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仮性彼女な私とボクと  作者: オーシャン
3/13

図書室

……<CLOSE>

 図書室入口のドアには閉館を示す札がかけられていた。確認のため俺はドアノブを捻ってみるが……。


「やっぱり閉まってるよな…鍵」


 事務室や職員室と同じく、図書室もまた大規模な展示物や飾り付けの対象にならなかった場所だ。実行委員が戸締り確認で閉めたというより、ここは今日の最初から閉まっていたのだろう。

 時刻は午後4時。外もうっすらと陽が落ちてきていて、廊下側から見ても閉館中の図書室に(たたず)薄暗(うすぐら)さと静けさは普段の比ではなかった。

 本橋はこの場所で待っていたんだろうか……。どこに行ったんだろう。

 ともかく、もう一度メールしてみよう。


『来たよ。図書室、鍵閉まってるけど』

 送信…っと。

 その数秒後に図書室の中からガチャン!ガチャン!と大きな物音が2回聞こえた。


「……っ!?……!!?」


 突然のことに、俺の体は反射的にビクッと強張り、身構えてしまう。

 薄暗い図書室の扉が開いて、俺を呼び出したメールの主がはにかみながら現れた。


「ごめんごめん。内側から鍵閉めてたから判りづらかったよね。委員会おつかれさま」

「わかるかッ」

「びゃっ」


 俺は本橋の額にソフトなチョップでツッコミを入れる。


「どうやって入ったんだ?鍵は?最初から閉まってたはずだぞ」

「そこはほら♪ 私、図書委員だから」


 制服のポケットから得意気に鍵を取り出して見せる本橋に俺は唖然とした。

 完全に消えてたぞ気配。どこで身につけたその潜伏術。


「ま、ま、とりあえず入って入って。忙しいのにわざわざごめんね」

「あぁ……そんな、自分の家みたいに自然に言うのねキミは」


 俺はいまいち釈然としないまま招き入れられ、図書室に入った。

 前を進む本橋の髪は出会った頃のショートボブよりだいぶ伸びて、襟足から肩にかかるくらいの可愛らしいセミロングになっていた。

 頭頂部近くでは髪の束がびよんっ と、イレギュラーに跳ねていた。いわゆるアホ毛というやつで、寝グセの類だと思う。これも可愛い&レアなので本人には黙っておこう。

 古い本の匂いに混じって、ふんわりと甘い、女の子特有のシャンプーの香りを感じた。

 だがそんな余韻に浸る間もなく、部屋の中の不気味な薄暗さが再び恐怖を掻き立ててきた。


「暗いよ!この部屋」

「あ、ごめん。私、ずっとここにいたからかな…?目が慣れちゃって、気にならなかったみたい」

「ずっと……っていつから来てたんだ?」

「午後1時くらいかな」


 どぇっ!?午後1時って……3時間もここに一人で居たのかよ!?


「こんなうすら暗い場所じゃ変な気分になって、話どころじゃないだろ」

「変な気分……?」


 し、しまった……。

 語弊があったな。女の子と一対一で<変な気分>とか<変な気持ち>はマズイ。いやらしい意味合いも含んでしまう。


「いや、恐い映画とかにあるやつだよ。オバケとか出てくる時みたいな、そういう感じ」

「そっか。小椋くん、オバケとか苦手だったんだ? ごめんね」


 くっ……。本橋の前で自ら弱点を吐露してしまうとは……。


「ともかく、電気()けよーぜ。電気。これじゃ目にも悪いし」

「ま……待って!灯けちゃダメッ!」


 急に強い口調になる本橋に、俺は照明スイッチに伸ばそうとした手を止めた。


「ダメって言われてもな……。あ、それならカーテンは?まだ日も沈んでないし、開ければ少しは明るくなるだろ」

「う、うん……。それなら……」

 俺は約半分ほど閉まっていた図書室のカーテンをきっちり全て開ける。それでも薄暗い。

「なあ本橋、レースのカーテンも開け…」


ガチャン! ガチャン!


 俺の声を遮るかのように、再び聞き覚えのある金属音が、響く。


「え……入り口の鍵、また閉めたの?」

「うん」

「な……何で……」

「……」


 ***


 本橋からのメールには気になる点が2つあった。


『会って話したいことがあります。もし時間が空いたら図書室まで来てほしいです』


 ひとつは敬語だったこと。初めて話をした日から今日に至るまで、俺たちは一緒に遊ぶ時も勉強する時も、どちらも敬語で話したことはない。

 多少真面目な話であっても過剰に気を使うことはないし、いつもタメ語だ。

 話す前から敬語でお願いをするということは、その内容も決して笑いながら話せるようなものではなく、至極真剣なものなのだろうと推察できた。


 もうひとつは、図書室という場所だ。

 ここは外部からの音を遮断し、静かな空間を期す(ため)窓は二重ガラス、入り口も二重扉だ。

 外部の音を遮断――、それはすなわち、逆に内部の音も外には一切漏れないことを意味している。

 これから本橋は、他の生徒はおろか先生たち大人にも絶対聞かれたくない話を、俺にするつもりで学校に来たのだ。

 それも、あまり良さげな話ではなく…、メール等の記録が残る場では絶対したくない話……。

 考えたくはなかったが、目の前の沈黙が俺の不安をより増大させた。


「小椋くん」

「な、なんだ?」

「あのね……背中にリボンが……」

「ふぁいっ!?」


 本橋が指差す俺の肩から背中にかけて水玉とピンクのリボン型シールがくっついていた。

 バザーのラッピングに使われていたものだ。誰かの悪戯ではなく、片付け作業中に偶然くっついたと信じたい…。

にしてもこれを付けたまま過ごしていたと思うと…は、恥ずかしぃ…!! 今日は実行委員くらいしか来てなかったとはいえ何人の人に見られたのだろう…。

 本橋は俺の後ろに回り、背中をタッチして場所を伝える。


「はい。ここと、ここと、ここ」

「3つも付いてんの!?」

「あ、じっとしてて……。そーっと剥がさないと制服に紙と糊のあとが残っちゃうから……」

「あ、ああ……」


 背中にひっ付いたリボンシールは、本橋の手で一枚一枚丁寧に剥がされていった。上着を脱いだ方が早いとも思ったが、ここは本橋の優しさが嬉しく、素直に甘えることにした。


「はい、取れたよ」

「ありがとう」


 俺がこんなの付けてたら大事な話もしづらいよな。

 本橋から手渡されたリボンを見てあらためてそう思った。


「リボン、小椋くんに気づかれないように誰かが付けたのかな?だとしたら、昨日のお化け屋敷の効果だね」

「お化け屋敷……うちのクラスの?何で?」

「だってほら、小椋くん魔女の衣装で受付してたでしょ。うちのクラスだけじゃなく他のクラスの子たちにもすごくウケてたし、きっとファンだよ、ファン!」


 うっっ―――――。

 うちのクラスの催し物はお化け屋敷。脅かし役は男子がすることに決まったが、暗がりが苦手な俺は実行委員に頼んで受付とビラ配りに回してもらった。

 そしたら当日になって『受付は制服、ジャージでの参加は認めません』と知らされた。

 更衣室にて制服を脱いだタイミングで委員から衣装の入った紙袋を手渡され、手渡した本人は俺の制服を持ち去っていった。更衣室の寒さはパンツとTシャツの守備力で凌げるほど甘くはなく、また、そんな格好で制服を取り返しに文化祭中の校内を彷徨(うろつ)けるわけもなく……。俺に残された選択は魔女服(ウィッチドレス)を着ることだけだった。他の男子から引っぱり出され、そのまま強制参加。制服がロッカーに返ってきたのは文化祭が終わった後である。


「うん。まあ黒歴史だな。そこはあんまり触れないでほし……」

「男子にも女子にも大人気だったね」


◆◆◆

"こここっこれが小椋!?""ぱんつッ、パンツはどんなのはいてんのっ!?""んほぉぉッ絶対領域"、"スカートもちょい(まく)れっ!(まく)れーン!"

「おまえら話を聞けッッ!何だ(まく)れーンって!?」

◆◆◆


 ったく……10月がハロウィンシーズンだからってそこまでディテールに凝らなくてもよかろうに。悪ふざけにも程があるぞ。恨むわ昨今のハロウィン風習(ブーム)を。


「私よりずっと似合ってたよ」

「とどめ刺す気か。俺、幼稚園の頃から小さい背格好(ナリ)が男らしくない とか、声が高くて女の子みたいね とか弄られてるけど今回のはガチで堪えたぞ。同い年の女子からハッキリ言われると言葉の重みが洒落(シャレ)になんないって……」

「そ、そこまで気にしなくても……。ヅァニーズJr.とか女顔の子も多いし、第一印象で嫌われるよりずっと良いよ」

「第一印象ねぇ……」


 俺は自分を芸能人のルックスだなんて間違っても思わないが、嫌われるよりは良いという本橋の言葉は案外正論で、俺の羞恥心と憤りを鎮めてくれた。

 だとしても背中にリボンを貼ったやつがいるなら普通に怒るけどな。100歩譲って貼らせるとしても正面から頼んで貼りやがれってんだ。

 まあ過ぎちゃったことは仕方ないか。


「やれやれ。本橋と話してなかったら明日どんだけ(へこ)んでいたかわかんないな。卒業まで残り半年切ったけど、これからも今まで通りよろしくな」

「そっ……そのことなんだけど……」


 自嘲気味に苦笑いしながら話を締めて、安堵しようとする俺に本橋は返答を詰まらせる。

 ふと気が付くと、その表情は曇りかけていた。


「?」

「……無理、かな……。もう学校には……来ない……から……」

「えっ」


 その声は、かすかに震えていた。


「もう学校には来ない……!?話したいことって、もしかして…」


 彼女はコクンと頷く。そして小さく呼吸を整えた。


「黙っていなくなるつもりだったけど、小椋くんには私…ううん…、ボクからきちんとお別れをしておきたかったんだ」


 窓から射し込み、部屋を照す陽の橙色(オレンジ)は、ゆっくりと緋色(あか)に変わりつつあった。

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