生まれてそして
リスティ・アバロアは、その日突然、前世というものを思いだした。父の言いつけで収穫していたトマトを入れていたかごの手を離してしまったために、地面に転がってしまう。沢山収穫していたけど、きっといくつかは傷がついてしまっただろう。
思い出すした記憶が彼女の頭の中で、次々と浮かんでは消えていく。前世の彼女は成人し会社に勤めていた。彼女は雨の中仕事に行こうとし、足をすべらせて頭をうちつけた。それから先の記憶がないことを考えると、結局そういうことなんだろう。
彼女は思い出しただ泣いた。食事も会話もせず泣く娘。泣いて、泣き疲れて、寝て、起きて泣く。
それを見た今世の両親はあわてふためき、あの手この手で泣きやませようとしたが 彼女は幾日も泣き続けた。
泣き続けた後、ふと彼女は空腹をおぼえる。目の前には両親が作ってくれた温かい料理があった。しばらく何も食べてなかった彼女に食べやすいようにとたっぷりの野菜と、ほんの少しの(この時代では、高価な)お肉がはいったスープ。それは前世での母親がよく作ってくれたスープに、少し似ていた。
食べたい。久しぶりに感じた空腹感に彼女は、目の前に置いてあるスプーンを手に取る。
「いただきます」
小さな手を合わせて、この世界が誰も知らない言葉をつぶやいた。 胸が締め付けられる。スプーンを持って、スープにつけて口のなかに運ぶ。食べやすいように小さく切ってある具材は、口の中で溶けていく。彼女の心とはうらはらに、久しぶりにとる栄養源を逃がすまいとスープを溢すことなく飲みこんだ。
「…まずい」
野性味にあふれた野菜の味。隠しきれてない隠し味。血の臭いが漂う肉。
そうだったと、リスティは思い出す。
この世界は、中世のような生活レベルである。前世のように品種改良をしているわけもなく、血抜きってなあに?の文化レベル。泣いている暇はない。
「もっと美味しいものを。」
リスティの前世である咲子は、美食家である。無いなら作ってしまえば良いじゃない、と無農薬野菜や合鴨農法を素人ながらやりはじめ収穫に至っている。味は保証できるものではないが、何年か後には自らが納得するできばえになるはずだった。
ここからは行動が早かった。泣いている場合ではない。なぜなら泣いていても生活は、改善しない。美味しいものを。温かい風呂。ふかふか布団。どれも今まではなくて当たり前であったが、思い出してしまったら、我慢する事は出来ない。
どれから改善していくか。
「お父様、私に畑をください。」
村長であった父に頼み込み、畑の一角をかりる。肥料?何それ美味しいのレベルの村人を横目に、せっせと土作りを始める。腐葉土に、潰した骨と貝殻に灰。鷄糞を集め混ぜ合わせる。
悲しいことに、村一番の器量よしであったリスティは気がふれてしまったのだと、村民は噂しあった。
冬がすぎ、春がきて、種まきを行う。雑草をとり、水をやる。芽がでたら、さらに堆肥を土に混ぜ混む。
最初は村人と同じような芽だったが、明らかに成長が違っていた。太く、逞しく天に届けとばかりに伸びる茎。全ての昆虫はひれ伏せとばかりに、大きく咲いた花。
季節が一つ去った頃には、小さな畑であったにも関わらず、村一番の収穫量をリスティは得ていた。
村民の一人は、どうせ収穫量だけで味は大したことはないのだろうと嘲笑う。しかし村の収穫祭で出された野菜の味に、その口を閉じた。
一人、また一人とリスティに学ぶ村民。次第に村の収穫量は増え味も良くなっていった。
感謝の言葉をリスティに伝えるが、リスティは困ったように笑うだけだった。
「まだまだよ。」
彼女の求めるものには、程遠い。肥料もそうだが、何より品種改良もしたい。どうせなら畜産も、いや稲も捨てがたい。流通はどうだろう。スパイスが欲しい。生クリームが欲しい。さんまが食べたい。
リスティは、黙々とできることをしていくのだった。
それが自分が求めるものを、手に入れる近道と信じて。