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切れた

 セイブル公爵との報告兼話し合いが終わった後、私はすぐさま王妃のいる宮へ向かった。

 その後の安否が心配なのもある、何年経っても安心できない城の中で息子と二人だけでいては不安があるだろう。

 信頼のおける者に守らせているのに、私の中で安心感は一切ない。

 注意されないギリギリのスピードで歩き、部屋の前で一旦落ち着けてから中に入った。


「失礼しま……」


「ラナー!」


 入って1秒もしないうちにシアンが声をかけ、華の笑顔を向けてくれる。

 心臓に矢が刺さったのを感じた。


「……………っ、ヵヮィィ…ッ…!!!」 


「? なにか言った?」


 大人げないというなかれ、顔を手で覆って悶絶したいのをこらえるので精いっぱいなのだ。

 シアン、お願いだから今だけはそんな可愛い顔向けないで。人目を気にせず抱きしめちゃいそう。

 扉の前でいつまでも動かない私のことを周りは訝し気にみているが、副団長だけはまた始まったと冷めた目で見ていた。

 いけない、いけない、今までの苦労が無駄になってしまう。

 なんとか朗らかな表情をつくって何でもないと返事した。


「そう? 私たちのことで気を重くさせてたらごめんなさい」


「そんな、とんでもない! 妃殿下は守られて当然の方なのですから気遣いなど無用です、ご自分と王太子殿下のことをお考え下さい(あとついでに陛下)」


 本当にもう、困ったちゃんなくらい優しいんだから、うちの妹は。

 口では家臣のごとく話していても、内心は妹の言葉にでれでれしっぱなしだ。


「さあ、私のことなどお気になさらず。王太子殿下との時間をお楽しみください。殿下も喜ばれます」


 奥に目を向ければ、そこでは自分より私を優先している母をジッとにらみつけているオルストス王太子殿下がいた。男の子だがまだ6歳、母に甘えたい年頃なのでシアンを取った私のことを睨む睨む。

母似の青い瞳がじわりと潤んで迫力がないので可愛いだけだけども。


「おかあさまぁ~……」


 弱々しい高い声がシアンを呼ぶ。

 ………もう、シアンの子供ってだけでなんでこんなに可愛いの、シアンと話してることがいけないことに思えてきてしまう。


「ああ、ごめんなさいねオル。今続きを読んであげる」


「はやくぅ~」


 座ったままじたじたと手足を動かすその姿に、メイドと女騎士の殆どがやられた。メロメロになった女たちの視線を独り占めするオルストス殿下はやっと母親が戻ってきてご満悦のようだ、泣きべそから一転満面の笑みに替わっている。


「どこまで読んだかしら、オル覚えてる?」


「これ! 小人でた!」


 自信満々にこびとの絵を指す殿下。

 ああ、もう、可愛いなあ!! ころっころした頭が左右に揺れてご機嫌なのだとわかる仕草なんかもうっもうっ!

 いつまでも見ていたい。

 だが彼女にあまり時間はない。この後には使者との面会が控えている。

 昼にあんなことがあったというのに、公爵は午後の他国から来た使者との面会の予定を変更しなかった。

 陛下が出席なさる以上、妃のシアンも出席するのが通常だ。

 二人が顔を見せることで国が平和に保たれていることをアピールできるし、将来の明るさを明示できる。そのため多少無理にでも出てほしいのだろう。

 政治的な話には王妃は加わらないのが通例なのでいなくても話の内容的には問題ない、それでもいないことであらぬ噂を立てられぬよう出席するのが一番なのだ。

 国の頂点にいれば私生活でも普通の家族のようにはいかない。

 案の定、癒しの時間は三十分後には終わってしまった。

 侍女頭が申し訳なさそうに親子の前に出た。


「妃殿下、お仕度のお時間でございます」


 その言葉を合図に、シアンは切り替えた。優しい母から、王妃の顔へ。


「わかったわ。……オル、ごめんなさい、かあさまはやることがあるから離れるわね。いい子でいてね」


「やだ、お母様といるっ」


「オル、お約束は?」


「…………。『お父様とお母様のお仕事を邪魔しちゃいけない』」


「そうね。だからわがままは我慢して頂戴、終わったら必ずあなたのところに行くわ」


 答えなのか、ドレスの裾を握ってじっと無言の抗議をしている殿下と困っているシアン。

 こちらに助けを求める視線を向けてくるが今の私は専属とはいえ護衛だ、そこらの子供のように持ち上げて離すようなことはできない。

 わずかに首を振れば、シアンは少し考えた後声を張った。


「ラナー」


「はい、何でしょう妃殿下?」


「オルを持ち上げて抑えていてちょうだい、さすがに面会に遅れるわけにはいかないわ」


「ですが……」


「これは命令よ。オル、暫くの間ラナーが遊び相手になってくれるわ。いい子でいてね」


 オルストス殿下は私とシアンを交互に見つめ、やがて不満を滲ませた顔でこくんと大きく頷いた。

 殿下には私とシアンの関係はまだ教えていない、しかしなにか繋がりでも感じるのか、私と一緒となると殿下はわがままも多少がまんできる、らしい。

 シアンはそんな息子の頭をくりくりと撫でた。それだけで殿下の機嫌は直ってしまう。


「まあ、偉いわね~オル。じゃあ少しの間待っていてね?」


「は~い!」


 元気のいい返事にシアンはにっこりと笑い返してドレスルームへと足を向けた。

 私はアスファルに目配せして警護に向かわせる。

 副団長を任せているだけあって私も人間性、実力ともに信頼している彼女なら、よっぽどのことがないかぎりシアンを護れるだろう。

 本来、専属護衛が離れるなどあってはならないのだが、王妃は命令として私をここにとどめた。

 先ほどのこともあって自分より我が子を守ってほしいと言葉ではない表現でこちらに伝えてきたのだ。実際、さっきの事件も手段をみればシアンだけでなく子の殿下も狙っていた。やはり親としては子を第一に考えるようだ。立派な母親の姿である。

 王妃()の願いは絶対。


(しょうがないか。甥っ子と遊ぶとしよう。)


命令通り抱き上げて、シアンがドレスルームへと去っていく後ろを殿下と一緒に眺めた。そうしてさてこれからどうしようかと殿下と目を合わせる。


「さて、なにをして遊びましょうか、殿下?」


 数名の護衛を残してシアンが去った部屋で、甥っ子殿下は寂しそうにしながらも私との遊びをうんうん悩んでいる。

貴族がたしなむような遊戯は頭を使うものが多いので殿下は苦手だ。かといって鬼ごっこのような庶民の遊びは知らない。なので何をしようか迷ってしまうのも当然だった。


「ラナー、なにか遊び教えて! 前みたいに」


 なので大抵は私が楽しそうなものを提案しそれに沿って遊ぶことが多い。

 騎士見習いの時に町で知った子供の遊びはオル殿下にとっては楽しい刺激になるだろう、たまには子供らしく遊ばせてやりたいという自分の願望もあって、私は殿下に隠れ鬼を教え遊んだ。

 二つの遊びを混ぜたものだが、独自ルールで範囲内の一か所に設けたゴールに鬼に捕まらず入れば勝ちという単純なものにしたから簡単だ。

 範囲は今いる部屋の中だけになってしまうが、殿下はそんなことはまったく気にしておらず、普段走ったらいけないと言われている部屋を駆け回る新鮮さに始まってからずっときゃっきゃと声を弾ませている。

 楽しんでもらえてよかった。途中不穏な気配を感じて外に短剣を投げたりしたが、殿下は鬼に捕まらないようにするのに夢中で気づかずに遊んでいた。

 投げた方から「ぎゃっ…」と小さく悲鳴が聞こえてきたが、窓を閉めて知らんふりする。

 そうして殿下の相手を続けた。





 王妃の支度が整えば私は通常通り護衛として側に張り付く。十数分ほど遊んでいると帰ってきた王妃が殿下に声をかけ行ってきますのキスを落としていた。

 殿下は寂しそうに母を見送り、アスファル他数名と共に自室へと帰っていった。髪を引かれる思いだろうシアンだが、王妃の顔となった彼女はそんな気持ちをおくびにも出さない。凛とした姿勢で殿下を見送り、姿が見えなくなると彼女も行きましょうか、と言って歩き出した。

 午後の使者謁見がなければ彼女はまだ我が子と居られただろうに。こういう時、王族の一員というのは悲しい。実の子よりも国を取らねばならない立場は王妃としては当然でも、母親にとっては辛いことだろう。

 長い廊下を進み、やがて城で一番豪奢に造られた謁見の間に入った。

 別世界に思えるほど美しい意匠が天井から床までびっしりと彫られ、計算されつくした装飾の位置。最高級であろう布地でこしらえられた玉座の背後の壁に張られた国旗。

 荘厳かつ神聖な場所であると一目見てわかる場の、その中心の玉座に座る人こそこの国の王、我が妹シアンの最愛の夫、「トゥイグ・アルベロ・レイ・エルツ」その人だ。

 国民たちの頂点にいる彼からの、静かなのに威厳溢れる気迫のようなものがこちらにも伝わってくる。

 穏やかで心広く、民への思いやりに溢れた政策をいくつも執っている素晴らしい人、きっと誰からも尊敬を集めているいい王様だ。―――自室に戻るとただの尻に敷かれた夫になるけど、それは言うまい。

 王の前に膝間づき、口上を述べてから私は控えの間に移動した。

 玉座の隣の椅子へ座る王妃にもにこやかに拝礼し、そっと待機室へ移る。

 待機室には部下の女騎士が一人居心地悪そうに待っていた。


「どうした?」


 通常女騎士は玉座の間までくることはない、あるとすれば至急の伝言くらいだ。すぐにそばまでよって問いかける。

 呼びかけられた部下はすぐ近くまで来ると思ったとおり急ぎの報告がと小声でつぶやいた。


「―――王太子殿下の護衛中、いくつか不審な気配が。副隊長が対処していますがそのうちの捕らえた一人から無視できない発言が……」


「なに?」


「とある伯爵令嬢から、王妃暗殺の依頼をされた、と……」


「……ふうん?」


 ゆっくりと相槌を打って反応を返したら、どこからかヒッ…という声がした。

 あの令嬢、もう仕掛けて来たのか。思ったより早かった。

 おそらく誰彼構わず依頼してコンタクトなどは取っていないのだろう、結果がわかればあとは我関せずというところか。下手な鉄砲数撃ちゃ…なんて言葉を聞いたことあるが、まさにそんな考えなのか。


「それで?」


 続きを促す。


「は……王妃ならず王太子殿下も共に殺す予定らしく、現在副団長が王太子殿下のそばで危険の排除に当たっています。しかしその他が王妃を狙って網を抜ける可能性も考え報告に、来ました次第…です………」


「そう、ご苦労様。ではより警戒して警護に当たるとしましょうか、どうせ城の警備なんて当てにしていなかったし。ふふ…………じゃあお馬鹿さんはいつくるかしらね…」


 フフフ、とこみあげてくる笑いをこぼすと部下とその他が目を逸らした。

 失礼ね。ちょっと大胆不敵な敵に武者震いしただけよ。

 よっぽどのバカじゃなれば場所を選ぶだろうけど、そのバカがいたら徹底的に懲らしめましょうか。最近我慢ばかりでもう疲れたわ。

 実力のある男たちは王の周りからは動けないし、それ以外は貴族からのスパイが混ざってる可能性が多分にある。なので私が直接動いたほうが早いしちょうどいい。

 

「即殺しなさい。一人だけ生かしておけば後は全員消してかまわないわ」


 私も動く、と言って気づけば部下に命じていた。

 いつのまにか青白い顔になって返事した部下はそのまま部屋から出ていく。アスファルに伝えに行ってくれたんでしょう。

 謁見中はまあ王専属の騎士団長が側にいるし王妃(とついでに王)は大丈夫でしょう、問題は、この後か……。

 腰のレイピアを一度触り、どう動くか思案する。

 …………いいえ、なにを考える必要があるの。

 私は妹を護るんだから、それでいいじゃない。さっきもう命令は出したし、遠慮する必要なんかない相手だわ。よしそうしましょう。


 謁見は夜の会食までずっと続く。

 その間、私は謁見の間には極力入ってはいけない。ならば知らないうちにちょっと席を外した(・・・・・・・・・)くらい怒られるまい。

 いい加減、我慢の限界だ。

 音もなく部屋から廊下にでる。

 パタパタと忙しく動いている給女や臣下たちの間を通り抜けて、どんどん人気のない場所へと進む。

 ネズミ(・・・)は人知れず入ってくるものだから陰になる場所を探すほうが手っ取り早い。


「………侵入者(ネズミ)は害獣だから、一匹残らず、殺しましょう」



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