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仮性彼女な私とボクと  作者: オーシャン
9/13

セッカちゃん現る ――楓視点――

 手作りのお弁当。それは作った人の気持ちの(こも)った贈り物。

 あ、でも賞味期限、選択肢、気になるカロリーの表記等を思うとコンビニのお弁当も懇切丁寧ですね。ごめんなさい。

 正午0時35分、今日は給食がお休みで、久しぶりのお弁当。隣の席の小椋くん、斜め後ろの席の杏ちゃん、後ろの席の佐藤くん、そしてボク、4人の机が向きを変えて角を合わせる時間だ。


「完成!フォースランチデスク」

「がっ合体ロボ!?」

「ライダーの前座か」


 ボクの又従兄弟の杏ちゃんはいつも以上にノリノリで嬉しそう。

 若干押されて小椋くんと佐藤くんのツッコミが入る。あ、これ給食時のグループね。


「おっべんと♪おっべんと~♪」

「杏ちゃん、恥ずかしぃ……」

「先生こいつだけB組にトレード出来ませんか?何なら学び直させても遅くないと思うんですけど。1年から」


 お弁当を包む向日葵のハンカチを箱の四方に広げて敷きナプキンにする杏ちゃん。

 元男の子のボクから見ても、杏ちゃんは天真爛漫で可愛い。密かに狙ってる男子も多く、佐藤くんもその一人らしい(でもボクが知ってるくらいだからそんなに密かでもないかな?)


「ときに翔ちゃん。昨日お願いした肉じゃがと玉子焼きの交換約束(トレード)、忘れてませんこと?」

「忘れてないよ。それより手、ちゃんと洗った?」


 でも翔ちゃんこと小椋くんは全く容赦しない。杏ちゃんが嫌いなわけじゃなく、手のかかる妹のお世話をしてるような感じ。杏ちゃんも構ってほしくて、その様は尻尾をフリフリする仔犬のよう。

 そんなふうに本心をさらけ出し合える二人。羨ましいな……。


「洗ったよー。ね?カエちゃん」

「何で楓に聞く」

「だってさっき一緒におトイレ行ったもーん」

「う……うん……」


 女子は友達と一緒にお手洗いに行く。必ず用を足すわけじゃくても。元男の子のボクがそれを実感したのは、この学校に転校してからのことだった。

 男子の時は踏み入ることすら出来なかった空間。そんな場所で女子の、極めてプライベートな時間を共有するのは、頭のてっぺんからつま先まで……途方もない気持ちに駆られる。


「楓が言うなら安心だな。どっかから俺を隠し撮りしたデータ編集してた誰かと違ってー」

「むぅーっ!ちゃんと返したじゃん。そんなに根に持たないでよー」

「翔太、もう少し杏ちゃんに優しく」

「あ~楓のシューマイ楽しみだなぁ」


 小椋くんはそんなボクの事情を知りつつ、日々ふつうの女の子として接してくれる。細かいことにも気が付いて、いつも優しい。

 ちなみにその恥ずかしい編集データは交渉の末、回収して、焼却炉へ。ちょっと勿体なかったような……う、ううん!そんなこと無い無い。うん。


 一緒にいると胸がポカポカして、大丈夫だよって気持ちにしてくれる、特別な人。

  

「私も楽しみ。小椋くんの肉じゃが」

「うん。すっっっごくおいしいんだよ。翔ちゃんの肉じゃが」

「へぇ。そういえば、この前の調理実習も手際良かったよな。男が自分で弁当作るのも珍しいし、翔太ってやっぱり女の子っぽ……」

「うああ~……プレッシャーと女扱いの波状攻撃やめぇ!佐藤!お前の主砲れんこんの挟み揚げ、俺がもらうんだからな」


 褒められることには慣れていないんだよね。顔がプチトマトみたいに真っ赤だよっ。ふふっ。


***


 いま小椋くんはお姉さん夫婦の家に住んでて、ご両親が亡くなってから保護者になってくれたって言ってた。


 二人の役に立ちたくて、自分から家事を引き受けてるみたい。料理が上手なのも、きっと毎日の積み重ねの賜物だね。

 肉じゃがなんてそれこそ家庭料理の代表格。料理初めたて女子憧れの一品。杏ちゃんにも認められたその味に、ボクも佐藤くんも興味津々なのです。


「うちも肉じゃがたまに出るけど、いまいちビシッとした味にならないんだよなー」

「たぶん手順だと思う。キッチンと材料さえあればすぐ作るぞ。何なら家で教えるし」

「小椋くんが家で……教える……?」


 それって小椋くんのおうちで二人きり!?


『こら楓、加熱しすぎ。もっとじっくり、火が通るまで待たないと……』


『で……でも……ボク……ももっもっ、もう……』


『なら、火照った身体を冷ましてみるか』


 なぜか裸エプロンのボク。小椋くんは後ろから優しく包むように、抱きしめ、エプロンの紐の結びをほどいていく――


『あめ色になるまで……俺に(ゆだ)ねてくれるよな……楓のすべて……』

『だっ……だだだダメ―――ッ』



くっ


くずれちゃうぅっっっ


「カエちゃん?どしたの?」

「うぇっ!?……あ、あめ色がくずれて」

「あめ色?」

「なんでもないッ!」


 な……なに想像してるんだボクはッ!


 テレビドラマの影響?それともえっちな漫画のせい?し、深呼吸、深呼吸。すぅはぁ……すぅはぁ……。


 あれ? 教室がやけに静かに……


 小椋くん、どうして教壇の方に……


「本橋さん。日直。翔太と一緒に合図しなきゃ」


 そうだった――!


「ご、ごめん!今いくね」


 うう……お腹を空かせたみんなの視線が刺さる……。


「「いただきます!」」


***


 席について直ぐのことだった。

 小椋くんはスマホをみて震えだした。


「わり。俺、ちょっと用事できたから肉じゃがは先に食べててくれ」

「翔太?用事って?」


 そのまま2段になっているお弁当の1段目、おかずが入っている方を置いて、足早に教室を出て行っちゃった。


 4人の机の中央にはキャラ物の大判ハンカチの上に横に長い楕円形のお弁当箱が1つ。中は3分の2ほどが肉じゃがで、仕切りを隔ててほうれん草の胡麻和えとブロッコリーの温野菜、くし切りのリンゴとミニトマトで彩られていた。とても綺麗で、栄養のバランスも良さそう。

 佐藤くんは口を付ける前の箸で、肉じゃがを少し自分のお弁当によそって食べる。

 そしてペチッと小さく自分の膝を叩いた。


「さ……佐藤くん? お……美味しいの!?」

「食べてみればわかる」


 そ、そんなに!?

 

 あ……でも


「カエちゃん食べないの?」

「私、小椋くん迎えに行ってくる。まだそんな遠くに行ってないと思うし、みんなで食べたい」

「食べちゃってすみません……」


 ごめんね。気にしないで。ほんと。


 すぐに小椋くんのスマホに電話してみた。

 でも返事が無い。電源を切っているみたい。


「それじゃ3人で行こ。さっき隣のクラスから声が聴こえたから、きっと翔ちゃんB組に行ったんだよ」

「杏ちゃん耳いいね」

「鼻も利くよ♪わんわん」


「先生、そういうわけなので、失踪した日直を連れ戻して参ります」


***


 緊張しながら隣のクラスを訪ねたボク達。でもそこに小椋くんの姿は無く、心配したB組の先生が皆に聞いてくれた。


「先生、私、今野さんが小椋くんを連れて行くの見ました。たぶん今野さんと一緒にいると思います」

「そうか。じゃあ携帯に」

「それがさっきから繋がらなくて、電波OFFモードにしてるみたいなんです」


 ムム……こっちもか。なにやら不穏な予感がしてきた。


「スンスン……フンフン……」

「あ、杏ちゃん?なにしてるの?」

「ほのかに翔ちゃんの残り香が……」


 杏ちゃんが突然なにかを嗅ぎ出した。ほ……ほんとにワンちゃんなの?


「残り香って……皆のお弁当の香り以外何も匂わないけど」

「生姜の香り」

「しょうが!?」

「わかった!こっち!」


 うそぉ!?す、すごい。


「二人とも付いてきて!翔ちゃん、上にいるんだよ」

「上?」

「屋上に出る前の、階段室!」


 階段を駆け上がる杏ちゃん。その風圧でスカートがひらりと舞う。


「もう!二人とも早くっ!」


 後続の佐藤くんは目のやり場に困って登りづらい。女の子は女の子のパンチラを気にしたりしないはずだけど、ボクも反射的に目を反らしてしまう。

 12歳まで、佐藤くんと同じ男子の世界で育ってきたんだもん、仕方ないよね。

 日ごろ杏ちゃんのパンチラに慣れてしまってる小椋くんがおかしい。きっとそうだ。うん。


 心の中で自問自答をしていると、最後の階段途中で杏ちゃんが足を止めているのが見えた。

 階段室の様子を覗いている。


「杏ちゃん?」

「しっ」


 隠れてと言われたわけじゃないけど、ボクと佐藤くんは杏ちゃんに並ぶように身を屈める。


 階段室では一組の男女が何か話してる。

 一人は小椋くん。

 

 もう一人は片方に結んだ髪、サイドアップの女の子。


「お……おっきぃ」


 驚きのあまり、思わず声に出てしまった。あの子が今野さん?


「ほんとだね。胸おっきぃ」

「お、お胸だけじゃなくて……」

「身長175㎝。(うごめ)く石像の渾名で知られる、今野石火(こんのせっか)さんだね」


 石火さん……。

 名前だけ聞くと男の子みたいな感じもするなぁ……。

 あの子も小椋くんと仲良いのかな……。


「あれ見て。翔ちゃん、お弁当を差し出したよ」

「今野さんもだね。交換したのか」

「えっ」

「きぃ~~ッ何よあの女!私達の翔ちゃんとお弁当交換するなんて」


 取り出したハンカチタオルを噛む杏ちゃん。明らかにツッコミ待ちだよね。佐藤くん笑いこらえてるし。


 まあたしかにそれは、ボク達と面識の無い女の子からお弁当をもらう小椋くんなんだけど、何か様子が変だ。


 怒りの剣幕で、今野さんから受け取ったお弁当箱を開いている。


 中身は――


 (から)っぽだ。


「お……お前……食ったな!俺の高菜シラスご飯!」

「前菜にしてはまあまあだった」

「俺の主食だッ!」


 今野さんに渡したお弁当を取り上げて、小椋くんはボク達の隠れてる階段の方に走ってきた。

 突然のことだったので、隠れたりする暇はなかった。


「あ……?お前ら……何で……」


 小椋くんがボクらに気付くと同時に、その背後に巨大な影が見えた。

 

「翔太。うしろ!」

「ぅおおっ!?」


 離れた位置のボク達にまで風圧が届くほど強烈なラリアット。

 佐藤くんの咄嗟の声もあって、小椋くんは素早く屈んでこれを回避。


「み、みんな……!これを持って教室に逃げろ。あそこまでは追ってこられない」


 えっ!?えっと……状況がのみ込めないんだけど、小椋くんのお弁当を、今野さんが狙ってるってことでいいの?

 


 あっ!



「頂上から踊り場まで何段あると思ってんだ……ゴ……ゴリラめ……」



 階段を登ったフロアにいた筈の今野さんは、天高くボク達4人の頭上を跳び――


 舞い上がった制服のスカートなど意にも介さない黒スパッツを露に、踊り場のど真ん中に一発着地した。

 ズーン……という轟音とは対照的に、結われた彼女の髪は軽やかに揺らめく。


「あ……あ……!」


「知らなかったの?セッカちゃんからは逃げられないゾ☆」

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