第9章:再会
班長命令としてシークはラビーたちを部屋から追い出した。今この場でラビーたちにティルの素性を知られると厄介なことになるに違いないからだ。
シークはティルたちが座るソファにテーブルを跨いで対面するソファに腰を掛けた。
「なんであんたたちがここにいるんだ」
シークはため息まじりにそう聞くと、レオルドは手を広げ、当然のように答えた。
「それは私たちが依頼人だからでしょう。そして貴方は私たちに雇われた身。今この現状は普通だと思いますけどね」
「あのねシーク。前に私はある人を探してると言いましたよね。その人がフルブールにいるかもしれないのです」
たしか前にフルブールが本命どうこう言っていた。
「しかし私たちはこの世界のことを十分に知らないので、どうやったらフルブールに行けるか分からなかったのです。そこでシークが仰ってた傭兵というのに頼ることのしたのです」
ティルたちは『金さえ払えばなんでもやる』というシステムを利用してフルブールまで行こうと、このフリーディアに訪れて、受付に金と用件を申し付けたところ、この待合室まで導かれ、今に至るという。
「金と用件って、あんたら金なんか持ってたのか?」
「いやぁ、この世界のお金は満ち溢れているのでしょう。廃ビルから出る時にたまたまお金が落ちていたので、もったいないから拝借したのですよ」
レオルドは『落ちていた』という所を強調して言った。あの廃ビルは黒カラス強盗団のアジトなら、盗まれた金があってもおかしくはない。盗まれた金の一部を盗んでいったということか。そしてそれをフリーディアに全額見せつけたところ、あまりの大金に護衛任務にパラディンが4人という異例の事態を巻き起こしたという訳か。あの時校長が言っていた『金額が金額なだけにねぇ』という意味深な発言もそのためだったのだ。
神様のいたずらにしてはどこか現実地味ている。
ハァと、ため息をつくと、それを気にしたティルが声をかけた。
「シークが嫌なのでしたら、フルブールまで付き添わなくても行く手段さえ教えてくれればそれでいいのですが・・・」
「いや、いい。任務だから仕方のないことだ」
「そうです。校長殿の話を聞くところによると、フルブールの首都に行くのには大して難しいことなどではないらしいのですから、この者もいい休暇となるでしょう。姫はなにも気にすることはないのです」
レオルドはギラリと赤い宝石の指輪を光らせた中指で眼鏡をクイッと上げ、偉そうに言う。確かにその通りなのだが、コイツに言われると無性に腹にくる。
「あとお願いなのですけど、私たちが魔法の世界から来たということはなるべく周りの人たちには伏せておいてください。あまり多くの人に知られると混乱を招くことになるかもしれませんから。あくまで私たちは一般人ということで」
「あんたらは俺の依頼人だ。依頼人の命令なら俺はなんでも言うことを聞く」
「ありがとうございます」
お辞儀をするティルとは裏腹にレオルドは機械地味たシークの発言になにか思いついたのか、手をパンッと叩いた。
「なら、今から貴方は私たちの犬ということですね。名前はポチにしときましょうか。ほらポチ、お手」
ジェルドはシークに手を差し伸べた。コイツ、本当に嫌なヤツだ。
「ジェ、ジェルド!それはいくらなんでも失礼です!」
「冗談ですよ姫」
レオルドは手を戻し、呑気に笑ってみせた。
「す、すみませんシーク。すみません」
ティルはせかせかと頭を下げる。
「あんたが気にすることじゃないだろ。頭を上げろ」
「そうですよ姫。姫が頭を下げることないのですよ」
そう言いながらも、レオルドは頭を下げようとはしないで笑いながら続けた。
「すみませんが、トイレをお借りすることはできますか?」
「それなら外にいるやつに案内してもらえばいい」
「そうですか。それでは失礼しますね」
レオルドは長い銀髪をブワッとなびかせ、部屋から出て行った。口調は礼儀正しいが、どうも性格がねじれているのが態度や振る舞いに出ている。その嫌な性格から、この短時間の中でもジェルドはシークのめんどくさい人ランキングに見事ランクインした。
シークはハァと、深くため息をついた。
「すみませんシーク。ジェルドが失礼なことを・・・」
「あんたが気にすることじゃない。そう何度も謝らなくていい」
先ほどのようなやりとりが繰り返され、そこで会話は途切れた。それに大した意味はないが、シークと会話を続かせるのは至難の業であり、このように沈黙に包まれるのは自然現象というものであった。
シークはシャーロンの方に目を向ける。
「・・・・・・」
今思えば、まだシャーロンの声を聞いたことがない。青い頭髪と純白の肌は氷のような冷たい雰囲気を醸し出している。現にこのように無口なのだから正解といえば正解である。
シャーロンのようになにも口にしない人間は、シークは好きである。ただでさえ話すのに疲れを感じるシークにレオルドやラビーのような口減らずとの会話は今まで生きてきた中で一番不快である。
「よくあんたはあんなヤツと一緒にいられるな」
シークは沈黙を打ち破った。いくら他人と関るのが嫌いなシークだとしても、ちゃんと人間の心は持っている。つもりだ。
「レオルドはいい人ですよ。少し変わったところもありますけど」
ティルは苦笑いした。少しと言っているものの、変わっていると認めている時点でそれは変わり者という意味になる。「少し」や「多少」などの付属品はその人の心の広さを表すものである。つまりレオルドは変わり者。シークはそう理解した。
「それにあいつはあんたの従者だろ?どうもあんたを敬ってない感じがするんだが」
「それもそうですね」
ティルは小さく笑った。
「でもレオルドは本当にいい人ですよ。私は好きです」
従者なのに主を敬ってないがいい人。それは本当にいい人か、シークには理解できなかった。主を敬わない時点で従者という枠から大きく外れる。親切だろうが土台が出来てない人間はダメ人間のレッテルを貼られる。なのにいい人とはどういうことだろう?それに好きとまでいくとは、不可解なものであった。
「・・・・・・理解し難いな」
そう言うと、その小さな笑顔で返してきた。
しばらくすると、急にドンッという強い音と共にドアが開いた。何だと振り返ってみると、不機嫌な表情を浮かべたラビーが「シーク!」と怒鳴りながらやって来た。
「なんやねんあの男!あたしのことをタローなんて呼びやがって!ホンマ失礼やで!」
一瞬只ならぬ出来事が起こったのかと表情が強張ったが、何が起きたか理解出来たシークは心配した自分が馬鹿馬鹿しいと嘆いた。
ラビーが愚痴っている内容を聞いてみると、どうやらラビーはレオルドに犬の名前でも付けられたのだろう。それも太郎と。女性に太郎というオス犬に付ける名前を付けるとは、悪意があるとしか思えない。
ラビーが愚痴っていると、当のレオルドが呑気に笑いながら入ってきた。
「おや、これはこれは。太郎ではありませんか」
「タローやない!あたしにはラビー・リリッツっちゅう可愛らしい名前が付いとんねん!」
「それは大層な名前をいただきになりましたね」
「喧嘩売っとんのかあんた!」
それは犬猿の仲というより、レオルドが一方的に馬鹿にしている関係で、例えるなら貴族と芸達者な猿。もちろんラビーが猿である。
ラビーが騒いでるのを聞きつけたミツルやジェルドがなんだなんだと、部屋に入ってきた。
「あんた人を馬鹿にすると痛い目にあうで!」
「ラビー。駄目だよ依頼人にそんな態度は」
ミツルは騒ぐラビーの背後にスッと入り込み、ガバッと覆いかぶさるように、羽交い絞めにした。それを振りほどこうと、ラビーは両手をぶんぶんと振り回すと、それがミツルの顔に数発ぶつかった。
「なんや委員長!あのボケに一発かましてやんねん!」
護衛する相手を殴って何をするつもりだと、シークは呆れてため息をついた。
「ミツル。とりあえずコイツをどっかにやってくれ。出発の準備をしてからまたここに集合してくれ」
「了解」
ミツルは暴れるラビーを抑えながら、後ろ歩きに部屋を出て行った。ラビーの叫び声が聞こえなくなるまでかなりの時間がかかった。相当腹に立っていたらしい。
「ジェルドも準備を整えてからここに来てくれ」
「りょーかい」
そう返事をして部屋を出て行った。こんな面倒な事態を起こしたレオルドはニヤリと笑っていた。
「すみませんシーク。ジェルドが変なことを仕出かしてしまって」
ティルはまるでいたずらっ子の保護者のように頭を下げた。そのいたずらっ子は頭を下げようとしない。
「気にするな。俺は出発の準備をしてくるから、あんたたちはここで待っていてくれ」
「そういえば、私たちはフルブールに行くのでしたね」
レオルドはそう言った。別に、本当に忘れていた訳ではなく、冗談で言っていることがすぐ分かった。
シークはそそくさと部屋を出る。隣であんなにも騒がれていたにも関らず、校長は椅子に座って、資料のようなものをじーっと見ていた。気にせず部屋から出て行こうとすると、「ちょっと」と、声を掛けられた。振り向くと、先ほど見ていた資料は机に置いてあり、校長の視線はこちらを見ていた。
「なんですか?」と、めんどくさそうに聞く。
「依頼人なんだけど、貴方の知り合いかなんかかしら?」
「そんなもんじゃないです。・・・それがなにか?」
そう言うと、校長は「ふーん」と、鼻を鳴らし、机の資料を拾い上げ、資料で顔を隠すように再びじーっと見た。
「だからなんですか?」
「いやね」と、資料で顔を隠したまま答える。
「あの女の子、どこの人か気になってね。あの子の目、見たことのない色だったからさー。ちょっと気になったんだよねー」
資料越しに話される声に背筋に小さな電流が走るように、ピクリと体が反応した。校長も気づいていたのか。ティルの瞳の色はこの世界じゃ存在しないということに。
いつも腑抜けた発言ばかりしている校長がこのように的確な発言をすると、そのギャップに通常よりもなんだか感動してしまった。しかも、今この状況において、資料で顔を隠しているため、表情が見えないところが、ものすごくかっこよく思えてしまう。さすがは元エリートだと、シークは感心した。
「本人に聞いても、教えてくれないし。まぁ、こちとらお客様ありきの商売だからね。あんまし深く聞き入ることもできないし」
資料を机に投げ出し、こっちをまっすぐ見た。
「フルブールまでとはいえ、任務は任務なんだから、しっかり守ってやんなさいよ」
「当然ですよ」
そう言い、校長室を出た。
校長は机に置かれた資料に目をやった。―――アルディアリア周辺調査報告書―――。それを見た校長は眉間に皺を寄せた。