第11話「逃亡勇者と姫さまに『逃げられたひとたち』の悩みと、新たなる旅立ち」
──コーヤとアリアが逃げたあとの城で──
「に、にがすなー! 弓兵! 多少傷をつけてもいい。勇者と姫様を止め──」
「やめよ!!」
思わず口走った青銅騎士ディムニスは、次の瞬間、反射的に口を押さえた。
──今、自分はなんと言った?
衛兵も、弓を射るように指示した部隊長も、驚いたように彼女を見ている。
「やめよ……射てはならぬ。ここまま……行かせてやれ」
「なぜですかディムニスさま! 陛下は彼らを捕らえよと──」
「勇者があの力を持って向かってきたらどうするのだ!?」
ディムニスは、海を進む巨大な生物を指さした。
「あの大きさの生物が攻めてきたら、王宮はどうなる? 城壁ぐらいは砕かれるだろう。そうなったら、魔王軍への備えもままならぬ。勇者は、それだけの力を持っているのだ。刺激するべきではないだろう? 違うか!?」
「──ぐっ」
隊長が言葉に詰まる。同時に、青い顔になった兵士たちも、弓を下ろした。
「なにをしているディムニス!」
声がした。
廊下の向こうから現れた国王の姿に、兵士たちが一斉に膝をつく。
ディムニスもそれにならう。が、その頭上に、国王の叫び声が降ってくる。
「なぜ奴らを止めぬ! 青銅騎士ともあろうものが、情けをかけたか!?」
「違います! 陛下──違うのです……」
「なにが違う!?」
……なにが違うのだろう。
わからない。頭の中がぐちゃぐちゃだった。
勇者が投げつけていったセリフに、彼女の価値観はぶちこわされてしまった。
これでいいのか。このままでいいのか。そんなセリフばかりが頭の中を回っている。
「……おそれながら、今回のなされようは、民の疑心を招くかと」
「なに?」
「こ、公式に出した約束を違えるのは、民の不信を招きます! 今後、王家の命令が出たときに、どこまで信じていいのかわからなくなります! 会社──じゃなかった──組織──でもなくて、国が信頼を失うことは、姫や勇者を利用する利益よりを考えても割に合いません! 良い条件で人を雇おうと思っても、信じてもらえなくなります。上の人間が信義を守るというのは、そういうことかと!」
思わず、口走っていた。
──わたしはなんてことを──っ!
無礼にもほどがある。しかも、勇者のセリフそのままではないか!?
わたしはやっぱり何も考えていないのか!?
こんなセリフを王に向かって──わたしは──っ!
「ディムニス!」
「はっ!」
「よくぞ言ってくれた!」
「えええええええっ!?」
ひざまづいたディムニスが顔を上げると、目を輝かせた王様が彼女を見ていた。
「確かに、余のやり方は強引すぎたかもしれぬ。もっと勇者やアリアと話し合うべきであった。お前の言うことは実に正しい。さすが青銅騎士よ。お前がこれほどの見識を持っていたとは思わなかったぞ。実に素晴らしい」
「いえ、あの、これは」
「まさに、これぞ忠臣の鑑よ! お前こそ我が国最高の騎士である!」
「え、そんな。いえ、陛下、実は──」
「まぁ、お前だから聞き入れるのであって、同じセリフをあの小生意気な勇者が口走ったのなら、問答無用で首をはねてやるところだがな!」
「────っ!?」
「よかろう! 直言、聞き入れた! そしてこの功績をもって、お前の階級をひとつ上げてやろう。お前は今日から白銀騎士だ! そこの兵よ、今すぐ職人を呼べ! ディムニスのために、白銀の鎧を仕立てるのだ!」
「ギャ────────ッ!」
ディムニスは頭を抱えて転げ回る。
どうしよう。いまさら勇者の受け売りだなんて言えない。というか、言ったら王様が勇者になにをするかわからない。なのに、自分が白銀騎士に取り立てられるなんて!? ああ、こんな、私は騎士の風上にもおけないまねを────っ!
「とにかく、勇者とアリアを追わなければ。おそらく、行く先はアリアの母の故郷だ。アリア自身の領地でもあるからな。騎士のうちのひとりをやって──」
「わ、わたしが!」
「ディムニス? いやお前はこれから白銀騎士の叙勲が」
「ぜひとも! ぜ・ひ・と・も!!」
「別にかまわぬが。無理はするなよ。大事な身だ」
それは勇者と姫様の方です────っ!
とにかく、あの2人を探して謝らなければ。そして王様と和解させるのだ。そうしてから、さっきのセリフが自分のものではなく、勇者のものだと告白する。そうでなければ恥ずかしくて生きていけない。騎士どころか、人間としても間違っている──っ!
「待っていてくださいアリア姫、勇者さま! ディムニスが参ります──!」
そう言って青銅騎士の少女は、辺境めざして走り出したのだった。
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「……まぁ、そうは言ったものの、勇者の方は死んでもいいのだがな」
玉座の間に戻った王は、ため息をついた。
ディムニスの考えはわかった。立派だ。だから表向きは約束を守ろう。だが、勇者にむかついてることには変わらない。そうだな、2人を王宮に呼び寄せて、隙を見て勇者に毒でも盛るとするか。
王に無礼を働いた罪、身をもって知るがいい。勇者よ。
アリアを未亡人にするのは気の毒だが、若いのだからやり直しは効くだろう……ふふ。
「陛下! 伝令であります!」
「伝令だと?」
「はっ。東方のディルガ山脈──魔王の居城より使者が参りました!」
「魔王からの使者だと!?」
ありえない。
魔王が王に書状をよこしたのは、アリア姫が捕らわれた後、一度きりだ。
そもそも魔王は人間を対等のものだとは思っていない。
書状を送ることさえまれなのに、使者だと!?
「まさか、宣戦布告か!」
「いいえ、停戦希望です!」
「はぁっ!?」
「読み上げます!
『ナルンディア国王よ、貴公が送り込んできたのであろうが……あの勇者はひどすぎる。
問答無用でアリア姫を奪い去り、宝物庫を荒らし、脱出時に魔王軍の幹部に甚大な被害を与えた。「精霊の泉」を利用し、我が配下に重傷を負わせ、トラウマまで背負わせた。
その後は配下の魔将軍を、遺体が原型をとどめなくなるほどに踏み殺し、さらには逃走中、我が配下の魔物たちをなぶり殺した。
こわい。
あんなの相手にしたくない。
ゆえに、魔王軍はナルンディア王国との停戦を希望する。国王の布告によれば、勇者はアリア姫と結婚するのだろう? ならば、彼らが生存しているうちは争うまい。これは、魔王グランデルガの決定である!!
よければ、我が姫を人質として、勇者と結婚させたいとも考えている。
頼む、停戦を、どうか……どうか、良き返事をいただけるように──』
「ゆ、ゆうしゃとありあをさがせーっ!」
がくがくがくがくっ!
震えながら、国王は玉座から転げ落ちた。
夢のような話だ。
長年続いていた、魔王軍との戦が終わるのだ。野生の魔物はどうしようもないが、魔王軍の配下の魔物に、町や村が荒らされることはなくなる。それは祖先の王からの願いだった。それが叶う。自分は伝説の王になれるのだ。
勇者とアリアが、自分の味方でいる限りは──
「よいか、傷つけてはならぬ。ていねいに説得するのだ。おねがいだ。ふたりをさがしてくれえええええええええっ!」
──ええい、死ねい。1時間前の自分っ。
──死んでやりなおしてしまえーっ。
がんがんがんがんがんがんっ!!
玉座の間の床に額をたたきつけながら、ナルンディア国王は叫び続けたのだった。
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コーヤとアリアの逃亡と、魔王軍との停戦の噂は、またたくまに広まった。
「勇者さまと姫君が逃げた?」
「冗談じゃねぇ! 俺は勇者さまについていくって決めたんだ!」
「おふたりはアリア姫の領土に?」
「西方の国境付近だよな? 俺は行くぜ! 勇者さまと姫のもとに!」
「あたしも! 勇者さまの戦術があれば死ぬことはなさそうだし!」
「魔王軍との戦争を終わらせる方なんだろう? わたくしも会いたいですわ!」
「行こう行こう」
「西へ!」「西へ──っ!」
こうして、コーヤもアリアも知らないうちに、人々は西方への移動をはじめたのだった。
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そのころ、逃げたコーヤとアリアは──
「くしゅんっ!」
「うん。アリア、もうちょっとこっち来て」
「……はいぃ。コーヤぁ」
もぞもぞ。
アリアは小さなお尻をずらして、俺の方に身体を寄せた。
目の前には炎。浜辺に転がってた流木を、アリアの魔法で渇かして燃やしたやつだ。
炎の灯りが、アリアの真っ白な肌を照らしてる。
時刻は夜。ここは海岸にあった、古ぼけた小屋の中。
アリアも俺も服を脱いで、濡れた身体を温めてる。
『逃走用使い魔』クラーケンには、当たり前だけど魔法がかかっていて、乗ってる間は波しぶきをかぶることもなかった。けど、解除するタイミングが悪かった。クラーケンに乗って浅瀬まで来て、触手で海岸まで運んでもらって、降りる直前で解除しちゃったから、結局俺とアリアはずぶ濡れになって、こうしてこっそり、身体を乾かしているのだった。
裸で。
しょうがないよな。俺の服も、アリアのドレスもずぶ濡れになったんだから。
「これからのことなんだけどさ、アリア」
「はい。コーヤ」
「アリアの領地に行くのは、やっぱり危険だと思うんだ」
「父さまからの追っ手がくるから、ですね」
「そう。王様なら、間違いなくアリアの領地に目をつける。というか、俺だってそうする。だから、こうやって領地の手前の岸で降りたわけなんだけど」
結局、クラーケンはアリアの領地まではたどり着けなかった。
稼働時間はフェンリルやガルーダより長いけれど、内海を渡るには足りない。
しょうがないので、僕たちはなるべく人の少なそうな入り江にクラーケンをつけた。
そして、こうして小屋を見つけて、休んでいるのだ。
「こうなると、アリアしか知らない相手を頼った方がいいかもしれないな」
「アリアも、コーヤの意見に賛成です」
ことん、と、アリアが俺の肩に小さな頭を載せた。
「でも、本当は、アリアはコーヤの世界に行ってみたいです」
「それが出来れば楽なんだけどね。元の世界だと、俺は死んでるから」
「この世界では死なないでくださいね」
「そのための逃げスキルだからね」
「コーヤが死んじゃったら、アリアは後を追わなければいけません」
「……それは困るな」
「ゴーストで幼妻でお母さんって、扱いが難しそうですからね……。やっぱり、コーヤとは生きて一緒にいたいと思います。こうしてあっためてあげたり……身体を拭いてあげたり……拭いてあげますから背中を向けてください、コーヤ」
「はいはい」
俺は言われるまま、アリアに背中を向けた。
やっと乾いた洗濯物をつかみ取って、アリアの小さな手が背中を撫でていく。ひととおり拭いたら今度は俺が拭いてあげる番……って、思ったんだけど。
「じゃあ次は前です。こっち向いてください、コーヤ」
「前はちょっと」
「……どうしてですか?」
「俺たち、裸だよな」
「は、はい」
「で、俺はずっとアリアとくっついてた」
「はい」
「だから……その」
いろいろ反応が大変なことになってるから。うん。
「……お母さんもおさな妻も、そんなの気にしません」
「声がうわずってるけど」
「そ、そういうコーヤはどっちがいいんですか? 今のアリアに、どんな反応を期待してますか? お母さんですか? おさな妻ですか?」
「今は、おさな妻かな」
「……アリアも、いまは、おさな妻が優先です」
アリアは言った。
俺が振り返ると、アリアは火が出そうなくらい、真っ赤になってた。
「よいしょ」
「ひゃっ。コ、コーヤ?」
俺はアリアの身体を抱き上げた。軽っ。
「王様が認めてくれないから、正式な結婚はできそうにないけど……」
そのまま膝に載せて、正面から、顔を合わせて。
なんだか照れくさくなったから、額をくっつけて。
アリアが緊張してるみたいだったから、落ち着くまで、すべすべした背中をなで続けて。
「実質的に、アリアを俺の妻にしておきたいと思う」
「……はい、コーヤ」
アリアは目を閉じて、俺の唇にキスをした。
「アリアを、本当にコーヤのものにしてください──」
ゆっくりと、アリアは体重をかけてきた。
そうして俺たちは、お互いの身体を探索しつづけたのだった。
翌朝。俺たちは『空のガルーダ』の翼に乗って出発した。
目指すは北西。アリアの幼なじみが住む、ダークエルフの隠れ里だ。
彼女との関係は王家も知らないし、彼女の幼なじみなら、無条件で僕たちをかくまってくれるらしい。
「なんたって、アリアの魂の姉妹ですから」
「この世界ではそういうのがあるのか……」
「はい。アリアと性格もそっくりです。だから、アリアと2人がかりでコーヤを甘やかしてくれるはずです!」
「それはいいから。アリアだけでおなかいっぱいだから」
結局、いまだに俺たちは逃亡中。
だけど別に不安も不満もなく、俺たちは使い魔に乗って空の上。
行けるところまで行ってみよう。そのうちどこかにたどり着くだろ。
アリアがいれば、それでいい。
「コーヤ! アリアは、旅先だから、コーヤをぎゅーっとするのを我慢しようと思います」
「うん、それがいいね」
「1時間に60回で我慢します!」
「せめて一桁で」
こうして俺たちは──新天地目指して旅立ったのだった。
第1部、おしまい
このお話はここでおしまいです。
2人はこれからも逃げ回りながら、知らないところで世界を平和にしてるのではないかと……。
(第2部があるかどうかは未定ですが、あるとしたら今回のように書きためて一気に更新、となると思います)
全11話、一挙更新におつきあいいただき、ありがとうございました!
もしもこのお話を気に入っていただけたなら、他のお話も読んでみてください。ではでは──。




