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ずっといっしょに  作者: 茶
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プロローグ さよなら、女子の生活

 柔らかくても、冬の頃よりはっきり強くなってきた陽射しが、寝そべってるわたしの顔に当たる。

 時計は見てないけど、たぶんもう朝というよりは午前なんだろう。

 わたしは布団の中で、半分目を覚ましたままなんとなくぼんやりしていた。

 今日から四月。つまり今は春休み。だからもうすぐ高校生になるわたしがこうしてごろごろしていても、なんの問題もない。

 ただ、ママはそんな風に考えてくれないわけで。

「亜由奈、いいかげん起きなさい」

 ふすまを開けるなり飛び込んでくる尖った声と硬い口調は、不機嫌な証拠。よその人からはいつも落ち着いているように見えるみたいだけど、実際はかなりの気分屋。

「晴れてるから布団も干しちゃいたいの。起きて」

 わたしは別に親に逆らうのが生き甲斐な不良じゃない。ママがそう言うなら布団を出るにヤブサカではない。

 でも。

「学校から出てる宿題、あるんでしょ? もう高校生なんだから、いつまでもだらだらしてないで、しゃんとしなさい」

 どうして親って、子供を一気に不快にさせる余分な一言を、ピンポイントで言えるんだろう?

 わたしは布団に一層深く潜り込むと言った。

「それならもう終わらせた。簡単だったもの」

 本当はいくらか手こずったけど、とっくに終わらせたのは事実。小手調べに出された課題ごときを手早く片づけられないなんて、プライドが許さない。

 布団の隙間から観察すると、ママは上ってた階段が予想より一段少なかった時みたいな顔をして、けれどすぐに余分なお小言を追加した。

「だからってお昼近くまで寝ていていいわけじゃないでしょ。入学説明会の時に教頭先生が言ってたじゃないの、一高に通う以上は自宅でも一日最低――」

「『五時間以上勉強するように』でしょ? もう覚えた」

「覚えてるんならちゃんとやりなさい。もう。また気持ち悪い本とか読んで夜更かししたんでしょ」

 カチンときた。ママは時々こんな無神経な言い方をするけれど、そのたびにライトノベル好きなわたしは侮辱された気分になる。

「そういう言い方よしてよ。新聞の社会面や政治面の方がよっぽど気持ち悪いじゃない」

 ライトノベルはいつになったら「年配の人間がなぜか『オタク』と呼称する、ほとんど実在しない犯罪者予備軍」御用達の気持ち悪い本として扱われなくなるんだろう。

「昔は本読んでれば偉い賢いって褒めてほったらかしにしてたのに、ずいぶんおっしゃりようが変わったことで」

 布団から起き上がると嫌味ったらしい口調で言ってやり、そしてすぐに後悔する。別にママと喧嘩なんかしたくないのに。

 わが母は、どうして娘が激昂しているのかわからない、どうして娘に反撃されるのかわからない、とでも言いたげな、キョトンとした顔になった。

「そんなにむきになることないでしょ。顔洗ってご飯食べてきなさい」

 こういうリアクションを取られるたび、わたしは怒る自分の方がおかしいのかと不安になる。不当に貶められた時に反論するのは人倫に悖る行為なのかと。でもクラスメートの中にもわたしの目には無神経に映る、ママにどこか似た子が時々いて、だからママもそんなタイプの人なのだろうと最近は思うことにしていた。

 ……とりあえず、下へ降りてご飯を食べよう。

 わたしは寝起きのややふらつく足取りで布団から離れ、廊下に出た。

 半月ほど前、第一志望の地元では名高い名門校に合格。バラ色の高校生活に向けて第一歩を踏み出したはずのわたし。

 なのに現実はこんなものである。合格発表の翌日から、ママもパパもさらに厳しく鞭を入れ出している。そりゃ大学受験をしくじったら台無しだってことくらい、わたしだって先刻承知だけどさ。

 落ちた人とかにしてみれば腹立たしいだろうけど、微妙に嫌な最近の日々。

 小さい頃からずっとママやパパの言う通りに、いい子で、真面目に勉強して、しちゃいけないと言われたことには近づかず、そんな心がけにテストの点数という結果まで伴って……それでも、親にとってはまだ不満の種が転がっているらしい。わたしがほとんど唯一自力で見つけた読書の趣味にまで、けちがつくわけだし。

 何もかも捨てて逃げ出したいってほどじゃない。でも、ちょっと解放されたい。

 声に出すわけにもいかない苛立ちを、頭をかきむしることでほんの少し発散。それなりに自慢の長くてまっすぐな黒髪が、少し乱れてしまった。

 ま、この程度の苛立ち、お気に入りの本でも読めばじき治まる。今日はそろそろ、この前買った『夢幻の遣い手』の最新十八巻を読むことにいたしましょう。あの物語は、毎回安定して楽しめる上に今回は大きな波乱もなさそうな雰囲気だったから、ついつい後回しにしちゃってたんだよね。

 そんなことをとりとめもなく考えながら、一階への階段を降り始める。

 足を踏み外した。

「へ?」

 間抜けな一言とともに、全身のバランスが崩れる。

 急なことで、足に命令が届く間もない。厚手の靴下を履いてるせいもあり、踏ん張りも何も利かないまま、派手に階段を転がり落ちていく。

 全身のあちこちを段差に打ちつけ、最後に感じたのは頭への衝撃。

 火花が散る。

 それっきり、もう何もわからなくなった。

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