせていませんから、このような方法を知っても使いようがありませんよ。貴方がそのことを周りに言っても信じてもらえないことぐらいは分かりますよね?まぁ、貴方たちのジュウと魔法は似ていても不思議じゃないのですけどね」


「なに?」と、問うと、レオルドは「言葉の綾ですよ」と、笑ってみせた。気になって問いただそうとしたが、風呂場の方からティルが上がるような音が聞こえたので止めた。レオルドもそれが聞こえたのか、ベットから腰を上げた。


 濡れた長い金髪をタオルで拭きながらティルはやって来た。久しぶりの風呂が気持ちよかったのか、どこか表情が柔らかくなっており、頭の上から湯気が上がっているのが分かる。


 先ほどまで窓の外ばかり見ていたシャーロンはティルの元へ歩み寄った。しかし、最初に声をかけたのは歩み寄ったシャーロンではなく、レオルドだった。


「どうでしたか。久しぶりのお風呂は?」


「すごく気持ちよかったですよ。レオルドやシャーロンも入るといいですよ」


「ではそうさせてもらいましょうか。シャーロン。先に貴方から入っていいですよ。私が姫を見ておきますから」


 シャーロンは無言で頷き、風呂場に入っていった。レオルドの勧めでティルはベットに腰を掛けた。ベットに腰を下ろした途端に眠たそうに瞼を閉じたり開けたりを繰り返している。それを見たレオルドは声をかけた。


「姫。今日はいろいろなことがあって疲れたでしょう。もうお眠りになるといいでしょう」


 ティルは眠気でおぼつかない口調で返事をし、真っ白なシーツに身を包んだ。よほど疲れていたのだろうか、横になると眠りに誘われた寝息が聞こえてきた。シークは気を利かして部屋の明かりを小さくした。小さく灯す茜色が部屋の中を染める。


 ソファはジェルドとラビーに占領されているため、シークは仕方なく部屋の隅に座り込んだ。レオルドは一向にティルのそばを離れようとはしなかった。別に寝顔を見て楽しんでいるわけではなく、他の3人を見張っているような感じだった。しかし、それは敵意の目ではなく、安心している目だった。


 部屋の隅の闇に紛れ、シークは眠りについた。


 蘇る幻影。闇のように深い眠りについた時、シークは夢の中に入り込んでいた。そこには、女と男が太陽の光を全て遮ぎるように空を覆い隠した森の中にいた。木々の隙間から差し込む光のおかげで昼間だと分かるが、その深い闇は夜を思わせるほどに暗かった。


 二人の手には機械銃が握られてる。息は荒く、額には汗が滲んでいる。どうやら二人で口論をしているようだ。話声が聞こえてくる。


(任務外よ。そんな行動は許されないわ)


 女は冷静にそう言う。しかし、男はそれを押し切るような勢いで反論した。額の汗が周りに飛び散った。


(任務?そんなの関係ない!人を助けるのに任務がどうのこうのなんてあるか!)


 そして、男は森の奥へと走っていった。木々の間をすり抜けて、奥へと進む。足を挫いているのかその走り方はぎこちなかったが、その痛みに鞭をいれ、可能な限り全力で走った。


 夢はそこでゆらめいた。走る男をゆらゆらと分身体を作り出し、煙のように消えた。夢を拒むように、深い眠りから抜け出そうとする。闇から、空白から。一度現実の水面下までやって来たのだが、下の方から黒い腕が伸びてきて体を掴む。そして、強い力で体を引っ張ってくる。下へと引き摺り下ろしてくる。なぜ覚めない?これは夢だ。そう、分かっているんだ。だから覚ましてくれ。


 煙が集まり出し、その形を整えていく。さっきの女だ。それに倒れている。女は首をこっちの方に向けている。なにか喋っているのだろうか、必死に口を動かしているが、聞こえない。遠いからだろうか、近くに行ってみる。よく見てみると、女の腹からは赤い鮮血が流れている。そして聞こえた。


(その子を連れて逃げなさい!)


 逃げる?なんで?君は怪我をしてるじゃないか。病院へと―――。その時、体が勝手に動き出し、女とは真逆の方向へと走り出した。まるで縛りつけられたように体が言うことを聞かない。まるで最初から決まっているかのように体が動く。なぜだ?なぜ助けない?怪我をしているんだぞ。助けろよ。戻れよ!早く戻れよ!


「シーク」


 頭の中で叫ぶ声と重なって聞こえたその声で目が覚めた。


 目の前にはミツルがいた。何かあったのだろうか、心配そうな表情をしている。


「大丈夫?結構うなされていたみたいだけど」


 うなされていた?そうか。またあの夢を見たんだった。


 シークはふと手で頬を触ると、そこは冷たく濡れていた。どうやら冷や汗をかいていたらしい。嫌な湿り気が体中に感じ取れる。シークはのそっと立ち上がり、風呂場の方へ向かった。


「シャワーを浴びてくる」


「うん。そうしたほうがいいよ」


 向かう途中、部屋の様子を見たが、他の者はまだすやすやと寝ている。レオルドとシャーロンはシーク同様に壁にもたれて寝ている。時計を見ると、今は午前の7時だった。


 豪快に顔からシャワーを浴びる。始めに温度を確認してなかったから、最初の方は冷たかった。全身の邪気が洗い流されるようである。先ほど見た夢のことを少し考えてみたが、すぐに止めた。よく見る嫌な夢である。思い出したくもない。


 シャンプーのポンプを押すと、カスッカスッと響きの悪い音と共に音の通りシャンプーのカスだ出てきた。そこで昨日のティルの行動を思い出した。遊んで全部使い切ってしまったか。


 どこかモヤモヤ感を残し、服を着て、タオルで髪を拭きながら部屋に戻ると、皆はもう起きていた。シャワーの音で目が覚めてたのだろう。


「おはよう」と、それぞれの言い方で飛び交う。誰がどう言っているのか分からなくなった。先ほどまでソファで寝ていたラビーの姿が見えないのが分かった。どうやらミツルと見張りを交代したのだろう。そのミツルは部屋の隅で寝ている。徹夜で見張りをしていたのだから仕方がないことだ。


 飛空船生活が始まって1日が立ったのだが、なにか問題が起きる気配はなかった。それもそうだろう。ハイジャックなんてものは滅多に起きないものだ。大富豪が乗っているのはらまだしも、そのような人物をこの飛空船では目にしなかった。護衛任務中と名乗るから危なっかしく聞こえるが、無事にアルディリアに着くことは当然である。


 飛空船で食べる2度目の夕食を終えると、シークは見張りのため部屋の外に出た。あと半日程度でアルディリアに着くというところまで来た。問題なんて起こるはずがない。そう思っていた。


 ピンポンパンポーンと船内アナウンスが入った。そこから発せられたのは、声の通る女性乗務員のものではなく、野太い男性の声だった。


「えー、乗客の皆さん、落ち着いて聞いてください。我々はこの飛空船をハイジャックしました。乗客の皆さんは部屋に篭り、変な行動はしないで静かにしていてください。もし歯向かう者がいたならば、我々は容赦なく撃ち殺します。どうかお静かに」


 ブチッという音とともに通信が切れた。シークは急いで部屋に戻ると、他3人はもう準備が整っていた。護衛任務中にハイジャックに合うとは最悪に運が悪い。しかし、そのハイジャック犯も最悪に運が悪かった。


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