ふたつの傷痕
※鬱要素あり。
※TSあり。
本橋は自分を「ボク」と言い直した。
楽しいときにやってくれたボクッ娘喋りを挟むことで、少しでも気分を和らげようとしたのか、俺の不安を取り除こうとしたのか、その意図はわからない。
ただ、今はゲームのキャラのモノマネとか、そういう類いでは無い ということは直感的に解った。どのゲームにも漫画にもない、本橋自身の言葉と喋りだった。
「急にこんなこと言い出して、ごめんね」
口調は穏やかだがこれまで、1度も見たことがないほど激しい目と、告げられた言葉―、<お別れ> の衝撃で、俺は焦っていた。端的に言って、細かい所まで気にする余裕は無かった。
「ボク、病気なんだ」
病気…?
何が何だかわからないまま目の前の言葉の意味を必死に探ろうとする。
ほぼ毎日顔を合わせて接してきた女の子が病気だなんて全く以て信じ難い。学校も休まず、授業にもきちんと出ていたし…。
最近重い病気にかかったとか?それで入院が必要なのだろうか…。
「その病気って、遠い病院で手術とかが必要なのか?」
「ううん。大変だったけど手術はずっと前に終わってる。もう入院は必要ないよ。定期検診とかはあるけど」
「え?なら何で…」
俺は問いかけて言葉を止めた。本橋の瞳が途端に涙ぐんで、震える両手は小さな拳を握りしめているのが見えた。
夕日のせいなのか顔もさっきよりずっと紅潮しているように見える。
手術という言葉が出た時点で、事態は俺の予想を即座に超えているのだが。
「ごめんなさい…。ボク、ずっと小椋くんを騙してたんだ。ううん、小椋くんだけじゃなく、沢山の人に……ひどいことをしてしまった……。 友達には、ちゃんと謝らなきゃいけないって思ってたんだけど、小椋くんや皆と一緒に過ごしてるうちに…その時間が本当に楽しくて幸せで……言えなかった…。言ってしまったら、終わってしまうから…」
騙してた??ひどいこと???
な、何を言ってるんだ…?
「少し落ち着いてよ。病気とか騙してたとか急に言われても何の…」
「女性仮性半陰陽」
「…?」
それは決して大きな声ではなかった。
おそらくは病名だろうか。聞き馴れない言葉には、哀しみ、痛み、諦めとも取れる形容し難い感情が込められている。
直感的にそう感じた。
「信じられないかもしれないけど、ボク、2年前まで男の子だったんだよ」
えっ っ……?
「男の子……?」
俺は一瞬だけ不意にスカートに向けてしまった視線を顔に戻す。
戻す過程に胸部も通過する。本橋の胸は他の女子の平均的な膨らみに比べても目立つほどではないが……。
というか、全然そんな……
「小椋くん」
「なっ、なんだ?」
「生まれた赤ちゃんの性別ってどうやって判断されるか知ってる?」
「いや、全然…」
怒られるのかと思った…。邪な視線と妄想ダメ。ゼッタイ。
俺は脳内で自分に言い聞かせる。
「生まれたときの見た目の身体の特徴、性器が男の子のそれの形をしていたら、お医者さんや看護婦さんはすぐ『男の子ですよ』『女の子ですよ』って言うんだって」
「そう……なのか?」
う~ん………た、たしかに…それが一番揺るがない証か。
かくいう うちの姉ちゃんにも幼い娘がいて、生まれる前から性別には見当がついていたみたいだし、病院にあるエコー(だっけ?)とかで赤ちゃんの股のあたりを見たのかなぁ……。
「ボクには小椋くんたちのと同じような形の……お……おちんちん……が……付いてたんだ……」
「おちん……」
……お、おち、落ち着けっ…俺。 話は最後まで聞こう。こういうときに騒いだり慌てる態度は失礼だぞ。
目の前にいる本橋は顔 いや、顔だけじゃなく耳の先まで赤くして、想像を絶する羞恥心に耐えているんだ。
友達なら、俺はその信用に応えなくちゃいけない。
「ボクのそれには……男の子の性の機能はついてなくて、その下の、体の中には子宮とか膣とか、女の子の性器が隠れてたんだって」
咄嗟に保健体育で学んだ【図】をイメージした。男の性器は体の外に、女の子の性器は内側に形成されると習った。
女性の性器、子宮はヒトの元になる卵子が生まれ、赤ちゃんに育つための生命のゆりかごだ。
「きっかけは中学1年の頃。フットサル部の練習中に胸にしこりみたいなものができて、痛くてトラップができなくなった。お腹の下も痛くなって、具合が悪くて、お医者さんに見てもらった。それから色々検査して、判ったんだ…」
「それってもしかしてインターセクシャルってやつか?…えーと…たしか映画とかアニメの題材にもなってたよな。そんなに詳しくはないが…」
「うん。日本ではIとSのアルファベット2文字や横文字の方が定着してるかも…。総称的には性分化疾患っていうみたいだけど」
本橋は一呼吸おいて話を続けた。
「生理も始まってて、体を……男女どちらかに決めることになった。 ボク……、一人ではとても決められなくて、お父さんとお母さんの話をよく聞いて、その上で、手術を受けて…男の子の形をしてたあそこを、本来の、女の子の形に再形成してもらった。それから戸籍変更の手続きを済ませて、……“女”に…変わった……」
一瞬 頭の中に性転換手術の5文字が浮かんだ。が、今の本橋の説明からすると、元々備わっていた女の子の部分を、正常に機能するようにするための手術だから……。
この場合は性別矯正術とか矯正手術っていう方がしっくりくるかもしれない …。
俺は頭の中で、なけなしの性知識を総動員して自分なりに情報を整理していた。
「学校には内密に事情を説明して、1年生の2学期から別の学校に転校したんだけど……、ある日、なぜかそれを知って転校先の学校を調べて見に来た子がいて……。LIMEとかTvvitterSNSでみんなから色々聞かれて…、それから……キ……キモいとか…オカマとか気味悪がられて、ま…毎日、他のクラスの子も集まって来て見せ物みたいになって、き、教科書や机に……も…落書き…されて、、、着替えも…保健室でしなさいって……女子のみんなと……先生から…言われ……て…」
本橋の呼吸が乱れ、言葉が途切れ途切れになった。グスン…グスン…と鳴咽が混ざる。
その大きな瞳からは抑えきれない感情のすべてが涙の雫となって溢れ出した。
***
いじめか…。性に敏感な今の俺らにも決して他人事ではないよな。少なくとも同じような子が公式にワケ有りでうちの学校にに来た場合、そういう事態が有り得んとは言えない。
うちの姉ちゃんたちの時代に修学旅行で女湯覗きを目論んだ男子十数名が未遂で捕まり、卒業まで全員性犯罪者・痴漢として罵倒・非難され続けたという話を聞いたことがある。
その件は警察まで来て、当時の新聞にも載ったらしい。
社会のルールにおいて、異性の分別はたぶん子供の頃から必要であり、未成年だから何でも許されるわけではない。そんなことは、銭湯の異性の年齢制限、公衆トイレの男女分けからも明らかだろう。
だけど……彼女のように先天性の病気で身体の性別を勘違いして育ち、後から女性だと判り本来の性に変わった場合に、なおも男扱いをするのは………どうなんだろ…。
今の話で聞いただけでも本橋が受けていたというイジメは、男の俺が1回女装させられる程度の"イタズラ""からかい"の範疇ではない。
事情があるとはいえ、女の子だ。それに対して、疑いや好奇の穿った目で見ることは、明らかに存在そのものを踏みにじる暴力や否定だ。
人の生い立ち、特に生まれついての体は自分の意思で決めれるわけではない。
それなのに…既存の、一般の?、大衆の価値を…大義名分のように掲げて、男だったから気持ち悪いとかそういう差別や偏見で罵るのは……下品で、短慮で、卑怯極まりないのではないだろうか。
罵っていた奴らにしても、学校側も、まるで集団で自分らはまともだと思っていそうな、身勝手な面が見えてくるようだった。
「クラスのみんなから……体を…手術痕を見せろって言われて、イヤだよって怒って叫んだら騒ぎになって……せ………先生が…来て………」
「いいよ…無理すんな」
「……」
俺は制服のポケットから出したハンカチを手渡し、一声かけた。
鳴咽の頻度が増して、呂律が回らなくなってきたようだ。泣きながら話す様子があんまりすぎた。
それでも本橋は首を横に振る。まだ話すつもりらしい。
全国では単なるいじめだけでも毎年大量の件数が公式報告されている。自殺者が出て社会問題にもなる昨今。
自分の体のこと、それも男や女として不安この上ない状況で、本橋は不特定多数から身勝手な好奇の目で弄ばれ続けたのだ。大げさじゃなく、本当に、死に匹敵するほど凄惨で陰惨な日々だったのかもしれない。
同時に、そこまで橋本を辱しめた連中の感情論を、理屈の上では理解ができてしまいそうな自分にも嫌気がさしてきて、俺は考えるほど気が重くなった。
「友達は?最初の中学まで一緒だったヤツもいたんだろ?そいつらは…」
「うん…。メアドとか……変わってて……連絡つかなくなってた。だから……フットサルやってるところに会いに行ったよ。連絡つかないけど、どうしたの?ボク、友達だよね?…って言ったら“もう関わらないでくれ”…ってお願い……された…」
「はあ!?何でだよ!意味わかんねえ!友達だろ」
「何か、ボクの体のことで色々周りから言われたみたいで、仲良かったから同性愛者なんじゃないの? みたいに、からかわれたんだって。“楓、お前 女の体になったのに、まだボクって言うのかよ。あり得ないわ“”気持ち悪い”って……」
「……!!」
踏んではいけない地雷を踏んづけて、触れられたくなかった古傷まで掘り返してしまった。
声まで荒げて……もっと橋本の気持ち考えてあげなきゃいけないのに……何やってんだ…。
「そのときに、ああ、ボクは…気持ち悪いんだなって……思っ……て……」
「そんなことないよ」
滑らかに頬を伝う涙は、手渡したハンカチで拭いても拭いても、止まらない。緋色の夕陽が反射して血の涙のようにさえ思えた。
本橋がこの部屋を暗くしていたのは、外が暗くなってきて、灯りが点いてると先生か誰かが来て、この話を聴かれてしまうことを警戒したためか………或いは、泣いてしまうであろう自分の顔を見られたくなかったのかもしれない。
「でも…ね……、ほ…本当に辛かったのはボクじゃなくて、お父さんと…お母さんだったんだ…。お父さんは……ボクの手術費用や入院費、転校の費用とかを出すために…貯金をたくさん切り崩して、遠くの社員寮に入って……出張の仕事も多くなった…。たまに家に…帰ってきてもお母さんと…夜……言い争いばっかりになった。お母さんは、職場の同僚の…ボクの同級生のお母さんたちにイジメに会ってて、…ボクは……ボクはそのこと…全然知らなかった…」
「お母さん、家族に心配かけたくなかったんだな」
「ぅん……。ボクは……そんなお母さんに向かって…ひどいこと……言った……。フットサル仲間から絶交された日…に、、」
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『こんな体になったの、全部お父さんとお母さんのせいじゃないか!ボクなんて生まれて来なければよかったんだッ!』
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……
「お母さんは……鬱病になって仕事も辞めた…。お父さんも…殆ど家に帰らなくなって…、お母さんとボクはお母さんの実家の……この町にある大伯母のゆかりさんのお家に移ったんだ」
「お母さんもボクも……殆ど家から出ないで過ごしてて、病院の先生や……カウンセリング人に話を聞いてもらったりしてた。それから少しずつ………、月1くらいフリースクールにも通うようになって、和田先生ともそこで…会って……」
「和田先生?」
「うちの学校の…保健室の……」
保健の先生か…。
和田先生は正確には教師ではなく養護教諭だが、この学校では生徒の健康を管理し守る権限と責任を有する。保健室はいわば学校でも家庭でもない聖域なのだ。
怪我や体調不良の応急処置の他にも、お悩み相談所としてカウンセリングのはしり、恋の悩み、ヤンキーの自主更正などその役割は非常に大きい。
しかしまさか和田先生が校外でも自主活動していたとは知らなかったな…。
「和田先生とお話しするようになって……、ゆかりさんの孫の杏ちゃんも学校からフリースクールやお家に来てくれるようになった」
「杏……。うちのクラスの米倉杏……か? あっ!そういえば……転校初日から親しかったな」
「うん。杏ちゃんとは、又従兄弟なんだ。ボクの体のことも知ってて、すごく優しく気遣ってくれてる」
杏は俺も保育園から今日まで見知った友達の一人。いわゆる幼馴染みというやつだ。おっとりしたタイプの女の子で、背は俺や本橋より少し高く、包容力がある。
それにしても和田先生といい、こんなにも近くに接点が…、世の中って、意外と狭いもんだな。
「お正月に……、杏ちゃんが、今年はボクと一緒に修学旅行に行ったり、部活したり思い出いっぱい作りたいって言ってくれて、すごく嬉しかった。和田先生もボクやお父さんお母さんのことを気遣って、学校には体のことを内緒にしてくれるって……それで……すごく……すごく悩んだんだ…けど…」
「うちのクラスに来た…というわけだな」
「うん…」
大切な友達や数少ない味方の先生の話をしたからか少しだけ呼吸も穏やかになり、鳴咽も収まってきたようだ。
「7月に…、うちのクラスの三者面談あったでしょ」
「ああ」
「ウチは…まだお母さん鬱病が治ってなくて、お父さんも仕事で来れないから大伯母のゆかりさんに来てもらったんだ」
やはりまだ……治ってなかったか……。いや、当然か。
自然治癒するくらいなら心療内科もカウンセリングも生まれないしな。
「ボクの体のことは聞かれなかったけど、お母さんの状態のこと…少しだけ聞かれて、いま鬱病だって先生が知って……」
「ひどいこと言われたのか?」
「ううん。違う。たぶん先生には悪気なくて心配してくれたんだと思う。"進路きちんと決めて、お母さ
んを安心させてあげなさい"…って」
悪気のない人間の軽率な言葉ほど、深く人を失望させるものもない。
うちのクラスの担任は別に嫌なやつじゃないけど、まだ新米で余裕もないからなぁ…。
「その時に、お母さん……今もボクのせいで傷ついてるんだ……って思った。ボク、学校のこととか友達のこととか、毎日きちんとお母さんに話して、安心してもらいたかったのに……、それが本当は全部…作り物で……嘘で……偽りだったから……きっと……そのこと……気にして……」
再び息が乱れてきた。
***
「嘘で偽り?何でだよ」
「ボクは……ボクは心も育ちも、本物の女の子じゃなくて、男だったんだよ!? なのに、修学旅行で本当の姿だって言ってくれた小椋くんの言葉を、都合よく解釈して…本当の自分がわかってもらえてる……なんて……勝手に嬉しくなって……。 病気のせいにして毎日小椋くんやクラスの子達にも嘘をついて、女子更衣室で着替えて、他の女子と女湯にも入って………! こんな……髪だ
って……男みたいに思われたくないから
こんなに伸ばしたりして……! 」
語気を強めて感情を爆発させた本橋は、傍のペン立てに刺してあった鋏を手にした。鋏は刃渡り15センチはあろうかという大きなもので、固めのボール紙や画用紙数枚も容易く切り裂けそうな鉄製のものだ。
そして左肩にかかるセミロングのふわりとした髪を乱暴に掴むと、その鋏で乱暴に切り始めた。
「おい!何してんだ!止せ!」
それは決して身嗜みや美容の類いのものではなく、規約違反したアイドルがネットで謝罪をアピールするような断髪式でもなく、ただただ暗く苦痛な感情に任せた自傷行為に他ならなかった。
声は届かない。無機質な鋏の金属音が連続する。手を止めない本橋の左サイドの髪は、隠れていた耳がすべて見えるほど乱雑に切り落とされてしまった。
まかり間違えばその柔らかそうな顔や綺麗な襟元の素肌も傷つけてしまいそうな大きく鋭い刃。
切り落とされ床に散らばる女の子の象徴たる髪。
再び溢れそうな涙と鳴咽。
それらを前にして、俺の中で何かが吹っ切れた。
ただ、ひとつだけハッキリと解るのは、この涙を、辛そうな顔を見たくない。その為なら何でもするという確かな気持ちだった。
「……」
俺はこれ以上刺激しないように、無言で自分の左手を、彼女の顔と鋏の間に伸ばすと、顔とは反対の方向に倒すように刃の背を押し、そのままバクッと2枚の刃を閉じて掴んだ。
これでもう鋏は動かせない。
「お…小椋くん…!手、離して。あ、あぶないよ……」
「離すのはそっちだ。俺は、お前を、何一つとして嘘だなんて思わない。だから、自分のことを責めたりしないでくれ……」
「どうして!?ボクなんかどうなったっていいじゃない!小椋くんだってきっと思うよ!最低最悪だって!あの時のフットサルの連中みたいに、楓オマエ気持ち悪い!って!」
「思わない。楓は、何も悪くない。楓は、気持ち悪くなんて……ない……」
「ふ……ぅ゛うっ………!」
グリップを持つ手から力が抜けていき、俺はを刃を掴んだまま自分のほうに引っ張って鋏を奪取した。
うつむきと、長い沈黙があった。
それから5分、いや…10分くらい経っただろうか…
彼女は窓の鍵を外して開き、淡々とした動きで外の手すりに手をかけた。
ここは校舎の3階。その行為が意味するものが電速で頭をよぎり、俺は手にした鋏を後ろの床に投げ捨てた。
「楓ッ!」
その細い腕を掴み、ありったけの力で部屋の中へ引き戻し、その華奢な体を抱き留める。
何と思われてもいい。嫌われてもいい。神様なんて信じない俺が、この口から言い放つ、その願いだけは、叶ってくれ…! そう思った。
「死なないでくれ……! 楓は……俺の……俺の大切な人だ!!! だから……だから死んじゃダメだッ!!」
「小椋……くん……?」
外から吹きつけてくる風と、耳の後ろから聞こえる声に、泣きそうになる。
「ご両親だって二人ともまだ生きてるんだろ!? 取り返しのつかない俺とは違う。いつか……必ず何とかなる!! だから……死ぬな楓! 死んじゃ駄目だ!」
「死なないよ?」
「えっ?」
……
え?
「いや、でも今窓を開け放して身を乗り出して…」
俺は彼女の背中に回していた両手を離し、二の腕をあたりを掴んで、目を見る。
本橋は視線を逸らして気恥ずかしそうに言った。
「それは……気分が滅入ってたから……、その、外の空気吸おうと思ったんだけど……」
「はいいい~!? おまっ……」
「ご、ごめん……。なんか誤解させ……た……?」
するわ!誤解!?どうみてもそういう流れと雰囲気だったぢゃねーかっ!
それに
「お別れって言ってたぞ」
「あ、あれは学校にはもう来ないって意味で……」
はぁあああ~~っ!?。やっちまったか―――~~。
うーむ……、でも話す前のテンションとか、いま冷静に考えると、お別れはそういう意味合いが強いかぁ……。
感情の渦?雰囲気に呑まれたなぁ。
沈みゆく黄昏を前に、どっと力が抜け、俺たちは床にへたりこんだ。
***
「あ……あの、小椋くん。ボクも……聞いていい?」
「何だ?」
「"取り返しのつかない俺とは違う"……って、どういう……意味?」
「ああ……。それは……」
それは――
俺が、墓場まで持っていくと決めた、俺だけが知る"真実"だった。
だがもういい。すべてをさらけ出して向き合ってくれた楓に、今さら隠し事なんかしたくなかった。
だから迷わなかった。
「そのまんまの意味だよ。俺の両親はもうこの世にいない。二人とも、去年、重い病気で死んだんだ」
「あっ」
その反応から察するに、もしかすると学校で既に誰かから聞いてて、うっかり忘れてたとか、そういう感じかな。
たしかに全然見知らぬ同級生の親とか葬式に来てたしな。御悔やみが知れ渡ってて触れないようにされてても不思議ではない。
だけど……
「だけど本当は、二人とも、俺のせいで死んだんだ。俺が…殺したようなものなんだ」
「……!!?」
「楓はさっき自分のことを最低最悪って言ったけど、俺にはそうは思えなかった。いくらなんでも、そこまで酷い目に遇って、逃げたり怯えたり、辛い思いしなくてもいいんじゃないかって……。 少なくとも俺なんかには……本当は、誰かを悪いなんて言う資格も権利も無いんだ……」
言う決心のもと話している筈なのに、視線は床に向いて楓の反応を見るのが怖くなる。
本心の反映なのか、体はなかなか思い通りに動てくれないものだ。
「だって俺は、正真正銘の罪人で、本来なら誰かに恨まれて殺されても仕方ないほど酷い極悪人だからな。 人殺しで、親殺しで……。どれだけ懺悔しても、もしあの世があるなら、俺は絶対に地獄に行くんだろうなって思ってる」
「小椋くんが……罪人……人殺し……?」
大きな古傷を明かしてくれた友達に、俺も隠してきた罪を出しきろう。
そう思って、うつ向いていた顔を上げたその時だった。
いつの間にか橋本の後ろの椅子に、見覚えのある白衣を羽織った人物が座っている。
その人は片方の脚をもう片方の膝に乗せて、いわゆる女王様座りで、床にいる俺達を見下ろしていた。
「はいそこまで。 続きは保健室で聞かせてくれるかしら?」
今回から着手した題材は多くの方々のお心遣いと、暖かいご助力があってはじめて扱い、描くことが出来ました。皆様、本当にありがとうございます。