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一年目 前期(下)

4話連続投稿になります。初めての方はプロローグからご覧ください。

 王城の北、そこに建てられた後宮には質素な部屋がある。

 調度品が撤去された後が残るその部屋は、現正妃リリエッタ・ザッハート・エアリーズの寝室だ。

 エアリーズ公爵家に養子として迎え入れられる前は、パイシス男爵家の令嬢であった彼女にとって高価で煌びやかな飾りの数々に囲まれるのは落ち着けるものではなく、夫である王にお願いして片付けてもらったのだ。

 残った中でもっとも高価な品であるベッド、その側の椅子に一組の男女が座っている。


「ルークさんとリーネさん。どちらもかわいらしい子でしたね。髪の色なんてアイリス様そのままで、でも顔には辺境伯様の面影がしっかりあった」


「そうだね、リリ。どちらも元気でいい子達だった」


 ベッドの中で上半身を起こしているリリエッタの言葉に答えたのは、椅子に座る男性、リリエッタの夫でありこの国の王ルーベンス・ザッハート・リブラだ。

 思い浮かべているのは、昼間この部屋の窓から見える庭園に招かれていた双子の兄妹の姿。真面目そうな男の子と人懐こそうな女の子はどちらも二人の知るアイリスと同じ栗色の髪をしていた。

 二人は先ほどまでもうひとつの席に座っている側妃、カサンドラ・ザッハート・カプリコの話を聞いていた。

 側妃である彼女は双子を気にする二人が暴走するのを懸念して、妥協策として自らが後宮そばの庭園に招いてかわりに話をするという策をとったのだ。

(さて、この影響はどこにでてくるかしら)

 浮かんだいくつかの予測に頭痛を覚えたが、それを表に出すことなく彼女は口を開く。


「アイリスは辺境伯の妻として元気にしているという話だし、あの双子は幼い子供ではあるけど賢いわね。自分たちの置かれている状況をちゃんと理解してる。どうリリエッタ安心した?」


「はい、安心しました。カサンドラ様」


「なら今度は自分たちの子を見て上げなさい。二人とも親の愛情に飢えているわ」


 辛らつな言葉に、リリエッタは眉根を下げる。

 ルーベンスとリリエッタのあいだには王子と王女がひとりずついる。どちらもまだ十にもなっていない幼子だが、体を壊し病気がちなリリエッタはあまり顔を合わせることが出来ずにいた。


「わかってはいる、のだかな。まったく情けないものだ」


 ルーベンスもまた力なく笑う。

 彼もまた政務に対して慎重になり時間をかけすぎるために、子供たちと会う機会を幾度となく潰している。


「後先考えずに行動しろとは言いませんが、即断即決も王にとって必要な資質のひとつですわよ」


(もっとも王に一番必要なのは別のものでしょうけどね)

 カサンドラは内心呟く。

 十数年前のあの一件で大きな失敗をした王は、自信を喪失し物事にたいして疑り深く悩みやすくなった。

 深慮権謀と賞賛する貴族もいるが、カサンドラから見れば優柔不断の一言だ。

 そのせいか王の権威はここ数年で翳りを見せ始め、それを理解するだけの知性のある王はさらに悩み行動が鈍くなるという悪循環が生まれている。

 前王の差配によって王家に嫁いたカサンドラは、そういった政治の停滞を防ぐための補佐役としての役目を背負っていた。

 しかし、その役目を十分に果たしているとは言いがたい現状に、二人の耳に届かないほどに小さなため息をつく。

(……わたしは今、幸せ?)

 学園時代ライバル視していたアイリスの結婚生活を聞いたからだろうか、そんな疑問が浮かんだカサンドラは、そこから先を考えるのをやめた。



 今日はゲオルグが僕たちに新品の武器を持ってきてくれる日だ。油断すれば鐘の音を気にしてしまうのを必死におさえながら、講義を受ける。

 そして全ての講義が終わると僕はさっそく正門に向かった。

 途中でリーネと合流すると、正門で大きな木箱を持ったゲオルグを発見した。

 彼は帰宅途中の子息令嬢たちから不審と好奇、そしてわずかに好意の視線を一身に集めながら、気にした様子もなく立っている。


「ゲオルグ、なんでこんなに注目を集めているんだ?」


「それどころか尊敬の眼差し向けてる。ルーク兄さん見て、あれ」


 リーネの指差す先へ視線を向ければ、まだ年若い門番の兵士がこっそりとゲオルグを盗み見る視線をむけている。

 それあは憧れの存在を眺めているかのような輝きがあった。

 理解できない状況に話しかけづらく思っていると、ゲオルグのほうか僕たちに気づいた。木箱を背負って近づいてくるゲオルグに観念して声をかける。


「ゲオルグ、待たせたみたいだね」


「いや、気にするな。俺もさっきついたところだ」


 言葉を交わせば、周囲がざわつく。


「え、なにこれ、ゲオルグなにか問題でも起こしたの」


 リーネの困惑の声に内心で同意を返す。しかしゲオルグは頭を傾げるだけだ。


「心当たりはないな。平民の俺が貴族の子息令嬢である二人と気安げに話しているじゃないか」


「いや、確かにそういう視線もあるけど、好意的な視線のほうが多いよ、これ。それにそれが理由じゃあ私たちが来る前から目立ってた理由にならないし」


 たしかにそれはその通りだ。

 しかもゲオルグと親しげに話しているせいなのか、嫉妬の視線を僕たちに向けている令嬢もいる。


「王都で兵士として採用されてからなんどか視線を集めることはあった。最初は辺境出身だからだと思っていたんだがな」


「王都にはゲオルグ以外にも辺境領出身者は何人もいるはずだしね」


 たしか兵士のなかだけにも32名ほどがいると父上が教えてくれた。

 困ったときは彼らを頼れとも言われている。


「ねえ、とりあえず移動しない? なんかわたし何人かのご令嬢にすごい睨まれてるんだけど」


 リーネの言葉に改めて確認してみると、迎えの馬車を止めて窓越しにこちらを凝視している令嬢までいた。


「わかった、なら俺は詰め所で手続きしてくる」


 ゲオルグはさっさと荷物を背負って正門横にある兵士の詰め所に向かっていく。

 防犯のために外からの訪問者は兵士の同行が必要になる。そのためには詰め所で名前と訪問理由を記帳が必須で、どちらかを欠けば不審者として処罰されることになる。


「なら、私たちは先に生徒自治会で訓練場の使用許可をもらいにいこう」


 リーネの言葉に頷き、二人で中央棟へ向かう。

 さすがに追いかけてくるような者はいなかったらしく、誰かに呼び止められることもないまま生徒自治会室前に到着する。


「失礼します。ルーク・ミソロジィと申します、どなたかいらっしゃませんか?」


 ノックをして声をかけると、中から扉が開かれる。


「こんにちはルーク様。生徒自治会に何か御用でしょうか?」


 迎えてくれたのは赤髪の女生徒、セリーヌ・タウラスさんだった。敬称をつけるのは彼女が子爵家の令嬢だからだろう。

 中に案内されて応接用のソファーにリーネと共に座ると、対面にセリーヌさんが腰をおろした。


「すみません、これから外の人間を招いて手合わせしたいと思うので鍛錬場をお借りしてもよろしいでしょうか?」


「鍛錬場? 屋外鍛練場なら今日は空いているからそれは可能ですよ。でも、いったい誰を招くのでしょうか?」


「王都仕えの兵士です。名前はゲオルグといってーー」


「ゲ、ゲオルグって、あのゲオルグ! お二人は彼と知り合いなの!」


 こちらの言葉を遮って声を上げたセリーヌさん。

 その反応に驚いていると、彼女も自分の行いに気づいたのか咳払いの後、恥ずかしげに頭を下げてくる。


「ご、ごめんなさい。王都では”眼射ち”のゲオルグは有名人だから、わたしもびっくりしてしまって」


「眼射ち、なんですかそれ?」


 リーネが訊ねると、セリーヌさんは咳払いのあと話し始める。


「”眼射ち”ゲオルグは二年前の兵士採用試験のときに過去の記録をすべてを更新して入隊したことで話題になった後、王都近郊に現れた四匹の魔獣をたった一人で倒したの。しかもそのとき暴れる魔獣の目を正確に矢で撃ち抜いていたから、眼射ちと呼ばれるようになったのよ」


「なにやってるんだ、ゲオルグ」


「あと、その時に同行していた騎士たちが手柄を横取りされたと激昂して後日、模擬戦を仕掛けたらしいんだけど、十人全員返り討ちにしたという話もあるわね。まあこれは根も葉もない嘘らしいけど」


 ほんとなにやってるんだ、ゲオルグ。

 噂っておそらくそれ負けた騎士のほうがもみ消しただけじゃないのか。

 騎士って貴族だぞ。十人抜きとか絶対にいらない恨み買ってるだろう。


「わたしは後宮守の騎士を目指しているから、一度彼の戦いを見てみたいと思っていたのよ。もしよければ見学させていただいて良いかしら」


 瞳を輝かせてお願いしてくるセリーヌさんに対して、僕が判断に迷っていると横にいたリーネが口を開く。


「いいんじゃないかな、生徒自治会の監視の下の模擬戦ってことにしてもらえれば、なにかあったときにゲオルグを守ってもらえるだろうし」


確かに僕たちは気にしないとはいえ貴族に手を上げた平民ということで、騒ぎ立て人間が出てくる可能性はある。ゲオルグに恥をかかされたと排斥を狙っている騎士もいそうだ。


「わかりました。では監督役ということでご同行お願いできますか、セリーヌさん」


「ええ、まかせてください」


 セリーヌさんは満面の笑みで答える。

 それから三人で中央棟と出ると出入り口で兵士と二人でまっていたゲオルグと合流する。


「すまない、待たせたゲオルグ」


「いや、気にしていない。それでそちらのご令嬢の名前を窺っても?」


「彼女は生徒自治会メンバーのセリーヌ・タウラス子爵令嬢。今回の監督役だ」


「タウラス子爵……ああ、隊長のご実家か。はじめましてセリーヌ・タウラス様、わたしの名前はゲオルグと申します。こちらの二人、ルーク・ミソロジィ様とリーネ・ミソロジィ様の師のようなものですね」


 僕たち以外の貴族相手ということで丁寧な口調で恭しく頭を下げたゲオルグに、緊張した様子でセリーヌさんが言葉を返す。


「そうなのですか。ご紹介させていただきましたセリーヌ・タウラスです。とよろしくお願いしますね、ゲオルグ殿」


「それじゃあ挨拶も終わったし鍛錬場に行こうか」


 僕たち二人とセリーヌさん、ゲオルグと彼に同行している兵士の五人で移動を開始した。

 野外鍛錬場は大きな広場となっている場所のほかに、四角く柵で区分けされた場所がある。

 広場では乗馬の訓練などをしている上級生がいたので、迂回するようにそこへ向かう。けれどなぜか到着する頃には多くの見学者が集まっていた。

 恐らく正門でこちらを見ていた者や、野外訓練場にいたなかにゲオルグの顔を知っている上級生もいたのだろう、興味を引かれてついてきている。


「……なんでこんなに見物人がいるんだ。貴族というのは暇なのか」


 ゲオルグが原因だよ、間違いなく。

 そう言ってやりたかったが、ぐっと言葉をおさえる。それは彼が木箱から取り出した物を早く受け取りたかったからだ。

 

「まあいい、二人とも。これを受け取ってくれ。刃引きはしてあるが鉄製だからな、それなりに重いぞ」


「ありがとう,ゲオルグ! 新品の槍欲しかったんだ!」


 木箱から出てきた槍を受け取るなり、嬉しそうに声を上げる。

 自分の身長よりも長い鉄槍を嬉しげに振り回すリーネ。僕も家宝である斬鉄、その模造剣を腰に佩く。

 幼い体にはまだまだ大きいけれど、しっかりとした存在感に自然を笑みが浮かぶ。

 深呼吸してから剣を抜いて構える。刃引きしているからだろう、わずかに曇りのある刀身、そこには”鉄爪”と刻まれていた。


「鉄爪……、それがこの剣の名前」


「ああ、斬鉄との区別のために俺が名づけさせてもらった、良い名前だろう?」


「そうだね、皮肉が利いてる」


 その理由が判る僕としてはただ苦笑いするしかない。

 ふと周囲を見てみれば何人もの見学者がその珍しさからか鉄爪を見ていた。

 それも仕方がないかもしれない。実のところ、国内で少数いるという斬鉄と同じかたちのサーベルの使い手は辺境領出身者のことだ。

 もちろん例外はいるとは思うけど、すくなくとも僕はそんな話を聞いたことがない。

 だからこそ、刃引きした模造剣でも目立ってしまうのだろう。


「今の僕には少し大きいけれど、十分だな」


 三度、振り下ろして手に馴染むのを確認する。

 それから振り下ろし、切り上げ、横薙ぎ、正面突きと一通りの型を確かめる。


「ふうぅぅ……、いいねしっくり来る」


 一息ついたところで、背筋に震えるのような怖気に反射的に鉄爪を振りぬく。

 ガンッとかん高い音が響いた。


「不意打ち失敗、か」


 そこには、笑みを浮かべたリーネがいた。


「な、何をしているんですか。お二人とも、危ないですよ!」


 セリーヌさんの声を上げたがリーネは無視して再度、突きを放つ。

 速い。けど見えないほどじゃない。

 一歩下がり、間合いをずらすことで、今度は力を込めて打ち払った。

 再び、互いの武器が音を響かせる。

 力を込めたおかげで、リーネは大きく構えを崩していた。それを隙と見て一歩前に出る。

 武器の長さが違う以上、この距離では勝ち目がない。


「――まだ!」


 だが距離を詰めようとしたところで三度目の突きが放たれる。

 下がった一歩分は近づけた。だから今はその勢いを生かすべきだと決めて一歩、前に出る。

 三度目の突きは鉄爪の鍔を利用して、肩口に逸らす。

 鉄同士の擦れる耳障りな音は無視して、さらに一歩進む。


「速い、でも甘い」


 リーネの口角が上がり、鉄爪から感じていた重さがふっと消える。


「づっ、」


 慌てて飛び引くと、先ほどまで頭のあったところを石突が下から上へ通過していった。

 それが、リーネが槍を縦に回転させた結果なのだと送れて頭が理解する。


「そこまで、二人ともやめろ」


 互いに距離が開いたことで、ゲオルグから静止の言葉が入る。


「……リーネ、いきなり仕掛けてくるのはやめてくれ、危ないだろう」


 肺の中の空気を大きく吐いてから文句を言うが、リーネは笑みを浮かべたまま槍を見ていた。


「うん。この槍いいね、しっくりくる。ルーク兄さんもう一回やろう」


 聞いていないよ、僕の妹。


「ちょっと待ってください。まさか鉄製の武器で手合わせするつもりですか。大怪我でもしたらどうするつもりですか! ゲオルグ殿、お二人の師だというのなら止めるのを手伝ってください」


 リーネの言葉に慌てたのがセリーヌだ。

 だが僕たち三人は最初からそのつもりだっただけに、ゲオルグも困ったように答える。


「もともとそのつもりです。すでにこの二人には木製の武器では軽すぎる、訓練になりません」


「本気で言っているのですか。もし万が一大怪我などさせてしまえば処罰されかねませんよ!」


 セリーヌの言葉に隣の兵士も頷く。見れは後ろに集まった見学者の子息令嬢がたも頷いていた。

 彼女の心配も理解できるのだろう、ゲオルグはわずかに考えてから僕たち二人に話しかけてくる。


「なら二人とも、今日はこの後、俺との手合わせを一回ずつして終わりにしよう。もちろん私が使うのは木製の武器を使わせていただきます。これで二人が怪我をすることはまずないでしょう」


 前半は僕たちに、後半はセリーヌさんに対しての言葉だ。たしかにそれなら僕たちが怪我をする可能性はぐっと低くなる。


「たとえ軽い怪我ですむとしても、お互いの立場を考えれば――」


「セリーヌ様、ありがとうございます」


 なおも言葉を続けようとしたセリーヌの言葉を遮ったゲオルグは、彼女の心配がわかるからだろう感謝の言葉を口にして、続ける。


「ですが、その心配は無意味です。たとえ二人同時であろうと私は負けません」


 自信の篭った言葉にセリーヌさんは頬を染めて黙り込む。

 ……なんだろう、急に部外者になったような気分だ。


「……絶対勝ってやる」


 妙に低い声が、リーネの口から漏れた。


「リーネ、息巻くのはいいけれど僕が先に相手してもらうからね。ゲオルグ、さっそく始めようか」


「わかった、合図はリーネがやってくれ」


 二人で鍛錬場の真ん中まで進む。そこからお互いに距離を開けて向かい合う。

 ゲオルグはショートソードを模した木剣を両手に一本ずつ持っているが、脱力しているかのように下げられたままだ。

 僕も鉄爪を抜く。

 刃を正面、縦に構えた両手持ち。視界には縦に入る鉄の線に断たれたかのようにゲオルグの姿がある。

 じわりとした殺気をゲオルグから感じる。けど震えはなく力むこともない。自然体で相対できていた。


「ーーー始め!!」


 リーネの声が響きわたり、一呼吸、一気に間合いをつめる。


「きええぇぇぇぇぃい!」


 振り上げ、振り下ろす。真っ向勝負の上段斬り。


「速いが、甘い」


 耳に届くのはゲオルグの声と小さな摺れる音。そして腕にかかるわずかなズレが考えるよりも早く敗北を伝えた。


「……まいりました」


 振り下ろした体勢のまま、喉元に突きつけられた木剣。


「ずいぶんと真正面から攻めてきたな。何合か打ち合いになると思っていたんだが」


「自分がどれだけ速くなったか確認したかったんだ。ゲオルグが反撃できずに回避に専念したら、そのまま踏み込んで追い打ちをかけるつもりだったんだけどね」


「なるほどな。だが、そんな余分な考え方をしているようじゃまだまだだ」


 言って、ゲオルグは木剣を下ろす。皮肉げに浮かべている笑みが、成長を喜んでのものであればいいななどと考えつつ鉄爪を鞘に収める。


「ルーク兄さん、合図よろしくね」


「ああ、わかってる」


 こちらに近づいてくるリーネとすれ違い様に言葉を交わして、セリーヌさんの側へ戻る。彼女は背後に並んでいる見学者たちと同じ驚愕の視線を向けていた。


「あの、ゲオルグ殿はどうやってルーク様の剣を回避したのですか。わたしにはゲオルグ殿が斬られたようにしか見えませんでした」


 同行してきた兵士も背後の見学者たちもその言葉に同意とばかりに頷く。


「離れていたから分かりにくかったですか? 簡単ですよ。ゲオルグはこちらの縦斬りを木剣の先でわずかにそらして、そのまま踏み込んでこちらの首筋に木剣を突きつけただけです」


 ゲオルグが木剣だったからいなされた時も大きな音は響いていなかった。だから気がつけなかったのも理解できる。


「ルーク兄さん、早く合図してよ」


 急かす声があったので、セリーヌさんとの会話を打ち切る。

 視線を向ければ、お互いに構えと取った状態の二人がいた。

 ゲオルグは先ほどと同じ構え。それに対してリーネは左手側に穂先を持ち槍を水平に構えていた。


「……では、始め!」


「先手、必勝!」


 掛け声と共に前に出る動きに合わせて槍を突き出す。

 前進による動きと、左の握りの中を滑らて突き出す動きの二つによって相対している側からはまるで延びているかのような錯覚を起こす突き。あれにはいまだ僕も間合いを見誤る。

 しかし、飛び込むかのような速さで胸を狙った動きを、半身をそらして容易く避けるゲオルグ。

 そのまま一歩前に出て距離を詰めようするが、リーネが槍を戻すほうが速い。引き戻した穂先をわずかに修正するだけで再びゲオルグを正面に捕らえる。

 そして再度の突きは、しかしゲオルグが木剣を叩きつけたことで、大きく下に逸れる。

 さらけ出す形になったリーネの頭へ、叩きつけによる反動で跳ね上がった木剣を振り下ろす。


「まだ!」


 そこでリーネは槍を振り上げて迎撃するのではなく、そのまま地面に叩きつけ自分の体そのものを動かすことで木剣を回避する。

 続いてリーネは、傾いた体を無理に起こすような真似をせずに反転、ゲオルグに背を向けるような形をとり倒れるのを防ぐ。

 振り返り、その動きに合わせる形で引き戻した槍の石突でゲオルグを狙う。

 しかしそれは空を突く。

 反転のときに視界から抜けたゲオルグは、リーネの狙いを動きを予想していたのだろう、背を追いかけるように弧を描いて移動していた。

 つまりそれは相手に背後をとられているわけだから、


「……終わりだ」


 リーネは首筋に木剣をかるく当てられた。


「むうぅ~~、……まいりました」


 敗北を認めたリーネは不満を隠そうともせずに頬を膨らませている。


「二人ともずいぶんと動きが速くなった。その歳で、しかも初めて手にした武器でこれだけの動きが出来るなら、及第点だろうさ」


「でも、ゲオルグはてかげんしてた」 


「当たり前だ、年齢だけじゃなく体格にまで差があるのに辛勝じゃあ俺の面目が立たん。これからは同じ王都暮らしなんだから、いつでも相手をしてやるさ」


「そうだね、僕も一日でも早くゲオルグに勝てるように努力するよ」


 会話しながらこちらに歩いてくる二人に声をかける。


「あ、あのゲオルグ殿、わたしもその時にご一緒させていただいてよろしいでしょうか!」


 突然、横から声が上がる。

 声のしたほうへ振り向けば、セリーヌさんが緊張した様子でゲオルグを見ていた。


「わ、わたし後宮守の騎士を目指していて、よろしければゲオルグ殿から指導をいただきたいのです」


 さすがに予想していなかったのだろう、困り顔でこちらを見てくる。

 助け舟を出そうとしたところで、黙れといわんばかりに横合いから顔前にむけて穂先が突き出された。

 リーネのその行動に言葉に詰まっていると、助力は無いと理解したのかゲオルグはゆっくりを口を開く。


「えっと、今後も二人の指導のためにこちらを借りるときがあるでしょう、ですからそのときいっしょにということで宜しいでしょうか、セリーヌ様」


「ありがとうございます、ゲオルグ殿。ですが敬称は必要ありません、わたしもルーク様とリーネ様と同じく弟子となるのですから。そうです、お二人と接するときと同じように話してください」


「いえ、それはさすがに……」


 その申し出にゲオルグは頬をひくつかせる。

 実家とも付き合いがあり、気心の知れた僕たちにならともかく、さすがに出会ったばかりの令嬢に対して対等に話してほしいといわれても素直に頷けないだろう。セリーヌさんが良くても実家の子爵家がどう反応するのか分からないわけだし。

 でも騎士を目指しているといっても、さすがは貴族家の令嬢だなと感心する。縋るように見上げる仕草とか、女性という武器をしっかり理解した自然な動きだ。


「ルーク兄さん、そういう測るような見方してると、女に嫌われるよ」


「う、うるさいな。というかリーネ、なんで止めたんだ。この結果は予測がついてただろうに」


「いやぁ、負けたのが悔しくって」


 悪びれた様子もないリーネの頭を叩く。

 そのままゲオルグがセリーヌさんに敗北するまで観戦することになるのかと思いきや、横合いから声をかけられる。


「失礼いたしますルーク様。わたしはイクナート子爵家子息、ラムス・イクナートと申します。よろしければわたしと手合わせをお願いできないでしょうか」


 見学者の一人が近づいてきて一礼してくる。

 それが始まりとなって、見学者として距離をとっていたほかの子息に僕たちは囲まれていく。令嬢のほうはこぞってゲオルグに挨拶し始めた。

 混沌としてくる場を収拾僕たち二人で治められるわけもなく、騒ぎに気づいたアールス先生がやってくるまで続いた。

 その日から僕たちの学園生活は少しだけ変わった。


「ルーク様、僕と手合わせをお願いします!」


 ”眼射ちの弟子”として学園に浸透した僕は実技講義のときや、放課後に何人もの子息から試合を申し込まれるようになった。

 そのなかで自然と馬の合う子息もいて、友人と呼べる仲なっていった。

 リーネもなかには野蛮と眉をひそめる令嬢がいたが、セリーヌさんと同じように後宮守の騎士を目指す令嬢とはなかよくなったらしい。

 最近はいっしょに屋敷に帰れないことも多い。

 でもレニーはその状況にも嬉しそうに笑みを浮かべている。

 僕たちが学園生活を満喫しているのが、学園に向かうのが楽しいをいうのを理解してくれているからだ。

 入学初日にクラスメイトに対して言ったように僕はこの学園に故郷を継ぐ勉強のために来た。早く多く学んで両親を支えられるようになりたいという思いは変わりないけれど、いまは少し、この学園生活を長く続けたいとも思っている。

 それぐらいルガール学園での生活を僕、ルーク・ミソロジィ辺境伯子息は気に入っている。


活動報告にてあとがきを投稿しております。


また今後の執筆のために感想、批評どちらでも構いませんので、一言いただければ幸いです。

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