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ずっといっしょに  作者: 茶
24/24

エピローグ そして、新たな日常の日々

 燦々と輝く太陽が憎たらしい。

「暑いよー、学校行きたくないよー」

「あらあら、亜由奈ったら。わがまま言ってないで、起ーきーて」

 布団に寝そべってじたばたするわたしの腕を、ママが引っぱり上げた。

 夏樹くんに教わったテクニック。殻にこもったりせずうまいこと甘えてみせると、ママは世話焼きな面が強く出て、機嫌を損ねるどころかむしろ機嫌がよくなる。連続使用は危険だけど朝一番はたいてい効果を発揮する。

 元に戻ってから、ママにつんけんするのはなるべくやめてみた。それでもわたしの態度が素っ気ないと感じさせて悪い印象を与えてしまうことはままあるけれど、前よりはよほど喧嘩が減ったと思う。

 またそれは、ママの側の変化も大きい。長野の霊能者さんのことをすっかり信じるようになって以来、前ほど気持ちの変化が激しくならなくなってる。

 毎晩寝る頃に霊能者さんから教わったというよくわからない呪文を唱えてるのはちょっと耳障りだし、当事者のわたしにしてみれば的外れなことをやってるようにしか思えないんだけど、まさか実際に何があったか語るわけにもいかないので、やめろとはとても言えない。ママにとっては実家近くの霊能者さんがわたしを救う鍵だったという物語が完成してるのだから。

 ……それに、もしかしてひょっとしたら、長野の件とわたしたちにも何らかの因果関係はあったかもしれないし、ね。あの出来事が実際のところは何だったのか、結局いまだにさっぱりわかってないんだし。

「あと一週間で補習もおしまいだから。そしたらどこかお出かけしようね?」

「はーい」

 二ヶ月休んでは、期末テストでそれなりにいい点(すごくいい点を取ると怪しまれるので、泣く泣くいくつかの問題は間違えて点数調整を試みた)を取っても進級に問題が生じるのはやむをえないところ。この夏休み、わたしは二週間の補習を受けることで、その辺のところをクリアすることとなった。

 あれこれ済ませると、パジャマから制服に着替えていく。六月中旬から袖を通すようになった女子用の制服にもどうにか慣れてきた。それでもまだ、丸二ヶ月以上着ていた男子用の制服の方が馴染み深い状態なのだけど。

 鏡で顔を確認。うん、今日もわたしは『わたし』。そんな当たり前のことに感動できるようになったのは、あの一件の後遺症というものだろうか。

 階段を慎重に降り、居間へ。ママが準備してくれた朝ご飯を手早く食べればいざ出発。

「いってきまーす!」

 いってらっしゃいの声が背中にかかった。


「おはよっ、岬さん」

「おはよ」

 少し歩くと筒井さんと出くわした。

 彼女は演劇部の練習があるので登校するわけだけど、学校へ行くにはわたしの家は遠回りなのに、しょっちゅうわたしにつきあってくれる。

「いつもすまないねえ」

 ふと思いついて言ってみると、きょとんとされた。

「こういう時は『それは言わない約束でしょおとっつぁん』で返すものでしょ。『ぞ・なむ・や・か・こそ』が係り結びになるみたいに。と言うか、これくらいは一般教養として押さえておいて欲しいものだけど?」

 筒井さんは、歩きながらもため息一つ。

「……最近改めて後悔するんだわ。どうしてあんたみたいな変な奴と二年前にちゃんとした知り合いになっておかなかったのかって。そうすりゃ、あたしもあんたももっと愉快な中学生活送れてたんじゃないかなって」

「あー奇遇ね。わたしもあなたに対してまったく同じように考えることがあるの」

「あたしは別に変な奴じゃないってば!」

 笑いながら、言葉の応酬。元に戻ってからは教室でこんなやり取りをするようになったものだから、「楚々としていて人当たりも良くて、でも実はけっこうおかしな子」というのが、一学期終了時点でクラスメートが抱くわたしへの印象に落ち着いた模様。

 かなり妙ちくりんな紆余曲折を経てだけど、こうして彼女と笑い合えるようになって、よかった。

 それ以前のことは、お互いタブーみたいな具合になっていて、元に戻って以後は話をしたことがない。冷静に振り返ったら頭をかきむしりたくなるようなことを、それぞれやらかしているわけだし。

 ただまあ、あれらの出来事一つ一つがなければ今こんな風にもなっていないはずだし、そこは結果オーライということで。

 交差点が近づいたところで、筒井さんが遠くに目をやった。

「おっ、ナイトが来たね。ではそれがしこれにて退散仕るといたしましょう」

「いっしょに行こうよ。いつもそれなんだから」

「いやいや、馬に蹴られて地獄に落ちるのは勘弁」

 てってけてーというアニメっぽい擬音が聞こえそうな勢いで、筒井さんは今日もまた先に行ってしまう。


 そしてわたしに近づいて来る夏樹くん。バスを高校の一つ手前で降りると、ここでわたしと合流するのに都合がいい。

「おはよう、夏樹くん」

「おはよう、亜由奈ちゃん」

 彼はもちろん補習とは無縁。でも夏休みになっても、それ以前からと同じように、わたしといっしょに登校してくれる。さすがに補習の授業までは受けないけれど、それが終わるまでは図書室で本を読んだり宿題をしたりして、帰りもいっしょ。

 暑いし遠くて大変だから無理しなくていいよ、って前に言ったけれど、亜由奈ちゃんとできるだけ毎日いっしょにいたいから、なんて返されては断る術もない。

「あ、昨夜お姉ちゃんからメールがあったんだけど」

 十センチ分の高みから、夏樹くんがわたしに話しかける。

「サークルの合宿が終わったらお盆の前に一度こっちに寄りたいんだって。亜由奈ちゃんと本の話するの、楽しみみたいだよ」

「わたしだけじゃないでしょ? 最近は夏樹くんも色々読んでるみたいだし」

「そりゃ、あの十日間の間にあれこれ本棚に買い揃えられたからね。家に帰って『夢幻の遣い手』十八冊とかが並んでるのを見た時はめまいがしたよ」

 前にも聞かされた、ちょっとした恨み節。

「ごめんね」

 ぴょこんと頭を下げると、夏樹くんは軽く肩を竦める。

「まあ別にいいんだけど。面白いし、亜由奈ちゃんと本の話ができるし」

「……あ、ゴールデンウイークに霞さんと本の話で盛り上がった後、しょんぼりしてたのは、それが原因?」

「気づくの遅いってば」

「そんなこと言ったってしかたないでしょ、あの頃のキミは『気取った感じ』だったんだもん」

「もう言わないでよー」

 じゃれ合った後は、しばらく黙って通学路を歩く。

 いつもなら一高生で混雑する時間帯。だけど今、道を行くのはわたしたちだけ。

「夏樹くん」

「何?」

「手、つなごうよ」

 人目がない時、たまに提案する。受け入れられる確率は、最近五割からやや上昇中。

「う、うん」

 手をつなぎ、指も絡める。最初は二人で恥ずかしがっていたけれど、何度もやるうちに慣れるものである。

 伝わってくる夏樹くんの体温。少し汗ばんだ手のひらの感触。

 心の中でいっしょにいた時のように言いたいことをすぐさま相手に伝えられるわけじゃない。でも今の距離も悪くない。悪いわけがない。

 ほどなく校門に到着した。

 昇降口で上履きを履く。ここからわたしは教室へ、夏樹くんは図書室へ。

 のはずだったんだけど。

「まだ、時間あるよね」

 夏樹くんはそう言うと、わたしの腕を引いて人目につかない一階階段裏のスペースへ。

「夏樹くん?」

「キス、しよう」

 ちょっと思いつめたような顔で言う。

「さっき亜由奈ちゃんの手を握っていたら、なんだか気持ちが治まらなくなってきて」

「いや、そりゃわたしだってしたいけど……もしまた入れ替わったら、ねえ?」

 元に戻ったあの時以来、わたしたちはキスしてない。

「そうなったらもう一度キスすれば大丈夫だよ、たぶん」

 慎重派と楽観論の意見対立は、ここ一ヶ月ほど続いている。

「結局、可能性は三つだよね。入れ替わりはもう起きない。また入れ替わるけどすぐ元に戻れる。また入れ替わってなかなか元に戻れない。このうち問題になるのは三番目のケースだけ。確率的には三分の一だよ」

「いや、その確率の出し方間違ってるから」

「亜由奈ちゃんは、この先ずっと、僕とキスしたくないの?」

「だから、その訊き方はずるいっていつも言ってるでしょ」

 したくないわけないじゃない。

「学校が始まってない今なら、どんなことになっても面倒が少ないでしょ? キスすれば毎回入れ替われるなんてことがわかれば、これから毎日僕に補習を押しつけられるかもしれないよ?」

「別にそんなことしたくないけど」

 メリットなんていらなくて、すでに気持ちは傾きつつある。

 静まり返った校舎の中の静かな一角。十秒後、ここでどんな事態が発生することやら。

 まあ、仮にまたしばらく夏樹くんになるとしても、それはそれで悪くないかな。

 離れ離れになるわけじゃない。身体が入れ替わったって、わたしたちはずっといっしょなんだし。

 そんなことを考えながら、わたしは夏樹くんとキスをした。

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