2人会議
やって来ました宰相執務室。
国王の私室がある階からひとつ降りた所にあるセイブル公爵の仕事部屋…というか(もはや)住処。
勝手知ったる場所なので、こうして扉番に中に取り次いでもらう必要はあまりないが、昔諸事情で端折って会いまくっていたら公爵が手順を踏まえろと煩くなってしまったので、現在大人しく返事を待っている。
「女団長殿、お通り下さい」
許可が出たようですぐに室内に入れた。呼ばれてたからすぐに通されるとは思ってたので礼を言ってさっさと中に入る。
中継ぎのための間をさっさと抜けて彼がいるだろう、通称:資料部屋へ入った。
入った先には予想通りの人物が本に埋もれて仕事をしていた。山となっている書類は少しでも力が加わればあっという間に崩れてしまいそうなバランスで立っているのでは?と思えるほど高い。
宰相に与えられた執務室の中は実用性重視だと一目でわかるつくりになっている。天井まである本棚には整理された書類や資料がぎっしりと詰め込まれているし、黒塗りの執務机は飾り気の少ない重厚なもの。どんな書類の山にも耐えられそうな信頼感が湧く見た目だ。
部屋の中央まで進み、目上へ向けての最敬礼をしてニッコリと笑顔を浮かべてみせる。
「失礼します。グラナーテ・フォンス。お呼びと聞き馳せ参じました」
それにセイブル公爵は「げっ」とでも言いたそうな目を向けてきた。
互いの性格がわかっているとどんな(失礼な)ことを考えているかわかってくるというもの。話さなくても解る仲というのは話が早いがこういう時はあまり嬉しくない。
ソファに腰を据え、疲れた表情でこちらを見つめるセイブル公爵は深いため息を吐いてから数秒後、口を開いた。
「ご苦労様です、グラナーテ女団長。朝は災難でしたね。調べた所あの侍女は本当に脅されていただけのようで、今近衛の何人かが人質の救出に向かっています」
機先を制すように朝の報告を告げてくるセイブル公爵。その言い方にカチンときた。
災難だったって?それだけしか思わないの、この男は……? ふーん…。
「暗殺未遂なんて大事件を災難で済ませるあたりもう慣れてきてますね、現状に。一刻も早い改善を願っている身としては慣れていないでさっさと大本を叩いてほしい……というか、叩きに行きたいのですが。怪しい人物のリストでもつくって全部始末しに行ってもよろしいですか?」
彼の話の中に聞き逃せないものがあったのでつい言い返してしまった。
丁寧にしていても目上の者に対して言うような内容でも口調でもない。が、私のことを理解してくれている彼にはこれくらい言ったところで平気だろうという確信がある、ゆえに口を紡ぐべきこともはっきりと言わせてもらう。何より身内の命がかかっているのだから。
本当に、狙われる状態に改善の余地がないなら直接叩きに行ってしまいたい。
そんな心の底からの願望を提案してみたら、彼は提案に黙りはしても即座に却下はださなかった。
「………魅力的ではあるが却下します。」
やがてなにかを振り切るように否定が返ってきた。
どうやら彼も手っ取り早い手段をとることに本音は賛成のようだ。
ならばともうちょっと積極的に言ってみた。
「もしも後始末のことをお考えならご安心ください。やるなら相手に行動する気が起きる前に、暗殺者もびっくりな手際で息の根を止めて証拠も消しますから。不審に思われたら病死か夜逃げで消息不明とでも言っておけばいいんです。「死人に口無し」でしょう」
「却下と言っているでしょう。頼むから勝手な事はしないように…」
大丈夫、成功しますよ!といい笑顔で言ったのに、さっきより疲れた表情になった公爵が再び却下をだして釘を刺してきた。チッ、言わない方がよかったか。心が傾くと思ったのに。
「冗談ですよ。それより報告があります」
「なんですか………」
ジト目のセイブル公爵を気にせず報告すると、彼のジト目がまた疲れたものになる。
「昼食時にまた新しい暗殺未遂が起きました。今度は毒殺狙いで」
驚愕に変わり、次いで疲労と嘆きと怒りが混ざったような目つきになってぐらりと態勢を崩した公爵。
「……ここは、王宮だぞ………!!」
丁寧口調が崩れ、当然のことを押し殺した声で訴えているあたり彼の怒りが見て取れる。
しかし私からすれば彼の発言は当たり前のことだ。
「ええ、王宮ですよ。貴族たちの欲望怨念渦巻く。今更ですよ」
「そんなことはわかっています。警備網のザル加減のほうです」
怒り、嘆き、落胆を通り越えた背中が、一周回ってさらなる怒りを生み出している公爵。
最近の警備網は私も怒りを通り越していっそ感動するほどに役に立たなくなっているのがわかる。
賄賂か脅迫か、どちらにしろ立場が下の者たちはほとんどが買収されている可能性がある。つまりはより王妃が危険になる。
「………………………、……実行犯は?」
「捕らえました、どこぞの暗殺者ですね。今は牢へ突っ込んでいます。依頼した者が誰かは口を割りません」
「そうですか。あなたには何も言わなかったので? 『王妃の藁人形』さん」
「挑発くらいですね。殴っときました」
もっとぼこぼこにしてやりたかったというのが本音だがそこは関係ないので黙っておく。
「……そうですか」
「はい」
それ以上彼は聞かなかった。益の無い話なので私もそれ以上は続けず別の話を振る。
「現在王妃様と王太子には部屋から出ないように頼んでいます、護衛も私直属の者と他信頼できる者だけで固めています。実行犯にはこの後も尋問をかけますが、どうせ情報は得られないでしょうね。捕まえたとはいえかなりの腕でしたし。なのですでに別路線で捜査は始めています、が計画犯への手掛かりが見つかるかどうか………見つかっても本当に黒幕なのか、怪しいですね」
「ふむ……なら残りの捜査は私の信頼する者たちにやらせるのでグラナーテ団長はまた妃殿下のお側で護衛を続行して下さい。現状までの報告書も出しておいてください、あとで目を通します」
「はっ」
宰相の命令に敬礼を返す。
今後の方針が決まったところでふと思い出したことがあった。
「侍女の方の犯人は? 人質を救出ということは犯人は判明しているのですよね」
「詳細な情報も判明してますよ。伯爵位に属する男の娘が計画犯でした。王への愛はあったようで、諦めきれない嫉妬による計画なんでしょう、毒の入手で調子に乗り一気に計画を進めたのでしょうね」
「浅はかな……」
「ええ、本当に。母子共に亡き者にできれば王の愛が自分に向くと本気で思っているのがすごいですよね。ばれたら斬首でしょうに。王妃お気に入りの侍女の家族を誘拐し脅して実行させた時点で王は許さないでしょうが、その令嬢が経過をみて人質は解放するつもりだったのか、あるいは全員殺す気だったのか………どちらなのかはわかりません」
わざとらしく公爵は締めくくる。
そんな令嬢がとる方法など決まっている。が、私も宰相もあえて口には出さない。
自分より下の者を助ける気などその令嬢にはないだろう、うちの妹のように上も下もないという心が広い貴族はあまりいない。かくいう私も心が広いとはいえないし。
心から助けたいと思うのは家族(妹オンリー)と甥っ子の王太子くらいで、私にとって王は範囲外だ。
彼には護衛がたくさんいるので私が守ろうとする意味がないし、手をだすことで怒る人もいる。だから守る気はない。口に出したら周囲から非難が飛び交うだろうから言いはしないが。
しかし危なかった。
感情のままにあの侍女を殺したらシアンを悲しませるところだった。
その侍女が主より家族をとったことに言いたいことはあるが、人としてそれは仕方ない部分だから流すとしよう。立場が違えど私も同じ思いを抱いているのだし。
公爵はひとつ息を吐いて続けた。
「昼のこともあるのであまり人員が割けなくなってきていますから、さらなる調査と処罰に時間はかかるでしょう。その間にまた令嬢が同じことをしないよう見張っていてください」
………見張るだけか。ここまでやられて手が出せないとは。こういう時、地位というものは邪魔でしかないとつくづく思う。
「こらえてください。自供でも始めない限り貴族を処罰するにはそれなりの時間が必要です、私だけで判断はできません。これは王の仕事ですから」
不満を見抜いたようで宰相が釘を刺してきた。うう、諦めきれない。
「自供させればいいのでは? 軽く脅すなどして」
「吐くと思いますか?」
思わない。公爵の問いに内心すぐ答えは出ていた。
そういった輩は平気で嘘をつく、吐かせようとしたところで出てくるのは確実に作り話だろう。そんなことに時間を割くのがもったいない。
やはり今は護衛に専念するしかないらしい。
「悔しがらずとも、どうせまた仕掛けてきます」
次は捕まえる、そういうことですね。
意味が理解できて私はにっこり笑った。
次は覚悟しろ、鼠ども。




