犯人様とご対面
とある屋敷の一室。
防音を施した品のいい部屋で、三人が話している。
一人は若い女性、残り二人は白髪とグレーの髪色をした年配の男性だ。
男性たちはいかにもお金がかかっていそうなソファに背を預け、落ち着きなく部屋の中を歩き回る女性を眺めている。
「どうして……どうしてなのっ。 あれだけ雇った暗殺者たちが一人も戻ってこないわ! 失敗したにしてもその報告ぐらいしにくるでしょう」
女性は豪奢な青いドレスを忙しなくゆらしながら男性側へ怒りを向けた。
「一体どうなっているのよ! 今度こそって言うから協力したのに、まるで意味がないじゃないっ」
自分の思う通りにいかない現実に女性は苛立ちをぶつける。
自分の愛する人を奪った女を殺すため、父の権力を使って協力者と共に計画を立て実行に移したのに、結果は全く成果がなかった。
こんなはずではないと頭の中で繰り返す。
女性の脳内では邪魔な女が消え、自分に愛を乞う国王の姿が鮮明に浮かんでいた。
自分という最上の存在を知らないだけで、王と会うことさえ出来れば、彼はこちらを選ぶはずなのだ。
チェレン伯爵令嬢アリアナはそう考えて疑わなかった。
アリアナは自らの美貌に絶対の自信を持ち、頭脳も決して悪くない。しかし今まで結婚の話は親バカな父のせいであまり話題に乗らず適齢期でも独り身だった。そこに後宮へとあがるよう命じられ、一世一代のチャンスがきた。
自分の美しさなら十分魅力的だと理解しているし、勉強だってした。男性との付き合いがないわけではないから誘惑の仕方だって知っていた。
後宮で相対し、国王の魅力にさらにこちらの方が熱を上げて必ず自分の虜にしようと励んでいたというのに……‼
選ばれたのはどこぞの男爵家の地味な女。
〔※どうでもいいことだが、ここにグラナーテがいたら全身全霊で地味な女を(二度と言わせないようにあらゆる手段で全面的に)否定していただろう。〕
アリアナは国王が婚姻し子供まで授かっていてもなお自分が隣にいないことはおかしいと憤り、王妃の存在を疎ましく思い、憎んでいた。
(男爵なんて貴族の端に引っかかっているような地位なのに、なんでそんな令嬢が陛下のお眼鏡にかなうのよ!)
アリアナにとってまったく理解できないことであるが、彼女は何よりも自分より地位の低い者に上から見下ろされているのが一番気にくわないのだ。だから早く王妃を消したかった。
幸いにして協力を申し出てきた貴族がいたので惜しむことなく暗殺者たちへ金をばら撒き対処しきれないだろう人数を向かわせた。
だというのに努力に伴わないこの結果。怒りをぶつけられるのは目の前にいる者だけなのもあって、アリアナは男二人を睨みつけた。
しかし男達はそんなアリアナにまったく動じた様子をみせず、白髪の貴族―――チェレン伯爵が娘へ近づき頭を撫でた。
「落ち着けアリアナ。なにもこれで成功するなど一言も申しておらんぞ、私は。あのような烏合の集、あてになどしていない。目的はやつらを焦らせて安堵させることだ」
ピタリと動きを止めて、アリアナは父へと振り返る。
「どういうこと?」
「一度大量に襲い掛かられれば、乗り切った後は警戒はしていても暫く誰も動かないと考える。そこを突いた方がうまくいくというものだ。今回の襲撃はその為の布石。あの『王妃の藁人形』を出し抜くにはこれぐらいしなければいかんからな」
「ええ、ごもっとも。あの女は普段は王妃の側でひょうひょうとしているだけなのに戦いになると容赦なく相手を屠る。生きて戻ってこさせるほうが難しいというものです」
グレーの髪の男―――ラスト男爵も伯爵の言葉に賛同する。
お互い一度仕掛けて負けた経験を持っているだけに、この程度の失敗で焦る気持ちは湧かなかった。
その二人の様子にアリアナもつられ、まだ大丈夫なのかと思い込む。
「そうなの? ならまだチャンスはあるのね。では早く次を仕掛けなくちゃ。私は今回の計画で手が切れたわ、侍女の毒殺で事足りると思っていたのに……………口惜しい……」
「確かに人質で手なずけたのは見事でしたが、その後の対策を取られてしまいましたからな。もう人質も奪われてしまいましたし」
「そう、そうなのよ。隠していたはずの古小屋から消えていて、どこに消えたのかと思えば侍女の手元に子供が戻っているのはどうしてなの!? 監視もいなくなってたし!」
攫って来た子供がいれば、またあの侍女を利用できるはずだったのに。いつの間にか救助されて母のもとへ返されていた。侍女の側には騎士が常に付き添って警護していて、もう接触を図ることも簡単じゃない。
自分の計画にこうして横やりを入れてくるやつを、アリアナは脳内で罵倒した。
「なにが『王妃の藁人形』よ。人形なら人形らしくじっとしていればいいものをっ…………!」
グラナーテが何故そう呼ばれているのか詳しくは知らないが、アリアナはそんなことどうでもいい。いつでも邪魔するあの女騎士がたまらなく憎かった。
対して彼女の呼び名の由来を知っている二人はアリアナのように怒りに染まって行動する気はなかった。確実に現王妃を亡き者にするため、しっかりとした計画を以て排除する。
「まだ城内には配下の者が待機している、そして王妃は三日後に我が子と遊ぶため遠出をする。当然守りは硬くなっているだろうが、そんなものどうとでも動かせる。次の勝負はその時だ。準備は整っているだろうな、男爵よ」
「はい、伯爵。盗賊に見立てた者を十数人用意し囮にします、そして警備兵たちを引きつけて馬車から遠ざけている間に別の者が王妃とその子供を亡き者にする手筈です」
「うむ。捕らえられたやつはあとで殺しておけ、足取りがどこから漏れるかわからんからな」
「もちろんです」
「それであの女が消えるのね? あと三日で…! ああ、楽しみ。あの女が消えたら今度こそ私が陛下のお隣りへ行けるんだわ…!」
「そうだ、アリアナ。お前の魅力で陛下の隣を掴んできなさい、私も尽力しよう。お前が王妃となれば私も後任として存分に腕を振るえる」
「ええ、お父様。任せて頂戴!」
にっこりと笑顔を交わす親子。男爵もそれに頷く。
しかしその優雅な時間は、唐突に開いた扉から聞こえた声によって終わった。
「……へえ、ずいぶんと気が早いわねぇ。その三日間を安全に過ごせると思っていたの?」
余裕に満ちていた三人は、扉の向こうにいる女の声を耳に捉えると、今までの笑顔が嘘のように表情を失くし凍り付いた。
〇〇〇
馬に乗って三時間ほど経過したあたりで、目的の屋敷が見えて来た。
伯爵とはいえ王都の城付近に居を構えることはできないから遠くて当然だけど、早く帰りたい私にとって移動するだけの三時間は辛い。体力的な意味ではなく、三時間もシアンの側から離れてしまうことが辛い。
だって三時間もあったらいつものように隣に立ってあの子の綺麗な姿を堪能してあの可愛い顔で笑ってくれて我が子のことを自慢げに話す様を側で見ていられるのに!
自分で決めたことだけど、こんなくだらない事に時間を回さなきゃいけないなんてっ。なんて可哀そうな私…。
まあ日中は(絶対に)シアンの側から離れる気ないからこんな真っ暗な夜中に時間使って抜け出してきているんだけど。
夜なら妹も寝てて会話できないからね。こういうことに時間も回せる。まあ側で寝顔を見つめてるだけでも十分幸せだけどさすがにそこまではやらない。
シスコンだけどストーカーじゃないもの!
そんなこと言ってるうちに着きましたよ犯人さんのお宅。
地位的には高いからね、お家の規模が実家と全然違うわ。
なんでこれだけ立派な屋敷も持っててお金も困らないくらいあるのに余計なことに首突っ込んでくるんだか。理解に苦しむわ。
少し離れた場所に馬を繋いで持ってきていた餌を置いておく。待ち時間の間に食べていれば帰りもご機嫌で乗せてくれるだろう。
荷物から必要なものを取り出して装着し、愛用のレイピアにそっと触れてから私は犯人の住む屋敷に静かに侵入した。
さすがに王妃付きの騎士団長がこんな泥棒まがいなことしてたのを見られると問題になってしまうので、誰にも知られないように中を進む。
夜中は楽ね、召使いたちは寝静まっているし警備も屋敷の外だけという最低限。これなら早く目的の人物を見つけることができそう。
貴族というのは無駄に大きい家を建てるくせに本人が使うのは上階の一部だけ、なので下は無視していい。そうやって省けばあっという間に怪しい部屋を見つけた。
防音製だろうその部屋は扉の隙間から灯りが漏れているが中の声は聞こえない。
床に耳をあてて足音を確かめる。
1……2……………3人か。
忙しない足音、一定の間隔で床を叩いている音、ゆっくりした足取りの靴音。これはそれぞれ違う人間のものだ。
ふむ……、なにを話してるのか聞いてみましょうか。
隣の部屋に入って壁に寄り沿い、懐から出した筒を壁にあてて反対側に耳を当てる。そうすると…。
『…………て…………なのよ! ……………のに…………~~どう……~~~~…っ…』
なにかを喚いてる声がかすかに聞こえる。
限界はあるけど、少しでも聞こえるならあとはそこを少し小さい穴でも空けてさらに聞きやすくすればいい。気づかれないようにやるコツはいるけど、相手は誰にも聞こえていないという状況の中で会話しているから外のことはあまり気にしない、だから多少のことは聞こえていない。
数分使って部屋の端の方に小さい穴を空け、もう一度筒をあてて耳を澄ませば丁度なにかの計画を話しているところだった。
『…て王妃は三日後に我が子と遊ぶため遠出をする。当然守りは硬くなっているだろうが、そんなものどうとでも動かせる。次の勝負はその時だ。準備は整っているだろうな、男爵よ』
『はい、伯爵。盗賊に見立てた者を十数人用意し囮にします、そして警備兵たちを引きつけている間に王妃とその子供を亡き者にする手筈です』
…………………あ?
すごく聞き捨てならない話だった。
は? 誰を亡き者にするって? 何時やるって言った?
親子で過ごせる短い時間を楽しく過ごしてほしいからと陛下が許可した特別な日なのに、大事な時間を潰して殺しにかかると言ったのか。あの男どもは。
しかも、私もついていけるから楽しみにしてた遠出の日‼‼ 〔※ここ重要〕
『それであの女が消えるのね? あと三日で…! ああ、楽しみ。あの女が消えたら今度こそ私が陛下のお隣りへ行けるんだわ…!』
『そうだ、アリアナ。お前の魅力で陛下の隣を掴んできなさい、私も尽力しよう。お前が王妃となれば私も後任として存分に腕を振るえる』
『ええ、お父様。任せて頂戴!』
中ですごく満足気な雰囲気になっている会話が、私の中で燃える怒りの火に油を注ぐ。
くだらない。城で実権を得るため、偉くなるために考えた彼らの計画も、行動も。実にくだらない。
だから貴族って嫌いよ。
乾杯でもしそうなご機嫌の彼らが実に不快だわ。
部屋から出て3人がいる扉のノブを掴んで、ゆっくりと開けた。
「……へえ、ずいぶんと気が早いわねぇ。その三日間を安全に過ごせると思っていたの?」
いえ、いたんでしょうね。こういう輩は待ってる間に自分たちが襲われるなど考えないでしょうから。
思った通り、三人は突然現れた私に驚いたまま固まってしまった。
高笑いでもしたかったんでしょうけど、笑っていた顔は見事に無表情になって凍っていた。おそらく思考が止まってしまっているのだろうけど、待ってやる義理はない。
何より私の楽しみを奪おうなんて計画は、始まる前に消し去ってやる。邪魔されてたまるもんですかっ!
「三日も待つ必要はないわよ。今ここで、あなたたちを消してあげるわ♪」
とびっきりの笑顔で、告げた。
「っ!? し、侵にゅげっ……!?」
恐怖で硬直が解けたか、チェレン伯爵が叫ぼうとしたが言わせる前に持っていた筒を投げて顔面に直撃させた。
顔なんてろくに怪我したことないだろう伯爵は痛みで声も出せなくなったようで、顔を手で覆って床を転げ回った。
「な、ヒィッ…!? やめっ………が…!」
筒を投げた次には名前も知らないもう一人へ体を向けて一気に詰め寄り彼がなにか言う前にみぞおちに一発食らわせた。
男性といえど、普段から鍛えてる側と比べれば力の差なんて埋まる。
あっという間に男二人を伸して、残るは令嬢のみ。
早業過ぎて理解が追い付いていないのか、それともさっきまで罵倒してた相手が自分の家にいることに驚いているのか、父親が痛いと嘆いていても目も向けずに固まっていた。
「どうしたの、抵抗しないの? さっき散々喚いていたじゃない、あの元気はどこ行ったの~?」
「あ………………ひ…ぃ…!」
まあ生粋の令嬢なら、こんな乱暴なこと目にすることはなかっでしょうから固まってしまっても仕方ないわね。
すぐそこで父親が「はが……はががっ!」とかわけのわからないこと言ってこっち睨んでるけど、鼻血で汚れた顔に迫力なんてない。不っっ細工な面でこっちを見るのは私を笑わせるためかしら? 全然笑えないけど。
さて、まずはまっとうなことでも言っておこうかしら。
仰々しく、まさに国の騎士という感じで(※本物ですけどね)説教をしてみる。
「あなた達がやろうとしている事は国への裏切りも同義、万死に値する。陛下の意に沿わない行動はもとい、(私と)この国の頂点たる大事な王妃を王太子共々亡き者にしようなどとは気は確かか⁉︎ 貴族としての忠誠は何処へ投げた! 恥を知れ!」
騎士としての言葉に顔を歪ませる三人。
反論はできなくとも内心では私のことを罵倒しまくっているでしょうね、顔は全然反省していないもの。
「き、さまに何がわか」
「というのが建前ね」
感情込めて伯爵が何か言いかけたのを無視して割り込んだ私の言葉に、また三人は固まった。
「………は?え…」
呆ける彼らはよくわかってないみたいだけど、当然でしょ。本音と建て前は違うって常識じゃない?
「今のは国に関わる一人としての意見。そしてこれから言うのは、王妃シアンをお慕いする私個人の言葉」
ええ、もう本当に我慢の限界も超える会話だったもの。ただ捕まえるなんてもったいない事、するはずがないでしょう…?
「何度も挑戦するしつこさは感心するけど、いい加減ぶちのめしたいのよね。だから今日来たんだし。貴族と言う名の盾で守られていたのは今日までよ。今からはそんなもの関係なく、私はあなた達を甚振ります。せいぜい苦しんでくたばって頂戴ね?」
反省なんて思いつかないくらい――暴力はダメだから精神的に――ボッコボコにしてあ・げ・る♫
10話くらいで終わらせたいけど……あれ?終わらせられるかな(;'∀')




