ダンジョン転生
元いた世界を飛び出してから、早三ヶ月が経った。
朝日が昇る頃には、俺の住む村にエヴァ=ドラゴンの鬨の声が響き渡る。この鶏ほどの小さなドラゴンの、余りにも大きすぎる鳴き声の前に、ぐっすり寝ていられる人などいやしない。村中が叩き起こされるこの起床イベントにも、だいぶ慣れてきた。
「ヤマトさん!お疲れ様です!」
「おうヤマト!精が出るな!!」
道行く人たちに右手で挨拶を返しながら、俺は今日も元気にモンスター退治に出かける。羽の生えた羊たちはのんびりと草を食み、行商人が馬を引き連れ農民と「根絶やし草」を取引している。水平線の彼方まで広がるのどかな蒼穹の景色が、俺はとても気に入っていた。
俺は異世界に転生する前、高校生として地方の寂れた公立高に通っていた。学生時代はさっぱり目立たない、休み時間に寝たふりをして過ごしているような、虚しい生活を送っていた。楽しい記憶も、悲しい記憶も今となっては色褪せてよく思い出せない。勿論特別な力など何もない、平均以下の退屈な日々。あの日あの時、クリスティと名乗る魔女から異世界へ招待されなかったら、今頃引きこもって退学していたかもしれない。
「よし…やるか!」
許可証がないと立ち入りができない『禁忌の森』の前に辿り着くと、俺は『チートの剣』を鞘から抜いた。昨日はレベル31まで攻略できたから、今日はその続きからだ。【どんなものでも自分の都合よく斬れる】、伝説の剣だ。勇者として異世界に転生してきた俺の、心強い味方だった。
「さあ行きましょう、ヤマト様」
「おう」
入り口で待っていた魔女・クリスティに白い歯をみせると、彼女は右手に持っていた杖から青白い光を放った。その光に包まれた俺達は、レベル32階層まで一気に転送された。
「オオオオオオオ…!!」
ダンジョンでは、相変わらず歯ごたえのないモンスター達がどうにかして俺達を打ち負かそうと四方八方から迫ってくる。どれだけ強靭だろうと、奇策を張りめぐらそうと、チート能力者である俺の敵ではなかった。火属性弱点のスライムに【都合よく】火属性の斬撃を与えながら、あくびまじりに一番奥深くまで最短ルートで駆け抜けていく。
「流石です!ヤマト様!」
「怪我しないように気をつけろよ、クリスティ」
自分でもびっくりするほど紳士的にクリスティをエスコートしながら、俺は今日も快調に飛ばしていった。今晩は彼女をどこの天空レストランに誘おうか…そんなことを考えていると、いつの間にか目の前に巨大な武装した狼がひれ伏していた。どうやって倒したのか、全く覚えていないくらいだ。狼は膝を付きながら、息も絶え絶え俺を睨み上げた。
「くそ…いい気になるなよヤマト!」
「え?…ああ、はい」
「クソ…自分に都合よく…容姿も性格も何もかも生まれ変わりやがって!」
シュウシュウと、狼の体から白い煙が上がる。狼に掛けられていた魔法が保てなくなり、偽りの姿が解ける兆候だった。
「その魂は、本物のヤマトは俺だってのに…!」
「またいつもの戯言ですよ。ヤマト様、耳を貸さないで」
「え?…ああ、分かってる」
クリスティが冷静に俺を促した。俺は頷き、跪く魔物の前で天高く剣をかざす。全く、いつもこうだ。ここにいるモンスター達は、何故か転生してきた俺を敵視している。「必ず俺は俺の魂を取り返す」とか、「お前は俺の記憶を奪った」とか…笑っちまう話だ。もうこれで偽者の俺は、32体目だ。そんなに何体も、俺がいて堪るか。
「この俺を倒しても、必ずや第二第三の俺が…!!」
「ヤマト様、急いで!」
「おう!」
立ち上がろうとする狼に向かって、サクッと剣を振り下ろす。聞くに堪えない断末魔の叫び声を上げながら、レベル32のボスは絶命していった。最後の抵抗のつもりか、狼の死体は元いた世界の俺の姿そっくりになって転がっていた。
「……お見事でした。またレベルが上がったようですね」
「おう、ありがとな」
その死体を足で転がしながら、クリスティがにっこりと微笑んだ。モンスターを倒すたび、脳内にファンファーレが響き渡り俺は強くなる。レベルが上がると、肉体も精神も元いた世界の自分とはどんどんかけ離れていくような…本当に生まれ変わったような…そんな気分になれた。
「それにしても…敵はなんだって最後わざわざ昔の俺の姿に変身するんだろう」
「本当に、悪趣味ですよね。きっと敵の魔女はヤマト様を惑わそうとしてるのでしょう。大丈夫です、108体全ての魔物を倒せば、貴方はきっと…本物の勇者になれますよ」
「そうだな…じゃあ、帰るか」
少し照れたが、俺はクリスティの手を取った。追放された魔女・クリスティのためにも、必ずやこのダンジョンを攻略してみせる。そう心に誓って、俺達はレベル32を後にした。