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ずっといっしょに  作者: 茶
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第二章 ぼんやりしてたことへのペナルティ諸々(その二)

《あのね。これまで一ヶ月間、初日のトイレのアレからこっち、そりゃ色々思うところはあったわけだけど、何も言わずにいたわけだよ。岬さんだって被害者みたいなものなんだから、責め立てたって全然意味がないと思ってさ》

(朝と言ってることがだいぶ違う!)

《でも今回だけは言わせてもらうよ。いや、命じさせてもらう。絶対拒否して!》

(できるくらいならとっくにやってるわよ! ここから切り抜ける方法知ってるなら出し惜しみしないで教えてよ!)

《岬さん優等生なんだからそれくらい考えつきなよ!》

(結局わたし頼りってこと? 無理よ、絶対無理!)

《なんだよ使えないな、いつもは自信満々なのに!》

(あなたこそ考えることしかできないんだからこんな時くらい役に立ちなさいよ!)

《何さその言い草!》

 ……金曜日六時間目のホームルーム。罠が口を閉じてわたしを捕えたその数秒間のうちにわたしと鷹野くんがかわした会話は、なんとも浅ましい代物だった。


 一高では六月上旬に学園祭がある。たぶん受験が何より重要な進学校としては、お遊びは早めに済ませてしまおうという腹積もりなのだろう。

 一年生にしてみれば右も左もわからないうちに始まるわけだけど、もちろんお客さん気分は許されない。実行委員会への人材供出とか、クラス企画の発案とか、先週金曜のホームルーム以来すでに色々な活動は始まっていて、今日のホームルームでまとめた各種決定に沿って、ゴールデンウイーク中には全員が各自の分担で動き出す手筈になっている。

 今日は、三つあるクラス対抗イベントへの人間の割り振りが主な議題。ていうか、競走イベントがこんなにあるってのもずいぶん好戦的な学園祭な気がする。

「『クラス対抗歌合戦』出演は以上六名でいいですね。では続いて、色々な意味で有名な『美人コンテスト』のメンバー選出に移ります。ファッションを披露し、その後になぜか寸劇をおこなって、観客と審査員の投票で競い合う形式ですね」

 クラス委員の神代さんがてきぱきと進行していく。メタルフレームの眼鏡を光らせ、二本の三つ編みおさげと、絵に描いたような委員長ぶりで、実際の手際も有能な人だ。

「必要な人数は、出演者一名とアピールのための寸劇やメイクの要員に四、五名というところですね」

《まあ、関係ないね》

(そうね。三つ目の『担任教師オブジェコンクール』の雑用くらいに落ち着ければ、一番面倒がないと思う)

 わたしだってこんな事情がなければ文化祭を楽しみたかったところだけど、今はまず自分たちの問題を解決したい。厄介ごとはなるべく抱え込みたくない。

《『岬さん』本人が出られれば、美人コンテストはありじゃない?》

(顔も見たことないくせに)

 わたしが鷹野くんと心の中でくだらない会話をしているうちにも会議は進む。

「まず肝心な出演者の希望はありませんか? いないなら誰か推薦をお願いします」

 筒井さんとか今呼びかけてる神代さんとか、まだ参加イベントを決めていない可愛い子も多い。誰がどう推薦されるのかなと、現在の性別男であるわたしは見物人感覚で観察しようとしていた。

 すると、推薦者を呼びかけたはずの神代さんが、教壇の上ですぐさま自ら手を挙げる。

「私は鷹野くんがいいと思いますが、いかがでしょう」

 返答は、わたし以外のクラス全員による万雷の拍手。

「ちょちょちょちょちょちょっと待って、どういうこと?」

 思わず立ち上がったわたしが叫ぶように言うと、神代さんがどこか呆れたような顔で問い返してきた。

「鷹野くん、ひょっとしてうちの『美人コンテスト』が男子による女装限定なの、知らないんですか?」

 右横から吉川くんが「おまえ聞いたことなかったのかよ」と、呆れにやや同情を込めた口調で訊いてくる。ごめんね、わたし友達が少なくて帰宅部なもんだから、情報収集が疎かで。て言うか、君も全然その話題はわたしに振らなかったよね?

「まあその、そういうことなんですよ、鷹野くん。では決定にはみなさん異論なしですね? あ、私はメイク役としてこれに参加します。あら筒井さんもですか?」

「がんばろうぜ鷹野、俺も手伝ってやるから。ほら、吉川も手挙げてるし」

 わたしが心の中で鷹野くんと醜い言い争いをしている傍らで、事態は急ピッチで進展。あっという間にすべては決定して、議題は次に移ってしまった。


* * *


「まあ決まっちまったものはしかたないだろ。前向きに行こうぜ、鷹野。これも青春の貴重な一ページってやつさ」

「なぜだろうね。普段なら軽妙に感じる吉川のトークが、今はいいかげんで適当なものにしか聞こえないよ」

 ホームルームからそのままなし崩し的に放課後に移行。『美人コンテスト』の参加メンバーとなったわたしたち五人は教室の一角に集合した。正確には、力が抜けて自分の席に座り込んでしまったわたしの周囲にみんなが集まった形。

 わたしはスカートを穿くことにも化粧にも、本来は抵抗がありません。なぜなら本当は女の子だからです。

 だけど今のわたしは男の子です。四月二日以来毎日お風呂に入って視覚的にも触覚的にも確認させられているので、それは間違いのないところです。

 今のわたしにとっては、スカートも化粧も女装のための手段であり、それはむしろ今の立場においては不自然な行為だという気がするのです。いえ、そういう趣味を持つ方々を否定するわけではありませんが。

「優勝狙おうぜ、鷹野。前々から思ってたんだが、おまえの女装ならきっと天下も獲れるさ! ネットに動画でも投稿した日には、三次元のハンディも突破して萌え転がる大きなお友達続出だぜ」

「五十嵐、入学以来君を一番遠くに感じるよ。てか、動画の投稿とかマジでやめて」

「私、将来はメイクとか化粧に関連した職に進みたくて勉強してるんですけどね、入学式の日に鷹野くんを見た時からずっと待ち焦がれていたんですよ。この整った端正な顔をメイクすればどんな美少女が誕生するものか、今からもう心臓がバクバクしてて、ああ夏樹きゅん……」

「神代さん、いっそそのままドクターストップで入院とかしてくれませんか。あと『夏樹きゅん』とか呼ぶの変に背筋が寒くなるからやめて」

 脱力してるわたしには、周囲の妄言に突っ込む余力くらいしかない。

《…………》

 鷹野くんはもっと酷くて、塞ぎ込んだのかすっかり黙り込んでしまっている。気持ちはよくわかる。いや、何もアクションを起こせずに『自分』をおもちゃにされる鷹野くんの方がわたしよりよっぽど悲惨だ。

「私は夏樹きゅんのメイクさえできれば満足なんですけど……」

「『夏樹きゅん』はもう確定なの?」

 わたしの突っ込みは空気のように無視される。

「衣装も重要ですよね? そこは寸劇との絡みもあるでしょうから、すぐには決められないでしょうけど」

「それは逆だよ」

 ここまで微笑みながら黙ってわたしたちを見守っていた筒井さんが、おもむろに口を開いた。

「鷹野くんが一番可愛く見える衣装を決めてから、それに合わせて寸劇のストーリーを構成しなくっちゃ」

 しゃべるのを近くで見るのは高校に入ってから今日が初めてだけど、はきはきした口調と余裕ある笑顔。なんだかやけに頼もしい。

「ただのコンテストだったら本人一人だけの勝負で、不確定要素に乏しいし盛り上がりにかけるよね? だから寸劇は企画関係者を増やして場を賑やかすための脇道で、やっぱり本筋は当人をどれだけ可愛くできるかだと思うな」

 本来切れ者である神代さんを圧倒する勢いの立て板に水。分析は思いの外クールだけど弾んだしゃべり方のせいか冷淡という感じはしない。脇で聞いているこちらまで、面白いことになりそうな、わくわくする感覚がみなぎってくるみたい。

「まあ、そうだろうな」

 吉川くんが同意した。

「となると俺らにはいまいち手が出せないんで、女子二人の案に従うということで」

「任せて。衣装なら演劇部で使わないもの借りられるはずだから」

 そう言えば、筒井さんは演劇部だったっけ。

「了解です! それじゃ筒井さんこんなのはどうでしょう? 夏樹きゅんがバニーガールになって顔を赤らめながらうさぎのダンスをぴょんぴょんと……」

「そんなのは嫌!」

「ちょっと思いついたんだが、新米ナースの鷹野が顔を赤らめながら慣れない手つきで患者の体温を測る姿なんてのは……」

「待って! さっきからどうしてボクが顔を赤らめるの前提なのさ?」

「そこはそれ、素材の魅力を最大限に引き出すのが一流の料理人というものでしょう! 失礼ですが夏樹きゅんは『嗜虐心をそそらんばかりのうぶな恥じらいの表情』というご自分の売りを自覚しておくべきだと思いますよ」

「そんな自覚は嫌だよ!」

 ああ、この十分足らずで神代さんに対する印象が五百四十度くらい変わってしまった気がします……。

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