復活のプリンセス
古今東西で、風邪は流行り病。
杏と入れ替わるように次の患者が出てしまった……。
「おかゆ、梅干し、小松菜のスムージー、けんちん汁…そして焙じ茶……」
「ゆっくり食べなよ。胃腸に負担かけないように、根菜は軟らかく煮ておいた」
「ありがとう」
俺は学校帰りに寄った頼斗の家でエプロンつっかけて夕餉を配膳していた。
「おねーちゃん。にいにのかのじょ?」
「かのっ……!?。おねーちゃんじゃなくて、おにーちゃんだよ。男だよ」
「ふええ……。おとこのひとなの?」
「そうだぞ。兄ちゃんのちんちんと違って、このおにーちゃんのは小さいけど、ちゃんと付いてるよ。今度みせてもらえ」
「飯のときにシモの話はするなよ。あと小さいは余計だっつの」
頼斗の自宅は町外れの借家だ。両親が遅くまで共働きなので、高校生の長男と次男の頼斗が幼い弟と妹の世話をしている。
周りからはヤングケアラーなどと言われるが、本人はごく普通のことだと否定する。
杏のことで色々あってか疲れも溜まってか、頼斗も寝込んでしまった。
「体冷やすと免疫力が落ちるから、とにかく冷えないように気をつけろ」
「翔太からもらったロンドセクターが早すぎて冷えちゃったんだな」
「命名するほど気に入ってたんかい」
あの電動自転車は軽めに漕いで時速20キロ以上ゆうに出る代物。飛ばしすぎて冷えるのも分からんではない。
「皿洗いと洗濯終わったら俺は帰るけど、くれぐれも無理はしないでね。煮物とか、タッパーに入ってるのはレンチンしてみんなで食べていいし、すり下ろしたリンゴも、ハチミツかけておやつにしてね」
「やたら優しいな翔太。明日は雪かな?」
頼斗は杏のことが好きだ。
俺は親友の好きな女の子を横取りしようなんて邪な気持ちは無い。
幼なじみの杏と何処かに出かけることなんて、今までもこれからも幾度となくあって然るべきことであるし、何も、おかしなことではない。
……でも普段からこうして信用を作っておかないと、いざ誤解されたら怖いとも思う。
「初雪は……積もらない……だっけ?」
「まだ暖かいからだろ。積もる前に融けて消えちまう」
あわや恋心の新雪が降っても、積もらせることがないように、と、俺は心の中で宣誓した。
「そうだよな」
◇◇◇
自宅に帰ると楓が玄関前で待っていた。
「ん」
どこで見つけてきたのか、ハンズフリーで使える小型マイクを手渡され、使い方を説明された。
作りは玩具のようだけど服に付けてオンにすれば5時間くらい使えて、人の会話を拾える、送受信電波の半径も10メートルくらいある優れものらしい。
「なあ、本当に尾行する気なのか」
「ん?女たらしの小椋くんが逃げたいなら逃げてもいいんだよ?」
「に、逃げるってなんだよ……」
「杏ちゃんの気持ち、確かめるの怖いもんね」
くっ……。煽りおるわ。意外と根に持つタイプなのか……。
「俺は女たらしじゃないので、逃げません。よろしくお願いします」
「ふん。その威勢の良さが乙女モードの杏ちゃん相手にどこまで続くかな」
「……」
「な、なに?黙り込んで……」
「楓は、怒るとちょっと男口調になるんだなって。新しい発見」
「はああ!?い、いま関係ないでしょそれは」
赤面させつつも、なお逆撫でしてしまった。怖いけど、楓に怒られるのも悪くない気がしてきた。だって楓は可愛いんだもん。
「ごめんごめん。無線ありがとう。日程は、あとでメールするよ」
「じゃあね」
自転車に乗る楓。
「あっ!楓、ちょっとまって」
「?」
「制服のスカート、お尻の下に敷かないと、めくれてパンツ見えるぞ」
ごめん。乗るとき既に見えちゃった。
サドルに座り直した楓は、帰り道とは逆方向に漕ぎ出し、Uターン……。
あ、戻ってきた。
なんかだんだん早く接近してるような
「スパークリングアターック!」
「うわあああ!轢き逃げするなぁっ」
また少し停まり、轢かれかけて慌てた俺の顔をチラ見して楓はそのまま帰っていった。
当然のごとくガレージの戸は空いていて、またナチュラルに私物化されたなーと俺は気づく。暗証番号は教えたけどまさか1回で憶えるとは……。
乗りこなしてもらえて良かったねロンドセクター。
◇◇◇
翌朝、ホームルーム前に図書室でひとり勉強していると、杏がやってきた。
「おはよ。翔ちゃん。今日も早いね。たまには一緒に登校してもいいのに」
「勉強時間が惜しいだけだよ……。体はもう大丈夫なのか?」
「はい!みんなのおかげで、プリティGOODな杏ちゃん復活デス!ご心配をお掛けしました」
親指を立ててウインクする仕草、サイドテールに結んだ髪、背筋を伸ばし、スクールベストで少しだけ強調される胸の膨らみ…。
男子も女子も見惚れるカワイコちゃんの姿。本人も望んで可愛がられているんだろうなぁ。
「病み上がりで申し訳ないんだけど、ちょっと相談したいことがあるんだ」
「相談?なになに?何でも言って」
「楓とケンカしちゃった」
「!?」
「んで、仲直りにデートしたりプレゼント贈りたいから、明日の土曜日ヒマなら、デートコースの下見とかプレゼント選び手伝ってほしい。あ。もちろん俺のおごりで」
「……」
杏は、窓を開けて、ふうと深呼吸すると、再び息を深く吸った。
「何やっとんじゃ〜〜〜い!」
「こ、声がでかい!人が来るだろっ。閉めろ閉めろ」
慌てて窓を閉める俺の両肩を掴んでガクガクと揺らす杏。
「私がいない間に進展してると思ってたんだけど!?ケンカってなに?ねえ何?」
「お、落ち着けよ。単なる口喧嘩だよ。ちょっと悪態ついてみたら恥ずかしがらせちゃって、ツンデレ(ツンギレか?)誘発させちゃったかなぁ?……みたいな?」
「あのさぁ……」
両手の甲を腰につけて、やれやれ、まったく……といった反応で、杏は下を向いてため息をついた。
「ママから聞いたし見せてもらったけど、おうちでカエちゃんに押し倒されるまでいって、いい感じだったらしいじゃん?」
「あ、あれは、ちょっとした事故で……。不可抗力だったし」
「すぐそのままキスくらい行けば良かったのに」
「も、物事には順序があるだろっ。まず俺ら受験生だし、デートらしいデートも未だしてないし、清い付き合いするのが誠実……だと思うんだけどなあ」
「えー。ふるくさーい。かたくるしー」
うるせー。年がら年中、自由奔放なやつに言われたくないよ。
◇◇◇
「なるほど。このモテモテの自由恋愛ヒロイン杏ちゃんに手取り足取り、恋愛指導をしてほしいわけね」
うわー……自画自賛しちゃったよ。
やっぱり相談するんじゃなかったかなあ
でも楓との約束もあるし、この場はとりあえず低姿勢で……。
「は、はい……。そうです」
「いま『うわー自画自賛しちゃったよ。やめときゃ良かったかなあ』とか思ったでしょ?」
「うっ」
「そういう本音隠しがいちばん良くないの。もう、女心がわかってないんだから」
自意識過剰の自覚があったのか、ブラフなのかはわからないけど、早くも杏に一本とられてしまった。
「ごめん」
「ん。素直でよろしい」
予鈴のチャイムが鳴って、俺たちはそれぞれの教室に戻る。
人は予定と時間を共有して、お互いに自分という人間を示し、理解を深めていくこともある。
結果それがうまくいかなかったとしても、偽りのない自分をさらけ出せたのなら悔い無く、諦めもつく。
その意味では杏の言ってることは正論なのかもしれない。
「翔ちゃん、ちょっと変わったね。さっきは私あんなこと言ったけど、前より自分の気持ち話してくれてるって思った」
「そ、そうかな?」
「うん。相談あるって言われて嬉しかったし、何か昔に戻ったみたいだった」
将来、学業や仕事で誰々に言われたから、または生活の為、誰かと関係を作っていくこともあるんだろうけど、
個人同士で近しい間柄、親しくなりたい人相手に不本意な関係の継続は、不自然なことだと俺は思う。
「俺は、杏が元気になったのがわかって安心したよ」
とりあえず、楓には全力で謝ろう。
杏にはデート断られました俺は調子こいてましたスミマセンって。
それで勝負の方は何とかドローに……
「あっ、デートの話だけど、いいよっ!」
「ふぇっ!?」
C組の教室に入りかけた杏は、体半分だけ廊下に出して振り向いて手を振る。
「なるべく近いところが良いかなぁ。じゃあね〜。楽しみにしてる〜」
「お、おう……」
返事のタイミングが悪かった……。
B組に入ると、途端に俺はクラスのみんなから質問攻めにされた。
「デートってどういうことだよ翔太」
「受験生だってのに余裕こいてんの!?」
「やっぱりなあ。お似合いだと思ってたんだよ俺は最初からわかってた」
「かな〜しみの〜むくぉえと〜」
「はいはい席についたついた。ホームルーム始めますよ」
あ、先生が来た。
「先生。翔太のやつ、よりによって杏ちゅわんとデートを」
「小椋ァ!このバカチンがぁ。あとで生徒指導室に来なさい」
「せ、先生ぇええええ」
そんな俺を横目に楓は教科書で口元を隠して笑みを堪えていた。
釈迦の掌の上の孫悟空?どこまで計算されて試されていたのか。
これが運命であってたまるかと心の中で憤慨しつつ、俺は明日、杏との仮デートに臨むのだった。




