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表の顔と裏の顔

作者: 安達邦夫


4.


ひとしきり野鳥のさえずりがしている。雨上り。通りは涼しげだ。昨日までの暑さがうそのようだ。


ハイヒールを久しぶりに履いて、彼女は街を歩く。

地味な身なりの中年のおばさん。

夫は知らなかったが、彼女には秘密がある。

殺人者。プロの殺し屋。それも超A級の……。

だが、用心深く彼女の真の顔は、隠されていた。毎回手口を変えて、微細な痕跡ひとつ残さない。

42才で主婦として、そつなく役割りを果たしている。適度にご近所とお付き合いし、高校生の長女とも仲良し親子だと評判だ。


カツカツと地下鉄の階段を降りていく彼女は、一変して白髪でおよそ老婆としか見えない。駅ビルのトイレで素早く変装していたからだ。

ターゲットは、不動産屋。43才で、やり手のちょっといい男のように見えるが、悪どい手口で目的を達してきた。下町の工場を破産に追込み、一家は父親と母親が心中。残された娘の依頼だった。

娘は、高い依頼金を身売りして工面。いわゆるソープランド。

殺人者である彼女には、依頼人の動機など無関心だが、身元を洗うのが、鉄則だ。

地下鉄のホームで、不動産屋と着物姿の女がいた。スナックの雇われママ。不動産屋の内縁の妻。不動産屋は、あちこちに女がいた。精力が有り余っているらしい。

あと少しで人生の終着駅に着くことになろうとは、思いもよらない。死神ーー老婆に扮装した彼女の口許がわずかに綻んだが、皺に隠れて誰にもわからなかった。薄い人工皮膚の変装は、精巧そのものだ。


探偵は、座席に着かずに、吊革につかまりながら、その様子を窺っていた。

老婆は動かない。静かに揺れながら、電車が動き出すのにも関わらず、じっと出入口にある金属のポールを抱き抱えるようにして立っている。


やがて、駅に着きドアが左右に開くと、不動産屋と女が立ち上り、ホームに降りた瞬間だった。老婆が、不動産屋とスレ違い様に、すり抜けていき、また、元いた出入口のポールにつかまった。


探偵は、その様子を黙って見ていた。

老婆の手から鋭い輝きが一閃すると、不動産屋の腎臓に吸い込まれていった。

人間業と思えない素早さだった。


静かに、不動産屋はホームに倒れていき、女も引きずられるようにして、その場に膝をついていた。

鮮やかな手口だ。

人混みに紛れて一瞬で、電車に舞い戻った女のしたたかさに舌を巻いた。


探偵は、次の駅で降りた。

法律では、裁くことができない悪は、やはり裏の世界で処理される。まことに自然の摂理というしかない。

殺し屋の老婆(いや女)の旦那には、敢えて報告することはないだろうと判断した。

探偵は、浮気を疑う旦那にどう報告しようかと思案している。

強いて、平和な家庭に波乱を起こすこともないだろう。


翌日(殺し屋の女の)ポストに1枚のハガキがあった。

“浮気調査は、当社まで”



(終わり)




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