第9話「逃亡勇者と姫さまの『履行宣言』」
「よくぞ無事で戻った、アリア!」
「お父さま!」
王都についたのは、その日の夕方。
そのまま城の謁見の間に通された俺とアリアを迎えたのは、初老の男性だった。
白いヒゲを生やして、頭には王冠をかぶっている。
あれが王様、アリアの父親か。
「そして、よくぞアリアを連れ帰ってくれた、勇者よ」
「……どうも」
それ以外にセリフが出てこない。
まわりは鎧とかローブ着てる人ばっかりだし、中世ファンタジー世界にふさわしい言葉なんかわからないし。転生したばっかりの異世界人に、気の利いたセリフを要求するのは無理だよな。
「お父さま。覚えていらっしゃいますか、アリアがさらわれた後、国中に出されたというおふれを」
「ああ、覚えているとも。アリアを助けたものを、アリアの婿とする、であろう?」
「はい。それでは、コーヤをアリアの旦那様にしてください!」
「それはなしで」
「………………は?」
アリアの表情が固まった。
俺だってびっくりだ。
え? そういうおふれが国中に出てたよな。俺も羊皮紙が貼ってあるの見たぞ。
それなのに、どうしてまわりの人は平然としてるんだ? 王様が約束をチャラにしようとしてるのに?
「お、お父さま!?」
アリアが俺の隣で立ち上がる。
にらんでる相手は王様と──その隣にいる王妃さまだ。
王妃様は小さな少女の手を握ってる。あれがアリアの異母妹か。
「話が違います! お父さまは、アリアがいらないのではなかったのですか!? だからアリアを報酬にして、勇者さまを集めようとしたのでは──?」
「状況が変わったのだ。アリア」
王様は「わかってないな、こいつ」って顔でため息をついた。
「お前は勇者とともに魔王城から戻ってきた。しかも、ただ助けられただけではなく、その知識で勇者を助け、辺境ではともに魔将軍を退けた。そういう報告が入っている。それに間違いはないな?」
「……それがどうかしましたか、お父さま?」
「お前たち2人を結婚させるのは、もったいないのだよ」
王様は俺とアリアを見据えて、言った。
「アリアと勇者は常人には不可能なことをなしとげたのだ。そこまでの実績を上げた者同士を結婚させて、国にどんな得がある? それだけの価値がある者たちならば、それぞれ別々の相手と結婚させれば、利用価値は2倍になるではないか。勇者はスーリア──お前の妹と結婚させて、お前は他国の者と縁づける。それが政治判断というものだ!」
「な……?」
アリアは絶句した。
震えながら、唇をかみしめてる。
…………へー。
………………ふーん。
……………………そういう奴か、王様。
だったらこっちも、遠慮する必要はねぇな。
「悪いが王様。それは話が通らない」
俺は立ち上がり、アリアの手を握った。
「アリアと俺はもう、話をつけてある。それに、国中にだしたお触れを反故にしたら、国民にも示しがつかないんじゃねぇか?」
「反故にするわけではない、スーリアを与えると言っている」
「俺はそれを望んでいない」
「お前は異世界から来た者というではないか、そんな者が、このナルンディア王家と縁続きになるのだぞ。これ以上の厚遇がどこにある?」
「俺はアリアをもらうって決めたんだ」
王宮全体に響き渡るように、俺は宣言した。
「アリアはかわいい。かしこい。すぐに照れるのも気に入ってる。小さいけど母性を感じるし、その包容力は他の姫君なんか相手にならないほどの価値がある。それにアリアは魔王に対して一歩も引かなかった。俺はそんなアリアをもっと知りたいと思ってる。今のところわかってるのは、アリアが可愛いってことと、肌がすべすべしてるってことと、足の付け根に十字のほくろがあるってことで──」
「わ──────っ!」
アリアが俺の両肩を掴んで、変な叫び声を上げた。
「やめてとめてだめです、コーヤっ!」
「なんだよアリア」
「そ、そういうこと人前で言ったらだめでしょう! コーヤっ」
「一番無難なところを言ったつもりだけど」
「コーヤだって! 胸の下に小さなアザがあるじゃないですか!」
「あれは小学生のとき、ブランコから垂直ジャンプして、そのまま落下してぶつけた跡だよ。別にどうでもいいだろ? お風呂のとき、うれしそうになでてたアリアがおかしいんじゃないか!?」
「アリアしか知らないコーヤの印だって思ったら、うれしかったんです! コーヤだって、アリアの胸とお腹をさんざんなでたじゃないですか!?」
「洗っただけだろ! じゃあアリアはなんで、俺の背中を洗うとき、胸を押しつけてたんだよ!?」
「そ、それは、好きな人の背中はそういうやり方で洗うと、幼なじみが言ってたから……」
「その幼なじみを呼んでこい話がある! ちっちゃい子になに教えてるんだ!」
「ちっちゃい言わないでください。アリアは、コーヤの子だって産めるんですから!」
「でも、まだ試してないからな!」
「試せばいいじゃないですか!」
「それはアリアの領土に行ったあとのことだって言っただろ!?」
「行きましょうよ! いますぐ行きましょう!」
「よっしゃ表に出ろ!」
俺はアリアの、アリアは俺の手をつかんだ。
「お前たち、ここをどこだと思っておるのだ──っ!」
王様の絶叫が、玉座の間に響き渡った。
うっさい、今とりこみ中だ。
「お、王の目の前で、なにをいちゃいちゃしているのだ、貴様らは! いちゃつきたければその前に結婚しろ!」
「「え、いいの!?」」
「許さぬ!!」
どっちだ。
「お前らの行いを問題にしているのだ。余が触れを出したのは、勇者となる者を集めるため。本気にする奴がどこにいる!?」
「ここにいるんだよ。王様」
俺はアリアを背中にかばいながら、王様を見返した。
「言いたいのは、俺はアリアが欲しいって思ってて、アリアは俺にもらわれたいって思ってるってことだ。それだけなんだよ」
「(こくこくこく)」(真っ赤になってうなずくアリア)
さぁ、どうする王様。
こっちが言ってるのは100%正論だ。
これをねじ曲げるのは、かなり無理がある。王様、臣下の前でどこまでできる?
「……よかろう。ならば勇者よ。貴様に機会を与えよう」
王様が指を鳴らすと、臣下の間から、青白い甲冑を着た騎士が進み出てきた。
女性の騎士だった。青色の髪を、ポニーテールにしてる。
彼女は俺とアリアをちらりと見てから、玉座の間に敷かれた絨毯の前で膝をついた。
「この者は、王国随一の剣士、青銅騎士のディムニスである」
「ディムニスと申します。勇者どの、お見知りおきを」
「この者と戦って勝ったら、アリアとの結婚を認めてやろう!」
王様は胸を反らして宣言した。
おおおおおお──、っと、玉座の間がどよめいた。
「魔王から姫を取り戻した勇者と、青銅騎士との決闘!?」「これは見ものだ」「後生への語りぐさになるぞ」「吟遊詩人を呼べ!」
「どうだ勇者よ。儂は最大限の譲歩をしておるのだぞ」
確かに。
この勝負を受けることに、俺はデメリットがない。
勝てばアリアと結婚。負けても、まぁ、殺されはしないだろ。そうなったらアリアの妹と結婚することになる。俺の『完全逃走』スキルを使えば、相手が誰だろうと勝機はある。手元には聖剣ガラドがある。魔物を倒したことでレベルも上がってる。うん。悪くない条件だな。
「では聞こうか勇者よ! この決闘を受けるか否か! いかに!?」
うける。
ことわる。
>逃げる。
俺は『絶対逃走』を起動した。
『勇者とアリア姫は逃げ出した!』
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「え………………?」
玉座の間に残されたのは、目を点にした王様と貴族たち。
全員が、ぽかーんと口を開けたまま、突如としてコーヤとアリアが消えた場所をじっと見つめていた。
それから、右を見て、左を見て──
2人が完全にこの場から消えたことを確認して、そして──
「「「「「「え──────────────っ!!!!!???」」」」」」
全員そろって、玉座の間を震わせるほどの叫び声をあげたのだった。
玉座の間から脱出したコーヤとアリアが向かった先は……?
第10話は今日の夕方の更新になります。