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魔王転生

 また今日も一人、クラスメイトが向こうの世界に転生してしまった。


 これでもう、この学校だけでも124人目だ。異世界転生は全国的な流行だというから、日本全体で見ればもう何万人と地球を旅立ってしまったことになる。何てったって今ではほぼ毎日、誰かが異世界に転生している。


 すっかり人がいなくなり、がらんとした校舎に夕日が差し込んできた。僕は一人帰り支度を済ませ、オレンジ色に染まった廊下を俯いて歩き出した。最近じゃ人数不足で野球部も廃部になって、グラウンドからは掛け声も聞こえてこない。あれほど耳障りに思っていた怒鳴り声も、なくなってしまうと不気味なほど静寂が際立ってしまう。静まり返った廊下で息も詰まりそうになりながら、僕は急いで校門をくぐった。



「やあ、唯人くん」


 通学路に出たところで、スーツ姿のビジネスマンに声をかけられた。およそ学生服姿で溢れた…と言えるほどもう賑わってもいないが…通学路には相応しくない格好の男だ。僕は軽く会釈を返した。


「臥竜さん」

「どうだい?転生する気になったかな?」

「……」

 僕は無視して通学路を歩き出した。臥竜さんは『転生ビジネス』をやっている近くの会社の営業マンだ。何が儲かるのか知らないが、こうして道端でスカウトを繰り返しては学生を異世界に転生させていた。密かに僕は彼のことを『誘拐犯』と呼んでいる。置いていかれそうになった臥竜さんは、慌てて僕の後ろをついてきた。


「惜しいなぁ〜!君なら今すぐにでも、向こうの世界で『ヒーロー』になれると思うんだけどね!もちろん悪いようにはしない!必ず成功が約束された世界に連れて行ってあげる!」

「はあ…」


 いつもの調子で、僕が聞いてもいないのに臥竜さんが営業トークを始める。臥竜さんはどうしても、僕に転生してほしいようだった。というか、もうめぼしい生徒はほとんど向こうに行ってしまった。


「オプションもすごいよ!どんなチート能力だって、望むようにつけてあげる!それに容姿も、種族も、思うがまま!ハーレムだって自由自在さ!君がここにちょっとサインするだけで…」

「…健介はどうなりましたか?」


 僕が振り返ると、臥竜さんははたと立ち止まった。


「…向こうの世界で魔王になって。この間アニメ化されてたから、全部知ってるんですよ。ふざけたチート能力で現地の人を困らせたり、女の人を奴隷みたいに扱かって…!健介は、昔はあんなやつじゃなかったのに!」

毎週水曜日、健介の活躍は深夜1時45分から絶賛放送中だ。

「…健介君は向こうで楽しくやっているよ。アニメで映し出されたものは、彼のほんの一部分を脚色したものに過ぎない」

「返してください!昔の健介を!」



 僕は思わず叫んでいた。友達がいなくなり、一人取り残されて寂しかったのだと、堰を切ったように感情が溢れ出してようやく気がついた。いっそ自分も、何もかも忘れて異世界に旅立ってしまったら…そう心が揺らぐこともあった。それでも僕を押しとどめていたのは、僕までこの世界からいなくなってしまったら、もう健介達は二度とこちらに帰ってこないんじゃないかという思いからだった。


「やれやれ。君はどうしても、異世界に転生したくないっていうのかい?」

「…ええ」

「しょうがないな、それじゃあ」


 臥竜さんは呆れたように肩をすくめた。


「健介君をこちらに呼ぼう」

「……え?」


 僕が固まるのを見て、臥竜さんは笑った。


「なあに、僕だって心ある人間さ。人々を望んだ世界に転生させることで、幸せにしてやろうと志していたが、君の言葉にとても胸を打たれたよ」

 臥竜さんは鞄から何やら機材を取り出し、道端で組み立て始めた。四角いゲートのような姿になったその機械は、何やら中央に青白い光が浮かんでいた。


「きっと健介君も君に会って喜ぶだろうなあ。チート能力も、ハーレムも…自分の思い通りになった心地よい世界を捨ててでも、君に会いたいだろうさ」

「そんな…あの魔王がここに…!?」


 僕はゴクリと唾を飲み込んだ。あんなアニメでしか見たことのないような傍若無人の化け物がこちらで暴れだしたら…僕は跡形もなく消し飛んでしまうに違いない。


「おいおい、なんてひどいことを言うんだ!健介君だよ、彼は!君の友達じゃないか!」

 臥竜さんが機械のスイッチを入れた。青白い光が輝きを増し、稲妻のような爆音が辺りに轟いた。

「うわあっ!」


 あまりの爆風で吹き飛ばされそうになりながら、僕は思わず尻餅をついた。突然の閃光で、視界が一瞬奪われる。どこからともなくドライアイスのような煙が立ち込めてきて、通学路は文字通り真っ白に染まった。



「あ…」

 やがて、煙の奥に青白い光の前に立つその人物の姿を発見して、僕は息を飲んだ。どこからともなく、臥竜さんの声が聞こえてくる。


「さあ…感動のご対面だ」

「ここは…お前は、ユイト!?こんなところで何やってる…!?」


 健介…いや、元健介だった男が僕の顔を見て驚いたように目を丸くした。その姿…全身に漆黒の鎧を纏い、身の丈ほどもある巨大な剣を背負ったシルエットは、アニメで見たあの魔王そのものだった。


「け、健介…!」

「やあ健介君、久しぶりだね!今ちょうど唯人君とお話ししていてね、君に本当に必要なのはチート能力でもハーレムでもなく、唯の人間の友達だってことに僕も気づかされたのさ」

「なんだと…!?」

「唯人君はどぉぉうしても、この世界を離れたくないらしいんだ。立派な心がけだよねぇ!素晴らしいよねえぇ!?」

「お前…本当にそんなこと言ったのか!?」


 怒りで顔を真っ赤にさせた健介は、僕を首根っこを掴むと軽々と持ち上げて見せた。剥き出しになった悪魔のような八重歯を見つめながら、僕はガタガタ震えが止まらなくなった。

 今の健介はどう見ても、見た目も中身も僕の知っている健介ではない。きっと先ほどまで彼は、昔自分がいたこの世界のことなんてとうに捨て去って、自分を生まれながらの魔王だと信じ込んでいたのだろう。そんな魔王を無理やり楽園から呼び戻したりしたらどうなるか…想像したくもなかった。



「よくも…!!ユイトをこんな世界に転生させやがって!」

「え…?」

「お前、もしかして、自分が生まれながらのここの世界の人間だって信じ込んでいるのか…?」

 健介が悲しそうに言った。僕はただ、目を白黒させることしかできなかった。


 そんなはずはない。僕は元々この世界の人間で…異世界転生だとか、チート能力なんてむしろ反対派で…。そんな…。


 片手で僕を振り回しながら、怒り狂った健介が臥竜さんに向かって吠えた。

「返してもらうぞ、昔の、魔族だった頃のユイトを!!」

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