5.無自覚な恋心
新学期が始まって一週間、1年2組は学園で有名になっていた。
中立地帯・黒白を創った潤也と蒼空、そして側近の1人である錦がいるクラスだからというのが一つ。
あの潤也と蒼空が1人の女子をいたく気に入り、口説いているという噂が広まっているのがもう一つ。
そして、外部生ながらあの2人に気に入られていることから風隼星華の名前は学園中に広まっていた。
最早、あの2人を懐かせた猛獣使いとして扱われている。
「「星華。」」
「おはよう。梟無、暁烏。」
「呼び捨てで呼んでよ。」
「いや、そこまで仲良くないし。」
「じゃ、仲良くしよう?」
朝から繰り広げられるこのやり取りも恒例化してきており、クラスメイトはまた始まった、と少し呆れ気味だ。
開き直った翌日から星華が学校にいる間は暇さえあればこの調子である。
逆に嫌われるような態度だが、星華も人がいいのか強く出れないでいるのだ。
もしくは星華が対になる血液型を持っているが故に惹かれているからなのか。
「今日もなんだ。」
「あいつらだぞ、毎日やるに決まってんだろ。」
「いや、うん・・・分かってるけど。」
「あいつらが女を口説いてるところがあまりにも想像出来なかったから、な?」
「だね~、いくら見ても慣れなくて・・・。」
側近4人からしても不思議な光景なのだ。
他の生徒たちが珍獣を見るような目で見るのも頷ける。
「それにしてもだよ!あの子も本当にS-型なわけ?2人に迷惑にしてるようにしか見えないんだけど。」
「S型のあいつらが同時に惹かれたんだ。あれで違ったらまさに天変地異の前兆だな。」
「だけどさ・・・。」
糸が納得いかなさそうに3人を見つめる。
対になる血液型を持っているのであらば、自然と2人もしくはどちらか片方に惹かれるものではないのだろうか、という考えがあるのだ。
「(2人があれだけ迫ってきてるんだから少しぐらい靡いてあげればいいのに。あたしなら・・・?)」
糸がそこで思考を停止して首を傾げる。
「あれ?」
「糸、どうかしたの~?」
糸の様子がおかしいことに気づいた直がそう声をかけた。
はっと我に返った糸はううん、と首を横に振る。
直はそう?と首を傾げたが、特に何も追求はしなかった。
そこでチャイムが鳴り、糸たち3人は自分のクラスへと戻るため廊下へ出る。
クラスに戻った糸は席に座り、自身の茶髪を指で弄ぶ。
糸が心を落ち着かせるために時たまにやる癖である。
「(あの2人を?まさか、ありえない。)」
初等部で出会った彼らは既に2人の世界を形成しており、側近が増えてもそれほど関心は向けなかった。
名前を呼ばれるようになるのも初等部の高学年になった頃、出会いから4、5年経ってからだった。
初めて会ったときは確かに興味を引かれた糸だが、全く気にも留めない態度を見ていく内に初恋とも呼べないその気持ちは自然と昇華したはずだ。
それからは2人が付き合いだし、呆れ半分で見守ることにした。
むしろ、付き合いだしたと聞いて安堵したほどだ。
「(2人が幸せになってよかったって思った。2人の関係になら納得出来た。だって、2人の間に入れる人なんていないと思ってたから・・・。)」
「あれ?」
思考が停止して周囲が気づかないくらいの小声で糸はそう呟いた。
「(そう、2人の間には入れないからせめて側近として2人を見守ろうって。)」
2人を、2人だけを。
糸の思考はぐるぐると廻り始める。
そして、糸はある決断をした。
「(あの子は関係ない。)」
運命の相手であるはずの星華を受けれないという判断をしたのだ。
糸は胸のつかえが取れ、顔を上げた。
そこで1限目のチャイムが鳴り、立ち上がっていた生徒たちが慌てた様子で席につく。
糸はいつものように教科書とノートを取り出し、いつものように教科担任が来るまで大人しく待っていた。
「嫌な予感がする・・・。」
錦はふと走った悪寒に小さく呟き、頭を抱えた。
こういう時の錦の勘はよく当たるのである。