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三枚のお札。一枚は鬼札。一枚は白札。もう一枚は。

掲載日:2017/12/24

 三枚(さんまい)のお札(ふだ)。一枚(いちまい)は鬼札(おにふだ)。一枚は白札(しろふだ)。もう一枚は。



 昔。今は深見(ふかみ)と呼ばれる地方に、お寺さんがあったそうな。山の深(ふか)いところでな。何かあれば、村人たちはそこの和尚(おしょう)さんを頼(たよ)っておったんじゃ。あんまり山奥(やまおく)じゃったんで、役人もめったには来てくれんかったでな。


 そんな和尚さんも、もういい年じゃ。そろそろ次の住職(じゅうしょく)を構(かま)えな、村の人も困(こま)るじゃろうなあ。そう思いよったぞな。


 すると、ある日、旅人(たびびと)が訪(たず)ねて来たそうな。細面(ほそおもて)の優男(やさおとこ)。とても旅の辛苦(しんく)に耐(た)えられそうな体には見えんかったが、聞けば和尚さんも聞いたことのないほど遠くから来たらしい。


 よくよく聞けば、確(たし)かに聞き覚(おぼ)えのないなまりじゃった。和尚さんは徳(とく)の高いお人でな。昔、天竺(てんじく)に修行(しゅぎょう)に行ったお坊(ぼう)さんのお話を聞いた人のお話を聞いておったし、弘法大師(こうぼうだいし)のお弟子(でし)さんのお弟子さんの友人(ゆうじん)の話も聞いたことがあった。


 そんな和尚さんでも、この旅人さんのする話は知らないものが多かった。


 湖(みずうみ)に住まう大蛇(だいじゃ)。お姫様(ひめさま)と結婚(けっこん)した鬼(おに)。お茶屋(ちゃや)で昼寝(ひるね)をすると1年が過(す)ぎていた話。


 次から次へと途切(とぎ)れぬ話に、和尚さんは、もう少し泊(と)まって行きなされ、もう少し泊まって行きなされ、と引き止め、旅人も急ぎの旅ではないので、それではお言葉(ことば)に甘(あま)えて、とゆっくりしていったそうな。


 旅人が来たのは春の暖(あたた)かな季節(きせつ)。


 じゃが、寺の外には、もう雪(ゆき)が積(つ)もっておってな。


「こんな中で出立(しゅったつ)することもあるまい。春まで待ちなされ」


「それではお言葉に甘えて」


 とうとう、旅人は、春になっても、寺におったそうな。


 そしてお坊(ぼう)さんになったんじゃと。


 行くあてもない天涯孤独(てんがいこどく)。和尚さんに誘(さそ)われて、その優(やさ)しさにほだされて、寺の坊主(ぼうず)になったんじゃと。


 坊主になった旅人は、最初(さいしょ)は小僧(こぞう)から始めるんよ。誰(だれ)もがそう。初(はじ)めは小僧さんからよ。


 和尚さんより背(せ)の高い小僧さんは、最初は村の人から色々(いろいろ)と言われちょったと。財産(ざいさん)狙(ねら)いじゃないか。いやいや、狐(きつね)じゃないか。


 だってこんな山奥に好(す)き好(この)んで来る物好(ものず)きなんて。よっぽどの酔狂(すいきょう)じゃないと。そう噂(うわさ)されちょったと。


 けんど、小僧さんはよう働(はたら)いた。毎日のお勤(つと)めをちゃんとこなして、村を見て回って、修繕(しゅうぜん)の要(い)りそうなもんは、なんでも直して回ったと。そこは元旅人。器用(きよう)なもんじゃった。


 そんでまた春が来て、秋になって。


 和尚さんのお寺じゃあ、栗(くり)ご飯(はん)の良い匂(にお)いがしよったと。


「今年は小僧さんのおかげで、畑も大きくなった。食べるもんも、ようけ出来た。みんなあ、あんたのおかげじゃ」


「いえいえ。しかし、タヌキには困ったもんです。大根(だいこん)も芋(いも)も掘(ほ)り返されて」


「山ん中には山姥(やまんば)がおる。タヌキも人里(ひとざと)の方がましなんじゃろうなあ」


「山姥がおるがですか」


 これには小僧さんも驚(おどろ)いたと。和尚さんと一緒(いっしょ)に薪(たきぎ)拾(ひろ)いで何度(なんど)も山に入っておったに。そんな話は一度(いちど)も聞いたことがなかったけのう。


「おる!・・・らしい」


「和尚さんは、見てないんですね」


「見ちょったら、ここにはおらんよ」


 笑いながら、和尚さんは話してくれた。


 山姥は、ずっと昔からここいらに住(す)まう妖魔(ようま)。和尚さんのお師匠(ししょう)さんのお師匠さんの頃には、もうおったと。


 その時分(じぶん)は、落(お)ち武者(むしゃ)狩(が)りも多かった。今とは違(ちが)う、戦乱(せんらん)の世(よ)の中(なか)じゃった。じゃけ、山姥もその落ち武者が伝説化(でんせつか)されたもんじゃろう、と和尚さんのお師匠さんも言いよった。中には女人(にょにん)もおったろうし。家族連(かぞくつ)れて逃(に)げた人もおったろう。辛(つら)い時代(じだい)じゃったんじゃ。


 でも和尚さんの代になっても、なお山姥を見たちう声は止(や)まんかった。


 もしも何代(なんだい)も何代も落ち武者がおるんやったら、彼らはもっと大きな勢力(せいりょく)になっちょらんと、おかしい。それこそ、こんな小さな村ぐらいは簡単(かんたん)に占領(せんりょう)出来(でき)てしまう、そんな豪族(ごうぞく)になっちょらんと。


 やけえ、和尚さんも思うたがよ。


 ひょっとして、山姥は本当におるんじゃなかろうかと。


「なぁるほど」


「本当のところは分からん。けんどまあ、山は山。それだけで危(あぶ)ないところじゃ」


 確かに。これまでの旅でも山崩(やまくず)れのあった道を見て来た小僧さんには、よく分かりました。


 これで話はおしまい。


 何事(なにごと)もなかったように秋は深まり。


 小僧さんは、己(おのれ)の身(み)の内(うち)に住まうモノに気が付きました。


「和尚さん」


「はいはい」


「私は、山姥に会ってみたいと思います」


「なんと」


 和尚さんはたまげました。小僧さんは、考えなしでは決してありません。


 けれど、そんな小僧さんの口から出た言葉は、和尚さんをたっぷり驚かせました。


「なんでまたそんな」


「会いたいのです」


 小僧さんは、目をキラキラさせて言いました。


 そうです。


 小僧さんは目的(もくてき)のない旅人ではありませんでした。


 目的に会うために来た旅人でした。


「し、しかし。危ないぞな・・・」


「百(ひゃく)も承知(しょうち)。和尚さんには大変(たいへん)お世話(せわ)になりました。せめて、行く前にはお礼を申し上げたかった。よう、ここにおいてくれました。ありがとうございました」


 小僧さんは、ちゃんと頭を下げて和尚さんにお礼を言いました。


「そんなこたあ、どうでもええけんど」


 言いつつ。和尚さんは、小僧さんの瞳(ひとみ)の輝(かがや)きを認(みと)めました。


 小僧さんは、完全(かんぜん)な本気(ほんき)でした。


「・・・・・はあ」


 和尚さんは、諦(あきら)めました。危険(きけん)。危地(きち)。それでも行くのであれば、仕方(しかた)ないですね。


「持っていきなされ」


「これは?」


 和尚さんが机(つくえ)の中から出したのは、三枚のお札。お守りでしょうか。


「いざという時に使いなされ。お守りじゃて」


「ありがとうございます」


 封筒(ふうとう)に入れられた三枚のお守りを、小僧さんは大事(だいじ)に懐(ふところ)にしまいました。


「では」


「山姥に会ったなら、迷(まよ)わず逃(に)げなされ」


「はい」


 その返答(へんとう)は嘘(うそ)。小僧さんは和尚さんを安心(あんしん)させるために嘘をつき、和尚さんもその嘘を受け止めました。


 旅装束(たびしょうぞく)に着替(きが)え、杖(つえ)を持ち。


 深山(しんざん)に分け入りました。



 イガグリだ。もし帰れるなら、持ち帰ろう。


 そこは人の入らぬ奥山(おくやま)。山にはキノコも栗もなんでもありました。


 しかしこれだけあるなら、山姥が里に降(お)りる必要(ひつよう)もないような。そんな気もしました。


 なにせ山には猿(さる)も居ます。もうじき熟(じゅく)す柿を取ろうか取るまいか悩(なや)んでいたような顔を振(ふ)り向(む)かせ、小僧さんを見送っていました。


 山の動物が飢(う)えもせず生きている。食べ物が豊富(ほうふ)にある。


 もし、山姥が、実在(じつざい)したのだとしても。これだけ食べ物があるのなら、ここに居るだけで腹(はら)いっぱい食える。


 なのに人が取った様子(ようす)がない。ここいらに、人が足を踏(ふ)み入(い)れた形跡(けいせき)がない。


 やはり山姥など、もう、おりはせんのだろうか。



 ケガをせぬようゆっくりと歩き、キジやヤマバトを見ては、鍋(なべ)も良いなあと考えながら。


 いつしか日はとっぷりと暮(く)れておった。


 さて。山姥に会うは良いが、その前に死(し)んでは元も子もない。どこかで野宿(のじゅく)でもせにゃ。


 小僧さんがそう思って、薪(たきぎ)になりそうな枝葉(えだは)を集め始め、ふと顔を上げると、家がありました。


 ここはお寺からはるか離(はな)れた山奥です。こんなところに家が。


 もしや、別の村の人でしょうか。それとも落ち武者の家系(かけい)でしょうか。


 それとも。


 ・・・なんにせよ、野宿よりは良かろう。


 そう思って、小僧さんはその家を訪ねました。


コンコン


「もし。もし」


 木戸(きど)を叩き、家人(かじん)を呼びます。怪(あや)しげな者が出て来れば、すぐさま逃げ出すつもりで。


「はいはい」


 女の声。もし自分が家主(やぬし)なら、確かに女性に戸を開けさせ、男に武器を持たせるでしょう。笑顔を作りながら、まだ警戒心(けいかいしん)は解(と)きません。


「あれまあ。こんな夜更(よふ)けに、よう来たのう。姉(ねえ)の使いじゃゆうて、頑張(がんば)りすぎちゃあせんか?」


「いえ。お姉さんのお使いではありません。旅の者です」


「あれ、知らん人かい。で、どうしたんじゃ。こんな時間に」


 迎(むか)えてくれたのは、まだ年若い女性でした。とても山姥という年ではありません。


 これは本当に、よその里に迷い込んでしまったのでしょう。


「私は旅の者です。今晩(こんばん)、野宿をしようと決めていたのですが、こちらの明かりが見えたものですから。良ければ、一晩(ひとばん)おせっかいになろうかと」


「ありゃあ。まあ放(ほう)っておくわけにもいかん。さあ、火にあたりなされ」


「ありがとうございます」


 どうやら小僧さん、屋根(やね)の下で寝(ね)られるようです。


 家はあばら家(や)と言っても良い風情(ふぜい)で、あちらこちらにガタが来ていました。昔は障子(しょうじ)を張(は)っていたであろう縁側(えんがわ)との境(さかい)の戸も、穴だらけです。


 しかし。小僧さんは草履(ぞうり)を脱(ぬ)ぎながら、ある違和感(いわかん)を感じていました。


 広い。


 仮に娘(むすめ)っ子(こ)の家族が居たとしても、やたら広い。草履が10は軽く横に並(なら)ぶほど。


 台所は普通(ふつう)。お寺さんとも変わらない、2つのかまど。米と汁を炊(た)くかまどです。ここが豪族の家なら、もう少しかまどが必要な気がします。


 土間にはわらじが1つ。水を飲ませてもらったさいに見た茶碗(ちゃわん)も1つ。どうも今は、この娘さん1人のようです。


 こうなると、少し申し訳ない旅人さんです。山姥見物にいざ!と気勢(きせい)を上げたは良いものの、一人暮らしの女性にご厄介(やっかい)になるとは。せめて明日の朝、キノコや栗でも持って来て、恩返(おんがえ)しとしましょう。


 ぴゅうぴゅう吹きすさぶ寒風(かんぷう)にあたっていたので、囲炉裏(いろり)のそばは天国かと思えるほどに温(ぬく)かった。足をもみほぐし、一日の疲れをいやしていると、娘さんが晩飯(ばんめし)の支度(したく)をしてくれたと。


「ごちそうもないけんど、許(ゆる)してよ」


「めっそうもない。こちらこそ手土産(てみやげ)も用意せんで。こうして火にあたれるだけで、幸せですよ」


「火ぃなんぞいくらでもあたったらええ。ささ、食いなせ」


 そう言って、娘さんが差し出してくれたのは、なんと魚でした。もちろん、干(ほ)し魚(ざかな)。ですが、干し魚であってもここいらでは貴重(きちょう)なものなのです。


 小僧さんは今までの旅の途中、浜の村にも立ち寄(よ)ったことがあります。しかしこんなに立派(りっぱ)な魚は、見たこともありません。


 もしや。この山を越(こ)えると海に出るのでしょうか?そんな話は和尚さんからは聞いておりませんが。


 魚の焼(や)ける良い匂いをかぎながら、娘さんのよそってくれた白飯(しろめし)を食べます。これも美味(おい)しい。


「あんたはいける口かね?」


 お酒(さけ)も出て来ました。おちょこはなく、ひょうたんごと渡(わた)されましたが。


 小僧さんは、五分五分(ごぶごぶ)と見ました。


 彼女が山姥であるかどうか。


 自分を襲(おそ)うつもりであっても、酒や白飯まで出すのは、いくらなんでももったいない。そこまでせず、とっとと襲えば良いものを。


 これなら、常識(じょうしき)のない、人好(ひとず)きな金持ちの方がよっぽどありそうです。


「ささ。出来(でき)たぞな」


「こりゃどうも」


 良い気持ちで、娘さんがほぐしてくれた魚を食べます。一尾(いちび)を仲良(なかよ)くはんぶんこです。


「美味い!」


「そうかい」


 小僧さんの上げた声に、娘さんもにっこり笑って、美味しそうに魚を食べておりました。



 娘さんのすすめてくれるひょうたんを、2人で2つも開けた頃(ころ)。小僧さんは酔(よ)ったふりをしながら、聞いてみました。


「あんたは、なんでこんな寂(さみ)しいところに住んでおるのかね。山を降りれば、友達も出来ように」


 そうです。家族も居ない一人暮らしでは、話し相手もおりません。夜は寝るだけです。何が楽しくてこんな場所に。


 相手を山姥と疑っているとは、つゆほども感じさせず、小僧さんは問(と)うてみました。


「そうじゃのう。わしゃあ、生まれは海の方よ。やけえ、海で育って、魚や貝を食べて生きておった。けんどいつしか山に追われての。家族とも離(はな)れ離(ばな)れよ。けんど、お姉らが牛やら魚やら持って来てくれる。やけえ、わしは何もせんでも生きていけるがよ。いつか、皆で一緒に暮らしたいとは思うちょるが」


「ほほう。いつかそうなったら良いのう」


「うむ」


 小僧さんは、娘さんがひょうたんを一息(ひといき)に飲(の)み干すのを見て、これはただの娘さんではないぞ、と感じました。


 あるいは、家族の誰かが山姥でしょうか。娘さんはそれを知らぬだけ、とか。



 あとは寝(ね)るだけ、となった時、小僧さんは布団(ふとん)を貸してもらいました。お姉さんの使っているものだそうです。


 手足が全く出ない。大きなお布団。大柄(おおがら)なお人じゃ。


 これは。本当の本当に。



 小僧さんは背筋(せすじ)をゾクリとさせながら。


 笑(え)んでおった。



 囲炉裏の火も燃(も)え尽(つ)き、フクロウとオオカミの鳴き声を聞くだけの夜。


 もう2人ほど、声が増えました。


「帰ったぞ。帰ったぞ。牛飼(うしか)い美味かろ、牛美味かろ。牛飼い美味かろ、牛美味かろ」


「帰ったぞ。帰ったぞ。漁師(りょうし)美味かろ、魚美味かろ。漁師美味かろ、魚美味かろ」


 ずっと遠くの方から聞こえて来た陽気(ようき)な歌声が、小僧さんを否応(いやおう)なく目覚めさせます。


 小僧さんの虫の知らせは最大限(さいだいげん)に鳴(な)り響(ひび)き、死の危険を最高に感じました。


 慌(あわ)てず布団を綺麗(きれい)にたたみ、窓口(まどぐち)に張り付きます。間合(まあ)いが命(いのち)です。表戸(おもてど)が開く瞬間(しゅんかん)を見計(みはか)らって、窓を乗(の)り越(こ)えねばなりません。幸い、窓は大きく、明かりや風が入り込みやすくなっています。小僧さんの男性らしい体格(たいかく)でも、簡単に出られます。


グシャリ、グシャリ


 家の中からでも、落ち葉がきいきい悲鳴(ひめい)を上げているのが聞こえます。とてつもなく大きな、とんでもなく重い生き物が歩いているのが、分かります。


ドガンッ!


 無茶(むちゃ)な音を立てて戸口(とぐち)が開きます。そしてその瞬間。


キイ


 小さな音を立てて窓を開き、小僧さんは外に出ました。



「帰ったぞ!寝ておるんか?」


「寝ておる寝ておる。可愛いややは寝ておる」


 小僧さんは身をかがめ、己を闇(やみ)に溶(と)け込(こ)ませました。囲炉裏を囲(かこ)むであろうあちらは光の中。こちらは見えにくくなるはずです。


 そして小僧さんは、家のあちこちにある破(やぶ)れ目のうち、居間(いま)を見やすい場所を陣取(じんど)りました。外は寒くて、温(ぬく)いお布団から抜(ぬ)け出(で)たのでなおさら、肌(はだ)を突(つ)き刺(さ)すように冷たいものでした。


 ですが、この機会(きかい)は逃(のが)せません。


 さあ、山姥(やまんば)。


 どんな顔してなさる。



 囲炉裏の灰を手でかき回し、火をおこす。帰る最中に拾ったのか、木の小枝をくべ、そして大きな枝を乗せる。


 その腕(うで)の太いこと。小僧さんの胴回(どうまわ)りよりなお大きく見えます。


「ややは魚ぁ、焼いて食べたな。ちゃんとあぶれたろうか」


「ちゃんとあぶれたとも。ややは賢(かしこ)い子じゃけえ」


 魚のことを気にしているのが、よく日に焼けた赤銅色(しゃくどういろ)の女性。頭髪(とうはつ)はざんばらに流しておるが、潮風(しおかぜ)で固まっているのか、岩にも見える。小僧さんが昔見かけた、相撲(すもう)取りを二回(ふたまわ)り大きく強くしたら、こうなるか。


 その日焼け女をなだめている、落ち着いた女は、肌(はだ)の色が白かった。夜闇(よるやみ)の中では、さぞ目立(めだ)つだろう。まるで雪女(ゆきおんな)のようだ。が、その腕も顔つきも硬(かた)そう。大きさでは比(くら)べ物(もの)にならぬはずの日焼け女を御(ぎょ)しているのも、気にかかる。


「ごちそうは、ややが起きてからじゃな。わしらは芋(いも)でも焼いて食おう」


「おう。わしは縄(なわ)を結(ゆ)いよるわい」


 1人が芋を焼き、もう1人が縄を編(あ)み始めました。



 あぶられる芋の美味そうな匂いよりなにより、小僧さんにとってはその温もりが羨(うらや)ましかったものです。


 それより、白い方の山姥の縄結いの速度(そくど)が、小僧さんの目を奪(うば)いました。


 速い。指先が見えない。まるでわらをこするようにして編(あ)み込まれる縄はものの数秒(すうびょう)で1つ、完成(かんせい)していく。


 体が寒さが固まっていても、その指の動きだけは、熱(あつ)く見つめていました。



 大きい方が水を飲(の)みに台所に向かい、囲炉裏(いろり)のそばは白い方だけになりました。


 寒いな、と思いつつ、小僧さんは山姥たちの寝るのを待っています。流石(さすが)に、今動く勇気(ゆうき)はありません。


「のう」


「なんじゃ」


 台所の方から、つまり玄関(げんかん)の方から白い方へ声がかかります。


「ややに新しい草履(ぞうり)をあげたんか?」


「いんや?」


「草履が3つあるんじゃが」



 ・・・・!!



「そりゃあ3つあるじゃろ。わしとお前とやや。ちょうど3つじゃ」


「そうか。確かにの」


 この会話に、しかし小僧さんは全く安堵(あんど)していませんでした。


 見付(みつ)かるは、時間(じかん)の問題(もんだい)。


 こっそりと。足音を立てずにその場を去(さ)ります。幸(さいわ)いな事に月明(つきあ)かりも無(な)い夜。こちらはずっと暗闇(くらやみ)の中に居て、多少(たしょう)の夜目(よめ)が利(き)きます。


 和尚さんに言われた通り、山姥を見たのでとっとと帰りましょう。



「のう」


「なんじゃ」


 小僧さんが去った後も、2人の会話は続いておりました。


「ややの洗った茶碗(ちゃわん)が、2つあるんじゃが」


「・・・2つ。か」


「栗でもむいたんじゃろか」


「ややは栗の皮を集めたりはせん。囲炉裏に放れば良いんじゃ」


「なら・・・客かのう」


「そうじゃのう・・・。草履を、見ようか」



 裸足(はだし)で駆(か)ける山は、決して冷たいものではありませんでした。


 痛(いた)みで、むしろ熱(あつ)いくらいです。


 しかし。真(ま)っ暗闇(くらやみ)の中ではおよその方向しか分かりません。お寺のある山は見えています。向かいの山です。


 問題は、そこへ行く道がどこにあるのか。山姥の家まで来た道を、そのままたどれれば簡単に帰り付けるのですが。


 イガグリを踏(ふ)まぬことだけを祈りつつ、小僧さんは息を切らして走ります。山を転がり落ちるのではないか、という勢(いきお)いで足を動(うご)かし、腕(うで)を振(ふ)ります。


「どこじゃあああああ!!!」


 小僧さんは、突如(とつじょ)山間(さんかん)を引(ひ)き裂(さ)くようにして発(はっ)せられた大声にも立ち止(ど)まらず、ひた走りました。


「・・・向こうじゃ!」


 こちらの冷たい方の声は小僧さんには届(とど)きませんでした。ですが、発した方の白い女は、遠(とお)く姿形(すがたかたち)も見えないはずの小僧さんの位置(いち)を正確(せいかく)に把握(はあく)しているようです。


 それが証拠(しょうこ)に、2人はぐんぐんと小僧さんの居る方へと走り来るではありませんか。


「待てえええええい!!」


「待てええええええ!!」


 速い!山姥の走る速さは、男性の小僧さんを遥(はる)かに超(こ)えていました。一足(いっそく)飛(と)びに林を突き抜けるような、ものすごい勢(いきお)いです。


 こりゃあ捕(つか)まったら、ただでは済(す)まんのう。小僧さんはこの世のものとは思えぬ現実(げんじつ)に、嬉々(きき)としながら、走り続けます。


 もはや痛みを感(かん)じていない足裏(あしうら)。両腕(りょううで)も感覚(かんかく)がなくなるまで振(ふ)っています。肺腑(はいふ)に染(し)み渡(わた)る空気の冷たさだけが、小僧さんの正気(しょうき)をつなぎとめているものでした。


 楽しい。山姥との鬼(おに)ごっこは、ほんまに楽しい。


 生きていた甲斐(かい)があった。


 目を笑みに細めながら。


 小僧さんは夜の追いかけっこを楽しんでおりました。



バキイ!


 小僧さんのすぐ後(うし)ろで、木の倒(たお)れる音が聞こえました。それも聞き覚(おぼ)えのない倒れ方で。


 来た!


「さて!」


 和尚さんからもらった三枚のお札。使うべき時があるのなら、それは今!


 さあ、どれを使う!?


「暴(あば)れるなよお!汚(よご)したら不味(まず)うなる!」


 じゃあお言葉(ことば)に甘(あま)えよう!


「白札(しろふだ)さん!お願いします!」


 小僧さんは懐(ふところ)の3枚のお札から、真っ白な、何も書かれてない札を取り出し、山姥に投げ付けました。


「なんじゃあ!?」


 モチか何かと思い、日焼けした山姥は飛び来る一枚の紙片(しへん)を、その太い指先で器用(きよう)につまみ取りました。


カ ア


 小僧さんが踵(きびす)を返(かえ)して逃げようとしていたら、その後ろから満月(まんげつ)のような光が差(さ)して来ました。


 白いお札とは、光のことじゃったか。そう納得(なっとく)した小僧さんは、とっとと逃げ出しました。



 しかし。山姥はまだ動き出せませんでした。小僧さんを追おうにも、目の前には白い闇(やみ)が広がるばかり。


「姉者(あねじゃ)。わしらあ、霧(きり)の中に迷(まよ)い込んだがか?」


 大きい山姥はそう言い、周囲(しゅうい)の霧を引(ひ)き裂(さ)こうと腕を振り回しますが、周囲はどうやっても見渡(みわた)せません。


「坊主(ぼうず)の札じゃ。小賢(こざか)しい」


 白い方の山姥は目を閉(と)じ、両手を開き、周囲に意識(いしき)を展開(てんかい)しました。


 札。霧の中、水気(みずけ)の中にあって不動(ふどう)なる物。どこじゃ。


 木々(きぎ)、岩石(がんせき)、枝葉(えだは)、周囲全てを知覚(ちかく)の中に収(おさ)めた白い山姥は、ついに見付けました。


「めい子(こ)。お前の左っかわをぶん殴(なぐ)れ」


「おう」


 日に焼けた山姥、めい子は姉に言われるまま、己の左側へ向けて、思いっきり拳(こぶし)を叩(たた)き付(つ)けました。


バシィ!!


 すると、霧があっという間に消えてしまいました。


「おお・・。すごいもんじゃなあ。坊主の呪(まじな)いは」


「ああ。作ったのは、さぞかし徳(とく)のある坊主に違(ちが)いねえ。だから逃しちゃ不味(まず)い」


「おう!!」


 言うまでもなく、山姥の家に来た者を生かして帰しては、こちらが狩(か)られる。


 流石に軍勢(ぐんぜい)には勝(か)てぬ。ここで始末(しまつ)するより他(ほか)ない。


 山姥たちは、更(さら)に急いで小僧さんを追いかけました。



「はあっ・・はあっ・・」


 小僧さんはついに谷を越(こ)え、お寺さんのある山に着きました。ですが、既(すで)に息は上がりきっていて、足ももつれ始めていました。


 もうすぐ。もうすぐでお寺です。山姥の真価(しんか)はまだ知っておりませんが、あのお札を作った和尚さんの居る場所なら、なんとかなるのではないか。そういう希望(きぼう)がありました。


「待てえええええい!」


 またしても、山姥の声がすぐ後ろから聞こえます。お札は確かに効力(こうりょく)を発揮(はっき)してくれましたが、山姥の健脚(けんきゃく)の方が上だったようです。


 こうなれば、切(き)り札(ふだ)を使うしかありません。おそらくはこれで止まってくれる。・・・止まらなければ、これで終わる。


 鬼札(おにふだ)を使(つか)います。


「鬼札さんお願いします!」


 真後(まうし)ろに迫(せま)る、夜より冷たい気配(けはい)に向けて、2枚目のお札を投げ付けました。


 白い山姥はそれに取り合わず、躱(かわ)し、小僧さんを捕まえようとしました。先の濃(こ)い霧もそうでしたが、術(じゅつ)にかかると時間を食います。


 その前に小僧をとっ捕まえてしまえば、何も問題(もんだい)ないのです。


 そして山姥の指先が、小僧さんの襟首(えりくび)に触(ふ)れようとしたその時。


 山姥(やまんば)の腕(うで)を掴(つか)む者がありました。


「・・・行かせるわけには、いかんのう」


「・・・ほう」


 白い山姥は、己の腕を捉(とら)えた鬼を見、感嘆(かんたん)の吐息(といき)をもらしました。


「鬼子母神(きしもじん)殿(どの)か」


「いかにも」


 仏教(ぶっきょう)における神様(かみさま)の1人、鬼子母神がそこに現(あらわ)れていました。


 主に子供を守る、守護神(しゅごしん)です。


「・・・仏(ほとけ)の機嫌(きげん)取りも、飽(あ)いたか?」


「さあ。な」


ギ


 気付けば飛び来る、白い山姥の左の突(つ)き込(こ)みを右腕(みぎうで)で防御(ぼうぎょ)。鬼子母神は右腕に残る痺(しび)れに、若い力を味わいつつ、気を抜けぬ、と意識を改(あらた)めました。


「めい子。先に行けえ。わしは、このお人を止めちょく」


「姉者。大丈夫なんか。その方は、武神(ぶしん)のお一人では」


「心配(しんぱい)ないけ。所詮(しょせん)は、仮初(かりそめ)の依代(よりしろ)じゃ。ほんまもんは神様じゃぞ。わしの腕を握(にぎ)っただけでへし折るに違いない。こんな偽物(にせもの)に道を譲(ゆず)っては、山姥は生きていけんのじゃ。行けい!」


「おう!」


 肌の黒い、日焼けした方の山姥の先行を、しかし鬼子母神は見逃しました。


 これは白い山姥にも意外(いがい)な展開です。てっきり、一歩(いっぽ)踏(ふ)み出す隙(すき)も与えられえないかと思っておりました。


ヒュ


 風切(かざき)り音(おん)が耳に届く前に、山姥の右足先(みぎそくせん)蹴(げ)りが鬼子母神の顔面(がんめん)に突(つ)き抜(ぬ)け、額(ひたい)から後頭部(こうとうぶ)まで甚大(じんだい)な衝撃(しょうげき)を与えました。


「ほ、お。流石は神様。避(よ)けもせんか」


「恥(は)ずかしながら。避けられんかったわ」


「嘘じゃろ」


「まことじゃ」


 坊主・・・役小角(えんのおずの)の遠縁(とおえん)の親戚(しんせき)の隣近所(となりきんじょ)の子孫(しそん)・・・の力量(りきりょう)では、鬼神(きしん)を召喚(しょうかん)した際(さい)の力は元の1割(わり)。呼び出せるだけでも尋常(じんじょう)な力量ではないのだが。


 目の前の山姥に及ぶ力では、なかった。



 ところで、山姥の方は一切(いっさい)油断(ゆだん)せず、右足先蹴りを躱された後の左後ろ回し蹴りを意識(いしき)していました。しかし一撃目(いちげきめ)が的中(てきちゅう)してしまったため、相手の狙(ねら)いを絞(しぼ)りきれず(山姥としては、鬼子母神の交差法(こうさほう)を警戒(けいかい)しておりました)追撃(ついげき)を断念(だんねん)。敵(てき)の傷害(しょうがい)のほどを推(お)し量(はか)っておりました。


 ですが、分かりません。相手は本体(ほんたい)ではなく、分身(わけみ)。もしかすると痛みを感じていないのかも知れません。


 分からぬ以上、しようがありません。


 突破(とっぱ)あるのみです。


コ オ


 秋の山。朱(あけ)の肌(はだ)が、白く移(うつ)り、凍(こお)ります。


ピキイ


 鬼子母神を中心とした一角(いっかく)が完全(かんぜん)に冬支度(ふゆじたく)を済(す)ませ、雪化粧(ゆきげしょう)に身(み)を包(つつ)んでいます。


 そして。


「ではまた・・・」


「また、いずれ」


 消えんとする鬼子母神の挨拶(あいさつ)に、山姥も答えました。


 山姥の目の前で、鬼子母神の姿(すがた)は消(き)え失(う)せ、元のお札のみが残(のこ)りました。そしてその札が地面に落ちると。


ボウッ


 1個(こ)のイガグリに火がつき、美味しい匂(にお)いが漂(ただよ)い始めました。


「なんでじゃ?」


 山姥はとりあえず栗をむいて食べてみました。


 とても甘くて美味しい栗でした。こんなものは、山にいくらでも転がっているのですが。できたてだからでしょうか。



 さて。鬼子母神が時間稼(じかんかせ)ぎを終わらせた頃(ころ)。小僧さんは、ついにお寺に着いておりました。


 最後(さいご)の札を懐(ふところ)に忍(しの)ばせたまま、和尚さんに再会(さいかい)していました。


 和尚さんはまだ寝ておらず、囲炉裏(いろり)でモチを焼いて食べておりました。


「ど、どうしたんじゃ。そんなになって」


 和尚さんはモチを焼いているのも忘れて、足をボロボロにした小僧さんの姿に驚(おどろ)いていました。そしてすぐに我(われ)を取り戻(もど)した和尚さん、急いで薬箱(くすりばこ)を取り出し、小僧さんの治療(ちりょう)にかかります。


「や・・・」


 口を動かすのもおっくうなほど、疲(つか)れきった小僧さんは、それでもなんとか説明(せつめい)しようとしました。


「山姥を、見ました。山姥に、追いかけられて、おります」


 途切(とぎ)れ途切(とぎ)れの言葉でも、和尚さんには伝わりました。


「なんとまあ・・・」


 本当におったんかい。たまげた和尚さんです。


びゅううう


 すると、風が吹きました。強い、強い風です。まるで、山姥が走るような。


「ここかあああ!!」


バタン!!


 縁側(えんがわ)の戸が大きな音を立てて開き、巨大な影(かげ)が、囲炉裏の火をかき消しました。真っ暗になった室内で、小僧さんはとりあえず和尚さんの服を引っ張って、外に出ようとします。和尚さんもその動きについて行こうとしました。


 ですが、その必要はありませんでした。


「こんばんわあ」


 優しい声がしました。小僧さんには聞き覚えのある声です。


ズ ウン


 その声に続いて、何かとてつもなく大きなものが倒れる音がしました。


「姉(ねえ)やはそそっかしいんじゃ。許(ゆる)してくれい」


「い・・・いえ」


 小僧さんは逃げようとしていた足を止めて、山姥の家の女性に答えました。和尚さんの服からも手を離(はな)して。


「ん?まだ火も暖(あたた)かいの。つけようか?」


「そうじゃのう」


 今度答えたのは和尚さんです。


 3人は仲良(なかよ)く囲炉裏(いろり)を囲(かこ)み、火をおこし、楽しくお話しました。


 外にぶっ倒れている山姥が風邪(かぜ)を引くのではないか?とちらりと思ったのは小僧さんだけだったそうです。


「ささ、モチ食いなせ」


「ありがとうな、和尚さん」


 モチを食べる手つきも、先ほど山姥の家で見たものと同じ。小僧さんには、とても山姥の血縁(けつえん)とは思えませんでした。


「あなたは、ここに居てもよろしいのですか?私達を食べようとは、思わないのですか」


 素直(すなお)にまっすぐ聞いてみました。気になった以上、置(お)いておくのも健康(けんこう)に悪(わる)いですしね。


「もぐもぐ・・・。わしゃあ、人は食わんけの。あんたもわしに銃(じゅう)を向けたわけじゃなし。わしのお客(きゃく)さんじゃけえ、姉やにも食わしとうなかったんじゃ」


「そりゃあ、見上(みあ)げた娘さんじゃて」


 和尚さんはご機嫌(きげん)で、娘さんを褒(ほ)めました。


「あの」


「なんじゃ?」


 小僧さんは、熱(ねつ)っぽい目をして言いました。


 和尚さん、実はこの時点(じてん)で、次の流(なが)れを予感(よかん)していました。


 何度(なんど)も何度も見て来た光景(こうけい)です。


 何度見ても、良い光景です。


「私と、夫婦(めおと)になってほしい」


「わしで良いんか?」


「あんたほど気立(きだ)ての良い娘は、見たことがない!」


 もっと言うと、こんなに心惹(こころひ)かれたこともありません。


 ですので、とりあえず結婚(けっこん)を申(もう)し入れました。


「そうか。じゃあ、よろしく」


「はい!」


「これはめでたい!」


 あっさりと受け入れてくれた娘さん。歓喜(かんき)の声を上げる小僧さん。大喜(おおよろこ)びしながら、周囲の冷気(れいき)を意識する和尚さん。


 結婚したらどこで暮(く)らそうか。そんな話をしている居間はとても暖かで、外の寒さなど気になりませんでした。



「・・・姉者?」


「帰るぞ」


 大きい山姥を背負った白い山姥は、打(う)ち壊(こわ)すはずだったお寺から離れ、静(しず)かに帰って行きました。


「ややがお前を倒した。・・・いつの間にか、大(おお)きゅうなったな」


「そうかあ。強(つよ)うなったなあ」


 姉妹2人。山姥たちはそうっと帰って行きました。



 明けて翌年(よくとし)。


 漁師(りょうし)になった小僧さんは、月に1回、和尚さんへと魚を届(とど)け、奥(おく)さんとも仲良(なかよ)く暮らしていました。


 結局(けっきょく)、今まで通(どお)り、山姥の家に住むことに。なんだかんだ言って、あそこが奥さんが一番暮らしやすい場所でした。


 そして。


「婿(むこ)どの。たまには肉(にく)が食いたいと思わんか」


「そうですね。イノシシの肉を氷室(ひむろ)から出して来ましょう」


 メシをもりもり食べる大きな姉に、漁師さんが答えました。


「婿どの。たまにはクジラが食いたいと思わんか」


「そうですね。今度、大きな漁に参加(さんか)しましょう」


 流石(さすが)にクジラは、一隻(いっせき)では大変(たいへん)です。漁師さんは白い方の姉にそう答えました。


「あんた。漁に出るんなら干(ほ)し柿(がき)持ってけ。干(ほ)し芋(いも)持ってけ」


「おう。お前の作ったもんは、美味いからな」


 漁師さんは奥さんにそう答え、笑い合いました。



 それから、とんと山姥の話は伝わらなかったそうな。山姥はどこに消えたんじゃろ。と、みんな不思議がりました。


 山姥は確かに居なくなりました。


 でも、皆さんは知っていますよね。


 山姥は、きっと今もどこかで、美味しくご飯を食べているってことを。



 三枚のお札。一枚は鬼札。一枚は白札。


 もう一枚は、どこかのお家(うち)に、今も飾(かざ)られているそうですよ。


「家内安全(かないあんぜん)」


 そう書かれ、大事にされているそうです。



 めでたしめでたし。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「小僧さんは背筋せすじをゾクリとさせながら。笑えんでおった。」という部分でテンションが上がりました! あと「役小角の遠縁の親戚の隣近所の子孫」って、ただの一般人ですよね! ものすごい緊迫感…
[一言] 三枚のお札がまさか和尚さんパクりではなく、ハッピーエンドで終わるとは。 驚きながら読み終わりました。独特の語り口調が昔ばなしのあの世界観をしっかりと引き継いでいるようで、楽しませて頂きました…
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