一年目 後期(上)
長らくお待たせしました一年目後期を投稿させていただきます。
ザッハート王国の王都は王城を中心にして、周囲を取り囲むように貴族の屋敷が建てられている。
そのうちのひとつ、ザッハート王国の始まりから存在する貴族家であるバランシス公爵家。その屋敷の一室で一人の男が眉根を寄せていた。
ルガール学園、学園長ルクレティウス・バランシス公爵。
二十台半ばの若き公爵がいるのは彼の私室だ。調度品などが置かれる代わりに書棚が左右の壁を埋めつくている。それらは代々バランシス公爵家が集めてきた本の数々で、ルクレティウスも全てに眼を通してはいない。
普段ならば就寝までのあいだに少しずつ読み進めていくのがルクレティウスの楽しみなのだが、今は自分の兄へと送る手紙を書くために机に向かっていた。
(まるで間者だな)
兄への手紙を書くたびにルクレティウスは思う。
実際、報告書を片手に手紙を書く姿はその通りといえたし、内容はある生徒たちの近況報告というのだから諜報活動と言われても仕方のない行為だ。
幼かったころのルクレティウスは様々な困難に対して正面から向き合う兄の背を見て育った。
だが、こうして手紙を書いていると改めて彼は兄が変わってしまったという事実を実感するのだ。
それは王都の貴族からすれば明らかな変化だったのが、臣下ではなく家族として兄を見ていたルクレティウスは臣籍降下するまで気づくことはできなかった。
だからだろう、最近では兄の代わりとなることを望む貴族たちまで現れるようになった。
たしかにルクレティウスは与えられた職務を問題なくこなしている。しかし今の仕事が自分の限界だと彼は認識していた。
だが、それは外から結果だけを見ている者には理解されない。
それもまた、ルクレティウスの悩みの種だ。
彼が机の引き出しにしまわれている何通もの手紙の存在を忌々しく思っていると、ドアがノックされる。
「あなた、そろそろお休みになられたらどうですか」
「そうですよ、まだまだ夜は冷えますからね。私たちが暖めて差し上げます」
寝巻き姿で入ってきたのはルクレティウスの妻であるバーバラとサーシャの二人だった。
ザッハート王国において貴族は二人までしか妻を持たない。そうなった理由はいくつもあるがそれら全てを一言で表すならば”豊かさ”ゆえだ。
他国に輸出できるだけの生産量をもつザッハート王国は、医療や衛生面を発展させるだけの余裕があった。その医学面の恩恵を求めて周辺国の貴族たちは血縁という繋がりを求めてきたのだ。
そのため貴族たちは妻の数に制限をつけるようになった。
その数が二人であり、そのうちの一人、正室であるバーバラは夫の手元の手紙に気づいたが無視して話を続けた。
「お風邪をひくようなことがあってはいけません。仕事に手を抜くわけにはいかないのはわかりますが、第一にご自身を大事にしてくださいませ」
現役の後宮守の騎士でもある側室のサーシャもそれに続く。
「私たちがいる限り、病に罹るなどと思わないことです。しっかり管理させていただきますから」
妻たちの言葉に、ルクレティウスは自然を笑みを浮かべた。
自分を大事にしてくれる妻たちの思いがしっかりと感じられたからだ。
書きかけの手紙と報告書を机にしまうと、二人は待ってましたとばかりに早足でルクレティウスに近づいていく。
「わたくしたち二人でベッドは暖めておきましたから、冷えてしまう前にお早く」
「ええ、すぐ寝室にいきましょう。さあさあ急いで」
バーバラに手を引かれ、サーシャに背を押されながら連れ出されるルクレティウス。その顔は安堵で緩んでいる。
この妻たちにはそれぞれに寝室があるのだが、いつも三人は共に同じベッドで就寝する。
最低でもルクレティウスはどちらか一人とはベッドを共にする。
それはルクレティウス本人が妻たちに頼んだ、たった一つの”わがまま”だった。
かつて兄の代用品として生きていたとき、幼いルクレティウスが感じていたのは孤独だった。
それこそ放蕩に生きて女をはべらせるような生活をすれば、その孤独をごまかすことが出来たのかもしない。だが生来の真面目さがそれを善しとはしなかった。
だから臣籍降下してバーバラ・バランシス公爵令嬢が妻となった後、頭を下げてお願いした。
「横で寝てくれるだけで良い。ずっと側にいてくれないか。夜ひとりだと寂しいんだ」
人肌のぬくもりを知ったゆえの”わがまま”。
男のルクレティウスからすれば恥ずかしい懇願で、女のバーバラからすれば可愛らしい甘えの言葉。
それからの二人は周囲が呆れるほどに仲睦まじい夫婦となる。
それは側室としてサーシャが嫁いできても変わらず、それどころかまるで最初からそうであったかのようにバーバラとサーシャは仲良くなると、ともにルクレティウスを支えるようになった。
(僕は幸せ者だ)
かつて、ルクレティウス・ザッハート・リブラと呼ばれていた青年は、妻たちのぬくもりを感じながら改めて願う。
愛しい妻たちに囲まれた今の生活がずっと続くことを、そして兄が少しずつ前に進むようになることを、王弟はただ心から願った。
◇
中央棟にある鐘がなり、午前の講義の終了を告げた。
「それではこの今日はここまでとします。疑問や質問があれば放課後、教員室まで来てください」
アールス先生がそう告げて教室を出て行ってから、クラスメイトたちは席を立ち始める。
「ルーク、午後はどの講義を取ってるんだ? 俺はいつものように野外訓練場での実技講義なんだが」
そのうちのひとり、ケーニッヒが尋ねてくる。
「今日は座学。領地運営学は出来るだけ受講しておきたいんだ」
その返事にケーニッヒは明らかな落胆を見せる。
ルガール学園は午前の共通講義と午後の選択講義の二週類がある。
そして、それぞれに座学と実技に別れているのだが、午後の講義に関しては学生たちは自分の希望する将来に合わせてどちらかを選ぶようになっている。
文官を目指すものは座学、武官、騎士を目指すものは実技と多くしている。
そういう意味では半々に受講している僕は珍しいのかもしれない。
「なんだ今日もかよ。じゃあ昼食は北棟の食堂か?」
「いや、ケーニッヒが中央棟へ行くなら付き合うよ。ひとりでの食事は味気ないしね」
午後の選択講義で実技を選んでいる学生は野外鍛錬場の近い中央棟で食事を取ることが多い。ケーニッヒもその一人だ。
「そっか、なら急ごうぜ。席がなくなっちまう。それに運が良けりゃあ、お美しいご令嬢と同席できるしな」
ケーニッヒの言葉に思わず苦笑いしてしまう。
彼はケーニッヒ・モール。モール騎士爵家の四男で親と同じ騎士を目指している。
最初は辺境伯家の子息だから僕とは距離をとつもりだったらしいけど、ゲオルグの弟子だと周囲に認識されてから向こうから話しかけてくるようになった。
僕も明け透けに接してくるケーニッヒが快く、今では兄弟弟子とも呼べる相手だ。
「席が空いていれば良いけどね」
「たしかにな、急ごうぜ」
連れだって中央棟へ向かう。
学園では各棟に食堂が設置されている。北棟で学んでいるのは子息だけだから食堂にいるのは子息だけだし、東棟の食堂は令嬢だけだ。
だけど中央棟の食堂は違う。中央棟での講義や野外訓練場に用のある子息令嬢ために共用となっていて、結果として男女の交流の場と化している。
僕も妹のリーネと食事を共にするには中央棟の食堂にいかなくてはいけない。
もっとも今は絶対にリーネはいないだろうけどね。
「うわぁ、やっぱり混んでるな」
中央棟の食堂に到着すればかなりの学生に溢れていた。それでも全員が貴族である以上、ビュッフェの列に乱れはない。
卒業が近づいている学生はここに出会いと求めている場合も多いらしい。そういう意味では中央棟の食堂は社交の場ともいえた。ここで不出来な行いをすれば異性からの評価が瞬く間に落ちることになるのだ。
逆に北棟、東棟の食堂を利用する上級生は、ほとんどが結婚相手のいる子息令嬢ばかりになっている。
「とりあえず列に並ぼうぜ。もたもたしているとゆっくり食事も取れなくなっちまう」
「そうだね。僕も講義には遅れたくない」
二人して列の最後尾に進む。
「しかし、所領をもつ貴族は大変だよな。領民の生活とか常に考えていないといけないんだろ。そういう意味では俺は気が楽だな」
「ケーニッヒは欲がないね、役職とかも欲してないのだからさ」
役職を持つ貴族家は領地を持っていない。所領と権威の二つをひとつの家に集中させないためと、ひとつの仕事に力を注いでほしいためだ。
たとえば、もし僕が王都で何がしかの役職を得た場合は、分家をつくりそちらに辺境領は与えなければいけない。
もちろんどちらにも限りがあるため、両方持っていない貴族家も多い。
「俺が背負えるのは、背負うのは数人くらいだ、領民なんてもんは抱えきれねえよ」
その物言いには好感を持つ。
悪い意味ではなく程度を知っているとでもいうのだろうか。自分の背負うべきものを理解している言葉に自然と笑みが浮かぶ。
「なら、その数人を抱えられるようになるためにも、今はしっかりと食べないとね」
「はは、たしかに、今の俺にできるのはそれくらいだな」
幸い僕たちが食事を得る頃には食堂内は落ち着いてきていて、席にも空きが生まれていた。
異性との接点を求めるならば居座った方が良いのだろうが、そういった下心丸出しの行為ははしたないされている。
「ざんねん、美人のお姉さんと相席は無理だったか」
「そこでお姉さんって条件付けするあたり、ケーニッヒらしいよね。やっぱり年上のほうがいいの?」
貴族において妻の最初の役目は世継ぎを生むことであるため同年代か若い方が好まれる。だが彼は度々今のような言動を口にしている。
「別にえり好みしているわけじゃない、ただ年下は妹を思い出すだけだ。それに俺たちは最下級生なんだから相手を探す何もなにもないだろう」
「たしかにその通りだね」
妹のリーネの同級生はすでに結婚相手を探すために動いている行動的なご令嬢もいるらしいが、そういう意味では僕たちは気楽だ。
「しかしまぁ俺はルークと違って結婚なんて、騎士になれなきゃ意味がないしな」
「騎士爵は仕方がないよ」
騎士爵は貴族の中でもっとも下位で数の多い爵位だ。その理由は後継者になれない次男以降が騎士として任命されることで名乗ることの出来る爵位であるためだ。
そして際限なく増えるのを防ぐために、子供が騎士として任命されなければ継承できない爵位でもある。
そのため騎士爵の中には生まれの順などを考慮せずに、もっとも早く騎士として任命された子を後継者とする家もある。
ケーニッヒの生家のモール騎士爵家もそのひとつらしい。
「来年にも一番上の兄貴が騎士として任命されるだろうからな。それで後継者はほぼ決定だ。他の兄貴たちは同じ時期に任命されればまだ競争相手になれる可能性があるけど、学生の俺は絶対に無理だしな」
肩をすくめるケーニッヒは、しかしその顔は明るい。もとから後継者を狙ってなどいなかったのだろう。
「だから俺が嫁探しをするとしたら騎士になってからだな。女騎士か同僚の妹になるかは判らないけどよ」
女騎士というのは昔、子息のいない騎士爵家の令嬢が家名を残すために騎士となったのが始まりだ。だから今でも後継者として選ばれている令嬢というのはいるらしい。
「そのあたりに関してはいくら僕が辺境伯子息でも手助けはしてあげらないからね」
「田舎貴族のルークの家に始めから期待してねえよ。そんなつもりでお前と友人になったつもりもないからな」
不敬な発言に周囲にいた子息令嬢の何人かが驚きにこちらを見てくる。
もっとも僕が気にしていないことに気づいたのか、聞かなかったことにしたようだ。
そうした周りを気にした様子もなくケーニッヒは続ける。
「それこそルークは妻の条件とかを実家から指示されてたりしないのか。高位貴族となれば相手にも家格とか色々要求するもんだろ?」
「いや、そういうのはないね。なにより王都暮らしの令嬢が辺境の生活に耐えられるかわからないから」
王都のように上下水道などがしっかりと整備されているのは、公爵家や伯爵家といった貴族領の都市ぐらいだ。
「それは偏見じゃねえか。お前の母親だって生粋の王都暮らしだったんだろう、ヴァルゴ公爵家元令嬢なんだからな。だが、だからこそ”辺境伯の妻”じゃなくて”公爵家の縁戚”という立場を求めて求婚してくる令嬢もいそうだよな」
「それは、困るなあ。色々と問題も多そうだ」
ケーニッヒに曖昧な言葉を返す。
もちろん彼に指摘されるまでもなくその可能性には気づいている。だからこそ学園生活のなかで相手を探す気はあまりない。
そんなことを考えていると、ケーニッヒが突然眉根を寄せる。
「うわ、ゴーズ様の登場だ。早く食事を終えて退散しようぜ」
その言葉にそっと背後を振りがえると、食堂の入り口に小太りの青年が立っていた。
目立たないようにちらちらと周囲を見渡していたが、目的の人物を発見できなかったのだろうそのままビュッフェの列に向かっていく。
その後姿を見送りながら、二人してため息を吐く。
ゴーズ・レイオス子爵子息。
レイオス子爵家の婿養子となったヴァルゴ公爵の弟の子供、つまり僕にとって従伯父にあたり、リーネに良く話しかけにくる上級生だ。
「リーネは最近、東棟の食堂しか利用していなからね。そろそろ諦めたら良いのにとは思うよ」
「本人は隠しているのつもりなんだろうが、関係者のルークや近くで見せられることになった俺なんかには下心が丸見えだよな」
ゴーズさんは子爵家の三男でまず後継者として選ばれることはない。
そんな彼がリーネと距離を詰めようとしているのは、公爵の孫を娶って公爵家の養子となる狙いがあるからだ。
しかも問題なのはヴァルゴ公爵家の現状から考えると決して夢物語というわけでもないだから困る話だ。
「普通なら叔父のギルベルト会長が後継者として指名されているはずなんだけど、それがないから仕方ないよ」
「ルークの祖父とはいえ他家のことだもんな。理由、知らないんだろ」
「うん、というより王都で暮らすようになってまだヴァルゴ公爵には会えてない。月に一度は屋敷に訪問してるけど、門をくぐることすら出来ていないよ」
「それ、ルークたちが他貴族の子だとして、距離を置くにしてもやりすぎじゃあねえか。だけど、そんな拒絶といっていいくらいの状況じゃあ、リーネを妻にしても養子なんて無理だろ」
呆れた様子で呟くケーニッヒに頷きを返す。
以前ゴーズさんにもそのことは伝えたのだが、信じてもらえなかったのかリーネに対する態度に変化はない。
「僕たちとしてはギルベルト会長が指名されるまで、目立たないようにしておくのが一番なんだけどね」
「それは無理だろ。ルークたちは話題を背負いすぎてるからな。まあとにかく俺たちも早々に退散したほうがよさそうだ」
言って、ケーニッヒは食事を書き込み始める。
僕もそれからは食事に集中して、ゴーズさんに見つかる前にさっさと食堂を後にした。
◇
夜、屋敷で食後のお茶を飲んでいるときに昼間のことを話すと、露骨にリーネは顔をゆがめた。
「まだ、あの人諦めてないんだ。……勘弁してよ」
「しかしルーク様、そのゴーズ様はどうしてそこまでしてヴァルゴ公爵家の養子になることを望んでいるのでしょうね」
「それは僕には分からないよ。レニーこそ伝手でヴァルゴ公爵家の状況の変化とか聞いていないの?」
僕の疑問に同席しているレニーは首を横に振る。
「あれから何度か食事を共にすることはありますが、出てくる愚痴に変化はありませんね。むしろ何人かこちらで引き取ってほしいと懇願されるぐらいです」
「引き取ってほしいって侍女を? 悪いけど僕たちにそんな必要はないし、人の目を屋敷に入れたくないな。でもレニーが仕事が大変だというなら考慮はするよ。お願いだから倒れる前に言ってよね」
僕たちの事情を考えれば出来る限り人を雇うことは避けたい。でもそれでレニーになにかあれば僕たちの命の危ない。
「いえ、今のところ特に大変だとは感じてはいませんから、人手が欲しくなればゲオルグを頼るべきでしょう」
僕の不安を理解しているのか、くすくすと笑いながらレニーは答える。
たしかに黒竜妃のそばで働けるとなったら喜んで集まりそうだ。
「それも大事だけど今重要なのは従伯父をどうするかだよ。最近私の昼食いっつもひとりで食べることになってるんだよ」
いじけた様子で文句を言うリーネに、ふと浮かんだ疑問をたずねる。
「仲良くなったククル嬢とはいっしょに食事をしないのか。あと、女騎士を目指してる令嬢とも仲良くなったんだろ?」
「女騎士を目指すお姉さま方は昼は基本的に中央棟の食堂だよ。あとククルは中央棟の食堂を利用してるよ。少しでもギルベルト叔父様の近くにいたんだろうね。ククルはギルベルト伯父様に惚れてるから」
分かってるでしょといわんばかりに答えるリーネ。いや、前者はケーニッヒと同じなんだから確かに言われればその通りだが、後者は初耳だよ妹。
「ククル嬢がギルベルト会長に惚れてるなんて初めて聞いたぞ」
「……ルーク兄さん、むしろ気づいていなかったことに私が驚いたよ。ククルが叔父様に向ける眼を見たら丸わかりでしょ」
「鈍感、ではなくこと色事においての観察眼がまったくありませんからね。ルーク様」
リーネとレニー、二人して哀れみの視線を向けてくる。
その視線から逃げるように顔をそらして、件のククル嬢の姿を思い浮かべる。
ククル・キャリサ準男爵令嬢。
リーネのクラスメイトで薄い金髪の小柄な女の子だ。声も小さくあまり自己主張のしないという印象の子で、僕やケーニッヒはリーネを通じて彼女と知り合った。
以前、相席したときは周囲の視線を気にしておどおどしている姿しか見ていないが、なるほど、騎士を目指しているわけでもない彼女が中央棟の食堂を利用している理由は色恋沙汰だったわけか。納得がいった。
「そうやって自分の中で理解したつもりになってるから眼が培われないんだと思うよ。お父様方に理想の夫婦像を見ているのは知ってるけど、年齢差まで真似しないでよ」
「う、うるさい。お前だって同じようなものだろうが!」
「ぜんぜん違うよ、私はあくまで強くて大人な男性が理想なだけ」
リーネの口にする強くて大人な男性とは、三十を過ぎた成熟した渋い男性を指す。どう考えても父上を意識している。
僕は違う、あくまで母上のように公私共に支えてくれるような有能な妻が理想というだけだ。うん、どう考えても僕のほうが健全だ。
「どちらも理想の異性を両親と重ねているあたり、まだまだ子供です」
「「うっ………」」
レニーのばっさりとした意見に僕たちは言葉を失う。
沈黙が支配する場に、がろん、がろんという玄関の鐘が鳴る音がやけに大きく届いた。
「おや、どうやら来客のようですね。少々お待ちください」
部屋を出て玄関に向かうレニーの姿を見送って、ゆっくりと息を吐いた後、リーネに言う。
「と、とりあえず、ヴァルゴ公爵家が何がしかの動きを見せないと僕たちも動きようがないよ」
「そうだ、ね。そうだよね。うん、もうしばらくは我慢するよ」
お互いそこで話題を終わらせると、しばらくしてレニーが戻ってくる。そして、その後ろからゲオルグが続いて入ってきた。
「……二人とも、何かあったのか?」
僕たちの間にあった微妙な空気に気づいてゲオルグが尋ねてくる。
「いや、なんでもないよ。それでゲオルグ、今日は何の用?」
「あ、ああ、そろそろお前たち二人に実践を経験してもらおうと思ってな。その話をするためにきた」
その言葉に大きく反応したのがリーネだ。おずおずと、しかし喜色を隠せずに問いかける。
「実践ってつまり、狩り?」
その言葉に、ゲオルグがニヤリと笑う。強大な魔獣の姿を幻視させる獰猛な笑みだ。
ぞくりと背筋に寒気を感じる。
恐怖からではない。むしろ自分の中にうまれたその冷えをより実感させてくれるかのように、体が熱を持っていくのがわかる。
先ほどまでの会話を忘れてしまいそうなほどに、僕たちの中を流れる捕食者の血が騒いでいる。
それはリーネも同じなのだろう、口元は大きく口角は上に歪んでいる。
僕たちの姿に満足した様子で、たっぷりと溜めてからゲオルグは口を開く。
「そうだ、お前たち二人だけで魔獣を討伐してもらう」