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プロローグ

この作品は以前に投稿したあらすじにも書いてある短編の続編になります。

その三作をお読みになったことがない方は、本作における重大なネタバレを含みますので閲覧にはご注意ください。

またすでにお読みなったことのある方も、前作を未読でも楽しんでいただけるように短編で開示した説明を重複しておこなっている部分がありますので、そこは読み飛ばしていただければと思います。

 朝日を浴びて輝きを跳ね返す蒼海。

 その浜辺に森を背にして一人の男が立っていた。

 整った顔立ちに金髪碧眼、日に焼けた筋肉質な体は見るものに安心感を与えるかのような力強さがある美丈夫だ。

 しかし今、その男に朝日は届いていなかった。

 男の見つめる先にいる巨大な存在が朝日をその身で遮っていたからだ。

(――美しいな)

 その姿を見上げながら飾り気のない、だからこそ心からの賞賛を男は抱く。

 半ば海に沈められた体は太陽の光りを受けて蒼銀の輝きを纏い、まるで海とひとつであるかのような錯覚すら覚えさせる。

 ”ドラゴン”

 この世界の絶対的な強者。

 頭から生える角、蜥蜴のような体に蝙蝠を思わせる翼、美しささえある鱗に身を包んだ神の使いとも最強の魔物とも呼ばれる存在。

 時折、天より現れては魔獣であろうと人間であろうと分け隔てることなく食らう化け物。

 かつて男は、目の前にいる存在を一度だけ見たことがあった。

 男がまだ幼いころの話だ。

 天より舞い降りて、魔獣を喰らい尽くした巨大な影。

 その姿に目を奪われ、抗うことのできない絶対者をただ恐れるしかなかった。

 逃げる中、遠くからその姿を見ることしかできなかった、かつての男。

 だからこそ、男の中にはその存在と今対峙しているという事実に、かつてないほどの興奮と、生命あるものとしての圧倒的な差から生まれる恐怖と、そしてなにより幼子に戻ったかのような童心が生まれていた。

 そんな男の心情は気づかれることもなく、一つの声が響いた。


「わたしたちは、静かに暮らしたいだけです」


 男とドラゴンの中間、波に足を濡らして立つ女性の言葉だ。

 腰まで伸びた銀髪と銀の瞳は蒼く輝き、白磁のように美しい肌に透き通るかのような白い衣を纏った絶世の美女。

 まるでその身から光りを放っているかのようにすら思わせる美しさは、しかしその頭から伸びる二本の角の異質さを際立たせていた。

 ドラゴンの角と同じ形をした銀の角が、蒼い文様を浮かび上がらせて耳の上の辺りから斜め後ろに伸びている。それは彼女が人間とは違う存在だという証だ。

 言葉どおり人を逸脱した美を持つ、誰もが目を奪われるであろう女性は、しかし諦観によって顔を曇らせていた。


「俺たちは、あなた方ドラゴンと敵対するつもりはない! ただ新天地を目指して東へ向かっていただけだけなんだ!」


 その原因であると強く自覚していた男は声を上げた。だがその熱意のこもった言葉に返されるのは冷めた言葉だ。


「あなたは同胞たちが守る”あの地”を越えてここまで来た。つまりそれはあなた以外の人間もここまでくるということでもある。新天地を目指しているといいましたね。ならば生まれるのは略奪であり蹂躙でしょう」


「それについては謝罪する。好奇心で彼らの守る場所に忍び込んでしまい、本当に悪かった!!」


 勢いよく頭を下げる男。しかしさらされた頭頂部を見つめる目に変化はない。


「その謝罪にどれだけの意味がある。すでに”あの地”は暴かれた、ほかならぬあなた自身の手によってだ。だとえその口を噤んだとしても周りにいる者達は誰もが興味を持つでしょう、探るでしょう、知りたいと思うでしょう、ならばその謝罪に意味などない」


 その言葉は真実だ。

 男は”あの地”と呼ばれる場所に忍び込むために友人たちから協力を得ていた。

 もしこのまま帰ることができなければ友人たちは生死と確かめるために探るだろうし、口約束をしたところで男はすでに”あの地”を守る彼らとの約束を破っている。

 ドラゴンが男とその友人たちごと命を奪ったとしても、その周囲にいる者たちは逃げ延びてまた再び同じことをするかもしれない。

 それを防ぐためには”あの地”ごと灰にするしかない。だがそれはドラゴンにとってそれは”あの地”に住む同胞ごと殺すということだ。

 だからドラゴンは動かない。

 そう、起きてしまったことに対して取り返しなど絶対につかないと解っているから。

 すでに男の命になんの価値も見出していないから。

(あいつの言った通りになってしまったな)

 自分の愚かさに笑いたくなる。

 これまでなかば好奇心から行動を起こして不思議と良い結果を生み出してきた男を、友人たちは破天荒が服を着ているなどと呼んでいた。

 男の妻は、いつか痛い目を見ると心配の言葉を何度も口にしていた。そして今、結果として友人家族、周囲にいるすべての人間に危険にさらしていた。

 それがわかっている男は、それでも言葉を重ねる。


「安住の地を求めて旅をしてきた俺たちが、結果としてあなた方の平穏を乱してしまったことについて償いきれるものではないと分かっている。だがそれでも信じてほしい。俺たちとて平穏を求めていただけなんだ」

 

 手前勝手な物言いだと男は内心で自嘲する。

 どんなに言い繕ったところで新天地を目指し未開地を行くということは、すでにその地に生きている動植物といった何某かの存在と軋轢を生み出すことになる。

 つまるところ、今の男はその先住者が強大であったがゆえにただ許しを請うているだけなのだ。


「だから、頼む。俺たちにも平穏を分けてくれないか」


「……わたしたちは、静かに暮らしたいだけです」


 最初と同じ言葉が響く。

 それに男は何の反応も示さない。彼はすでに審判を告げられるだけの身だと理解しているからだ。

 頭を上げることのないその姿をドラゴンは、そして女はどう思ったのか、小さな鳴声とため息がそれぞれの口から漏れる。

 それは自分たちの甘さを対するものだったのか、続いて口にされた言葉は一つの提案だった。


「ならばあなたを試させてもらいます。わたしたちを秘密に出来るかどうか、そのための契約をしましょう。そしてあなたが信じるに値する人間だと見極めたならば、わたしたちの平穏を貴方がたにも約束しましょう」


 そして男とドラゴンはひとつの契約を結んだ。

 子や孫にまで受け継がれる契約。

 その後男は二度とドラゴンと邂逅することはなかったが、その契約を守り続け、晩年一つの国を作る。


 その国の名を、ザッハート王国という。


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