2.前兆
こちらも投稿が遅れてしまいました。
気を抜いたらこの2人は勝手にイチャつくので周囲と会話させるのが大変です。
「ん、お腹空いた。」
「俺の血、飲む?」
車の中で思い出したように蒼空が言う。
潤也はそんな蒼空を抱き寄せ、首元をくつろげ首筋を露わにする。
「俺がいる前で止めろ。」
「うるさい、錦。」
「せめて、生徒会室でやってくれ。」
この学園の生徒会は全部で3つ、初等部、中等部、高等部にそれぞれある。
基本的に初等部で生徒会長を務めた者がそのまま持ち上がりで中等部、高等部の生徒会に入ることが多い。
理事長の息子ということもあり、蒼空と潤也は初等部の頃から生徒会に入っているため、高等部でも進学草々に生徒会入りが決まっている。
2人に側近4人を加えた6人、全員新一年生ではあるが彼らが現生徒会である。
また、中立地帯の黒白だからこそ公平な立場から生徒をまとめることが出来るという認識があり、他の生徒からも文句は出なかった。
「潤也。」
「だから止めろって。」
錦の言葉など聞かず、蒼空が潤也の首筋を舐める。
潤也はくすぐったそうにクスクスと笑った。
そのまま、牙を立てずにただ舐めるだけに留める蒼空。
一応、錦の言うことは聞いたようだ。
「舐めるだけでいいの?」
「後でちょうだい。」
「うん。」
吸血鬼にとって主食は血だ。
人間同様に食べ物を食べることは出来ても、味を楽しむための嗜好品というだけで栄養を摂ることは出来ない。
吸血鬼が生きてく上で必要なのはやはり血なのである。
基本的に吸血鬼は人間の血を好むが、吸血鬼同士での吸血行為が無いわけではない。
子どもの吸血鬼は親から血を貰うものだし、蒼空たちのように恋人同士での吸血行為は愛情表現のようなものだ。
特に夜の営み中に行われる吸血行為は快楽を増幅させるので吸血鬼は好んで行う。
「てめぇら、夜に散々してるんじゃねぇのかよ。」
「蒼空は燃費が悪いから。」
「潤也の血、おいしいから。」
「食いしん坊だしね。」
「好き嫌いせずにパックの血も飲め。」
「それ、おいしくない。」
「特別な血液型のてめぇらの血と比べんな。」
所構わず、吸血するなど恋人同士でも中々ない。
吸血行為には少なからず快楽が伴うため、人気のない場所で行うのが常識。
この2人の場合はバカップルというだけの話である。
日常の食事は輸血パックに保存された血液をそのまま直接飲むか、輸血するかである。
学生の吸血鬼は輸血パックのほうが馴染みある方法だ。
「S型」という特別な血液型である2人にとって、他の血液型は好みの味ではないため、輸血パックを使うことは少ない。
同じ血液型故か、梟無家と暁烏家にのみ受け継がれる特別な血液故か、お互いの血以外は不味いと感じるらしい。
「ほら、もう着くぞ。そこまでにしとけ。」
白い校舎と黒い校舎の間に挟まれているグレーの校舎、そこが中立地帯・黒白だ。
潤也は制服を着直し、車から降りると先に降りていた蒼空の手を握った。
蒼空は嬉しげに笑いながら、その手を握り返す。
蒼空の笑顔に潤也も嬉しげに微笑みながら、歩き出す。
既に2人きりの世界に入ってしまったその後ろを付き従うように歩く錦は毎度毎度のことながらため息を吐いた。
2人が歩くところは自然と道が出来る。
強要したわけではないのだが、2人が通ると気付いたものたちが自然と端に寄り、道を空けるのだ。
「もー、やっと来た!」
「新入生とは言えども、高等部生徒会だぞ。」
「潤也は生徒会長、蒼空は副会長だからね~?」
2人にそう話しかけたのは錦と共に側近を務める3人だった。
雀野糸、側近の紅一点で庇護欲をそそるかわいらしい容姿と口調をしているが、それに反してサバサバとした性格だ。
その隣にいるのは鴎夏と鴎直、双子の兄弟だ。
兄の夏はその名前に反して、涼しげな印象を与える美少年でクールな性格。
弟の直は間延びした喋り方が特徴的な暖かい印象を与える美少年で温厚で優しい性格。
まったく正反対の印象を与える双子である。
「生徒会長と副会長を押し付けたの、お前たちだろ。」
「潤也と蒼空ならぴったりでしょ?」
「仕事、やるつもりない。」
「仕事ならあたしたちがやるから大丈夫。見目のいい2人がトップに立ってるっていうだけで生徒会の支持率が上がるからそれだけでいいの。」
身も蓋もない言い方をする糸だが、それが本音である。
逆にやる気があって色々とされたら困るのだ。
2人が何かをやらかして、後処理をするのは側近である4人だからである。
最も、2人の美貌に周囲が勝手に狂い、勝手に暴走、問題が発生するというのが大半なので2人が特に何もしなくても問題は起こるのだが。
しかし、2人自ら行動するよりはそちらのほうが後処理が楽である。
だからこそ、4人は2人にあまりやる気を出してほしくない。
「お飾りとか楽。」
「だねぇ。」
「本来なら褒められることじゃねぇし、喜ぶことでもねぇんだけどな。」
人目をはばからず再びイチャつきだした2人を錦は何とか現実に連れ戻し、校舎内へ入るよう促す。
幼稚舎からの付き合いである錦にしか出来ないことである。
ちなみに他3人との出会いは初等部からで、錦ほど2人の間に入り込むような対応は出来ない。
「ほら、潤也と蒼空、俺は2組だ。行くぞ。」
「錦と一緒かよ。」
「お目付け役がいないと担任もクラスメイトも不安だろうが。」
クラス替えで潤也と蒼空は離れたことがなく、必ず側近4人の誰か1人もしくは2人が一緒のクラスになる。
担任やクラスメイトへの救済処置として、いつしか自然と行われるようになったことだ。
糸たちと別れ、2組に入った瞬間の反応で錦は外部生を確認した。
既に高等部からの外部生は全学年分、知っているが念のためである。
潤也、蒼空、そして錦を含めた3人に見惚れた人物は外部生。
2人の関係や性格、今までの被害などを知っている生徒は見惚れることなどない。
男子は顔を青くさせ頭を抱え憂い、女子は両手で顔を覆い、嬉しいやら悲しいやら複雑な感情を何とか押し込めようとする。
「何も知らないつーのは本当に幸せだな。」
ボソッと錦が呟く。
今こそ、何も知らずに見惚れている外部生も一週間もしたら他の生徒のような状態になるだろう。
2人に知らずに話しかけて自爆するか、それを見ていて学習するか、周囲から必死に止められ続けるか。
いずれにしても、最後には黙って2人を見守るという選択肢しか残らない。
2人に負けず劣らず、美形である錦に集まる視線も一週間後には同情の視線に変わることだろう。
その時だった、何も知らない外部生の女子が2人へ話しかけようとする。
席に座り、2人の世界に入った潤也と蒼空に、だ。
周りにいた女子が慌てて止めているため、まだ2人の不興は買っていないが時間の問題である。
錦は慣れているため、素早く動いた。
「そこまでだ。2人に話しかけるなんてトチ狂ったこと止めておけ。」
「え?」
「忠告、いや警告だ。痛い目を見たくなかったら話しかけるのは止めておけ。」
「えっと、どういうこと・・・?」
「錦様の言う通りにしておきなって!ダメ、絶対ダメ!」
疑問符を浮かべるその女子を別の女子が引っ張り、注意した錦に頭を下げる。
そして、急いで学園の暗黙のルールを教える女子たちに何とかなる、と判断した錦はそちらから意識を外した。
錦は周囲に気づかれぬようため息を吐き、2人の様子を伺う。
どうやら、引き続き2人の世界に浸っているようだ。
あまり、浸られて吸血行為に及んでしまったら問題なため、そうならないように目を光らせながら蒼空の隣にある自分の席につく。
出席順など、関係なく3人は特別で窓際の後ろのほうの席が割り当てられている。
席替えにも応じず、何時だったかこの位置が気に入ってると潤也と蒼空が言ってから毎年どの学年になってもこの席が定位置だ。
「(S-型、本当にいるんだか・・・。)」
S型の彼らの運命の相手、思春期に出逢うと言われてる特別な血液型を持つ女。
思春期真っ盛りだが、全く現れる様子がない。
「(と言うか、こいつらは本当にその運命の相手を受け入れるのか?)」
S-型を持つ女性は一人だけ、二人現れたことはどの代でもない。
理事長の代では蒼空の父親が心を通わせ、潤也の父は相当に悔しがった。
それが競い合いが悪化していった原因の一つでもある。
潤也の父は蒼空の母の親友に相談に乗ってもらうことが多かったらしく、失恋した後も交流は続き、そのまま自然と心を通わせ結婚に至った。
閑話休題、この2人は運命の相手など見向きもせずこのまま2人で生きていくのではないか、と側近たちは密かに思っている。
父親たちのようになる2人が想像出来ないからだ。
「(現れないなら現れないままでいいんだがな。ただでさえ、こいつら厄介だし。)」
「錦!」
そんなことを考えている時、突然名前を呼ばれ錦ははっとした。
自然と閉じていた目を開き、目の前の光景に驚く。
潤也の隣の席になった女子がよろしく、と声をかけていたのだ。
「(ヤバイ!)」
突然の行動に他の生徒たちも止めることは出来なかったようだ。
警戒していたものの、考え事をして少し気を抜いた瞬間の出来事だったために止められなかった錦の背中に冷や汗が伝った。
既に2人の視線はお互いではなく、その女子に向いている。
「(遅かったか!問答無用で胸倉掴むか?それとも無表情で首絞め?)」
次々と乱暴的な制裁が脳裏を駆け巡る。
初対面だろうが、何だろうが自分たちの世界に割って入ったものには制裁。
それがこの2人の常識で一般的な常識は通用しない。
他人からどう思われようと、この2人は徹底的に自分たちのやり方貫く。
それが潤也と蒼空だ。
2人が同時に口を開いたのが見えた。
「(毒舌による精神攻撃か?)」
慌てて錦が椅子から立ちあがる。
先ほど、錦の名を呼んだ糸も教室の中に駆け込んでくる。
異変を察知したのか、双子もやって来て一瞬で事態を把握、慌てた様子でこちらへやって来るのが見えた。
「「うん、よろしく。」」
ぴったりと息を合わせて、潤也と蒼空が言った。
一瞬の沈黙がその場を包む。
「「「「はっ!?」」」」
沈黙後、4人の声が重なった。