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害獣退治

 ススッ…と足音をたてずに暗闇の中を進む一人。迷いのない足取りは暗闇の中の歩行に慣れているのがうかがえる。

 だが灯りが一切ない場所を迷いなく進める者など、まずまともな生活を送っている人ではないだろう。

 それも当然で、彼は暗殺者だ。

 王妃暗殺という国の一大事になるような依頼を受けて、成功させるために慎重にことに当たっているのだろう。失敗は暗殺者にとって死を意味するのだから。

 気配を感じさせない動きで目的の場所までたどり着き、事前に調べた通りか警備の様子や配置、目標をすべて観察して予定が狂っていないことを確かめる。

 王妃は今国王と共に謁見の間で使者を迎えているので彼に手は出せない。わざわざ国一番の実力者集まっている場で殺しにかかる者など馬鹿の極みだ。

 狙うなら……。


「謁見後の休憩、一人になる時を狙って……とか? だとしても不合格ね」


「!?」


 突如降ってきた謎の声に暗殺者は本能で暗器を取り出し振り抜いた。

 しかし。


「遅いわね。」


「!?………ぐ……ゴボッ!」


 暗器を振り抜くよりずっと早く、暗殺者の喉に細い短剣が突き刺さっていた。

 前も後ろも自分の手さえ見えない状態だというのに、正確に暗殺者を捉え、反撃も許さない一撃で勝負を終わらせた。

 一体誰が? なんて、暗殺者がそんな疑問を持っていてももう聞くことはできまい、彼の息はもうこと切れているのだから。


「ふん、こんなところから観察なんて、いい気なものね……」


 ドサッと倒れた死体に無感情な瞳を向け、彼が覗いていた隙間から外の様子をうかがう。

 そこは天井裏に造られていたのぞき窓だ。光が漏れている場所からは下の越権の様子がわかる。

 膝をつき、国王と王妃に口上を述べている使者の姿もしっかりと見えるが、それよりも…。


「……ああ、シアンきれい…、なんであんな天使の微笑みができるのかしら」


 天井から床までは馬鹿みたいに高さがあってはっきりとは見えないけれど、それでも私の眼には使者に向けたシアンの美しい微笑が視える。


「本当に(シアン)はいくつになっても可愛いわね。おばあちゃんになっても愛でていられそう」


 なのに。


「なんであなた達は仕事だからとあんな可愛い人を傷つけようと思えるのかしら? 正気を疑うわ」


 隣の死体に目を向けて問いかけても、彼はもう答えることはできない。生気の失った濁った瞳に侮蔑の視線を向けてから、次の獲物(ネズミ)を駆除するべく来た道を戻る。その際死体も連れて行くのも忘れない。


「やはりネズミは高いところが好きなようね、一匹居たわ」


 天井に上がるための階段から降りて待機していた部下に引きずってきた死体を預けながら副長アスファルへ呟けば、うなだれた声が返ってきた。


「もうしわけありません団長、私がもっと早く王太子殿下の対処を終わらせていればこちらにも手を回せたのですが………」


「気にしなくていいわ、アスファル。相手は統率のとれた集団だったのでしょう? だったら大したものよ。殿下も傷一つなく、騒ぎを気付かせなかったのでしょ」


「はい。今は自室でお昼寝を」


「フフ、そう。可愛いわねえ。なにも知らずにあどけない顔で寝てくれると、こっちも嬉しいわ」


 それだけ私たちを信頼してくれているということだと思えるし、それを守っていかなければと周りの意識も高くなる。


「さあ、まだまだネズミはいるから頑張りましょう。ウフフ……」


「は、はい!」


 笑顔で部下を鼓舞すれば、固い緊張した表情で敬礼を返された。どうやら余計に気を張ってしまったらしい。副隊長なのだからもっと余裕を持ってなくちゃ勝てる戦いも勝てなくなってしまうのに。


「体が硬いわよアスファル、落ち着きなさい。大丈夫よぅ、私がいる限り絶対に王妃は死なないから」


「………はい。それは疑っておりません」


 なんだか微妙な残念顔になって頷かれたわ。何故。

 まあいいわ、早く次に向かいましょうか。








「ぐはっ…!」


「貴様! よくも…が!?」


 闇に紛れて。


「ま、待て!俺は依頼されただけであっ…!」


 人に紛れて。


 刺客は王妃(シアン)に近づいてくる。

 彼女の座っている場所に居たくて。その絶対的な権力の隣に座りたくて。我慢ならない者が刺客を送る。

 自分じゃどうにも出来ないからと、他人の手を利用して。無様に、執拗に、往生際悪く狙ってくる。

 その様が醜くて醜くて私はいつも思ってしまう。

 邪魔なやつらばかり。もういっそ全部消してしまおうかと。


「来たか『藁人…ぬっ!? な、があっ……!」


 戦いが始まるとわかって話しかけるなんて馬鹿なやつ。

 したり顔で武器を構えた暗殺者は構えたところで先に踏み込んで喉をついて絶命させた、私に何を期待しているのかわからないニヤケ面がとてもうざかった。

 一人死んで近くにいた暗殺者(ネズミ)が躍起になった。


「こいつか、俺がっ、っ……」


 挑みにかかるより前に死んだ奴が持ってた毒塗りの暗器を首目掛けて投げる。

 あっけなく泡を吹いて死ぬ様子に、最後の一人が子犬のように震えて逃げの体勢にはいってしまった。


「ひ、あ、ばけもっ………」


「誰がバケモノよ。い…王妃の命を守るために懸命に戦っている立派な騎士が目に入らないの?」


「……………。」


「隊長、すでに死んでますよ」


「あらぁ?」


 いつの間に死んでいたのかしら? 話しているうちに節穴な目を斬り飛ばして首も跳ねてしまっていたわ。気をつけないと。せっかく部下にはいい訓練なのだし。

 なんて思っている間にまたまた一人見つけたわ、今度のは結構な手練れね、でも生かしておく必要がないから楽だわ。ちょっと気を抜くとすぐ殺しちゃうから。やつらへの怒りで。


「さあ、次のネズミはどこかしら?」


 ――――――――――――――――――――――――――――……。










「はい、報告」


 今日の仕事が終わってから、後宮の騎士が使う詰め所へ全員集めて、成果を発表してもらった。

 代表してアスファルが報告を始める。


「は。まず第一班は北側で二人。第二班は南側で四人。第三班は西と東で一人ずつの計二人。合わせて八人の暗殺者を確保の後、一部を生かして残りは排除しました」


「そう、逃走者なんかもいなかったみたいね」


「はい、いません。捕獲寸前のところで諦めて自害した者がほとんどでしたので」


「ならいいか。皆さん、今日はお疲れ様でした」


 当番だった人は今日は災難だっただろう、頑張ってくれた部下を労う。


「「「「「いえ、団長ほどではありません」」」」


 部下たちは堅い表情でやけにはもった台詞とともに敬礼をした。やあねえと小母さんのような口調になってリラックスしなさいと周りに言う。


「全員の成果なんだからもっと喜んでいいのよ、本来の騎士たちの面目潰すくらい動いたんだから」


 今回城に配置された男の騎士達には騎士団長を通じて待機を命じてもらった。

 団長同士の会話としてなら彼はこちらの作戦などは特に何も言わずに最善だと思えば協力してくれる、なのでネズミを追い詰めるためにその場に陣取ってもらっていた。私たちはただ追い詰めて駆除しただけ。

 それでも普段活躍する場が限られている女騎士たちは真面目に聴きながらも今回の自分達の成果に内心誇らしく思っていることだろう。それを今後の王妃守護の糧にしてもらいたい。

 正直言えば、こんなに班を分けて配置を練ってまで侵入者を捕まえる気はなかった。

 公爵にでも申言して私は王妃の隣でじっとしていることだってできた。

 それをしなかったのは、我慢の限界だったから。

 調子に乗って、実力もたいしたことない暗殺者たちを送ってくる阿呆どもに報せてあげようと思ったのだ。あなたたちのあがきなど大したことないと。そうすればしばらくは様子見とか考えて阿呆も大人しくなるのが大体の流れなのだけど、今回はちょっと違う。

 だって、頭に来ちゃったんだもの。


 労った後も見つけた侵入者の発言と自白から関係していそうな貴族の調査の派遣、後始末の事などを打ち合わせて報告と今後の予定・方針を伝えて各自通常業務に戻らせた。

 副長以外いなくなった詰所から移動して二人で執務室に入り、先ほど伝えられた報告や予定を羊皮紙に記入して提出書類をそろえておく。

 やっとひと段落つけるところまで書類を終わらせたところで、タイミングよくアスファルが話しかけてきた。


「団長、無茶はなさらないでくださいね」


 突然なにをと思うようなセリフを放たれ、でも私はそれに笑みをこぼす。彼女は私の行動がもう読めている、だから先手を打ってきたのだ。応援する方に。


「わかってくれて嬉しいわ、もう耐えられなくて……」


「本来なら止めますよ。止めても無駄だからこんなことしか言えないんです。私がついて行っても足手まといですし。なにより口調が戻っていないので皆怯えてしまっています」


 アスファルの言葉でようやく気付いた。どうやら知らぬ間に部下たちにプレッシャーをかけてしまっていたらしい、怒りを向ける相手が違うと反省して自分で自分に言い含める。


「本心をいえば、私は団長に同行したいです。ですが『王妃の藁人形』には誰もついていかない方が速く終わることもわかっています。なのでせめて見送りを」


「そういう、融通が利くところ、あなたを副長にしてよかったと思ってるわ」


 にっこりとアスファルへ笑う。

 実は今からちょっと出かけようと思ってた。報復のために。

 今回の襲撃、調査など行う必要がないくらい、私の中では犯人が割り出されていた。

 侍女騒動で脅した令嬢だ。

 公爵としか話してないからアスファルは真面目に犯人像を推理したりしていたけど、もう教えられてた私からしたら報告は本当に苛立つものだった。

 どこそこから侵入してきたやつは毒物で殺害を図っていたらしく~~なんて報告が、私にとってはまた懲りずに毒飲ませる気だったのかあのバカ、なんて感想になる。

 ここまで悪意を向けられていてはシアンだって気付かないわけがないし、何より私の堪忍袋が耐えきれない。

 なので、ちょっと犯人に教えてあげようかと思う。人が嫌がることはしてはいけませんよ、と。


「団長。ぜっったいに殺さないでくださいね。団長の立場が悪くなって王妃様のそばにいられなくなりますよ!」


「わかってるわよそんなこと」


 ほんのちょ~~っと叱ってくるだけだ、か、ら♪


 ウインクして返事したのに、それに返って来たのは「嘘だ、絶対ちょっとで終わるわけない!」と目で語ったアスファルのじと顔。

 なによ、失礼ね。


「じゃあ、誤魔化しはよろしくね?」


 敵の抑止力である私がいなくなっていると分かれば、余計な手を出してくるやつがでてくる可能性がある。なのでアスファルには私がいるように見せかけてもらう。

 アスファルは頷き、私に効果てきめんな激励を送ってくれた。


「王妃様に無事なお顔を見せてくださいね」


「もっちろん!」


 その後軽く武器と持ち物を整えて、そっと城から抜け出した。

 いくらか離れて、もう誰にも気づかれない所まで来てから、もう一度城を見つめる。

 ……シアン、少しの間離れることを許してね。すぐ帰ってくるから。アスファルに説明するよう伝えてあるし、長引かないようささっと終わらせるから。本当に少しだけ、我慢しててね。


 あなたを恐い目に合わせるやつなんて、この世から消してあげるからね!

もうちょっとで終わらせます。

最後まで読んでもらえるとありがたいです。m(__)m

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