和菓子との出会い
二年前―。
この物語の主人公、天乃小春がまだ二十歳だった頃のお話。
◇◆
この頃の小春にはまだ、和がこの世で一番好きという気持ちはなかった。あったのは、いつか自分のお店を作りたいという将来の夢。
しかし、こんなお店が作りたい、あんなお店にしたい、などの具体的なものは一切なく、ただなんとなくそう思っているだけの漠然としたものだった。
「小春、お店を作りたいって言ってたわよね」
いつものように家族で食卓を囲み夕飯を食べているときのこと。小春の母が珍しく将来の夢のことで話題を振ってきた。小春は首を小さく縦に振るがすぐさま首を傾げ、急にどうしたの、と聞く。
「実はね、私の知り合いに和菓子屋を経営している方がいるんだけど…事情があってしばらく海外のほうに行かなきゃいけないみたいなのよ」
返ってきた返事にふーん、と然程興味がないように応えた小春に対し、母は困った表情を見せながらも言葉を続けた。
「知り合いが海外に行っている間、そこの和菓子屋のお手伝いに行ってみない?」
今後の社会勉強にもなるだろうし、とお茶を啜った。
大学はちょうど春休み期間。小春自身も勉強以外は特に何かをすることもなかったため、息抜き程度にお手伝いをさせてもらうことにしたのだ。
◇◆
「初めまして。天乃小春です」
お手伝い初日ということもあってか、緊張した面持ちで挨拶をする小春。もちろん、挨拶をした後に微笑み付け加えた。
従業員が五人ほどという少人数のお店ではあるが、第一印象というものは大切だ。これで皆の対応の仕方も随分変わってくる、と内心そんなことを思う小春。
「初めまして、小春ちゃん。私はここの店の店主の代理人、桜木だよ。仕事内容に関しては従業員たちのほうが詳しいだろうから、みんな、お願いね」
桜木は四十代くらいの女性。ふくよかな体型をしていて、性格もおおらかそうに見える。お願いね、と桜木から頼まれた従業員たちは、はい、と元気良く返事をしたあと、それぞれ一人ずつ簡潔に自己紹介をしていった。
◇◆
「つっかれたー」
帰宅早々、自室に入るなりベッドに飛び込む小春。思っていたより初のバイトは疲労を要するものだな、と心の中で呟く。よほど疲れたのか、小春はそのまま眠ってしまった。
翌日、目が覚めるともうお昼を過ぎていた。そのことに驚き、慌ててリビングへと向かう。
「おはよう。といっても、もうお昼過ぎね」
笑う母。父は珍しいな、なんて言って視線を再びテレビへと戻す。呑気に言ってる場合じゃない、と内心思う小春だったが、よくよく考えてみれば今日は休日。しかも学校は春休み期間、バイトは午後からだから、これといって特に問題はない。
「昨日、どうだった?」
お昼ご飯を食べている小春に、母は心なしか目を輝かせて昨日のことを聞いてきた。小春は記憶に残っていることを全て話す。一通り話し終え、ごちそうさま、と手を合わせると、バイトへ行く準備を始めた。
家を出るとき、母が無理しない程度に頑張ってね、と優しい声色で言ってくれたことがとても嬉しかった。
◇◆
「これ、試作品なんだけどよ。嬢ちゃんも食べてみてくれねぇか?」
大きな失敗もなく退勤時間となった頃、和菓子職人の志麻一之介から感想を聞かせてほしい、と出された和菓子。金平糖くらいの大きさで、形は丸。色は全て水色でビー玉のように透き通っている。とても綺麗だった。
こうして時々、試作品を作ってみては従業員たちに食べてもらって感想を聞いているらしい。従業員たちもそれを密かに楽しみにしているのだという。
「美味しいです、本当に」
いただきます、と口に一粒入れて出てきた第一声。
みずみずしく、どこか懐かしいような、暖かいような、そんな味がすると付け加えた小春に対して、志麻はそうかい、と普段は仏頂面の顔を崩し嬉しげに言った。
この時からだろう、小春が和菓子に興味を持ち始めたのは。
「志麻さん、和菓子のこと教えてください!」
ふと気がつけば、小春は頭を下げてそう言っていた。