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一年目 前期(中)

4話連続投稿になります。初めての方はプロローグからご覧ください。

 煌びやかな調度品の並ぶ執務室。

 埃ひとつなく清掃されたその部屋の壁に王家の紋章旗が垂れ下がっていた。

 銀糸で編まれ表現されているのは神の使い、最強の魔獣といわれる存在、ドラゴンだ。

 その旗を背にする形で執務机に座る一人の男がいた。

 ザッハート王国国王、ルーベンス・ザッハート・リブラ。年は三十はじめといったところの中肉中背、金髪碧眼の王は、その整った顔を苦悩に歪めていた。

 その手にあるのは一通の手紙、臣籍降下した弟からの手紙だ。

 王は弟にあることを調べるように頼み、その結果が先ほど届いたのだ。


「一度、会えないものか。だが、いらぬ勘繰りをする者が出てくるかもしれない」


 王が頭を悩ませているのはその内容。

 要約すれば、先日ルガール学園に入学した辺境伯の子供たちは周囲から距離を取られていて、そして二人はその状況に甘んじているというものだ。

 だが、それも仕方のない話だろう。

 その双子の母親であるアイリス・ミソロジィ辺境伯夫人、いやアイリス・ヴァルゴ公爵令嬢はこの王のかつての婚約者だった。

 彼女は当時、学園内で起きたある一件が原因で、ルーベンス本人から婚約を破棄されていたのだ。

 そのあとで社交界で好色爺と噂されていたルーカス・ミソロジィ辺境伯に嫁ぐことになった。

 そのころすでに齢六十を越えていた老貴族と王家から婚約を破棄された若き令嬢の結婚は話題にするのに容易く、噂話から根も葉もない憶測まで今でも時折貴族たちのあいだでかわされている。

 最近よく上がる話題は”辺境伯は別人が成り代わっているのではないか”というものだ。

 それも仕方ないことだろう、他国に比べて長寿な者が多いといわれるザッハート王国ですら齢七十まで生きているものはいない。

 その例外は辺境伯だけだ。疑いたくなるのも当然といえる。

 そこにきて辺境伯の子供たちの登場だ。

 実家で一通りは貴族としてのあり方をいう者を教え込まれているとはいえ、学園に入学するのは齢十ほどの幼子たちだ。伝聞をそのままに信じてしまう者も多い。

 貴族にっとて縁を結ぶべき貴族家、または距離をとるべき貴族家というのは重要であり、だからこそ血に疑いの眼差しを向けらた双子は孤立することになっていた。

 どうにかして彼らの学園生活が楽しいものになるよう力添えしたいと考える王は、しかし王権の強さを理解しているがゆえに動けなかった。


「失礼いたします。ルーベンス陛下」


 そこに一人の女性が訪問してくる。

 燃えるているかのような輝きを返す赤髪、その瞳も夕日のような赤色で、さらに赤いドレスを身にまとっている彼女は、カサンドラ・ザッハート・カプリコ。ルーベンス王の側妃である。

 返事を待たず入室したカサンドラは夫の顔を見ようともせず、手に持っていた書類を確認しながら部屋に入ってきた。


「陛下、こちらが午後に目を通していただく書類となります。それと承認された書類を渡してください、わたしが各大臣に届けておきますので」


 不敬とすらいえる態度や、妻というより補佐官のような言動にも王は黙ったままだ。

 カサンドラはその沈黙を気にした様子もなく、手元に目を落としたまま執務机まで近づくとその眼前に書類を差し出す。


「内容に疑問点がありましたらお答えいたしますので確認をお願いします。……陛下?」


 そこでようやくカサンドラは王の視線が書類ではなく手に持っていた手紙に向いていることに気づく。


「……アイリスの子供たちが学園に入学したそうだ」


 漏らすように呟いた王に彼女は内心でため息をつきながら、存じておりますと返す。


「会うことはできないだろうか? リリも一目みたいと言っていた」


 リリ、王の正妃であるリリエッタ・ザッハート・エアリーズもまた双子の母親が婚約破棄の原因となった一件に関わり深い人物だ。

 願い請うような王の言葉に、カサンドラは舌打ちしたい気持ちになった。

 (それならば、お忍びででも良いから入学の式典に参加すればよかったでしょうに)

 現在、体を壊して寝たきりのリリ王妃を気遣って式典の欠席を決めたのは王本人だ。

 それと王は知らなかったが、実はカサンドラはこっそりと式典に忍び込んでいた。舞台の脇からかつて在学中にライバル視していたアイリスと同じ栗色の髪を持った兄妹を確認していた。

 そのことを微笑の下に隠したまま、口を開く。


「謁見するなんていわないでくださいよ。ヴァルゴ公爵家の後継者問題もありますからそんな特別扱いをすればあの子達を渦中に放り込みかねません」


「それは、わかっている。だが、アイリスの子供たちは学園で友も出来ず孤立しているそうだ。間違いなく私たちの一件が発端となっているのだから、どうにかとりなしてやりたい思うんだ」


 そんなことは無理に決まっているでしょう。

 そう怒鳴りつけらればどれだけ楽かと内心で思いながらカサンドラは返答する。


「それは子供の喧嘩に親が介入するようなものですね。最悪彼らの孤立を深めるだけでしょう」


「そうだな、そうだよな」


 うなだれる王の姿にこれでは政務にも支障が出ると考えたカサンドラは、わずかな思案してから一つの提案を上げた。



 学園生活が始まって十日目、明日は始めての休日になる。

 レニーの案内で王都を見て回ろうと決めていた僕とリーネは食事の後、僕の寝室に集まりその相談をしていた。


「ルーク兄さん、最初は西街に行こうよ。わたし槍を新調したい」


 ベッドに腰掛けるリーネの言葉に否定を返す。


「いや、訓練用なら今あるので十分だろう。新調するのは体がもう少し大きくなってからで良くないか?」


 王都を流れる二本の川の西側、端を越えた先に広がっているのは鉄や革、木材を加工する職人が集まる工房街になっている。


「でも今使ってる槍、軽くなってきて逆に扱いにくくなってるし、あと鉄扇とかがあれば買いたいな」


「いや、鉄扇はないと思う」


 リーネは僕より器用でいくつもの武器を扱うことができる。

 得意としている槍だけでいえば僕よりも強いし、いくつかの暗器の扱いにも長けている。正確にはかってにその訓練に混じって覚えてきたというのが正解なのだけれど。


「でも、ルーク兄さんだって素振り用の鉄剣がほしいでしょ」


「たしかに木剣だと最近軽すぎて困っているけど、いくら工房街でも”斬鉄”の形を模した鉄剣はないと思う。ないものを捜すよりも、南街の商店通りを見て帝国の調味料を探したいな」


「う、それはたしかに惹かれる提案。ラミアもいないから独り占めできるし」


 おい、僕には食わせないつもりか。

 もし本当に独り占めするようなことがあったら、故郷にいるもうひとりの妹であるラミアに密告してやろうと心に決めつつ話を続ける。


「じゃあ最初に南街に行ってから西街に行く流れで良いな」


「待ってよルーク兄さん。武器を選ぶのには時間がかかんだから、先に西街に行くべきでしょう」


 だからそっちを後回しにしたいんだけどな。

 リーネはじっくりと足で良い物を探そうとするから、付き合えばそれだけで一日が終わってしまう。

 入学するまでのあいだ、色々な準備や手続きがあったせいでまだ、王都をろくに見て回ることができていない。

 もちろんリーネだって同じなのはわかるけど、僕も引くつもりはない。

 手合わせしてその勝敗で決めたほうが早いかと考えていると、そこに第三者の声がかかる。


「いえ、残念ながら明日は登城することになるかもしれません」


 声のした方を見れば、そこにはドアを背にして眉根を寄せたレニーがいた。そしてその両手には盆を持っていてその上には一通の手紙が置かれている。


「さきほど王城から使者が尋ねてきまして側妃様からの招待状だそうです。急ぎだということですぐに目を通すようにとのこと」


「側妃って、カサンドラ様だよね。元カプリコ伯爵家令嬢の」


 僕の言葉にレニーが肯定の頷きを返す。


「カプリコって、生徒自治会にも同じ家名の人たちがいたよね。たしかグランベルとガルベルタだったっけ?」


「リーネ、頼むから外ではちゃんと敬称をつけてくれよ。頼むから」


 僕の注意に視線をそらすリーネ。

 その姿にため息をついていると、レニーが補足を入れる。


「ちなみにそのお二人は従兄弟関係にあたるそうです。グランベル様が側妃様の兄の子でガルベルタ様が弟の子ですね。あと現カプリコ伯爵はいまだどちらの父親も後継者として指名していないという話も聞きます」


 その情報に黙り込む僕とリーネ。ややあってからリーネがおずおずと口を開く。


「……ねぇ、それにわたしたち巻き込まれたりしないよね?」


「ないとは思うけど、カプリコ伯爵家の混乱はこちらに飛び火しかねないよね。立地的に」


 僕の言葉に、リーネは項垂れる。

 カプリコ伯爵領は王都の東、故郷である辺境伯領と王都のあいだにあるもっとも大きな領地だ。もし内戦なんてことになったら、無関係でいることは不可能だろう。


「ルーク様、とりあえず招待状の内容を確認してみてはどうですか」


「そうだね。そうしようか」


 レニーに促されて盆の上から招待状を取り、内容を確認する。

 一通り読んだあと、思わず首をかしげてからもう一度内容を確認してしまう。しかし当然ながら書かれている内容が変化するわけもなく、眉根を寄せるしかない。


「ルーク兄さん、どうしたの変な顔して。何が書いてあったの?」


「いや、明日息抜きに小さな茶会をするから、来てほしいって」


「へ? なんで?」


 訳が分からないと首を傾げるリーネ。それは僕だって同じだ。

 内容を要約すれば、忙しい政務の中一日休暇できることになったので、旧友の子供である僕たちを茶会に招待するというものだ。

 たしかに貴族、とくに王族となれば茶会ひとつみても、情報交換や探り合い、友好関係作りなどの仕事の面が大きくなるのはわかる。本当に休暇としての茶会なんて早々出来ないだろう。

 それにさっきのレニーの話から、迂闊に甥っ子二人を招けないというのも想像はつく。

 だけど、そこでなぜ僕たちなのかがわからない。

 わかっているのは、明日の予定は決まってしまったということだけだ。

 その事実に黙り込んでしまった僕とリーネに、レニーが一礼する。


「側妃様からのご招待を断るわけにもいきません。わたしはこれから明日の準備を始めますので、お二人とも今夜はお眠りになった方がよろしいかと思います」


 そのまま部屋を出て行く姿を眺めるしかなかった僕は、しばらくしてから口を開く。


「とりあえず今日は、もう寝ようか……」


「……そだね。なんか夜通しで訓練って気分でもなくなったよ」


 返事の後、脱力した様子でリーネも自分の寝室に帰る。

 その姿を見送った後、倒れるようにベッドに倒れこんだ。



 翌日、準備を終えて屋敷を出るとほぼ同時に迎えの馬車が到着した。

 綺麗な装飾のされた箱型で四頭もの馬が引く大きなものだ。従者の老人とは全身鎧を纏った女騎士が同乗している。

 馬車に王家の紋章が見られないのは、あくまで休暇での招きということだからだろう。


「お初にお目にかかります。ルーク・ミソロジィ様、リーネ・ミソロジィ様、わたくしは後宮守の騎士の一人サーシャと申します。お迎えに上がりました、どうぞお乗りください」


 サーシャは挨拶すると馬車のドアを開けた。


「ルーク様、リーネ様、いってらっしゃいませ」


 馬車に乗った僕たちはレニーの見送りされて王城へ向かう。

 そのまま王城へ到着するとサーシャに北の庭園に案内される。

 後宮にも近いこの庭園は王族のプライベートな場所にあたるという、サーシャの説明に頭を抱えたくなる。


「いや、なんでそこに連れて行かれてるの私たち」


 余所行きの白いドレスを着たリーネは困惑の声を漏らす。それにはまったく同感で小さく頷きを返した。

 やがて、視線の先に植物でできたアーチが見えてくる。その奥には純白のクロスだけの簡素なテーブルがあった。

 その先に数人の侍女と女騎士を従えて席に座る女性がいた。


「あの方が……」


 赤髪は太陽のように輝き、こちらを見る瞳は夕日の様な美しさがある。老いのかげりもなく、女としての美を熟れさせた女性は、赤いドレスを纏い微笑を浮かべて僕たちを見ていた。

 数秒見惚れて、慌てて挨拶する。


「お初にお目にかかります、カサンドラ様。本日はお招きいただきまことに感謝いたします。わたしはミソロジィ辺境伯の子息ルーク・ミソロジィと申します。そして横におりますのが妹のリーネ・ミソロジィです」


「はじめまして、カサンドラ様。ご紹介にあがりました妹のリーネ・ミソロジィと申します」


 苦手としていながらも、母上にしっかりと礼儀作法をしこまれたリーネは乱れた様子もなく一礼する。

 

「突然の招待で驚いたでしょう、そこに座ってくれれば良いわ。あと今日はそんな堅苦しい物言いをしなくていいわ。今は私的な時間だからね」


「あ、はい、わかりました、カサンドラ様。助かります」


 席に座るなり普段の調子に戻るリーネ。

 その順応の早さに僕だけでなく、周りにいた女性たちも驚きに眉根を上げていた。

 内心、リーネの神経の図太さに賞賛と悪態の両方を向けたくなりながらも、続けて席に座る。

 それにあわせて侍女たちが音もなく茶菓子と紅茶を用意していった。


「ごめんなさいね。家族を呼んで息抜きをするのが普通なのだろうけど、いまの生家はごたついているから呼べないの。でも、ひとりで飲む紅茶というのも味気ないから二人を招待させてもらったわ」


 紅茶の香りを楽しみながら、カサンドラ様は申しわけなさそうに口を開く。


「いえ、そこで僕たちを選んでもらえたのは望外の栄誉というものです」


 今は本当にそう思う。

 昨日は疑問と困惑しかなかったけれど、王都始めての休日にカサンドラ様のような綺麗な人といっしょにいられるというのは幸運だ。

 しかしそれは僕だけの感想だったようで、


「そうだね、私なんてヴァルゴ公爵家にゆかりのある貴族を王家から無理やり婚約者として紹介されるんじゃないかって不安だったよ」


 王家を非難しているとも取れるリーネの言動に、周囲の者は表情を硬くする。

 それは僕も含んでいた。

 無礼講と言われて本当に礼儀を無視した態度を取る妹の頭を反射的にはたく。


「リーネ、さすがに失礼だろ! すみませんカサンドラ様、僕の方から強く言っておきますので、どうかご容赦ください」


 立ち上がって頭を下げる。

 不敬罪として問われても仕方のない妹の態度に、しかし返ってきたのは叱責の言葉ではなく笑い声だった。


「うふ、あ、あはははは、いい、いいのよルーク君。座って、むしろそれぐらい気安く話しかけてくれれば良いわ」


 声を上げて笑う側妃に、周囲の女騎士たちもどうすればいいのか分からず困っていた。

 ほっとため息をついて再度席についた僕は、横から非難の視線を無視しておく。


「聞いてくださいカサンドラ様、ルーク兄さんが私に酷いことするんです」


 おい、そこでカサンドラ様から同情を得ようとか卑怯だろ。

 思わずリーネに振り返ると勝ち誇ったにやけ顔で見返された。もう一発はたきたくなる衝動を抑えて、慌てて対面のカサンドラ様を見ればおかしそうに笑っていた。


「なら、罰として今日はわたしの話し相手としてたっぷりと付き合ってもらうわ。覚悟しておきなさい」


「は、はい、お付き合いさせていただきます」


 どうやら、不興は買わずに済んだようだ。

 安堵し全身に疲労を感じながらも、居住まいを正す。 


「それと、さっきのリーネちゃんの言葉への返事になるけど、今のところ王家は世継ぎを押し込むなんてこと画策してないから安心なさい」


「そうですか、よかったです。場合によっては”世界の果て”から身投げも考えてましたから」


 冗談だと思ったのだろう、リーネの言葉にカサンドラ様はくすくすと笑う。


「でもヴァルゴ公爵はなぜ御子息を後継者として指名しないのかしら? 優秀だと聞いているけど」


「王城でのヴァルゴ公爵の様子はどうなのですか? 僕たちもいまだ会えていないので顔も知らないのですが」


 祖父のことが気になり尋ねると、カサンドラ様は驚きの表情を浮かべる。


「会えてない、屋敷に訪問しても会わせてもらえなかったということ?」


 その言葉に二人頷きを返すと、わずかな逡巡の後にゆっくりと口を開く。


「ヴァルゴ公爵は軍務卿としての仕事をしっかりこなしておられるわ。国防費を無駄使いするような事もなく軍改革にも精力的よ。おそらく数年の内には”準騎士”という新たな騎士爵が作られるわ。これはヴァルゴ公爵の働きによるものよ」


「準騎士ですか?」


 聴いたことのない単語に頭をかしげる。


「ええ、今まで騎士というのは王が任命する貴族に与える地位だったのだけれど、この準騎士というのは兵士の中で優秀な者を取り立てるために用意されたものなの」


「兵士から取り立てるって、平民を騎士にするということ? ほんとに」


「そうよ。騎士の質を高めるためには必要だということでね。この地位は貴族との婚姻も認められる予定だから、これまでのように教会で神官として洗礼をうける必要もなくなるわ」


 リーネの驚きには僕も同感だ。

 例えばある貴族が平民の女性を妻に迎えたいと考えていた場合に必要となるのが教会で神官として洗礼をうけることだ。つまり平民に貴族家に嫁いでもいい地位を与えるというかたちだ。

 もちろん、その平民が洗礼を受けられるだけの清廉さは必要にはなる。

 しかしその準騎士というのはそれが不要となる、つまり半分貴族といってもいい地位ということだ。


「もちろん反対意見も多くあるけれど、この国は他国に比べて魔獣も少ないから騎士達の実戦経験というものが不足している。だから実力者を囲うという意味でも認められるとでしょうね」


 ため息をつくカサンドラ様の姿に、彼女の意見がどちらなのか気になったが問うことはやめておく。

 いままでの話は本来ならば秘すべき情報なのは確実だ。でもカサンドラ様は祖父のことを知りたいと思った僕たちのために明かしてくれたのだ。

 それに僕は、僕たちは国政に関わるつもりはない。


「申しわけありません。せっかくの休暇なのに仕事の話をさせてしまって」


 だから、ここからはカサンドラ様が良い休暇だったと思っていただけるようにするべきだ。


「いいのよ、気にしないで。でも、そうね、だったら貴方たち二人のことを話してくれるかしら。アイリスのこととか、故郷での生活のことでもいいわ」


「いいですよ。なにから話しましょうか」


 それからしばらくカサンドラ様とリーネと僕の三人で他愛のない会話を楽しんだ。



 結局、カサンドラ様との茶会は夕方にまで及び、途中、昼食までご馳走になった僕たちが屋敷に戻ったのは日が落ちてからだった。


「二人とも、帰ってきたようだな」


 馬車が去った後、物陰から声をかけられる。振り返ると見覚えのある悪人顔があった。


「ゲオルグ」


「ほんとだ、ゲオルグ」


 声の主の名を二人して口にする。

 齢二十ほどの長身で日に焼けた肌、短く切りそろえられ逆立った白髪。堀の深く目つきの悪い顔は記憶にある彼とほとんど変わっていない。


「王城に呼ばれるなんて災難だったな。いや、その顔を見る限りは幸運だったか?」


 ゲオルグは平民で貴族に対してこんな気安く話しかければ不敬罪とされかねないが、僕たちのあいだではこれが普通だ。理由は単純、僕たちにとって師匠と呼べる者だからだ。


「呼ばれたときは困ったし緊張もしたけど、終われば良い経験だったと思う」


「そうだね、すごく楽しかった」


 二人して答えると、ゲオルグは頷いた後に言葉を続ける。


「そうか、それはよかった。あとすまなかったな。二年ほど前に兵士として採用されて王都で暮らしていたんだが、今日まで挨拶にこれなかった」


「それはいいよ。王都に来てから僕たちも忙しかったから。それでゲオルグ、このあと時間があるなら、久しぶりに相手してくれないか」


「賛成、わたしもゲオルグと手合わせしたい。今日こそ勝ち越してやるんだから」


「ふ、どれだけ腕が上がったか見せてもらうとするか」


「その前に、三人ともお屋敷お入りください」


 突然かけられた声に三人して振り向く。

 そこにはレニーが冷めた目でこちらを見ていた。


「はあ、親睦を深めるのも結構ですが場所を考えてください。門の前でたむろするというのはいささか節度がかけております」


「「「すいませんでした」」」


 明らかに不機嫌そうな彼女に三人して謝る。それにレニーはわずかに間をおいた後、一礼を返してくる。


「お帰りなさいませ。ルーク様、リーネ様。日が落ちて冷えてきておりますので屋敷にお入りください」


 返事を待たず、屋敷に戻っていくレニーにほっと一息つく。

 どうやら説教は免れたようだ。

 安堵しながらレニーの後を追いかける。そして屋敷の玄関を潜ると、最後尾にいたゲオルグが声をかけてきた。


「すまないが三人とも、改めて挨拶させてくれ」


 振り返れば扉を閉め、表情を引き締めていたゲオルグが膝を突き頭をたれた。


「ルーク様、リーネ様、黒竜妃様、お会いできて嬉しく思います。王都に住む同胞たちの代表として挨拶に伺わせていただきましたゲオルグと申します。このたびは訪問が遅くなり誠に申しわけありませんでした」


 わずかな沈黙の後、嘆息と共にレニーが口を開く。


「……ゲオルグ、あなたあまりそういう畏まった物言い似合いませんね」


 その言葉に僕とリーネは思わず噴出して笑ってしまう。


「仕方ないだろう、前任者どもに失礼がないよう何度も何度も言い含められたんだからな。特に今回は黒竜妃様が王都にまで出てくるからと、爺なんて献上品作り始めたんだぞ」


 苦笑いを浮かべて立ち上がるゲオルグには、さきほどまでの雰囲気は残っていなかった。


「献上品ですか、鍋や包丁だと嬉しいですね」


「いや、爺は木工職人なんだが、まあ要望だけは伝えておくよ」


 レニーの言葉にゲオルグは眉根を寄せていたが、すぐに僕たちへ視線を向けた。


「あと今日は持ってこれなかったが二人に訓練用の武器を用意してある。これは俺からの入学祝いみないなものだ。受け取って欲しい」


「ほんと、やった!」


 飛び上がらんばかりに喜ぶリーネ。ドレスを着ていなかった本当に飛び上がっていただろう。


「用意してくれたってことは、まさか斬鉄を模した武器があるの」


 ミソロジィ家の家宝である”斬鉄”は片刃で反りのあるサーベルで、王国の兵士の使う両刃直刀の長剣とは形からまったく違うものだ。


「ああ、同胞の中に鍛冶屋を営んでいるものがいてな。用意してもらった」


「なら手合わせはそれを渡してもらってからの方がいいかな」


「賛成、いつ持ってきてくれるの」


 リーネの問いにゲオルグはわずかな逡巡の後に、早ければ明後日には渡せるはずと答えた。


「明後日か、ねえルーク兄さん、学園で訓練場を借りることってできないかな。ゲオルグとは広いところで手合わせしたい」


 「それは出来るはずだ。というかリーネ、初日に先生から教えられなかったのか。関係者以外でも兵士の同行のもとで学園に入ることが出来るって」


「ああ、たしか、そんなこと言われたような。……問題ないなら私とりあえず着替えてくるね」


 リーネは僕の視線から逃げるように寝室へ逃げていく。その姿を見送りながら二人に向き直る。


「僕も着替えてくるよ。後の話は食事のときにでも話そうか」

 

 言って、僕も自分の寝室へ向かう。

 それから四人で食卓を囲んで夕食をとった。

 カサンドラ様との茶会の様子を話したり、ゲオルグの近況を聞いたり、貴族らしくない賑やかな食事。

 出会いと再会。

 予定通りではなかったけれど、僕たちの初めての王都での休日はとても楽しいものになった。



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